7-3 ~二つの結末~
「俺たちが生まれた頃、魔族による人間狩りが盛んな時期があったのは授業で習ったな?」
ジャナルは黙って首を振った。
「この話は終わりだ」
「ああ、嘘! 嘘です! 授業は寝てたけど名前は知ってる!」
それすらも嘘くさい。
まあ簡単に説明すれば、人間狩りとは魔族が捕食や人体実験、果ては単なる玩具を得るために次々と人間を狩るという、書いて字の如くのものだが極めて残酷な行為である。
主なターゲットは力の弱い女子供、もしくは高い魔力を秘めた者。魔力を食する魔族にとってはこれほど上等な獲物はない。
「俺の家族もその被害に遭った。俺がまだ赤ん坊と呼べる年齢のころに」
「マジ?」
「俺は両親から引き離され、人体実験の被験体にされた。魔族の手による究極な尖兵を造りだすために」
「……」
「人間を魔族化させ、己の手駒にする。俺はガラス筒に放り込まれて怪しい色の薬を投与され、肉体をいじくられて、ついには俺の身体は半分魔族のものと大差なくなってしまった。身体に埋め込まれた黒いやつもそのときの物だ」
にわかには信じられない話だった。身近に、しかも長い付き合いの友がこれほど重大な秘密を抱えていたのだ。ジャナルは今の話がどこまで本当なのかと、現実逃避じみた事を考えてから、ヨハンが言うなら本当なんだなと思い、首をぶんぶんと振った。
「気味悪いか?」
「え? いや、全然!」
「お前の「力」も他人から見ればそんなものだ」
「がーん。そういうもんだったのか」
ヨハンは構わず続けた。
「この肉体は筋力は勿論、五感も記憶能力も並の人間より強化されている。だから当時の出来事も記憶に残っている」
「まさか天才剣士だって言われてるのも?」
「元の素質を勘違いして勝手に連中が騒いでいるだけだ」
確かにヨハンにとっては迷惑な話だ。
「話を元に戻す。人間の肉体の改造に成功しながらも奴らは致命的な失敗を犯した。それは精神制御。肉体が強靭でも命令を聞かない兵など何の役にも立たない」
しかも都合の悪い事に、洗脳を試みて中途半端に精神をいじくると暴走してしまい、かといって強引に意識を鎮圧させると判断力・分析力といったものまで消えてしまう。これでは存分に力を発揮する事ができない。
「結局魔族は、被験者の人格を消滅させてから、一から兵器にふさわしい人格を構築させるという方法をとる事を選び、俺はまたその実験台にされた。来る日も来る日も邪気を浴びせられ、気が狂いそうになった。そして限界に達そうとした時、事件は起きた」
ヨハンの無機質な瞳に憎悪の色が走る。
「同じ敷地内で作られた、合成魔獣の暴走だ」
「合成魔獣?」
「複数の人間を魔獣と融合させて作り出した悪魔の産物。人間の脳もいくつかそのまま融合させたものだから、精神制御が効かなかったのだろう。その魔獣は研究所内を暴れまわり、施設を壊した後、俺を外に連れ出した。その魔獣は俺に金の指輪を託した後、力尽きた」
ヨハンはコートの詰襟の中から金の指輪を通したネックレスが取り出した。所々擦り切れているが、指輪にはヨハンの姓であるローネット家の家名が刻まれていた。
「……あの魔獣は、父か母のどちらかだった。魔獣の素材にされても僅かに意識が残っていたんだ」
ヨハンはそれ以上何も語らなかった。だが、ジャナルはそれですべてを悟った。
彼が魔族を憎む理由は単に親の仇だからだけではない。自分の中の魔族を否定する事によって、本来得るはずだった人としての生と誇りを取り戻したかったのだ。
例えそれに何の意味もなかろうと、それがヨハンの全てであった。
「軽蔑したか?」
「いいや」
ジャナルはきっぱりと即答した。
「正直、実感わかないんだ。だけど、俺だって魔族の「力」持っちゃっただけで命狙われたり、知っている奴が敵に回ったりするの正直嫌なんだよ。なんていうか、うまく言えないけど、ちょっとそんな事情があるだけで軽蔑なんて、納得いかねえよ。大体好きでこうなったわけじゃないんだし」
ジャナルの言葉はまるで自分に言い聞かせているかのようだった。どこの世界でも異質なものは疎外されるという、悲しき常識に反抗するようなそんな願いがこもっていた。
