6-6 ~和解不能~
そんな戦いが始まろうとしている最中にジャナルはというと、無事誰にも見つからずに地下へ辿り着き、長い一本道の廊下を走っていた。
「そういやこの先は地下闘技場だったっけな」
廊下を走りながら最終追試のことを思い出す。
あの時は校長やトムの立会いの中、ニーデルディアの呼び出したブラッディオークと戦う羽目になり、冗談抜きで死にかけた。いや、今思えば『アドヴァンスロード』がなければ全身の骨を折られて死んでいたから、ニーデルディアは最初からこうなることを予測していたに違いない。
だが、ジャナル本人も知らなかった力をニーデルディアは何処でどうやって知ったのか。それにジャナルに宿った力をどうやって手にする気なのか。『アドヴァンスロード』は宿主であるジャナルにしか使えないというのに。
更にいえば制する魔女曰く、ジャナルに宿った力は何らかの封印作用で第三者の手に渡すことは不可能だという。
「ということは、だぞ? 総会長は封印の解き方を知っているということになる、のか?」
だからといってニーデルディアに封印をといてもらうというわけにはいかないが。
あれこれ考えているうちに、ジャナルは例の闘技場の扉の前に辿り着いた。罠がないことを確認してから、そっと扉を開ける。
(きっと中ボスはいるだろうな。このパターンだと)
相変わらずだだっ広い開けた空間の中に1つだけぽつんとたたずむ人影があった。
「ディルフ?」
そこにいたのは中ボスでもなんでもなく、助けるべき相手であるディルフだった。
「お前、こんな所で何やってんだ? まあいいや、探す手間が省けたし、とにかく脱出するぞ」
だが、ディルフはそれに従おうとせず、
「ディルフ!」
「相変わらず鈍い奴だな。ここで俺と戦うってことなんだよ」
いうなり、長く伸ばしたビリーブレイブを振りかざし、切りかかってきた。
「マジかよ!」
とっさにジークフリードで攻撃を受け止めるが、ディルフの力は思っていたよりも強い。弟と舐めてかかると痛い目に遭いそうだった。
「何でお前学園側についてるんだよ? せっかく助けに来てやったのに!」
「うるせー! お前に助けられるくらいなら死んだ方がマシだ!」
無論、16歳の一般学生の言うことなどハッタリ以外の何物でもない。でなければ捕まった時点で自決している。
「それにな、このまま放っておいてもお前は討伐隊とか自警団に殺される」
「だったら尚更戦う理由なんてないだろ?」
「だからこそあるんだよ。お前が殺される前に決着つける必要がな!」
「なんでだー!」
無茶苦茶だ。そんな話があるか。ディルフの攻撃をかわしながらジャナルは思った。
会話中にも戦いは続いていた。下段を狙ったビリーブレイブの渾身の一撃を跳んでかわし、続いてくる切り返しをジークフリードで弾き返す。
リーチの差を考えると、ディルフの方が有利なのだが、ジャナルにはディルフよりも多くの経験と鋭い勘がある。問題点があるとすれば、ジャナルの精神面であった。
今のジャナルの中にある『アドヴァンスロード』は、彼が意識・無意識を問わず、思っただけで発動してしまう状態である。
軟禁中、制する魔女の指導(?)のおかげで、日常生活ではある程度制御は出来るようになったものの(何のことはない。強く発動しないと念じるだけ)、こういった余計な事を考える余裕のない緊急事態に、全力で戦いながら『アドヴァンスロード』を抑えるように念じるのは難しい。
かといって、手を抜けばジークフリードが弱体化する。
難儀なことに、このジャナルの剣・ジークフリードは、戦う相手が自分より格下と判断するとナマクラ以下になってしまうのであった。
「どうした。さっきから防戦一方じゃないか。真面目に戦え!」
「俺はいたって真面目なんだけどなー」
ディルフはジャナルの事情など、全く知らない。尤も説明した所で信用もしてくれないだろうが。
(全力で吹っ飛ばしたら下手すりゃ死ぬしな)
カニスのときもそうだったが、『アドヴァンスロード』は意外と役に立たないな、とジャナルは思った。むしろこの場合、足手纏いの何物でもない。
「はあっ!」
猛攻を掻い潜るかのように、ジャナルが反撃に転じた。だが、ディルフはそれをビリーブレイブで受け止める。金属がつぶれる様な鈍い音がした。ナマクラと化したジークフリードの先端が捩れるように曲がっていた。
(まだ弱い!)
