5-2 ~真昼の銃声~

 昼過ぎの病院はすいていた。おかげでジャナルはそう待つ事もなく、診察を受ける事ができた。

 医師はジャナルの傷口を診ながら、「一晩でこれくらいの回復力とは大したものだ」と感心し、これなら治癒術をかければ痛みもすぐ引くだろうとの事だった。

 自分の診察が終わった後、ジャナルはイオの病室の前までやってきた。

 案の定、入り口に「面会謝絶」のプレートが掛けられていたが、勝手に「様子を見るだけならいいだろう」と判断したジャナルは、そっとドアを開ける。

 部屋の中にベッドが一つあるだけの質素な病室だった。イオはその上に寝かされている。寝顔なのか死に顔なのか区別がつかないほど肌に血が通っていないように見えた。

(むごいよな、こんなの)

 脳裏に昨日の出来事がよぎる。イオが自分に剣を向け殺そうとした事、そして血を吐き、苦しみながら倒れた事。どうしても助けたくて、自分の無力さが歯痒くて、アリーシャと魔女と一緒に必死になって。

(待ってろ。仇は絶対に)

 と思いかけてから、ジャナルはふとアリーシャの知る人ぞ知る修羅のような形相を思い浮かべた。

 ジャナル同様アリーシャも昨日、仲のいいクラスメイトが生死にかかわるほどの重傷を負わされて、仇を取るべく犯人探しに躍起になっていた。結局成り行きだったとはいえ、アリーシャは犯人であるイオの命を救う事になったのだが、今思うとものすごい決断だったとジャナルは思った。

 犯人が顔見知りの人間だったら。もし犯人が憎たらしい存在でも助けなくてはならない状況に陥ったら。敵討ち一辺倒になるのを許されない局面だってあるのだ。

(訂正。俺、絶対に真実を暴いてみせるから)

 そして、次は気は進まないが学校へ行くか、と覚悟を決めようとしながら廊下を歩いていると、階段の上の方から何かしら言い合っているような声が聞こえてきた。

「気休めはいいよ! もうどうにもならないんでしょ!」

「…………」

「これが落ち着いていられるわけないでしょ! あなたたちに僕の気持ちなんか分かるもんか!」

「……」

「知らなきゃよかった! こんなの!」

 興奮している方の声しか聞こえなかったが、そちらがどたばたと音を立てながら階段を下りてくる。踊り場から顔を出した所でジャナルはその人物と目が合った。

「あ! ジャ、ジャナル君?」

「カニスじゃないか! って今の大声はもしかしなくても」

「あ、あー、今のは……今のは無しにして!」

 錬金術科工業コース8年生、カニス・アルフォート。追試騒動の際に知り合った病弱で小柄、おまけに気弱な少年だ。

 彼はものすごく気まずそうな表情で必死で何かを弁解しようとしていたが、結局何も思いつかなかったらしく、ジェスチャーでジャナルに「外に出よう」と示した。




 病院を出た後、ジャナル達はとりあえずカルネージへ寄った。学校はまだ授業中なので先生に見つかると色々面倒だし、何よりもアリーシャに会った場合、運が良くて拳の一発、悪くて魔神召喚でひとおもいに吹っ飛ばされるのは確実だろう。ジャナルがその覚悟を決めるのにはまだ時間がかかりそうだった。