「……だから今は俺らは戦ってる場合じゃない。この状況をどうにかしないと」
「どうにかするアテはあるのか?」
「え? ヨハンが分かってるんじゃないのか?」
「俺が?」
「……え?」
微妙に気まずい空気が流れた。
「というか、そういうのヨハンが知ってるんじゃないのか!? 俺、地底に落とされてえっちらおっちらしながらようやくこっちに戻って来たんだぞ!? そしたら街がとんでもないことになっててさっぱり状態なんだぞ!」
「そうだったのか」
「リアクション薄っ!」
一気にまくし立てたせいでテンションがおかしい方向にヒートアップしているジャナルとは対照的に、ヨハンは完全にクールダウンして淡々としている。
「とりあえず、情報は共有しておこう」
そしてヨハンはどう説明すべきか考えてるような顔で、眉間にしわを寄せながら首をかしげる。
「あー、ちょっと待て! お前が普通に説明すると時間かかりそうだから手短に言ってくれ。なんで街に魔物が襲ってきたかわかるか?」
「ニーデルディアが魔物を引き連れて襲撃してきた」
「マジか!? こんな大量の魔物どっから調達してきたんだよ! 人間一人の力じゃ無理だろ」
「あいつは人間じゃない。魔族だ」
「まっ……!?」
ジャナルは言葉を失った。
確かにニーデルディア総会長は見た目も雰囲気も仕草も怪しいし、唐突に反旗を翻すという無茶苦茶な行動にも出るような何もかもが常軌を逸しているような奴だ。言い方は悪いが人間じゃない、と言われると妙に説得力がある。
だが、魔族となると話は別である。
くどいようだが、魔族は人類の天敵。その天敵が普通に人間社会に溶け込んでおり、国の最高峰の教育機関のトップに君臨しているとなると、頭がクラクラするレベルの国の失態だ。
しかもジャナルに至っては学園教育総会が視察に来た時に普通に会話している。色んな物事を語ってたし、お守りと称して謎の石をくれた。その石は機工コースのチンピラどもとの私闘で砕け散ってしまったのですっかり存在を忘れていたが。
「奴は俺の正体を知ってて挑発してきた。そして、俺ではあいつには勝てない」
「いや、こんな時に弱気な発言するなよ!」
「あいつが纏ってる魔族特有の邪気だ。俺の体質とは限りなく相性が悪い上にコンディションも最悪だ。むしろ足手纏いに……」
そこまで言いかけてヨハンが言葉を止めた。
「ジャナル。剣を取れ」
「また決闘かよ!」
「違う。敵がそこまで迫ってきている」
「げっ!」
言われるままに気配を探ると、何もないはずの場所からかすかな殺気と邪気が溢れている。ぐにゃりと空間が歪み、そこから何本もの腕を持つ身の丈3メートルの巨大な魔物が現れた。
魔物の腕には全て剣が握られており、どことなくその形はジャナルのジークフリードに似ている。
「せっかくの作戦会議が! しかもその武器俺のジークフリードと被るじゃないか! つーかパクリかよ!」
憤慨しながら剣を構えるジャナル。どうやら本当に早い所ニーデルディアを何とかしないと街はこんな凶悪な魔物で溢れかえるだろう。
「ジャナル、ここは俺一人で食い止める。お前は早くニーデルディアを探せ」
「ちょ、ちょっと待て! 今、剣を抜けと言ったのはヨハンだろ?」
ヨハンは手負いの状態だ。いくら人より強いといわれても分が悪い。
「お前の「力」なら誰よりも安全確実にどうにかできるのだろう? ここで足止めを喰らっている場合ではない」
「けど!」
「いいから行け! 奴はきっと学園のどこかにいるはずだ!」
怒鳴ると同時にヨハンは巨大な魔物に斬りかかっていた。相手の持つ剣の嵐をかいくぐり、傷の痛みにこらえながら応戦する。
「ちっ!」
ジャナルがすべき事は彼に加勢する事ではなく、彼の期待に応える事だ。迷っている暇はない。
「頼んだ、ヨハン!」
隙を突いてジャナルは剣を持ったまま走り出した。
ヨハンは横目で彼の後姿を見送りながら、満足そうに、ほんの僅かだが、笑った。
だが、それはすぐに苦痛に変わる。ジャナルとの戦いのダメージが肉体に蓄積している上に、魔物の発する邪気がどんどん彼の精神を蝕んでゆくからであった。