ディルフの攻撃は猪突猛進そのものだ。攻撃が途切れることがない。
しかも、執念なのか根性なのかスタミナが一向に落ちる様子もなかった。
まあ、ジャナルにとっての救いは、その長い武器ゆえに攻撃のモーションが大振りだということであった。おかげで割と攻撃が見切れるのである。
(要は倒せばいいんだ。相手が死なないよう、全力で)
隙を突いてジークフリードの平突きを繰り出す。
すると、今度は強すぎた。ただの突きのつもりが無意識に発動した『アドヴァンスロード』によって強烈な衝撃波を巻き起こし、ディルフの真後ろから十数メートル離れた闘技場の壁に穴を開けたのだ。
「ぐあっ!」
ディルフはというと、直撃は避けたものの、左腕に裂傷を負った。
「おい、平気か?」
平気なはずがない。だが、プライドが高いディルフのこと、痛みをこらえながらジャナルを睨みつける。
「そうか。それが先公達の言う呪われた力なのかよ」
「そういうことだ。だから」
だから戦うのはよそう。こんなもの目の当たりにすれば誰だって戦意を失う。どうやっても勝ち目がない。
「だったらこれで心置きなく戦えるというわけだ」
「なんでそうなる!」
こいつ、本当に馬鹿だ。戦う理由もないのに、勝てない相手に立ち向かう。しかも勝っても何の得にもならず、負けると痛い目に遭うだけだ。
「黙れ! はっきり言って邪魔なんだよ、てめえは! いつもいつもどれだけ迷惑しているのか分かってるのか! お前が総会に目を付けられたせいで俺の生活めちゃくちゃだ! 頭のぬるい先公達に説教聞かされ、馬鹿な自警団には追い回され! てめえという馬鹿と兄弟、ただそれだけの理由で! それなのに!」
痛みが半端ではないのだろう。ディルフの息は切れ切れになっている。
「それなのに、どうして、こんな馬鹿を助けようとする奴がいるんだ! 今まで逃げ切れたのは誰かがお前に手を貸してやったからだろ? 俺が捕まったのを知ったのだって、教えた奴がいるからなんだろ? お前に協力すれば捕まるかもしれないってのに!」
「な、何のことを言ってるんだよ!」
ジャナルは当惑した。
確かにディルフの言う通り、今までジャナルが無事だったのは彼を助けてくれる協力者がいたからだ。
だが、それがどうしてディルフの怒りを買うことになるのか、さっぱり理解できない。
そうでなくてもディルフは必要以上にジャナルに突っかかってくる言動が多いが、何も彼を助けてくれる人間まで突っかかることもないだろうに。よほど自分が嫌いな兄を助けるという行為が気に喰わないのか。
まあ、協力者といっても、アリーシャにフォードにリフィ。それから魔女。だが、ディルフは魔女の存在は知らないはずだから彼女は除外。それにフォードとリフィもほとんど面識がない。そうなると残ったのは、
「つまらないお喋りは終わりだ! 次で絶対に決める!」
「勝手に自分で喋っておいてこれかよ!」
「うるさい!」
ディルフが地を蹴り、飛び掛る。
ジャナルの方は構えたまま動かない。
(頼む、上手くいってくれよ)
ジャナルは、彼の脳天めがけて空中からビリーブレイブが振り下ろされるのを見た。
(今だ!)