「ったく、何でもかんでも無鉄砲に突っ走る奴が、なんでアリーシャが絡むとこうなんだ」

 フォードが呆れながら水の入ったグラスを差し出した。

「アリーシャがアリーシャだからに決まってるだろ。奴は史上最凶の女だ」

「ジャナル君、何もそこまで言わなくたって」

「カニス、お前はあいつの本当の恐ろしさを知らないからそう言えるんだ」

 そう言ってジャナルは一気に水を飲み干した。どうでもいいが、まるで酒飲みみたいである。

「で、イオの方は面会謝絶。多分あれから意識も戻ってない」

 グラスが空になると、カウンターの上にあるポットに手を伸ばし、水を足す。そしてまた一気飲み。

「ジャ、ジャナル君、今何て」

「そうか、まあ、お前のせいじゃない。そんなに気を落とすな」

 フォードはフォードでタバコに火をつける。ジャナルにしろフォードにしろ二十歳前後の男が取るべきしぐさではない。まるでオヤジだ。

「やっぱイオがああなったのは裏に黒幕がいるんだと思うんだ。どうよ、俺の推理」

「そういうのは黒幕が誰なのかを特定できてから初めて推理と言えるもんだ」

「あ、あのっ!」

「けど俺だって殺されかけたんだ! イオはどう見たって巻き込まれただけで!」

「ならばなんで巻き込まれたんだ? 巻き込まれる理由がどこかにあるはずだ」

「ちょっと待って!」

 カニスが声を張り上げた。あまりにも大声だったため、ジャナルやフォードだけでなく、周囲の客まで目を丸くした。それに気付いたカニスは、赤くなって縮こまった。

「と、とにかく、さっき言ってたけど、イオ君が面会謝絶って、本当なの?」

 ジャナルとフォードは顔を見合わせた。そう言えばイオの事についてはごく小数の人間しか知らないはずだ。特に病弱のためなかなか学校に出られないカニスは知らなくて当然だった。

「あ、うん、急に倒れてさ、うん」

 騒ぎ立てられると面倒なので、詳しい事情は伏せておく事にした。

「イオ君、そんなことがあったなんて」

「俺もショックだよ。いきなりあんな事になるなんてさ」

「そういえば昨日会った時、気分が悪そうだったけど、僕がもっと注意していれば」

「は?」

「やっぱりあの時無理にでも保健室へ連れて行くべきだったんだ」

「ちょっと待て、カニス。」

「ああ、僕は何て馬鹿なんだ!」

「だから待てっつーの!」

 一層張り上げたジャナルの声が店内に響く。周囲の客はものすごく迷惑そうに彼を睨み付けた。

「(なんで俺の時だけ非難めいた視線なんだよ)と、とにかくカニス、お前、イオと昨日いつ会ったんだよ?」

「え、あ、うん。授業中止の放送の後。錬金術科の校舎の裏でしゃがみこんでいるのを見たんだ」

「新事実だな」

 フォードがタバコを灰皿に押し付けながら呟いた。今の今までジャナル達は、昨日イオが昼休みから夕方の森林公園に姿を現すまでの間、彼が何処で何をしていたのかという情報が掴めずにいた。もしかしたらカニスの発言で事件解決の糸口が浮上してくるかもしれない。

「なんか様子がおかしかったのは間違いなかったよ。落ち着きもなかったみたいだし、顔色も悪かった。それに、何だったかな、ウイルスに効く薬がどうとか言ってたっけ」

「ウイルス?」

 なんとなく血の気が引いていくのをジャナルは感じた。

 体を蝕むウイルス。あの魔女の言ったとおりだ。

「イオは、ウイルスのことを知っていたのか?」

「おそらくな。誰かがそれでイオを脅迫した可能性が高い」

 フォードが2本目のタバコに火をつけた。会話中にタバコがないと落ち着かないらしい。

「ところでカニス。少し妙な事を聞くが、お前の持ち物の中で昨日の内になくなっていた物はあるか?」

「え? なくなってた物? 僕、意外だと言われるけどこういうことには結構杜撰だからあんまり細かく管理は……あ、でもそういえば薬剤が一個なくなってました。もしかしたら学校に置き忘れてたかもしれないけど」

「薬剤?」

 フォードの右眉がピクリと動いた。

「ノンウィザー(抗魔術)の粉末薬のビンが丸ごと。どうしたんですか、そんなに驚いた顔をして」

「いや、いいんだ」

 そしてフォードはジャナルに「謎が一個解けた」と小声で伝えたが、ジャナルは何のことか分かっていないようだった。あれだけ回復魔法が効かないと悪戦苦闘していたときの原因がそれだというのに何とも鈍い奴である。

