6-7 ~最悪たるものの襲撃~

 デルタ校、いや、コンティースの町にいるもの全員に破滅ともいえる危機が等しく襲い掛かったのは丁度その時であった。

 街の上空に突如現れた有翼竜や怪鳥の群れが、街に向かって攻撃を繰り出している。

 空だけではない。陸も獰猛な獣のモンスターの群れが関所を破り、街へと次々と殺到してくる。

 本来なら町の周囲には自警団が管理している魔よけの結界が張られており、モンスターの侵入などほとんどありえない。まれに結界の力が弱い所から侵入してくるケースもあるが、今のように集団で攻めてくるということはありえない。

 それもそのはず、街を守るはずの結界は何故か今回に限って作動しなかったのである。

 どう考えても犯人は街にいる誰かだ。だが、今の住人たちは犯人を捜すどころか自警団に責任を問う余裕すら無い。

 どしん、どしんと歩くたびに地面を大揺れさせる巨大なモンスターの集団が、街中へ進撃してきた。

 だが、そんな緊急事態でも人々はうろたえない。子供や老人を出来るだけ安全な場所に避難させ、戦える者は武器を取って魔物の群れと戦う。

「あのモンスターは腹を狙え! そこが弱点だ!」

「魔法で足止めします! その隙に!」

「守りはこっちに任せろ! 深追いはするな!」

 さすが戦術学園が義務教育なだけであって、かつてそこに通っていた住民達の対応は素早い。魔物の群れを相手に一歩も退いていない。

 だが、陸の魔物は食い止められても、空からの攻撃までは手が回らないのが現状であった。飛行用召喚獣を使役できる人間が少ないため、空中戦に挑むこと自体が無謀すぎるのである。ゆえに空にいる竜や怪鳥空は一方的に攻撃を受け、多くの建物が被害にあった。

「お兄ちゃん、あれ!」

 右腕に鉤爪のついた手甲型の具現武器トランサー・ウエポン、頭にはヘルメットを被ったリフィが空を指した。

「あれは!」

 上空にいるモンスター集団の先頭にいる、一際大きい翼竜の背に人が乗っているのが見える。

「ニーデルディア!」

 あの総会のローブは見間違えるはずが無い。

「やっぱり総会長が黒幕ってのは本当だったのね。でもどうして人間がモンスターと手を組んでるの?」

「……リフィ、ニーデルディアが黒幕だってことは、先生たちが言ったんだよな?」

「え、うん。先生たちは若い女の総会員がそれを知らせてきたからって。その人は今、メテオス先生と一緒に討伐隊の指揮をしているみたいだけど」

「そいつの名は?」

「全校朝会で一度挨拶したきりだから覚えてない。なんか「る」が多い名前だったような」

「……まさか、あいつか?」

 フォードは、嫌な予感がした。




 学校・中庭。

 アリーシャは痛む身体を引きずりながら、地下入り口へ向かっていた。

「ったく、次から次へとトラブルばっかり起きて! 責任者でてこーい!!」

 ヨハンとの死闘は上空からの魔獣の奇襲により、一時休戦。そのまま彼らとは散り散りになってしまった。

 戦って、ぶちのめしてヨハンから色々と聞き出したかったが、こうなってしまった以上、何よりも我が身の安全が最優先である。しかも、襲撃の際、ヨハンは誰よりも早くこの場から離脱した。別に臆病というわけではなく、単に状況判断が早いだけであろうが、だからと言って仲間であるカーラを放置するとは薄情にも程があるとアリーシャは思った。

 逆にカーラはヨハンとアリーシャが戦っている最中から心ここにあらずで、正気に戻ったのはヨハンが去ったあと、アリーシャが彼女に呼びかけてからであった。

「討伐隊は信用しちゃいけない。2人とも分かってるはずなのに」

 それでもどうしてジャナルと敵対する必要があるのか。彼らはジャナルの仲間だ。

 だが、その関係も学園の一方的な情報で、脆くも崩れ去っている。どの道このまま戦っても不毛な結果にしかならないのは目に見えているのに。

「ごめん、アリーシャ。あたいだってこんな事やりたくない。ジャナルのことも心配だし。だけど、ヨハンの方がもっと心配なんだ」

「ヨハンが?」

「あいつ、絶対何か思いつめてる。何なのか分からないけど、放って置いたらあいつ、どんどん孤立して、そのうち壊れちゃいそうで。だから、あたいは」

 全くもってややこしい男だ。なにもこんな時になんだかよく分からないけど思い詰めないで欲しい。厄介ごとが増えるだけではないか。さすがにカーラの目の前でこんな事は言えなかったが。