ディルフの一撃が当たるか当たらないかという際どいタイミングで、ジャナルは身体を90度反転させて回避する。この時、ジークフリードは左手に持ち替え、空になった右手は握り拳を作ってディルフの身体の方に突き出した。
「っ!」
拳は見事腹部に直撃。
そして左手に持ち替えたジークフリードは、ビリーブレイブの刃を根本から砕いていた。
「こっちはあの力を使ってないぜ。お前が飛び込むのにあわせて腕を伸ばしただけだ」
声を上げることなく、ディルフの身体が崩れ落ちる。ジャナルはそれを片手で支えて地面への衝突を防いでやった。
「最初っからカウンター狙ってたのかよ」
「まあな。相手の力を利用して、自分は最小限の力で勝つ。正に大昔、弱小だった今の帝国が少数精鋭で隣国の巨大軍用船・
「なんだそりゃ」
ジャナルが言いたいのは「柔よく剛を制す」の事なのだろうが、根本的に何かがおかしい。大体そんな史実は存在しない。
「ま、どっちにしろお前の負けだ。ビリーブレイブも壊れたらどうにもならないだろ」
ディルフは地面に落ちたビリーブレイブの刃を見つめた。
ものの見事に根元からパッキリと折れている。修理に出すか、買い換えるか。いずれにせよすぐにどうにかなるものではない。
「……分かった。けど今回だけだ。次は絶対ぶちのめす」
嫌いな兄に従うのは不本意だが、ディルフは素直に負けを認めるしかなかった。
「さて、そうと決まれば脱出だ」
ジャナルは武器をしまい、乱れた服装を直しながらディルフに言った。
「それに、アリーシャも心配してたしな」
「なっ! 何であいつがお前の心配なんかするんだよ!」
「俺じゃなくてお前の安否だろ。って何で動揺してるんだ?」
「するか、そんなの!」
むきになる辺り明らかに様子がおかしい。となると、ますますはっきりさせたくなるのが人の性。
だが、これが最大の過ちになろうとは、ジャナルは気づかなかった。
「お前、ひょっとしてアリーシャのことが好……ぐはっ!」
言い終わらないうちにディルフの拳がジャナルの頬を捉え、力いっぱい殴り倒した。
ジャナルの方は、まさか殴られるとは思っても見なかったのだろう。受身を取る間もなく地面に倒れ、そのまま気を失った。
痣やら切られた唇は『アドヴァンスロード』が修復していくが、意識は戻る気配がない。
ディルフは次の決闘の機会を待つまでもなく、ジャナルをぶちのめしたのである。
「え、ちょ、ちょっと待て! こんなの認めるか! こんな勝ち方で納得いくか!」
強引にジャナルを揺さぶっても、起きる気配なし。しまいには蹴りまで入れてみたが、やはり反応なし。
「ふん。ずいぶんてこずったようだな」
ディルフから見て斜め20メートルの位置にある闘技場観客席側の入り口に、人相の悪い初老の男が立っていた。
「メテオス」
「先生をつけろ、阿呆。兄弟そろって礼儀を知らんとは、全く劣悪な遺伝子だな」
相変わらずメテオスは毒舌だ。よくこんな男が指揮を取る討伐隊に自分から志願する奴がいるものだ、とディルフは思った。尤も、有志の隊員はあくまで正義感や自分達の身を守る防衛手段のために入隊しているのであって、メテオスに対する忠誠心などこれっぽっちもないのだが。
「結果的にどうあれ、このバカ兄は今気絶している。煮るなり焼くなり好きにしろ。だから約束通り俺の解放とアリ、いや、この馬鹿の知人たちへの捕縛命令を取り消しやがれ」
「却下だ」
「何だと!」
ジャナルさえ捕まれば、これ以上ディルフを捉えておく必要もないし、討伐隊も解散だ。当然アリーシャたちもマークされなくなるはずだ。
「話が違うだろ! 俺はそういう条件でてめえらに手を貸したんだぞ!」
「ふん。騙されるお前が悪い。大体ジャナル・キャレスだけ始末して、お前が生還したら不自然だろう。だから」
言うなりメテオスは指をパチンと鳴らした。
すると、ディルフたちのいる闘技場が、見る見るうちに炎の壁に包まれていくではないか。
「お前は口封じとして死んでもらう。バカ兄共々あの世に逝け」
壁の外でメテオスの卑劣な声が響く。そして彼の姿は観客席用の入り口の中に消えた。
