紙とペンと駐車場

きーぱー

第1話 紙とペンと駐車場

隠蔽いんぺいちゃあぁぁん!」

「なんだい? タケちゃん」

「隠蔽ちゃん 紙とボールペン持ってたっけ?」

「ちゃんとあるよ 商売道具なんだから忘れないよ」

「そっか へへへっ」

今日も俺達2人はパチンコ店の駐車場にいた。乗り気じゃなかった手伝いも、今では少しだけ生きがいみたいなものを感じていた。


俺は日下部一平くさかべいっぺい、今年で19歳になる平凡で自分で言うのもあれだが冴えない男である。高校卒業し営業会社に入社したものの会社のブラックさに負け3ヶ月で辞めた半端な負け犬なのだ。"ブラックさ"に負けたと言えば聞こえは良いが、本当のところは販売ノルマもこなせず己の無能さに嫌気が差し逃げ出したのだ。2ヶ月ほど何もせず実家でボォーする毎日だった。

ある日、レンタルビデオ店にビデオを返却しに行くと店内で幼馴染にばったり会ってしまったのだ。


「よおぉ!隠蔽ちゃあぁん!久し振りじゃんよ!」

そう。今、一緒にいるタケちゃんだった。タケちゃんは家が近所という事もあり幼稚園から高校までずっと同じ学校に通った幼馴染なのだが、色々と問題があるのだ。

さっきからタケちゃんが俺の名前を一平いっぺいと呼ばず隠蔽いんぺいと呼ぶのには訳があった。小学生の低学年のときだった、点数の悪いテストを親に知られ怒られたくなかった俺は校内にある焼却炉に向かうと、今日受け取ったばかりのテストを丸めて放り投げたのだった。誰にも見つからないよう用心はしていたのだが最悪だった……

タケちゃんが2階の階段から見てたのだ。それに気付いた俺はタケちゃんに黙っていてと伝えに階段を駆け登った。が、遅かった……ニタニタした顔で問い質された。


「一平ちゃあん しちゃったの? へへへっ」


こうなったタケちゃんには何を言っても無駄だった、聞く耳持たない状態。以来、俺はタケちゃんに隠蔽ちゃんと呼ばれ、まわりの皆も隠蔽ちゃんと呼ぶようになる。結局、親に知られる事は無かったのだが、おかげさまで人間としてどうか?と思いたくなるような卑屈なあだ名を付けられてしまう事になる。


「なあぁ隠蔽ちゃん どうよ?調子は?儲かってる? へへへっ」

「タケちゃん… 久し振りだね 今は会社辞めちゃったから仕事探してる最中 タケちゃんは今何してるの?」

「あ?俺? 俺は今、金貸ししてるんだよ 金貸し」

「金貸し?」

タケちゃんは、それなら仕事が見つかるまで手伝いをしてくれと言ってきた。あまり気乗りしなかったが家にいても家族の冷たい視線には、これ以上耐えられそうもない状態なのも事実であった。


次の日の朝、言われたとおり朝8時半に某パチンコ店の駐車場でタケちゃんを待つと車のクラクションを鳴らされた。


「ブブブッーー!!!」


ビクッとして振り返ると高級車を運転するタケちゃんだった。俺はタケちゃんに駆け寄ると車の助手席に乗り込んだ。


「ねぇ!タケちゃん! 凄い車だね!何これ!高かったでしょ!?」

こんな高級車に乗ったことない俺は少し興奮気味に聞いてみた。するとタケちゃんは

「まあ、貰いもんだし いくらしたのか全然知らない 親父か乗ってた中古だし」

そう。タケちゃん家は近所では有名な資産家だったのだ。そのおかげかどうかは想像でしかないがタケちゃんが物を欲しがる様子を見た事が無かった。


「5分前か… そろそろだな」

タケちゃんは腕時計を見てそう呟くと車のエンジンをかけた。すると、1人のサラリーマン風の男が車に近づいてきてガラスドアを軽くノックする。


「コンコン」

千堂せんどうさんですよね?梶山さんの紹介で来ました 3万ほどいいですか?」

「ああ 梶山さんね じゃあ車に乗ってよ」

「はい、ありがとうございます」


千堂とはタケちゃんの苗字で、本名は千堂武斗せんどうたけとという。サラリーマン風の男は30歳後半くらいだろうか後部座席に乗り込むと背広の内ポケットからタバコを取り出し一息つきはじめた時、再びガラスドアを叩く音がした。


「コンコン」

武斗たけとくん、またお願い~」

「あかりさんか いいよ 後ろ乗って」

今度は飲み屋風の40歳後半くらいの女性だった。タケちゃんは、あかりさんと呼んだ女性が車に乗り込むのを確認をすると近所のコンビ二へ高級車を走らせた。


「よし行こうか」

コンビ二の駐車場に車を止めると皆で店内に設置してあるコピー機へ向かったのだ。

ここで彼らの身分証明書のコピーを取りだす。タケちゃんは最初に来た男に会社の名刺を差し出すように告げると男は名刺入れから1枚取り出し渡した。


「隠蔽ちゃん! ここ電話して在籍確認して」

俺は名刺を手渡され書いてあるとおりの電話番号へ電話をかけた。


「ガチャ! はい、胡散臭物産です」

「もしもし、木戸さんはいらっしゃるでしょうか?」

「木戸は本日、外回りとなっています 連絡取りましょうか?」

「はい、お願いします この番号へ折り返し連絡貰いたいのですが」

「失礼ですが…」

「あ 日下部と申します。商談の時間が変更になったため直接お話したいと」

「わかりました その様に伝えます」

事前にタケちゃんから預かっといた携帯電話で男の会社に確認を済ませ車に戻ると木戸の携帯が鳴りはじめた。木戸は右手の人差し指を口元に立て周りに黙っていてくれとジェスチャーした。木戸は電話に出ると会社の受付から俺が言った内容を伝えられ電話を折り返すと返答した。木戸がジェスチャーしたのは木戸本人が会社に借金するのを知られたくないというのもあるのだ。


「おっけー じゃあそこに名前書いてね あかりさんはわかるよね?」

「フッ 手馴れたものよ」

手馴れては駄目だと思うよ……

「それと木戸さんだっけ? 今回初回だから3万だけどちゃんと利子と元金返済すればもう少し貸せるから」

「ありがとうございます、助かりますよ 今月の小遣いがピンチで…タハハッ」


タケちゃんは借用書の1枚と現金をそれぞれ渡すと2人を乗せてきた駐車場へ再び車を走らせた。駐車場に着くなり2人の客は車を降り足早にパチンコ店の中に消えていったのだ。


「ほんと病気だな あいつら」

タケちゃんは、そう言うと別のパチンコ店の駐車場へ向かうのだった。この日、回ったパチンコ店は5軒で客は10人を越えていた。


『紙』とは借用書を意味し、『ぺん』とは、そのままボールペンの事である。そして『駐車場』は俺達2人が金貸しで、のし上がっていくサクセスストーリーの舞台。



の、だったはずが……数ヵ月後、俺達2人は出資法違反で逮捕されていたのだった。

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紙とペンと駐車場 きーぱー @poteito

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