 それからヨハンを追うというカーラと別れて今に至るのだが、アリーシャの不満はどんどん募る一方である。

「あー! どいつもこいつも! 今何をやるべきかちゃんと考えてるわけ? もう、こうなったら魔物でも何でも出てきやがれー!」




 ジャナル達が落ちた先は、地下闘技場の床から数メートル下に溜まっている柔らかい土の上だった。

 見上げると、闘技場の天井がさっきより少し遠い位置に見えるが、床の部分はまだ炎がメラメラと燃えており、元の場所にはい上がって戻るのは無理そうだった。

「マジかよ……」

 ディルフは顔が引きつったまま呆然としている。今度こそ完全に逃げ場がない。あと一回大きな地震が来れば生き埋めになって死ぬかもしれない。

「ちくしょう、マジでどんな厄日なんだ! こうなったのも全部……」

 反射的にジャナルの方を睨みつけようとして言葉を止めた。

「……何してんだよ?」

 ジャナルは落ちた先の壁をぺたぺたと手探りで何かを調べている。

「お、あった。おーい、ディルフ、ここに空洞がある。抜け道になるかもしれない」

「抜け道?」

「ほら、ここ」

 ジャナルが指さすものの、そこは陰になっていて全く分からない。兄と同じようにぺたぺたと壁を触ってみてようやく空洞らしいものがあると認識できた。

「一応空気の流れっぽいのを感じるし、ここを抜けたらもしかしたら出られるかもしれないぞ?」

「どこに繋がってるんだよ?」

「そりゃあ、ここではないどこか……って殴ることないだろ!」

「こっちは命かかってるんだ! 当たり前のことを言ってんじゃねえ!」

 とはいえ、他に逃げ道がない。ここよりマシならどうにでもなるだろ、というジャナルの説得と、それからつべこべ言ってる間に焼けた瓦礫がいくつかこっちに降ってきたためディルフはしぶしぶ兄に従うことになった。