「この、卑怯者ー!」
ディルフの叫びが虚しく響く。
炎の壁は完全に彼らを包囲し、じりじりと迫ってくる。
脱出しようにもここにいるのはボロボロのディルフと気絶したジャナル。道具は壊れて使い物にならなくなった
「おい! 起きろ、ボケ!」
「う~ん」
わずかながら反応はあるものの、目を覚ます気配がない。
「緊急事態だ! このまま永眠したいのか!」
やはり起きる気配なし。
「いい加減起きやがれ!」
以下同文。尚、台詞一つにつき、蹴りが一発ずつ加わっている。
しかし、これだけ周囲が高温というのに眠っていられる方も恐ろしい。昔から寝起きが悪いことはディルフも知っていたが、いくらなんでもこれほどひどいとは。普通にどついた所でどうにもならないと悟ったディルフは、半ば不本意と思いつつ、やけっぱちで叫んだ。
「アリーシャが襲われている! 助けてくれ!」
「何だって! アリーシャが襲ってくる!?」
どこをどうやったらそう聞こえるのか。とにかくジャナルは跳ね起きた。恐怖に満ちた蒼ざめた顔で。
「って燃えてるー!? これもアリーシャの仕業だというのか!」
「そんなわけあるか!」
ディルフの拳がジャナルをとらえた。今度は気絶せぬようきちんと手加減したが。
「とにかく! このままじゃ俺らは死ぬんだぞ! 分かってるのか!」
「目覚めていきなりこれかよ」
ジャナルはジークフリードを再び取り出すと、切り先を炎に向け、精神を集中させた。
そして気合と共に剣を振り上げ、身体をひねりながら一気に振り下ろす。
剣閃による衝撃波は、地を這うように炎の壁にのびてゆき、火炎を吹き飛ばす、つもりだったのだが。
「げっ! 失敗した!?」
消し飛ぶどころか、衝撃波による風圧にあおられ、炎はさらに炎上。上から火の粉が降りかかり、熱い熱いとわめくジャナルをディルフはボケだのカスだの思いつく限りの言葉で罵倒した。
「どうするんだ、これ!」
炎の壁は2人を中心に半径4、5メートルの所まで迫ってきている。あと数分もしないうちに2人を飲み込むだろう。
「こんな時アリーシャがいてくれたら水とか氷とかの精霊でどうにかしてくれそうなのに」
無いものねだりをしても仕方がないと分かっていても、そう言いたくなるのも人の性。どの道ジャナル達には精霊を呼ぶ事など出来ない。
炎にぶち当たるまで3メートル。
「なあ、ディルフ。一か八か強行突破で出口を目指すのはどうだ?」
「絶対死ぬだろ」
2メートル。
「じゃ、地面に穴開けて逃げ込むってのは? 下なら火は回らないだろ」
「丸焦げは逃れられても酸欠で死ぬだろ。魔法で出した炎だから酸素の消費は普通のよりマシだけど」
1メートル。
「ちくしょう、熱でくらくらしてきた」
最早死を覚悟するしかなかったその時、悪夢は起こった。
いや、この場合奇跡とも言えるかもしれない。ただし一時凌ぎの奇跡だが。
「な、なんだ?」
突如、ものすごい地震が起き、天井から瓦礫の雨が降ってきた。あまりの大きな揺れに、立っていることもできず、ただ唖然としていた。
瓦礫によって炎は幾分か遮られたおかげで、丸焦げは避けられたが、今度の危機は倒壊による圧死、もしくは生き埋めだ。
そして更に先ほどより大きな地震が追い討ちをかけた。
「どわっ!」
ありえないほどの揺れと同時に地割れが発生した。闘技場の床や壁に深い亀裂が生まれる。
「というか、ここ地下闘技場だぞ!? なんでこんなに地盤弱いんだよ!?」
ディルフが忌々しげに叫ぶ。
「あ、もしかして……」
ジャナルが何かを思い出したかのように、呟く。
「……なんだよ?」
「こないだの最終追試で総会長がブラッキートロル召喚したんだよ」
「それがなんだよ?」
「そいつと対戦した時に、あいつ、めちゃくちゃ大暴れしてその時に床にひびが……」
「はあっ!?」
ディルフの半分裏返ったような声が響いたその途端、足元が一気に崩れた。
「やっぱてめえのせいじゃねえかあああ!」
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