4-6 ~黄昏の死闘~

 ジャナル達の暮らす街・コンティースには森林公園とは名ばかりの未開拓区域がある。学園からそう遠くはないのだが、見渡す限り木々しかないような場所にわざわざ来る人間はいない。

 野戦訓練には最適な場所なのだが、融通のきかないことにここが公園と銘打ってある以上、役場がそれを許してはくれない。何処の世界でも規則というのは面倒なものである。

 指定された場所に来たものの、イオの姿はない。だが、殺気とも言えるただならぬ気配が周囲を包んでいるのが分かる。ジャナルはそういうのには人一倍敏感だった。

 ジャナルは無言のまま一歩も動かずにいた。手には具現武器トランサー・ウエポンのバッジが握られている。

 日はだいぶ傾いていた。遠くのほうで街中の喧騒だけがかすかに聞こえてくる。

 そして時間だけが過ぎていく中、背後から聞き取れないほどの小さな音をとらえ、ジャナルは横に飛んだ。

 間髪いれずにちょうどジャナルの立っていた地面に金属製の釘のような暗器が数本突き刺さる。

「何の冗談だよ! ……って、うおっ!?」

 避けた先で別の方向から暗器が飛んできた。今度は一瞬判断が遅れため、暗器の一つがジャナルの足をかすめた。衣服に血がジワリとにじみ出る。

「冗談じゃないさ」

 背後から聞きなれた声がしたかと思いきや、うなじに尖った金属の冷たい感覚が走る。

「イオ?」

 振り向かなくともどういう状況か分かっていた。イオのヤミバライが背後から突きつけられている。

「悪いけど、やっぱり死んでくれ」




「どうして黙ってたー!」

 最後の聞き込みが終わり、教室に戻ってきたカーラとヨハンを迎えたのはアリーシャの怒声だった。

「どうもおかしいと思ったらやっぱり隠し事をしていた! どういうことか説明しろ!」

 アリーシャの傍らには、遠くの景色を見る能力を持つ精霊・千里眼ヨーイツがいた。どうやらこれで先程のジャナルとカーラの会話を盗み聞きしていたらしい。

 最早、これ以上隠し通すことはできないのは目に見えている。カーラは腹をくくって全てを打ち明けた。

「というわけなんだ。あ、でも別に犯人と決まったわけじゃないからね、多分」

 アリーシャはふてくされたまま、返事をしない。

「だけどこれだけは信じて、アリーシャ。あたいらはあんたを騙すつもりはないんだ」

 またも、アリーシャからの反応は、ない。

「そりゃアリーシャが犯人を憎む気持ちは分かる。友達を殺されたりしたんだから」

「殺されたぁ? 誰が?」

 アリーシャが素っ頓狂な声を上げた。

「え? え? だってジェニファアは」

「ちょっとちょっと! 勝手に殺さないでよ! ジェニファアは生きてるってば!」

「は?」

 カーラは凍りついた。ヨハンも意外そうな表情でアリーシャを見る。

「だ、だって発見時に息がなかったって」

「血液が気管に詰まっていただけ。秒単位のレベルで応急処置が遅れていたらやばかったくらいにぎりぎりの蘇生だったらしいけど意識不明の重体だってことには変わらないし、本当に死んじゃったら私、私……」

 急にアリーシャは肩を落とす。今までアリーシャがこれでもかというくらい怒鳴り散らし、皆を振り回してきたのも、全ては友が傷つけられた悲しみからきたものだ。それを思うとカーラは痛々しい気分になってきた。