 空洞の先は進めば進むほど傾斜の激しい下り坂になっており、最終的にはほとんど滑り台のような地面をすべる羽目になり、最後には広い空間に放り出された。

「ここは……?」

 闘技場の真下にある、有り得ないくらいに広い空洞。自然洞窟のようにも見えるが、こんなものが学園の下に広がっているとは思いもしなかった。

「んー。地下の割には空気が澄んでる。引火するガスもないようだし。どこかに出口があるかも」

 ジャナルは着ているジャケットからライターを取り出して、点火する。そして人差し指を舐めて、僅かな空気の流れを察すると、足元を確認しながら進みだした。

 意外にもこういう時のジャナルの行動はてきぱきしている。ディルフはそれが気に食わなくて、意味もなく突っかかってきた。

「おい、本当にアテになるのか? お前に付いていって死ぬのは嫌だからな」

「しっつれいな。洞窟の歩き方など実地授業でやったし、さっきだって俺の機転で助かったようなもんだろ?」

「何で追試の山で退学になりかけるバカがそんなセリフ吐けるんだ」

「あーのーなー。俺は冒険者志望なんだぞ。サバイバル知識なんぞ朝飯前だ。学科試験はまあ、国語とか歴史なんかちょっと悪くてもどうにかなるだろ」

 ちょっとどころではないし、必要最低限の知識しか問わない学科試験の追試すら危うい辺り十分致命的だが。

「それにそのライターは? タバコ吸ってたのかよ」

「いやいや。これはあれだ。デザインがカッコよかったからつい、衝動買いってやつ」

 目を凝らしてみると、ライターのロゴマークもジャナルが愛用している帽子とジャケットについているものと同じ、逆さまの黒の十字架だった。

「それよりさ、アリーシャたちに礼言っておけよ。結構心配していたからな」

「わざと言ってるのか、てめえ。……いや、なんでもない。」

 まただ。ディルフはアリーシャという名前に過剰反応する。ジャナルはそう思ったがそれを口に出したら、また殴られかねないので黙っておくことにした。

 しかし、アリーシャだぞ。一見温厚だがキレたら何しでかすかわからないような女だ。しかもすぐに手が出る足が出る毒を吐く。まあ、世の中には知らない方が幸せだということもあるだろうな、と脳内で勝手に結論付ける。


 あいつだけなんだよ。俺にまともに話しかけてくる奴なんて。


 ディルフがそう小さく呟いたことにも、ジャナルは全く気づいていなかった。

 地下空洞はまだまだ続く。まさかこれだけ大規模なものとは思いもしなかった。これだと大地震が来た時に学校丸ごと地盤沈下は確実だ。などと考えながら歩いていると、地面に何かしらの紋様が彫ってあることに気がついた。

 確認すると、大地の精霊の力を高めるための魔術文字であった。

「なるほど。これなら地震が来ても大丈夫ってわけか」

 ただ、文字は古くて擦れているため、効力は弱まっている感じはする。実際あの地下闘技場の真下にまではこの紋様の力は及ばなかったのだから。

「おい、あれは何だ?」

 ディルフが進行方向の右側を指した。

 その先に微かだが、淡い光が見える。が、その色はなんだか禍々しい、どろりとした紫色だった。

「出口、じゃないよな。気になるけど」

「どう見てもな。気になるけど」

 珍しく兄弟の意見が一致した所で、ジャナル達は慎重に光に近づいていく。

 精霊の紋様といい、謎の光といい、学園の下にこんなものがあること自体、何らかの意図を感じる。一体誰が何の目的で作ったのか、そしてこのことを知っている人間がいるのかどうか、そして、これは何を意味しているのか。

「なあ、俺たち夢でも見ているのかよ?」

 紫の光の正体は、バラバラに砕け散った水晶の柱だった。その破片一つ一つが発光している。

 だが、彼らが驚いたのはその背後にたたずむ、巨大な扉。


「ところでこの地方都市コンティースはなかなか歴史の多い場所だってご存知ですか? 大戦中でもこの地は重要な拠点でもありましたし、魔界と関連性の高いものも地下にいろいろ眠っているという噂もあるのです」


 あれは確か追試の前日だったか。その時出くわしたニーデルディアが言っていた言葉が、ジャナルの記憶から掘り起こされる。

「……もし、総会長の言ってることが本当なら、これはまさか」




 コンティースの街の防衛戦は続いていた。

 時間がたつに連れ、地上の魔物の数は減るものの、空からの攻撃による被害も増えていく。

 ニーデルディアは翼竜の背の上から楽しそうにそれを見物していた。

 ニーデルディアにとって、この状況は全て計画通り。自警団や街の人間の意識がジャナルの方に向いていたおかげで、いとも簡単に襲撃に成功した。そして今度は街中の人間が襲撃の方へ意識を向ければジャナルの方がノーマークになる。これほど都合のいい展開など無い。

「あとは彼ら・・が上手くやってくれるでしょう。問題はジャナル・キャレスがどれだけあの『力』を覚醒させているのか、手にする前に確認したいのですが。」

 なおも戦いの続く地上を見下ろしながら思案していると、学園内を移動している一人の生徒に目を止めた。

「ふふふ。くくっ、あははははっ!」

 突如狂ったように笑い出すニーデルディア。ひとしきり笑った後、涙を拭きながらまだ興奮している身体を深呼吸して落ち着かせる。

「これが笑わずにいられますか。何しろこれほど都合の良い駒が目の前に転がっているのですから」

 少し離れた場所で、建物の破壊音と悲鳴が耳に入ってきた。どうやら学区内の病院が襲撃されたらしい。

「もうすぐ、もうすぐ私の望みが果たされる。そう、もうすぐ」

 『力』を巡る戦いの物語の終末は、近い。

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