「で、それがないと困らないか?」

「いえ、今作っている課題には使わないので。あ、えっと、これなんですが」

 カニスは足元においてある自分の荷物の中から丈夫そうな箱を取り出した。

 慎重に箱をカウンターの上に置き、ゆっくりと蓋を開ける。中から現れた物体にジャナルは目を丸くした。

 それは金属でできた塊だった。否、塊と言っても漬物石のような物体でなく、筒状の物や金属板など様々な形の金属を組み立てた物体だった。

「これ、雑誌で見た! 次世代武器だ」

 目を輝かせるジャナルだったが、それとは対照的にフォードの反応はあっさりしていた。

「何を大げさな。回転式の銃だろ。この形だと参式だな」

「詳しいですね」

「昔の知人にこういうのが好きな奴がいてな。そいつのハンドメイドのやつをもらった事がある」

 フォードの言う参式とは、最大3発の弾丸が装填できるリボルバータイプの銃のことである。

 この世界の銃はまだまだ発展途上の技術で、ほとんど普及されていない。

無論、飛び道具は存在しているが、使う者といえば山林地方の狩人くらいだ。普通に遠距離攻撃を仕掛けるなら魔術の方が効率がいいし、銃弾を造るコストも掛からない。それが原因で銃の発展は大幅に遅れていた。ジャナルの言う「次世代武器」が「現世代武器」になるのは当分先の話だろう。

「なあなあ、ちょっと持ってみてもいい?」

「え? あ、うん。大事に扱ってくれれば」

 製作者の許可を得て、ジャナルは嬉々と銃を手にしてみた。元々新しい物・珍しい物大好きな人間である。

 初めて手にした銃は、剣よりも軽いくせに、両手にズシリときた。

「雑誌によると、ここん所に指を引っ掛けて、ぐいっと引くとパーンって」

 パァァァァン。

 乾いた音が店内に響いたかと思うと、気がついたときには店内の照明器具の一つが音を立てて床に落下していた。

 幸い、落下地点には誰もいなかったので怪我人は出なかったが、店内を騒然とさせるには十分な一発だった。

 ジャナルはぽかんとしながら手の中にある銃を見た。発射口である筒から煙が上がっていた。

「ジャナル」

 たった数秒にして、冷静な好青年の顔から鬼の形相に変化したフォードがジャナルに詰め寄った。

「うわー! フォード、怒るなって! 別にわざとってわけじゃ」

「そういう問題か! カニスもカニスだ! 実弾入れたまま銃を保存する奴がどこにいる!」

「ご、ご、ごめんなさい! あ、あの、僕、僕」

 必死で謝罪の言葉を考えるカニスだったが、思いつく前にジャナルに腕を引っ張られた。

「逃げるぞ、カニス!」

「え? わっ!」

 気がついたときにはジャナルはすでに走り出していた。カニスを引きずったまま外に出る。

 店から少し離れた路地で、ジャナルはようやく立ち止まって腕を放した。

「いやー、ああいうときは逃げるに限る! フォードは怒ってから行動に移すまでの時間があるしな。ってどうした、カニス?」

 どうしたもこうしたもない。カニスは壁に手をついたままむせていた。

 病弱で体力のない少年が、戦士科の生徒の全力疾走に引きずられるのはかなり酷だった。

「だ、大丈夫か?」

 カニスはゼエゼエ言いながら、ふらついている。全然大丈夫ではない。

「ご、ごめん、お前の体のこと全然考えてなかった。」

「い、いいよ。そんなに、気を、遣わなくて。それに」

「それに?」

 カニスからの返事は返ってこなかった。

(それに、こんな苦しい思いをするのもあと数年だしね……)


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