「ごめん、弱音吐いて。それにジャナル達が手伝っているのに、ってジャナル探さないと!」

 アリーシャが千里眼ヨーイツに向かって何やら呪文を唱える。が、唱え終わる前に千里眼ヨーイツはパッと消えてしまった。

「やっぱまだコントロールが完璧じゃないか。しょうがない、また手分けして探そう。」




 聞き間違いだと思った。さもなくば何の冗談だと思いたかった。

 だが、彼はきっぱりとこう言ったのだ。「死んでくれ」と。

 ためらう余裕などお互いになかった。

 ヤミバライの突きが来るほんのわずか早く、ジャナルは頭をかがめて反転してそれをかわした。

「起動・ジークフリード!」

 手の平の中にあったバッジが黒い片刃の剣に変形し、次いで来る二発目の突きを叩きつけて弾く。

「どういうことなんだよ、イオ!」

「いいから黙って死んでくれ!」

 イオの攻撃は止まることなく続く。残像となって何本にも見える突きをジャナルは剣一本で防ごうと必死だ。それでも全てを防ぎきれず、身体中に小さな傷が少しずつ増えていく。話し合いというものは通じそうになかった。

「てやあっ!」

 ようやくジャナルも攻撃に転じた。刃の先端がイオの腕をかすめ、灰色のコートの生地が裂けた。イオも相手が反撃に出たところで表情が険しくなる。

 こうなった以上、イオの真意を問いただす前に、彼の戦意を失わせなければならない。

 だが、向こうはこっちを殺そうとしている以上、手加減というものが感じられない。互いの実力差がほとんどない以上、「倒す」と「殺す」の心構えで流れが決まってしまう。案の定、押され始めたのは「相手を殺さないように倒す」方のジャナルだった。

(くそっ、一体何なんだよ!)

 このままでは負ける。イオが何故自分を殺そうとしているのかは分からないが、彼は本気だ。

 だからって、向こうがこっちを殺そうとしているのならこっちも殺すというわけにもいかない。ジェニファアの件の重要参考人ということもあるが、それ以前にイオはクラス編成の時から顔を知っている、幼馴染みのアリーシャの次に付き合いの長い人間だ。たとえ「甘い事言ってないで現実を見ろ」と言われても、仲間だと思っている人間にいきなり殺意を抱けと言う方が無理である。たとえ向こうがいきなり襲い掛かってきても、だ。

 あるいは無意識に「これは嘘なのだ」と現実逃避しているのかもしれない。目の前の現実を認識しきれていないのかもしれない。

(けど)

 ヤミバライの攻撃がジャナルの肩口を裂くのと同時に、ジャナルは一歩前へ踏み込んだ。

「けど、死ねるかよ!」

 下段に構えたジークフリードを一気に上へ突き上げる。剣先はイオの左胸から肩を捉え、赤い線を刻む。風が舞い上がるような、まっすぐで美しい一撃だった。

「げ! やりすぎた?」

 思いのほか、イオの出血がひどかったのでジャナルは戸惑った。が、ジャナルの動きが止まったとたん、またもやヤミバライの突きが飛んでくる。奇妙な言い方をすれば、心配無用なのらしい。

 だが、先ほどと比べてわずかだが動きが鈍い。負傷はお互い様なのでそれを差し引いても、イオの顔色は悪く、息切れもひどかった。

 その上、攻撃も大振りで精密度も落ちている。一撃必殺をスタイルとする彼らしくない動きだ。

「なんで、俺ら、こんなことする理由なんかないだろ!」

 幾分か回避に余裕ができたので、ジャナルは思い切ってイオに問いかけた。

「カーラたちだって心配してたんだぞ!」

「黙ってくれ!」

 一進一退の攻防が続く。だが、ジャナルは問いかけをやめなかった。

「らしくないだろ、こんなの! お前はそんな奴じゃないはずだ!」

「黙れって言ってるだろ!」

 ヤミバライの剣先が一直線に飛んできた。刀身がわずかに沈みかけた夕日を反射して光っていた。

「はあっ!」

 攻撃が当たる寸前にジャナルは身体を横に反転させ、ジークフリードを振り上げた。金属音が鳴り響き、ヤミバライを払い落とす。イオの手から離れたヤミバライはそのまま地面に落ち、転がって元のバッジに姿を変えた。

