1-6 ~覚醒の日~

 焼け焦げた大木を眺めながら三人の男達は愉快そうに笑っていた。

「はははっ、こりゃすげえや。一発で黒こげだぜ」

「全くあのチビ、いいもん造ったもんだぜ。結局俺らのおもちゃになるけどな」

「だよなー。てかあの課題、適当なやつ作っとけばいいのに」

 立入禁止と書かれたフェンスの中に広がる森を更に奥へ行った広場で、例のチンピラ三人組は、カニスが苦労して作った「作品」をおもちゃのように扱っていた。

「さて、どうする? こいつでムカつく連中を片っ端からやっちまうか?」

「いいな。ポニーの女はやったから次はその連れの……」

 チンピラの一人が何気なく後ろを向いたとたん、大玉転がしの玉くらいの大きな火の玉が彼らめがけて飛んできた。

「な、何だあ?」

 火の玉は手前の地面に落ち衝撃波が起こる。煙も派手に上がり、男達の視界を遮った。

「げほげほっ……はっ!」

 背後にいつの間にか黒光りする剣を構えた赤い影が見える。

 それがさっき話していた「ポニーの女の連れ」と認識したときには既に、影の持つ剣は真一文字を描いていた。

「そりゃあ!」

 ジャナルの剣が、男の手の中にあるサンダーブレードを弾きとばした……はずだったが、その寸前に異変が起きた。

「うっ!」

 急に愛剣・ジークフリードが鉛のように重くなったのである。腕はその重さのせいで下がり、体全体のバランスを崩してしまう。

 剣を持ったチンピラはその隙を逃さなかった。ジャナルの攻撃をサンダーブレードでガードして弾き返す。

「くっ!」

 ジャナルは急激に重量が増加したジークフリードを両手で支えながら、相手を押し返そうと試みた。相手は自分より剣の扱いに慣れてない機工学コースの人間、楽勝のはずだ。

 が、次の瞬間、ジャナルにとっては信じられない誤算が起きた。

「痺れろ!」

 なんと、サンダーブレードの刀身から電流のようなバチッとした衝撃が、交差しているジークフリードを通じてジャナルの身体に襲い掛かった。

 渾身の力をこめて後ろに後退したジャナルだったが、ダメージの深さは思いの他ひどく、片膝をガクリとついた。

「ジャナル!」

 相方の負傷に飛び出すアリーシャ。魔法で連中の気を引いている隙に剣を取り返すという作戦はあっさりと失敗した。

「ジークフリード、それも初期型か。だっせえ、今時誰も使ってねーよ」

 男の一人が馬鹿にする口調で言った。

「う、うるせー。お前らのような最低のクズヤローは斬る価値がねえんだよ」

 フラフラになりながら悪態をつくジャナルであったが、この事態を引き起こしたのは紛れもなくこのジークフリードのせいである。

 サンダーブレードのように、普通の剣に雷の力という付加価値があるのであれば、ジャナルたちが使用している武器も同様に何らかの付加価値があっても不思議ではない。

 ジークフリードの場合、倒すべき敵の強さに比例して威力と斬れ味が増す。一見大層な能力であるが、逆に言えば敵の力量が明らかに弱い、なおかつ人間的にも斬る価値のないような相手にはナマクラ以下になるという副作用のような能力も併せていた。

「ちょ、なんであんたの剣ってこういうときに足引っ張るわけ? この役立たず! まとめて焼却炉にぶち込んでやる!」

 せっかくの作戦を台無しにされたという事態にアリーシャが抗議、というより「マジ切れ」によって、口調も変わっている。

「う、うるせーな、俺の愛剣にケチつけるな!」

「ケチも何もあるか! 大体世に数百もある剣からなんでそんな役立たずな剣なんか使ってんのさ!」

「名前がかっこいいからに決まってるだろ!」

 いかにもかっこつけ志向のジャナルの答えである。

 ちなみにジークフリードの由来は単に製作会社の名前から取っただけで、それ以外に意味はない。

「お前ら、いい加減にしろ!」

 本来の目的そっちのけで、完全に無視されていた三人組も不機嫌なのらしい。剣を天に掲げると、叫んだ。

「落ちろ!」

 叫びから一秒もしないうちに一筋の光がジャナルとアリーシャめがけて降ってきた。直撃を食らう寸前でなんとか回避する。

「あ、あぶねー」

 攻撃はまさに雷そのもの。常人が回避できるはずがない。二人が回避に成功したのは単にチンピラの台詞から攻撃地点を瞬時に判断して先読みしただけに過ぎない。相手が攻撃を仕掛けてきそうなときは、すぐにその場を離れる。授業で習った基本的な戦い方だった。

 だが、一度の攻撃を避けたとしても、すぐに追撃の雷が降ってくる。

「落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ!」

 めちゃくちゃな攻撃が続く。幸いなのは、相手が実戦に不慣れであったことであった。落雷攻撃は落下地点を定めて発動しなければならない上、三人組は相手の動きを予測してから落下地点を調整するという事を全く実行していないのである。

 とはいえ、攻撃の手は休まらなかった。むしろどんどん激しくなる一方だ。周囲は稲光と黒焦げの地面で白と黒がものすごい速さでチカチカしている。一向に反撃に出ることができない。

「こうなったら! ……防護壁ガーディアンズ!」

 アリーシャが杖を構えると、透明なバリアが現れ、雷をシャットアウトした。ただし、自分の周りだけ。

「あー! ずるいぞ、自分ばっかり!」

「うるさい! 召喚魔術師の特権だ!」

 どうやら作戦失敗の事を根に持っていたらしい。結局自分の身は自分で守るしかなかった。

「ちっ、ちょこまか逃げやがって。おい」

「まかせろ。二度と俺らに逆らえないようにしてやる」

 他のチンピラがなにやらひそひそ言っているようだが、ジャナルにはそれを聞いている余裕はない。

「くらえ!」

 何十回目になろうかと思われる落雷を回避したジャナルめがけて、黒い物体が飛んできた。


 小型魔術式爆弾。


 そう認識したときにはもう遅い。あっという間にジャナルの姿は爆発に巻き込まれて見えなくなった。

「はははは、直撃ぃ! ま、こいつで死ぬことはねえよ。病院送りは確実だろうがな」

 ジャナルは爆風の中で倒れたままだ。意識はあるが、体が動かない。火傷と裂傷、骨も何本かまずいことになっているかもしれない。


 悔しい。とにもかくにも腹が立つ。


 こんな連中にやられるとか、ジャナルにとってありえないレベルの失態である。

 ちょっと舐めてかかったとか、ジークフリードのマイナス補正を差し引いても、さすがにこれはない。

 だが、いくら悔しがっても現実は変わらない。あのクズな連中は無様に地面に倒れているジャナルを嘲笑い、すでに完全勝利だと思い込んでいる。


 せめて、剣だけは取り返したかったのに。


 こんな弱いものをいたぶる卑怯な連中に屈するなんて、死んでも許したくなかった。

 ジャナルは何とか立ち上がろうと体に力を籠めるが、同時に何とも言い難い激痛が襲い掛かる。あまりの痛さに、意識が飛びそうだ。

 アリーシャはどうなったんだろうか。バリア召喚している間は大丈夫だろうが、あいつらがカニスの剣を持っている限り分が悪いのは確かだ。

それを考えると、こんなところで寝ている場合ではない。

 だが、どうしたら打開できるのか。油断すれば意識を失いそうな状況では何も思いつかない。

 それどころか、もうちょっと頭がよかったらどうにかなったんだろうか、とバカなことを考えてしまいそうだ。


 ああ、あの総会長の言っていた「バカのままだと後悔する」というのはこういうことを言うんだろうか。


 目の前が、ゆっくりと暗くなっていく。起きろ起きろと自分を奮い立たせようとしてもあまり効果がありそうになかった。なんとか、どうにかしたいのに。


『万が一大変な危機に陥ったら祈ってみなさい』


 幻聴まで聞こえてきた。なんか最近聞いたことがある声だ。

 ああ、確かニーデルディア総会長だっけ。あのなんだかよく分からない長い話を昨日聞かされたんだ。それで、そのときに貰った石、どうしたんだっけ。


『悔しいでしょう? 剣、取り返したいのでしょう?』


 もちろんイエスに決まっている。

 相手は自分よりも腕っ節も弱い、戦いに関しても素人だ。それに、カニスの剣を奪った人間のクズだ。

 こんな奴のいいようにさせていい訳が無い。


『なら「力」でねじ伏せればいい』


 そうしてやりたい。最悪な要素が重なって今の状態になってしまったが、本来ならばそれができるはずだった。


『ピンチの時の一発逆転、のチャンスは今だけですよ』


 左胸が、熱い。


『あなたには、その「力」を解放する義務がある』


 正確にはジャナルの着ている赤いジャケットの内ポケットに入れてある「ある物」が熱を発しているようだ。


『己の力を信じなさい。あとはあなたがそれを肯定するだけです。それが最後の鍵』


 幻聴になっても長話が好きだな、このお偉いさんは。そりゃあ、そんな力があるのなら。

「力が欲しい」

 ニーデルディアの話が例え胡散臭くても、心の奥底にある欲望は否定できない。返事はイエスだ。

 そのとたん、身体にどんどん力がみなぎっていくのを感じた。同時に痛みも消えていく。


『よろしい。「封印」は一度解かれ、復活した』


 ジャナルは立ち上がって剣を握り締めていた。相変わらずジークフリードは重いが、気にもならなかった。

 考えている事はただ一つ。奴らをぶっ倒すことである。

「行くぞ、お前らぁぁぁぁ!」




 そこから先はたった十秒で決着がついた。

 ジャナルは剣を上段に構えた状態で跳躍。それも7、8メートルの高さだ。普通の人間が飛べる高さではない。

 その信じられない光景に、アリーシャも、三人組も怒りを忘れて目を奪われるしかなかった。

「くらえ!」

 ジークフリードのハンデももろともせず、三人組のリーダー格の脳天に美しい一撃が決まった。続けざまに、残りも一閃で片付ける。

「一応急所は外しといたけど、ざまみろ! それからこれは没収!」

 気絶した三人組からサンダーブレードを回収する。

「逆転勝利!」

 Vサインをするジャナルを、アリーシャはしばらく呆然と見ていたが、やがて我に返ると一気に詰め寄った。

「ちょっとちょっと! 一体なんなの、今の!」

「え? 今のって?」

「とぼけるな! 今、ものすごく跳んでたじゃない! 普通ありえないでしょうが!」

「え、まじ? 俺、そんなに跳んでた? 必死で距離感とか覚えてないんだけど」

 ジャナルは内ポケットに手をやった。さっきの声といい、インチキ臭い謎の力といい、どうにも釈然としない。

 中から「ある物」が出てくる。それは昨日ニーデルディアが「お守り」と称してくれた小石だった。だが、もらった時には赤褐色だったのが、今では真っ白になっている。少し力をこめると、石は粉々になった。

 万物における物理的・魔術的に働く「力」を増幅させる力を持った魔族。

 ニーデルディアはこの石をくれた時に、そんな話をしていた。まさか、今のと何か関係があるのか?ジャナルの頭にそんな疑問がふとよぎった。

「いやいやいや。俺、普通の人間だし」

「はあ?」

「何でもない。さーて、これで事件解け、んん?」

 戻ろうとして後ろを振り向くと、そこには校長と、数人の学園教育総会の人間が立っていた。

「げ」

「げ、ではない! これは一体どういうことだ!」

 校長が声を張り上げる。

「い、いえ、これには深い訳があって!」

「そ、そうですよ、俺達が悪いんじゃ」

 同時に弁解するジャナルとアリーシャであったが、状況的に正当化するにはかなり無理があった。

「何かと思ってきてみれば、立入禁止の場所に入るわ、地面や木々を黒焦げにするわ、無断で武器は振るうわ、力の弱い機工コースの生徒をコテンパンにするわ! おまけにジャナル・キャレス! 貴様、追試はどうした! 一向に戻ってこないとブチ切れたトムから連絡が来たぞ!」

 ジャナルの顔が青くなる。

「やべ、トム先生そんなに怒ってるんかよ……いや、一応今からでも戻ろうかと」

「やかましい! とにかくお前らの処分は会議で決める! さっさと来い!」

 こうして、今回の騒動は誰もが納得しない結末のまま、幕を閉じた。




 その後、復帰したカニスの証言により、かろうじて校長への誤解は解け、三人組と彼らの担任の処罰も決まった。アリーシャも「友人の課題作品を取り戻すための行動」ということで、お説教程度ですんだ。

 ただ、ジャナルに関しては、アリーシャと同様のことは認められたが、結果的に追試をサボった点については無罪放免というわけにはいかず、会長のニーデルディアを交えた会議による正式な処分の最終決定が決まるまで自宅謹慎となった。

 執行猶予、とも取れなくもないが、ともあれこの一件に関しては、それで解決という事になった。




 膨大な資料が管理されている学生資料室の片隅で、総会長のニーデルディアは調べ物をしていた。一つは今年の生徒のデータ、もう一つは今から二年前の生徒のデータだった。

「あれから二年。しかしまさかこんな単純な方法で確保できるとは。二年前の失敗が馬鹿馬鹿しく思えるくらいだ」

 細く、美しい指で資料をぱらぱらめくる。

「ジャナル・キャレス、彼にはもう少しここにいてもらったほうが都合がいい。今度は「保険」もあることだし、確実に事を進める必要がある。」

 それは、これから起こる長い長い悲劇の始まり。

 だが、それを知っているのはニーデルディアただ一人しかいなかった。

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