1-5 ~反撃開始~

 翌朝、国立戦術学園デルタ校学生課。ここでは欠席届や早退届、果ては使用具現武器トランサー・ウエポン修理願からアルバイト申請まで学生生活における各種書類を扱っている。

「じゃ、明日までに判子押して持ってくるように。次……なんだお前か」

 事務員がジャナルの顔を見て、眉間にしわを寄せた。

「なんだって、失礼な」

「どうせ再試験受験手続だろ。常連の名前は覚えている。さっきも機工学専攻のカニスも来てたしな。今日の午後、一緒に追試を受けるんだろ?」

 そういえばそうだった。自分のことで手一杯だったが、カニスも今日の試験を受けるはずだ。

「あいつ、剣は完成したのかな」

 どっちかというと、そっちの方が興味があったが、あいにく始業時間まで時間がない。遅れるとうるさい奴もいるので、ジャナルはそのまま教室に向かった。




「あーダメ、これが限界」

 AM11:00 魔術科校舎の魔術実験教室。床に描かれた魔法陣の上で女生徒がへたり込んだ。汗もびっしょりかいている。

「ちょっと、全然ダメじゃん」

「そう言わないでよー。これ、結構きついんだって」

 アリーシャのクラスでは、魔術の訓練の授業をしていた。今日の課題は精霊『ヨーイツ』の召喚。遠方の景色や状況を見ることができる千里眼の力を持った小さな精霊を呼び出し、行使することであった。かなりハードな課題らしく、生徒は次々とネを上げている。

「じゃ、次はアリーシャの番」

「オッケー」

 指名されたアリーシャはずかずかと魔法陣の中央へ立つと、杖を取り出し呪文の詠唱を始めた。

「われは望む、われは願う、われは祈る」

 魔法陣が淡い光を発し、アリーシャを包む。室内には風もないのに彼女の服はばさばさと靡いている。

「万物を見通す目を、その力をわれに授けよ、そして応えよ、精霊ヨーイツ」

 アリーシャの体が大きくふらついた。

 本来、召喚術というのは異世界にいる生物をこの世界に呼び出し、使役するために自分の精神力と魔力を餌にする儀式で、乱用すると術者の体力に支障をきたす。ことに、初めて呼び出す生物に関してはこちらを警戒しているため、余計な時間と労力を消費する。

(……何か見える)

 アリーシャの脳裏に鮮明なヴィジョンが広がっていく。

(学校?)

 どこの校舎か分からないが、映し出された光景は、どこかの校舎裏だ。顔は良く見えないが、三人の人影が見える。

 その内の一人の手に一本の剣が見える。戦士科の人だろうか?と思った時、剣がアップに映し出された。

(確かこれって……まさか!)

 「それ」を確信した瞬間、体に激痛が走った。

 何のことはない、集中力が途切れてバランスを崩し、転んだだけである。

「アリーシャでもダメかあ。いい線行ったと思ったのに」

「大丈夫? 怪我してない?」

 クラスメイトに助け起こされるアリーシャだったが、次の瞬間、彼女はそのまま教室の扉の方へ走り出していた。

「ごめん、ちょっと抜けるから!」




 追試試験間近。ジャナルは席に座ったまま腕を組み、目を閉じて眉間にしわを寄せたままの表情で天を仰いでいた。

「ねえ、ジャナルの奴、何やってるわけ?」

 カーラが呆れた顔でイオに訊いた。

「さあ。ああいう顔しているけどどうせ何も考えてないだろ」

「本当に大丈夫?」

「大丈夫なわけあるか。これでクラス全員の査定もダウンだろうな」

 そして二人同時に深いため息をついた。

 無論、ジャナルも退学の危機や自分の成績のせいで皆に迷惑をかけていることに気づいていないわけではない。どうにかしたいとは思っているのだ。思ってはいるものの、それに頭と体がついてこない。心のどこかでどうにかなるかもしれないという根拠もない楽観と、学園教育総会の汚いやり口(実際は言うほど汚くはない)に従いたくないという反感が渦巻いていた。

「ほらジャナル、時間だよ」

 カーラにせかされ、ジャナルは渋々立ち上がった。気分は最悪だが、そうも言っていられない。

「期待はしない。しないけど、マジで死んで来い!」

「ちょ、おい、イオ! それが友達を励ます台詞か!」

「あ、しくじったら「あんなバカ知りません」とお偉いさんに言っておくから」

「ひどっ!」

 ああ、そうだ。イオはこういう奴だ。と思いながらジャナルは教室を後にした。




 試験会場は視聴覚室。ほとんど追試以外に使い道がほとんどない部屋である。

 会場には既にほとんどの生徒が着席していた。ジャナルは指定された席に着くと、一息ついた。

 それから周囲を見回すと、ジャナル同様の常連からたまたま落っこちたような新顔までざっと十人弱。

が、その中を探しても、あの小柄な少年・カニスの姿は見えなかった。代わりに不自然な空席がぽつんとあるだけだ。

(おかしいな。あいつ、今日の試験受けるって言ってたのに)

 結局、時間になってもカニスは現れず、答案用紙の束を抱えた初老の女教師が入室して来た。アリーシャのクラスの担任だったのは知っているが、名前は思い出せなかった。

「ではこれから試験を始めます。筆記用具以外の物はしまうように。試験時間は一教科につき30分の時間を与えます。全科目通しで行いますが、終了次第退室することを認めます。なお、退室した後の再入室は認めません」

試験用紙が裏向きで各自に配られる。目に見えてジャナルに配られた枚数が一番多かった。

「では合図と同時に開始します。よーい、はじ……」

 バタン、ドタドタドタ。

 開始の合図は突如乱入してきた騒音によってかき消された。

「ト、トム先生?」

 乱入してきたのはなんとトムだった。全速力で走ってきたにもかかわらず、息一つ切れていない。さすが戦士科の教師といったところか。

「何なんですか! 今、試験を始めようとしてたのに!」

「申し訳ない。ですが大変です。貴女のクラスのアリーシャ・ディスラプトが雷撃で負傷したようです。今保健室で手当てを受けています」

「え?」

 試験官よりもジャナルが先に反応した。

「あー、そういや、お前ら知り合いだったよな。と、とにかくここは私が引き受けますから先生は保健室へ」

 アリーシャはがさつで、魔力増強用の杖ですら肉弾戦の武器に使ってしまうくらい豪快だ。そんな彼女が負傷するとは余程の事がない限り、ありえない。これはジャナルから見た話だが。

 そして、ジャナルは再び空席の方へ目を向けた。確かカニスの作っていた剣はサンダーブレードという雷の剣じゃなかったか?

 来るはずなのにこの場にいないカニス、雷で負傷したアリーシャ。これは偶然なのだろうか。否、根拠はないが偶然と片付けるにはおかしい。

「ジャナル?」

 気がつくと、自分でも気づかないうちに立ち上がっていたらしい。

「あの、カニスはどうしたんですか? 機工科コースのカニス。あいつも今日の追試受けるはずだったんだけど」

「え?」

慌てて名簿と席順を確認する女教師だが、すぐに彼が居ないということを認識する。

「欠席という連絡はこっちに来てませんね」

「妙だな。何かあったら担任の方から連絡が来るはずだが」

 トムも首をかしげる。ジャナルはだんだん嫌な予感がしてきた。

「すんません。俺、ちょっとアリーシャの様子を見てきます」

「何言ってるんだ。試験はどうするんだ?」

「頼みますから!」

 ジャナルは力強く叫んでいた。

「それに、ここに来るはずの友達も来ていないんです。もしかしたらヤバいことに巻き込まれてるかもしれない」

 だが、ある程度は予想していたとはいえトムも女教師もジャナルの言い分をまともに取り合おうとする様子はない。

「別にそうと決まったわけじゃないだろ」

「そうですよ、バカなことを言ってないであなたは試験に集中しなさい」

「それでも!」

 さらに大声を上げるジャナル。

 さすがにこれには周囲の生徒たちも驚き、迷惑そうな顔をしている。

 数秒間の沈黙の後、トムはやれやれと言いたげに首を振った。

「お前は本当に言い出したら聞かないからな……分かった。ただし抜けた分の時間は試験時間から引いておくからな」

「ちょっと、そんな勝手に決めちゃっていいんですかっ!」

 女教師の抗議の声が上がる。

「心配事を放置している状態で試験受けても意味がないでしょう。それで落ちられても誰も納得しない」

「そ、そんなこと言って本当は自分のクラスから落第者が出て評価が落ちるのが嫌なだけじゃないでしょうね?」

「……生徒の前で言わなくても。まあ、この際どう取ってくれてもいいですよ。ほら、ジャナル、とっとと行って帰ってこい」

「ありがとうございますっ!」

 トムの声にジャナルの顔が明るくなる。

 まあ、状況が状況なだけに明るくなっている場合ではないのだが。




「あれ? ジャナル、試験は?」

 負傷した、という割にはアリーシャは所々包帯や傷テープが目立つものの、元気そのものだった。

 女教師は教え子であるアリーシャの無事を確認すると、負傷した旨を報告する書類を書きにそのまま職員室へ向かっている。

「それ所じゃないっての。一体誰にやられたんだ?」

 とたんにアリーシャの顔が険しくなる。

「あいつら。この間カニス君にカツアゲしていた三人組。召喚魔法の授業の時に、あいつらがカニス君から剣を奪ったのが見えたの。それで慌てて追いかけたんだけど」

「それでカニスは? 試験に来なかったのは知ってるけど」

「ボコボコにされて今は家に帰らされてる。機工学コースの先生、そんな事態が起きたって言うのに見て見ぬフリをしているみたい」

「マジかよ」

 ジャナルは唇をかんだ。目は怒りの色に染まっている。アリーシャやカニスを負傷させた三人組も、それを黙認する教師も、そんな事態にも気づかず生徒の細かい粗探しをしている総会にも、それを束ねているニーデルディア総会長にも、怒りはどんどん連鎖していく。

「あの三人組はどこだ?」

「今探してる。というか、あんたは試験に戻らなくていいの?」

「あの剣がなかったらカニスは単位取れないんだぞ。アリーシャだってこんな目に遭ってるのに自分だけのうのうとしてられるかよ」

「うっ……さっきは油断しただけだし。次は絶対叩きのめしてカニス君の剣を取り戻すつもりだし!」

 ばつの悪そうな表情でそういうアリーシャだが、言っている内容は物騒である。

「とにかく! あんたはバカなこと言ってないで追試に戻って。落ちたら後悔するよ?」

 今日はやたらバカだと言われる日だ、とジャナルは思った。

 追試に行く前にイオにも言われたし、アリーシャの担任にも言われるし、たった今アリーシャにも言われる。

 そういえば、昨日ニーデルディアからも言われた。


「バカのままでいると、いつか後悔しますよ」と。


「冗談じゃない」

 バカな選択をすれば後悔するかもしれないが、見て見ぬふりはもっと後悔する。

「パッと剣を取り返してパッと戻れば問題ないだろ。いざとなったらトム先生が何とかしてくれる! 多分!」

「……ああもう、どうなっても知らないから」

 アリーシャの側には、いつの間にか三角帽を被った小人が目を閉じて瞑想していた。

「それは? 新しい召喚魔法か?」

「精霊『ヨーイツ』。さっきからこの子が見た物を私の脳に直接リンクさせてるんだけど……居た! あいつらの居場所! 学校裏の立ち入り禁止になってる所!」

「なら仕返し開始! カニスの剣を取り返す!」

 ジャナルは勢いよく保健室を飛び出した。アリーシャもそれに続く。

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