4-5 ~潜伏中、そして捜索中~
PM4:10。
ジャナル達が必死に探していることも知らず、イオはまだ学校にいた。ジェニファアの事で学園中が大騒ぎになっている中、彼はずっと人気のない場所で身を潜めていた。
考えている事はただ一つ。これからどうしたらいいのか。
あの教師の言いなりになってジャナルを殺し、解毒剤を手に入れる。自分が生き延びるためにはそれしかない。
しかし、けれども。
人殺しの罪を一生背負っていく自信なんかない。そうでなくてもジェニファアの事だって嵌められたとは言え罪悪感が拭えない。ジャナル暗殺を実行したところでその罪と苦しみが単純計算で2倍になるのだ。
(冗談じゃない)
いかに楽をするかを考え、適当にバカやって、ほんの少しだけ他人を出し抜いて、そんな日常。それがもう失ってしまったものだと自覚したとたん、イオはたまらなく悲しくなってきた。
その上、頼る人間もいなければ、助けを求める事すら許されない。
(だいたいなんで、あいつらは何のためにジャナルを殺そうとしてるんだ?)
しかも、わざわざ生徒にそれをやらそうとしているあたり、何が何でも自分の手を汚したくないという意志だけはわかる。
だがものすごく不謹慎極まりない言い方をすれば、犯行なんてバレずにやれば疑いがかかるはずがない。ジェニファア達を操っていた催眠の香とやらでもイオに打ったヤバい薬でも、わざわざ生徒を巻き込まなくても直接それらをジャナルに使った方が成功率は明らかに高い。
(使えない、いや、直接あいつらがジャナルを殺せない理由があるのか?)
考えてみるものの、情報量が少なすぎて決め打てる要素がない。
というより、今それを考えたところでこの状況が解決できないことに気づいて、イオは吹っ切るかのように頭を振った。
(というか、殺して来いとか言っておきながらノープランにもほどがあるだろ! そのままジャナルにいつも通りに近づいてサクッと殺れとでも言ってるのか、あいつら)
まず普通に現行犯逮捕な上、周りに犯行を阻止する人間がいないというのが前提となってくる。
(ああ、もう! どうしろっていうんだよこんなの!)
結局行きつく先は、最悪極まりない結末。
絶望感に打ちひしがれ、イオは抱えた膝に顔をうずめた。
本当に、どうしてこうなった。
(畜生っ!)
頭がガンガンして、吐き気がする。それがウイルスのせいなのか、精神的なものなのかは分からないが、それは時間が経てばたつほどひどくなっていくような気がした。
このままではタイムリミットの日没くらいの時間まで身が持たないかもしれない。
「イオ君?」
不意に上から声がした。驚いて伏せていた顔を上げると、身体に不釣合いなほど大きなリュックサックを背負ったカニスが不思議そうな顔でこちらを見下ろしていた。
「どうしたの、こんなところで?」
イオは少し警戒した。警戒してから、あからさまに態度に表してはよくないと気付き、無理矢理平静を取り繕った。
「あ、ああ。お前こそこんなところで何やってるんだ?」
「何ってここ、錬金術科の校舎裏、なんだけど」
そこまで気が動転していたのか。イオは自分がいた場所が、カニスが在籍している錬金術科の校舎裏だという事をようやく思い出した。
「ま、ここは正門から反対方向だから僕くらいしか通らないと思うし」
少し苦笑いするカニス。彼をいじめていたチンピラ学生と鉢合わせしないようにと考えた回避策が、彼らが停学処分になった後も習慣になっているのだろう。
「ねえ、イオ君。なんか顔色悪いように見えるけど、本当に大丈夫?」
「そうか? 気のせいだろ」
そういいつつも、イオは客観的に見ても顔色が悪く、妙にやつれて見える。眼鏡のせいで目立たないが、目に生気がない。
「なあ、カニス。ダメ元で聞くけどどんな毒や悪質ウイルスでも効く薬ってあるのか?」
「そ、そんなのあったら僕が欲しいくらいだよ。それに、僕の専攻は機工学だからちょっと薬品とかは専門外だし。あ、でもうちの担任のジピッタ先生なら元々薬学・化学の先生だったからそういうのに詳しいかも」
「そ、そうか」
というか、そいつが俺に変なウイルスを打ち込んだ張本人なんだよ。
イオはため息をついた。まあ、確かにカニスは悪くない。悪くはないが、イオをへこまかすには十分な発言であった。
「あ、イオ君。悪いんだけど、お、お願いを聞いてくれるかな?」
「なんだ、いきなり改まって」
イオがカニスの方をみると、カニスは何故かものすごく言いづらそうにしている。下を向いたり震えたりと、なんだかこちらを怖がっているようだ。
「い、いや、あのね。やっぱりいいや」
「何だよ。言いかけてやめるなよ」
「ううっ」
ますますカニスは黙ってしまった。これではいじめっ子といじめられっ子の構図だ。
「あ、あの、僕、ちょっと教室に宿題のレポートを忘れちゃって」
「まさか、取りに行けって言うんじゃないだろうな?」
「ち、違うよ。ちゃんと自分で取りに行くから、その、その間、僕の荷物を見ててくれないかな?」
「は?」
イオは口を開けたまま固まった。荷物番を頼むのに何でそんなにためらう必要があるのか。
「ちょっとの間なら構わないけど、別に何か変なものが入ってるって事はないよな?」
するとカニスはぱあっと目を輝かせて、
「ありがとう。よかった、断られるかと思った」
と感激し、背中に背負ったやたら大きなリュックサックを下ろすとイオの隣に置いた。着地の際、リュックサックはズシン、と大きな音がした。
「ジャナル君はイオ君のことをケチだとか言ってたけど、全然違ってた」
「ジャナルが?」
これから解毒剤のための標的であるジャナルの名前が出てきたので、イオはピクリと反応した。
「うん。宿題写させてくれないとか、日直代わってくれないとか」
「それは俺でなくても普通断るだろ」
「え? 僕、いつも学校行くとクラスの人に当番とか頼まれたりするけど?」
「それは都合よく利用されてるんだよ! 気付け!」
ダメだ。カニスはいじめられている事は理解しているようだが、変な所で自覚症状がない。もしくはそんな環境に慣れきってしまい、多少のことは当たり前と感じてしまっているのか。
(けど、誰かに良いようにされているのは、俺も同じだな、この場合)
ただ、イオはカニスと違って自覚はしている。しかし相違点はたったそれだけ。何一つ刃向かう事もできない。
他人に、しかも嫌いな人間に屈折するのは嫌だ。けれどもそれを拒めば命はない。死ぬ事はもっと嫌だ。
気がついたらカニスはいつの間にかレポートを取りに行ったのか、いなくなっていた。
カニスのリュックサックのベルトにくくりつけてある時計を見ると時刻は4時半になろうとしていた。死への時間は刻々と迫る。
(俺は、まだ死にたくない!)
そしてほんの少しだけためらった後、無遠慮にリュックサックの中を探り始めた。
PM4:30。ジャナル達の捜査の4巡目が終わった。運が悪い事に、ジャナルがさっき聞き込みをした相手は帰ってしまっていたようで、新しい情報を得ることはできなかった。そんなジャナルを待ち受けていたのが、アリーシャの罵詈雑言だった。
「え、ちょ、仕方ないだろ、こればっかりは」
「仕方ないですむか! せっかくの手がかりをフイにしやがってっ! どう落とし前つけるつもりだ、コラァ!」
非常に分かりにくいが、下のセリフがアリーシャのものである。怒りのあまりに口調が変わってしまったアリーシャに逆らうのは命知らずもいいところである。
アリーシャは普段は活発で温厚、面倒見のよい性格なのだが、一度キレるとどういうわけか、口調がとてつもなく汚くなり、手がつけられなくなるくらい凶暴になる。おまけに戦闘狂の気があるらしく、自分が「敵」と見なした者には容赦しない。
そんな彼女の性格によって一番被害をこうむっているのが、幼馴染み兼腐れ縁なジャナルなのだが、困った事に彼はそういうキャラと認識されているのか、誰もジャナルに同情しない。否、例外的にリフィがいたが、この場にはいない。
「ごめん、遅くなった」
集合時間から少し遅れてカーラがやって来た。
「あっ! カーラ、助けてくれよ。アリーシャが、ぐぐっ」
ジャナルはカーラに助けを求めようとするが、あっさりとアリーシャに首を絞められる。
「まあ、ジェニファアの仇を取るまでの我慢だね。ほら、アリーシャも怒りたいのは分かるけどとりあえず我慢する! それからヨハン。あんたもいるんだったら止めてやりなよ」
「嫌だ」
ヨハンは迷惑そうにきっぱりと言った。
4巡、約1時間半の聞き込みは昼間の会議の件以外、大した収穫は得られなかった。授業中止の放送が流れてからかなり時間がたっているので校内にはほとんど生徒が残っていない。探偵団気取りの連中も飽きたのか、帰ってしまったようだ。
これ以上やっても無駄じゃないかと思ったが、アリーシャがそれに納得しないだろう。彼女の気持ちを考えれば、いくら首を絞められても「はい、おしまい」とは言い出せない。
だが、アリーシャも口では「犯人を捕まえるまで帰らない」と言っていても、このまま捜査を続けたところで収穫の望みがない事が分からないほど愚かではない。
ラスト1回だけ。これでダメならいったん打ち切る。アリーシャはそう宣言して、教室を出て行った。
「ねえ、ジャナル」
アリーシャに聞かれていないか確認してからカーラが先ほどの報告をした。
「さっきイオの家に行って来たけど、あいつ、まだ帰ってなかった」
「え?」
「あたいらは昼休みからずっとイオの姿を見ていない。それにジャナルが聞いたクラス委員の会議のこと。何がどうなってるか分からないけど、多分何かに巻き込まれてるんじゃ」
ジャナルは黙り込んで、考えた。
推理物の定番パターンとして、一番容疑がかかっている行方知らずの人間が実は人知れず殺されているというものがある。現実に起きたらシャレにもならない。
「イオを捜そう。取り返しのつかない事になる前に」
アリーシャには内緒で、ジャナル、カーラ、ヨハンの3人はイオがいそうな場所を探す事になった。じゃんけんによりジャナルが学園周辺、カーラがイオの自宅周辺、ヨハンが街の中心街周辺という分担になった。
ジャナルが担当した学園周辺の道は雑談している生徒の集団がちらほら見られた。凶悪犯に対する警戒がまるでなっていないのには呆れた話だが、いくらなんでもイオがこの集団の中に紛れ込んでいるというのはなさそうなので、声をかけやすそうな集団に話しかけてみた。
「黒髪で、眼鏡をかけていて、顔は面長でな奴、見なかったか? 背は俺よりちょっとだけ高いけど」
「あれ、それってイオ先輩の事? それだったらさっき喫茶店の方に入っていったのを見ましたけど」
「本当か?」
ここで言う喫茶店といえばカルネージしかない。ずいぶんあっさりだと思ったが、これは有力な手がかりだ。
そのまま向かいにあるカルネージへ駆け込む。
が、店内は学生の客でいっぱいいるものの、肝心のイオの姿はどこにも見当たらなかった。
「ど、どんなトリックを使ったんだ、あいつ!」
またも何かズレた事を言いながらジャナルは途方に暮れた。
「あー! ジャナルさんじゃないですかあ?」
入り口で立ち尽くすジャナルを妙に思ったのか、店の手伝いをしていたリフィがこっちへやってきた。
「よかったー。会えなかったらどうしようって思ってたんですぅ」
「あのな、リフィ。悪いけどお前に構っている暇はないんだけど」
「そんな事言わないで下さいよぉ。渡すものがあるんですから」
そういってリフィは店名の書かれたエプロンから、糸でぐるぐる巻きにされた紙切れを取り出した。
「これは?」
「イオさんから。もしジャナルさんがここへ来たらこれを渡してくれって」
「何だって?」
イオの奴、もし俺がここへ来なかったらどうするつもりだったんだ。と思いながら受け取った紙切れを開くと、そこには見慣れた字でジャナル宛の伝言が書かれてあった。
「森林公園地点B904で待つ。一人で来い。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます