第二章 魔女と最後の希望

2-0 ~2年前の裏庭 ことのおこり~

 学園で立入禁止としている裏庭に、黒髪の少年が一人、居心地の悪そうに立っていた。

 季節は秋の終わり。地面は落ち葉で埋め尽くされている。時折冷たい風がひゅるりと鳴った。そんな寒さにもかかわらず、少年の服装は薄手の道着に上着を引っ掛けただけ。見た目からしてがっしりした体型はどんな苦行でも乗り越えていけそうなたくましさすら感じるが、それでも寒いことには変わりはなかった。

「いたいた。待ったぁ?」

 待つことさらに10分。ようやく待ち人である少女が現れた。

 彼女はいかにも作業服といった服装で、大きなショルダーバッグをふたつも提げている。バッグからは機械油と化学薬品が入り混じった独特な匂いがした。どう見てもインドアな理系の人間だ。道着の少年と並べてみるとかなりアンバランスな組み合わせだった。

「散々遅れて謝罪もなしか。で、一体こんなところに呼び出しておいて何なんだよ」

「ふっふっふ。見て驚くわよぉ。なんてったって今回は……」

「今世紀の最高傑作、って言いたいんだろ。毎回言ってるじゃないか、それ」

 前は確か勝手に変形する粘土だったな、と少年は思い出していた。しかもいきなり爆発した危険な粘土だ。

「で、今度もまさか爆発物じゃないだろうな?」

「ノンノン! 今回はものすごい実用性バッチリなんだから! じゃんじゃじゃーん!」

 ハイテンションのままに少女が取り出したのは手のひらサイズの少し歪んだ金属の塊。

「何だ、これ?」

「粘土のときはいわゆる試作型。そしてこれが進化型!」

 手のひらに乗っている金属がガタガタと震えだしたかと思うと、次の瞬間それはぐんと縦に伸び、一本の剣に変形した。

「ふっふっふ。どう? 粘土は強度がないから実用性が無いに等しいけどこの剣は実際に斬ったり刺したりもできるんよ! すごいっしょ?」

「単に剣に変形するだけだったら具現武器トランサー・ウエポンとどう違うんだ?」

「甘ーい! 今回開発したこの金属は持ち主の描いたイメージ通りに自由自在に変形する代物なんよ。そもそも具現武器トランサー・ウエポンは武器に変形しているように見えるだけで、仕組みはあらかじめ変形させる武器を指定して、その武器を構成する情報を校章バッジに刻んでリンクさせておくの。そしてその情報をリンクしているがために持ち主の任意のタイミングで発動させることにより(以下、専門用語が羅列する講義が約5分にわたって続くので中略)とにかく! 百聞は一見にしかず! 見てなさい!」

 金属が収縮し、栓抜きに変形した、と思いきや、剃刀、ハサミ、スプーン、飛苦無と形をくにゃくにゃと変えてゆく。

「うちの計算では最大41.12メートルは伸びると思うわ。えーい!」

 少女は変形金属を前方に突き出すと、長い棒状になってそれが伸びた。

 金属は誰もいない裏庭をぐんぐん突っ切っていく。もう少しで端まで届きそうなその時。

「お、おい! 前見ろ!」

「えっ?」

 忠告が遅かった。気付いたときには派手な破壊音が響いていた。

「バカ。調子に乗りすぎだ」

 音のした方に駆け寄ると、そこには少女が放った金属によって無残にも上半身を吹っ飛ばされた古びた石像があった。

「……こんな像、あったっけ?」

「俺に聞くな」

 確かにこの像は少年の腰くらいの高さで、周囲にある草木のせいでほとんど目立たない。元々ここは立入禁止の場所だからこんな像があること自体知っている人間がいるのかすら怪しい。

「先生に謝りに行くか」

「それはダメ!」

 少女がぴしゃりと言った。

「バレたら何言われるか! うちの成績表に傷を付けるわけにはいかんて!」

「そういう問題か!」

「そういう問題! そもそも今、学園教育総会の人たちが視察に来てるんよ?」 

「う……」

 学園教育総会、という単語を出されて少年が一瞬たじろぐ。

 立入禁止の場所でこんなことをやらかしたとなれば、軽い処罰で済むとは思えない。

「だが、それでも知らんぷりするのは道徳的にはよくないだろ」

「はぁ!? そんな何の得にもならない道徳よりも成績の方が重要じゃない! 冗談抜きで脳みそ沸いてるの?」

「得とか損とかそういう問題でもないだろ! そんなことをサラッと言えるお前の常識の方が疑わしいぞ」

 言い合っている二人の足元には砕け散った石片が転がっている。

 その中で一つだけ宝石のように赤くきらめく、球体のような石があった。

「だいたい成績成績ってそれほどこだわるものか? あと少しで俺ら卒業だろ?」

「こーだーわーる! うちにとっては死活問題なんよ! だってうちは……」

 赤い球体は言い争う二人の足元で光を点滅させながらガタガタと震えている。

「そんなくだらない事にこだわらなくても」

「くだらなくない! どうせ「普通」の連中には分かってたまるもんか!」

点滅はどんどん早くなっていく。

「普通の、か」

 少年は、ため息をついてうつむいた。うつむいた視線の先に、何かチカチカ光っているものが見える。少年はなんだかよくわからないが直感で危険を悟った。

「危ない!」

 次の瞬間、閃光が走った。

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