(これでいい。俺が邪気で狂ったらあいつに斬りかかりかねんからな)
圧倒的不利な状況にいながらも、ひたすら一撃必殺の機会を狙うヨハンであったが、魔物の懐に飛び込もうとした瞬間、彼の身体から鮮血が噴出した。
「後ろ……だと……」
同型の魔物がもう一体、いつの間にかヨハンの背後に現れ、背中から剣で一突き。
身体を貫かれ、身動きが取れなくなったヨハンの眼に、正面の魔物が剣を振り下ろすのが映った。
それが、彼の見た最期の光景だった。
「私、うちは権力が欲しかった」
座り込んだままルルエルはポツリと呟いた。
「まだそんな事を。お前は昔からそう」
「眼の色が黄色いってだけでどれだけ苦労したか知らないくせに!」
ルルエルは怒鳴ったあと、うつむいた。泣いているのか、肩が震えている。
「すまない。失言だった」
それはニムという帝国辺境の地に住む民族の総称で、彼らは長い歴史の中で他の人種から迫害を受けてきた。
彼らの特徴はその名の通り黄色い瞳。それ以外は一般市民と変わらない。特別な能力もなければ、身体的ハンデもない。その上彼らの瞳は、幼少時は金色に近い鮮やかさと輝きを持っているが、歳をとるにつれ、その輝きは褪せてゆき、壮年・中年と呼ばれる頃になると殆んど一般人と変わらない茶色へと変わる。
「失言ついでに言うが、ニミアンの迫害は現在では禁止されているはずだ。今じゃ歴史の教科書の隅っこに載る程度、子ども世代の奴らは存在すら知らない事実だ」
「うちらの世代ではそうでも、上の世代は別なんよ」
ルルエルは拳で涙をぬぐうと顔を上げた。
「学校いたときも年寄りの先生からは嫌な目で見られたし、総会に入ってからも不当な扱いを受けた。そいつらを黙らせるんは奴らより出世して実力を見せ付けるしかないんよ。地位と権力がなければうちは人として扱ってくれない。だから総会長派になった」
馬鹿馬鹿しくも悲しい、とフォードは思った。
地位と権力。それはかつてフォードがニーデルディアに対して拒んだものだった。
後悔はない。そんな胡散臭い権力など必要ないのだから。
だが、ルルエルはそれを全て理解した上で地位と権力を欲した。それが例え多くの人々を破滅に導く事に繋がろうとも。それほどまでに、人種差別は彼女を追い詰めていたのだ。
「うちが総会長に提供したのは3つ。アドヴァンスロードの「力」を探索するための魔法技術。それから肉体に「力」を封印するための石。それから、心を殺す弾丸」
「心を殺す?」
ルルエルは静かに言った。
「マインドスナイプっていう、昔作った憑依悪魔の技術を応用した、宿主の心を打ち砕く代物。総会長にとって最大の障害はほかでもない、宿主の意思。アドヴァンスロードを扱えるのは宿主本人だけだから。だから宿主の意思を殺して意のままに操る事ができれば、手にしたも同然ってわけ」
つまり、ニーデルディアが本当に手にしたいのは「力」そのものではなく、「力を扱える傀儡」だったのである。
「今すぐそれを破棄しろ、今すぐ!」
「もう遅いわ。弾丸はもう一人の内通者に渡しちゃったし。誰も気付いていないようだけど、学園側にもスパイはいたんよ。厳密にはうちが権力を餌にそそのかしたんだけど」
「止める方法は?」
「狙撃を阻止する以外なし。もしくは弾丸が失敗作であることを祈るだけ。まあ、後者はありえんけど。なんせうちが作ったんだし」
フォードは唇をかみ締めた。元凶は目の前にいるのだが、彼女を責めた所で無意味だ。
狙撃者、この際ターゲットのジャナルでもいい。とにかく早く見付けねばならない。すぐに共犯者を聞き出し、走り出そうとする。
「待って!」
「なんだ、まだあるのか?」
「この際だから言うわ。うち、あんたが成績優秀で人望も厚い優等生で、その上貧乏くじ引きまくりのお人よしじゃなかったら付き合わなかった」
「そうか」
フォードは、振り返らなかった。
「それでも俺はお前といて楽しかった。今でもそう言える」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます