6-4 ~幼馴染の力関係~

「なんで? どうして? なんて事してくれたのよお!」

 閉店したカルネージにリフィの絶叫が響き渡った。

「だって、こんなのってあんまりよ! どうしてあの人にジャナルさんの居所を教えたのよぉぉ!」

「だから俺は知らないっていってるだろ」

「嘘! ジャナルさんの事知ってるのってあたしとお兄ちゃんだけなのよ!」

「俺は教えていない」

「しかもよりによってあの人だなんて、お兄ちゃん、あたしに何の恨みがあるわけ?」

「だから知らないって。いい加減人の話を聞け」

 フォードは深いため息をついた。リフィはいつもこうだ。思い込みが激しすぎて周りのことが見えなくなる。そして空気が読めない。さらに言えば自分を可愛く見せたがって必要以上に見栄を張る。

 案の定アリーシャがジャナルの居所を知ったのは、リフィのバレバレな態度のせいだろう。大方「あたしの方がジャナルさんの力になってる!」など下らないことを言ったに違いない。

「大体あの人、ジャナルさんの何なわけ?」

 それはそっくりそのまま返したい。

「幼馴染みだろ? まだジャナルのじいさんが生きていた頃、近所に住んでいたって言ってたことがある」

 ジャナルとディルフの両親は、彼が5つか6つの時に馬車の事故で他界した。その後、母方の祖父が兄弟を引き取ったが、その祖父も3年前に他界。寮生活になったのもそれ以降である。このことは彼の友人をやっている者は誰でも知っていた。

「でもでも! 幼馴染みだからってジャナルさんに付きまとっていいわけ? 納得いかない!」

「そういうお前はどうなんだよ。それにやつの周りにいる女は皆恋敵だとか言っていたらキリがないだろ。あいつ、元々男女問わずで友達多いからな」

「うううー」

 リフィの気分はどんよりと沈んでいった。それでは自分も「大勢の中の一人」と言われているみたいだ。実際色々アプローチをかけているのに、やり方が悪いのか単に彼が鈍感なのか、進展する気配もない。

「だからって何もアリーシャを敵視しなくてもいいのに」

「違うわよ! 私は別にあの人を恋敵とか思ってるわけではないの。ただ、心配なだけ」

「心配?」

 それは結局恋敵と認識しているのでは、と思ったが、違った。

「だってあの人、普段はみんなにいい顔してるけど、本当はものすごい腹黒で凶悪なのよ! あたし、見たもん。なんか凄い乱暴な口調で魔法使ってるとことか、ぶち切れて具現武器トランサー・ウエポンが曲がるまでジャナルさんをどついたり、この間だって武器をあたしに突きつけて脅迫したのよ。最後のはお兄ちゃんも見たでしょ?」

「イオが行方不明になった時のことか」

 どちらかと言うと、この場合緊急事態だというのに意地張って口を割らないリフィが悪いのだが。

「とにかくとにかく! あの人はそんな本性を抱えて猫被ってる魔性の女なの! ジャナルさんを守るためにもどうにかしなきゃ!」

「猫かぶりって、それはむしろお前の方だろ。俺とジャナルに対する態度も全然違うし」

 フォードは気疲れしてきた。わが妹ながら短絡的で自己中心的なノリにはついていけない。

 ちなみにフォード自身は、妹の恋愛事には興味なく、応援する気も妨害する気もない。まあ、何故相手がジャナルなのかは少々疑問だが、自分だって学生時代、言動が常軌を逸脱してそうな(本人談)女と付き合っていた過去があるため、口出しできないのである。

「……まあ、アリーシャの名誉のために言っておくが、あいつがああいう性格になったのはジャナルのせいなんだよ」

「はあ?」

 自分の好きな人の悪口を言われているように思えたのか、リフィの口調にはものすごい不満がこもっていた。

「誰がそういったのよ?」

「アリーシャのところのおばさん。店に来た時ちょっと世間話する機会があってな。子供の頃のアリーシャは引っ込み思案で泣き虫だったからよくいじめられてたんだと」

「ええっ! まさか」

 まあ、今の彼女を知っている人間なら当然と言える反応であるが、リフィが本当に衝撃を受けたのはそこではなかった。

「そんなのって、そんなのって昔の少女マンガじゃない!」

「……は?」

「ううう、そんなのってずるいっ」

 リフィは本当に泣きそうになっている。フォードは訳が分からず、呆れていた。

「悔しい! どうしてあの人がそういうポジションなの? あたしもそういう体験がしたかった! けどどうしてあたしじゃないのよ!」

「? 何を言っているのかさっぱりだが、俺はどう考えても羨ましいとは思えないぞ」

 そして、話がかみ合っていないことにふと気付く。

「……お前、絶対何か早とちりしてるだろ?」

「してない! うっ、うええええん!」

「だったらなんで泣く?」

「だって! 先のオチ、バレバレじゃない。ジャナルさんがいじめられているあの人を助けたんでしょ?王子様のごとく! ヒーローのごとく! ナイトのごとく!」

 人はそれを早とちりと言う。

 フォードの脳内は、呆れと苦笑と寒さがそれぞれ5:3:2の割合で支配されていた。

「全然違う。ジャナルがアリーシャをいじめていたんだ」

「へ?」

 リフィの涙がぴたりと止まった。

「まあ、善悪の区別も分からないガキのする事だ。度が過ぎるちょっかいにアリーシャもどんどん不満やストレスが溜まっていき、ある日突然それが爆発した」

「え?」

「当時それを目撃した人はみんな驚いていたらしい。キレたアリーシャは練習用の杖でジャナルを滅多打ちにした。それも杖が折れるまで、だ。それ以来、ジャナルはアリーシャをいじめなくなったどころか頭すら上がらなくなったし、アリーシャも性格が逆転。凄い話だろ」

 おばさんは強くなったと喜んでいたけど、とフォードは付け加えた。

 リフィはというと、もう次のリアクションは書かなくても分かるだろうが、「ジャナルさんに何てことするのよ、あの女!」と怒り始めた。

「やっぱりあの女を野放しにするわけにはいかないわ! 何て危険人物なの!」

「昔の話だぞ、10年以上も」

 意外なことに、当時の大人たちは誰もアリーシャを責めたりもせず、それどころかジャナルに同情する者すらいなかった。早い話、自業自得。そう判断されるほど幼年時代のジャナルのやんちゃぶりは度を越していたらしい。

「こうなったら決闘よ! 決闘してジャナルさんを守るの!」

 言っていることが無茶苦茶だ。

「早速果たし状でも書いて……きゃあ!」

 紙とペンを取りに部屋の扉を開けると、そこにはものすごく気まずそうな顔をしているジャナルが立っていた。

「ジャ、ジャナルさん! いつからそこに?」

「いや、お前の泣き声が上まで響いてきたから何事かと思ったら、なんか昔話暴露されてるし。てか、フォード。何勝手に俺の過去バラしてんだよ!」

「正確にはアリーシャの話なんだけどな、気に障ったら謝る。それよりもお前、一応追われる立場なんだから夜中に大声を出すな。と言うかそれ以前に部屋から出るな」

「だ、だって退屈だったんだから仕方ないだろ」

 全然仕方なくなどない。ジャナルの居所を知られたらフォードたちも共犯になるのだから。

「ね、ねえ、ジャナルさん。今の話、何処から聞いて、た?」

「んー、泣き声がしてから下の階に降りて、会話の内容が聞き取れたのは俺がアリーシャに半殺しにされた辺り。って何でお前、ほっとしてるんだ?」

「え? い、いえ、何でもない! 何でもないんですぅ!」

 さすがに泣いている時の前後の会話を知られたら恥ずかしい所のものではない。その反面、少しはこっちの気持ちに気づいてほしいという複雑な乙女心もあったが。

「まあ、とにかく今は部屋に戻れ。下手に動かない方がいい状況だしな。何か動くきっかけでもあればいいのだが」

「きっかけ、か」

 フォードの言葉にジャナルは考え込んだ。

 この状況を打開できるのなら何だっていい。だが、そんなきっかけはきっと待っているだけでは来ないだろう。だからと言って、今自分にできる事は何なのか。答えは思いつかない。せいぜいフォードの忠告どおり部屋に戻ることくらいだ。ジャナルはそれに従うしかなかった。

「はー。でも寝ることしかないしなあ。ま、おやすみ」

「あ、待って、ジャナルさん」

 リフィが慌ててジャナルを引き止めた。

「あ、あの、ジャナルさんは好みのタイプってどんな子なんですか?」

「はあ?」

 あまりの唐突な質問に、ジャナルは唖然としている。が、リフィの妙に真剣な目を見ると、あまり無下には出来そうになかった。

「俺の好みと言ったら、やっぱ男の永遠の憧れ、ダイワブシだろ」

「ダイワブシ?」

「アリーシャなんかもっと夢見すぎだぞ。金髪で翠の目をした線の細い美形とか言ってるし」

「金髪?」

 何故ここでアリーシャが出てくるのかという疑問はさておき、リフィはジャナルをじっと観察し始めた。

 普段から被っている、帽子からはみ出している髪の毛は金には程遠い茶色。目は濃い目の青。顔は悪くないが、線は細くない。即ちアリーシャの守備範囲外。それを確信してリフィはにんまりと笑った。

「ありがと、ジャナルさん。じゃ、おやすみなさーい!」

「ん? ああ、おやすみ」

 ジャナルの方は訳が分からないといった表情をしたまま、部屋を出て行く。階段を上る足音が聞こえなくなってから、フォードは呆れたように呟いた。

「ジャナルの言ったダイワブシって、大和撫子やまとなでしこの事じゃないのか?」

「やまとなでしこって七変化する奴? ほら、昔歌でやってた」

「すまん、そいつはよく分からない」




『一連の事件の容疑者・ジャナル・キャレスの弟、ディルフ・キャレス、重要参考人兼共犯の容疑で身柄拘束』


 翌日のデルタ校ではこのニュースで大騒ぎだった。

 彼らを知っている人間の中には未だ信じられたいと困惑するものも多かったが、大半の無関係な生徒にとっては学園側から発表されている情報が全てである。この日だけで十数人が討伐隊に加入した。

「やっぱりおかしいよ! 兄弟ってだけで共犯にするなんてさ。ディルフあの子の性格からしてジャナルに力を貸す事自体ありえないし、大体こんなの汚すぎるよ」

 発表を聞いたカーラはカリカリしていた。生真面目な彼女の事、そういった理不尽な事は大嫌いなのだ。

「だからと言って今隊を抜けると言ったら、裏切り者扱いされてお前が捕まるぞ」

 カーラとは対照的にヨハンは普段通り淡々としている。

「そんなっ! ジャナルもディルフも悪くないのに」

 ヨハンの見解は正しいのだろう。だが、このまま討伐隊にいて学園に従うのが正しいのだろうか。

 今の学園はおかしい。むしろ狂っていると言っても過言ではない。誰の目からしてもそう見える。

「ねえ、ヨハン。ヨハンは本気で思っているの? ジャナルは魔族に魅入られて変な力で全てを滅ぼすだなんて」

 ある日突然自分の仲間が「魔族の力を持っています」などと宣告されてもこの目で見ない限り、普通の人間ならまず信じない。

 ところが、ヨハンはきっぱりと言った。

「その通りだ。あいつはあの忌々しい魔族の力を持っている」

「なんで? 証拠は?」

 てっきりヨハンも自分と同様にジャナルの力については言いがかりだと思っていたのに。心が打ち砕かれた気分になった。

「まず体育館の爆破」

「ジャナルとの試合中にいきなり起きた事故の事? でもあれはジャナルがやったという証拠がないじゃないか」

「確かに。俺も直撃を受けて気絶していたから詳細は忘れた。だが、あのおぞましい魔族の気配はおぼろげに覚えている」

「魔族の?」

 体育館の事件の時にはカーラも現場にいたが、彼女も爆発に巻き込まれて気絶していたため、細かい事は覚えていない。魔族の気配というのも初耳だった。

「それからイオの件だ。途中でジャナルがいなくなった事は覚えているな」

「うん。その後ヨハンが森林公園の方からただならぬ気配を感じる、って言うから行ってみたらジャナルとアリーシャが倒れていて……って、まさか!」

「魔族の気配だ」

 忌々しげにヨハンは断言する。更に「それも同一の魔族だ」と付け加えた。

「あの気配には覚えがある。先日路地裏でジャナルの弟にとり憑こうとしていた女魔族だ」

「け、けどそんなの証明しようが!」

「不覚! あの女魔族を逃したばかりに! よりによってジャナルの方にとり憑いたか!」

 完全に自分の世界にはまり込み、普段と打って変わって饒舌になっているヨハンの耳に、カーラの言葉など届いていない。

 種を明かせば、ヨハンの言う女魔族はアリーシャと契約を結んだ魔女で、体育館の件もイオの件もアリーシャに力を貸してくれた味方(一応)なのだが、ヨハンはそれをジャナルにとり憑いたものと勘違いしていた。とはいえ、魔族と召喚の契約をしたと知ればそれはそれで話がますますややこしくなるだろう。

 それにしても、ヨハンの魔族に対する徹底した憎みようはカーラから見ても少し異様に感じた。

 学園でも魔族は人間の敵と教え込み、魔族がらみの悲惨な事件や悲劇を散々言い聞かせる。現実、魔族によって命を落とした人間も大勢いるのだから、魔族に対して敵意を抱く事はなんら不思議ではない。

 ヨハンもその被害者で、それを知ったのは4年前に参加した大攻勢作戦の時。

 あの時、彼は生まれて間もないころに目の前で魔族に両親を殺された心的外傷が原因で、魔族特有の生命エネルギーの派動・通称「邪気」に対してアレルギーと同様の症状を引き起こすという体質である事をカーラは知った。

 だから魔族に向けて異常な殺意を示す。魔族は自分の身体に害なすもの。親の仇。自分の得るはずだった幸せを引き裂いた存在。話を聞かされた当時はそれで納得していた。

 が、今になって思えば、悲劇とはいえ物心もつかないうちに起きた出来事を18年間も引きずるというのも奇妙な話だ。日常的に全ての物事に対して無感動・無関心なヨハンだと尚更だ。

 それでもそうなんだからしょうがない、と言われたらそれで納得するしかないのだが、もしかしてヨハンはまだ話していない秘密があるのではないか。

「でも」

「?」

「あ、ううん、何でもない」

 思わず口に出しかけた言葉にヨハンが不思議そうな顔をしたので、カーラは何事もなかったかのように取り繕う。

 そうだ。今一番心配しなくちゃいけないのは、もっと他にある。

「ねえ、ヨハン。万が一ジャナルが学園の言うように魔族の力を持っているとしたらどうするの? それでも……戦うの?」

「当たり前だ」

 何の躊躇いもない返答に、カーラは悲しげに目を伏せた。

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