「チェックメイト」

 ジャナルが肩で息を切らせながら言った。全身傷だらけのぼろぼろだった。沈痛そうな表情で、イオの方を見据えている。

「ジェニファアの事も、お前がやったのか?」

 言いたくなかった問いだが、彼はあえて問う。これだけはどうしてもはっきりさせなければならないのだから。

「……ああ」

観念したようにイオが答えた。一番聞きたくない答えだった。

「なんでだよ!」

 そうではないと信じていたのに。現実は無情だった。

ジャナルは何か言おうとしたが、言うべき言葉が見付からなかった。困ったように空の方に視線を泳がせると、空は日没寸前で暗い色に染まっていた。

「どの道、俺には、無、理、だった」

「イオ?」

 イオの身体は目に見えて異変をきたしていた。全身から血の気は引いているのに大量の汗が流れ出している。身体はフラフラしているし、呼吸もさっきより荒い。

「お、おい! 大丈夫か!」

 だが、イオはそれに答える事もなく、倒れた。




「ジャナルさんがここへ来たかって? そんなのあなたに関係ないでしょ」

 客の出入りにひと段落着いたカルネージに駆け込んできたアリーシャを見て、リフィはツンケンな態度で応対した。

「あのね、来たかどうか聞いてるだけなんだけど、なんでそんなに警戒してるの?」

「別に。仕事中ですから」

 急いでいるというのに困った。かといってリフィに事情を説明するにもためらうものがある。間違いなく話がややこしくなるからだ。

 仕方なく他を当たろうとアリーシャが店を出ようとしたとたん、奥のカウンターから声がした。

「ジャナルならさっき来たぞ」

「お兄ちゃん?」

 声の主はリフィの兄であるフォードだった。

「確か30分前か? リフィ、お前と何か喋っていただろう」

 フォードはカウンターでグラスを拭いていた。話には応じているが、こちらを見ようともせず、職務に集中している。

 リフィはそんな兄を恨めしげににらみながら、「どっちの味方してるのよ」と小声で呟いた。

「それで何か言ってなかった?」

「だからなんで……ひっ!」

 リフィの顔色が変わった。彼女の顎の下にアリーシャの具現武器トランサー・ウエポンである魔術師用の杖が突きつけられていたのだ。

「悪いけど私、遊んでいる暇は無いんだ。少々荒っぽいけど、痛い目合いたくなかったら答えなさい。……むしろ吐け」

 アリーシャの目は本気だった。というよりも視線だけで人を殺せそうだ。

「ほ、本当に知らない! いえっ、マジで!」

「本当に?」

「き、きっとイオさんのところです! どこにいるのか分からないけど、ジャナルさん必死で探してたみたいだし!」

「で、イオは?」

「だからそれが分からないんですー! イオさん、ジャナルさんあてに置き手紙を置いていったけど、私は読んでないしぃ」

 リフィは泣きそうになってフォードに目で助けを求めるが、彼は全く気付いてないのか、気付きたくないのか、とにかく無視した。

「つまり、イオがジャナルを呼び出した? ま、とりあえずありがと」

 リフィからしてみれば、とりあえずで済まされる問題ではないが、アリーシャにとっては大きな情報だ。そして、問題はどこに呼び出したのかだ。

「置き手紙を残すくらいだから人目がつかない場所。学校だと裏庭か校舎裏、地下は鍵掛かってるから除外、か」

「校外だとこの辺じゃ裏通りと、南に下ったところにある先の倉庫か、後は森林公園だな。リフィ、このグラス片付けておいてくれ」

「お兄ちゃん! 中途半端に会話に入ってこないでよ! そりゃ最近出番ないから気持ちは分かるけど!」

「そんなみみっちい思想はない。ほら、さっさと片付けろ」

「むー。今の発言は絶対嘘だ」

 低次元な会話をしている兄妹をよそに、アリーシャは手がかりを追うべく店を飛び出していった。

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