6-5 ~いざ救出へ~
ディルフ拘束の通達から更に数時間後。
『ディルフ・キャレス容疑を全否認。身柄は学園地下にて拘留することを発表』
「まじかよ」
学校帰りのアリーシャからの情報に、ジャナルはただただ絶句するしかなかった。
「私も驚いたわ。まさかディルちゃんが捕まるなんて」
「罠だろうな。身内を人質に取ればこっちも動かざるをえない。全く無茶な手段をとったもんだ。仮にそれで解決しても、アフターケアはどうする気なんだか」
フォードが冷静に分析する。
「どうかしてるぜ」
ジャナルもまさかディルフが捕まるとは思っても見なかった。大体彼は事件とは全く無関係である事もあって完全にノーマークだった。
「……なあ、これってどう考えても俺をおびき寄せる罠だよな?」
「それは今俺が言っただろ」
「そうじゃなくて、やっぱ俺が助けに行かないとダメ、だよな?」
「だろうな」
当然罠なのだから助けに行けばこちらの身が危険である。
だが、ジャナルはそれを差し引いてもいま一つ気乗りがしない様子だった。
「だってあのディルフだぞ? 助けに行けば何言われるか。下手にごねて俺を売り渡しかねないだろ?」
「まさか、そんな事」
と、アリーシャは反論しようとして、
「ありえるかも」
あのプライドが高い上に癇癪持ちのディルフの事である。おまけに兄であるジャナルを憎んでいるのだからまず素直に助けられたりはしないだろう。
じゃあ見捨てるか、といえばそれもできなかった。ジャナルが姿を現さない限り、ディルフは釈放されないのである。単なる人質として扱われているのであればまだいいが、見せしめとしてひどい拷問を受けさせられるという悪いケースだって確率的にゼロではない。
選択は2つ。自分を危険にさらすか、自分の安全と引き換えに弟を見捨てるか。
「仕方ない、ディルフを助けよう」
仕方ないと言っておきながら、ジャナルは深く考えずにきっぱりと言った。
「もしあいつがごねたら気絶させてでも連れて帰る。本音言えば助けたいしな。けど」
「けど?」
「問題は学校までどうやって行くか、なんだよなこのまま表に行けば紐にされるのは間違いないしさ」
「なんで紐なのさ。かけられるとしたらお縄だってば」
大体本当に紐になったらこの物語は大きく破綻してしまう。
「まあ、その点なら任せろ。着いて来い」
フォードに案内されたのは、店の空き倉庫だった。注意深く周囲を見回し、全員が中に入ったのを確認すると、素早く扉を閉める。
「なるほど。この間の秘密通路ね」
「そういうことだ。まさかまた使うとは思っても見なかったが」
フォードはその大柄な身をかがめ、床を探る。そして数ミリ浮いている床板を見つけると、それをゆっくりと持ち上げた。
床板の下は空洞がぽっかりと空いており、それが奥までずっと続いているようであった。
「す、すっげー! 俺、フォードのことめちゃくちゃ尊敬した!」
「別に俺が作ったわけじゃない」
「いいんだよ! 重要なのは秘密通路を持っているかどうかなんだし。やっぱこれは男のロマンだよなあ」
無茶苦茶な価値観を唱えながら意気揚々と空洞の中へ入るジャナル。微妙に音の外れた鼻唄まで聞こえてきた。どんどん勝手に進んでいるのか、音量はどんどん小さくなっていく。
「あのバカ、この通路が何処に辿り着くかとか飛び込む前に聞くものだろう、普通」
「ま、行き先は裏庭だからいきなり縄をかけられることはないでしょ。……でもちょっと思ったけど、ディルちゃん、本当に地下に捕まってるのかな? 情報が偽だったらまずくないかな」
「自警団などの団体が意図的に虚偽の情報を発するのは法律で禁止されているからその辺は大丈夫だろう。もっとも、ジャナル逮捕に踏み切ってる時点であっちが虚偽の情報に踊らされてるがな」
「どっちみち、この救出自体が賭けだわ、これ……とにかく、行ってくる」
「ああ、無事に帰ってこい」
アリーシャが中に入るのを見届けてから、フォードは床板を元に戻した。
アリーシャが出口に辿り着いた頃には既にジャナルの姿はなかった。
本当に段取りもなく勝手に行動開始したジャナルには腹が立ったが、どの道共に行動すると、アリーシャも共犯扱いにされる危険も高い。まあ、ジャナルは他人の気配を察知する能力に長けているのでつかまる可能性は低いが、問題はディルフ合流後、もしくは失敗した際の脱出口だ。当然その頃には警戒態勢が一層強化されることが予想される。
彼女がすべきことは、彼らの逃げ道を確保することだ。それも学園側に悟られないように。
「はー、呪文魔術科だったら瞬間移動とか使えるんだけどなー。ま、この警戒態勢じゃそういう系統の魔術を無効化するセキュリティくらいはやってるだろうけど」
魔女の力でセキュリティを無効化するという手もあるが、多分その前に気付かれる。
となると、一番妥当なのは適当な頃合を見て混乱を起こし、学園の目をジャナル達からそらす作戦だと彼女は結論付けた。
「なるべく逃走ルートから遠い場所で、なおかつ騒ぎを起こしても犯人が特定しづらいってのも条件だし、あまり無関係の人を巻き込んでもまずいし」
考えてみると、条件に沿った場所を選ぶのはなかなか難しい。どうした者かと考えながら歩くアリーシャだが、少し進んだ所で足を止める。
「カーラ」
行く手を阻むかのように、あのカーラが立っていた。いつもの活発さは何処へやら、表情は暗い。
そして何故か両手には、一本ずつ長さの違う小太刀が握られている。
「な、何してるの? 校内での
「討伐隊には許可が出てる」
小太刀を構えながらカーラは冷たく言い放った。
「悪いけどアリーシャ、あんたにも捕縛命令が出てるんだ!」
言うなりカーラが仕掛けてきた。
間一髪で後ろに跳んでよけるが、攻撃の手は休まらない。
「起動・ピースオブフォース!」
わずかな隙を突いて、アリーシャは魔術師用の長い杖である
「カーラ! どういうこと!?」
「ごめん」
アリーシャは理解できなかった。こんな所で戦う理由もなければそもそも敵対する理由もない。何より自分もディルフ同様、学園にマークされていることに驚いた。
「うっ!」
小太刀がアリーシャの肩口を掠めた。瞬間、ものすごい勢いで力が抜けていくのを感じた。
(そういう
とにかく接近戦はこちらが不利、ましてや長期戦になると戦局どころか状況そのものが悪くなる。
「
突撃してくるカーラの足元を狙ってカウンター代わりに突風で吹き飛ばす。
完全に不意を疲れたカーラは、後方数メートルまで飛ばされて、そのまま落下した。
(今のうちに!)
アリーシャと、傍らに召喚された
だが、10歩も走らぬうちに、
「!」
アリーシャの真上に、剣を振り下ろそうとしているヨハンが宙にいた。攻撃を仕掛ける前に、ギリギリの所で転がって避けるアリーシャ。
「外したか」
「外したか、じゃない! ドタマかち割る気か!」
だがヨハンは、例のごとくキレモードに入りかけたアリーシャを無視し、ようやく起き上がったカーラの方を向いた。
「おとりならもっと真面目にやれ。いくらお前の
アリーシャは呪詛蛇の掠った肩口に手を当てた。まだ少し血が滲んでいたが、感覚は元に戻っているようであった。
触れた相手の感覚を奪う
「ヨハン、これは一体どういうこと? 納得できるように説明しな! すっとぼけたり見当違いな答えだったら魔法でぶっ飛ばす」
「お前の望む説明が出来るとは思わないが」
アリーシャの鋭い視線に、冷たく無機質なまなざしで答えるヨハン。相容れる余地はそこにないと示していた。
「学園側は信用すべきではないって言っても?」
「それでもだ。それに俺は学園の味方をするつもりはない」
「都合のいいことを! 学園側についた時点でお前らは学園の犬も同然! ええい、もうこっそりあのバカのサポートとか考えるのはやめた! 討伐隊は片っ端から潰してやる!」
こうして戦士科最強の天才剣士VS魔術科最恐のブチ切れ召喚師の異色な戦いは始まったのである。
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