第20話 バスカヴィル家の犬(解決編)
ステープルトン兄妹が部屋に招き入れられた。
「さて、これで関係者が揃いましたね」
ホームズは部屋を見回した。
窓際にステープルトン兄妹、壁際にはモーティマー医師とバリモア夫妻。わたしとハドソンさんはホームズのとなりに立っている。
「おっと、その前に」
ホームズの背中から傘の骨のようなものが上に伸び、頭の上で展開した。
なにか、カチカチという音がする。これは、無線電信ではないか。
しばらくホームズはそうやっていたが、やがて顔をあげた。複眼がキラリと光る。
「お待たせしました。それでは謎解きを始めましょう」
傘の骨型アンテナを収納し、ホームズは手を叩いた。
☆
「ヘンリー卿の件は事故でしょう。それとも私のせいだと言うのですか」
ステープルトンは眉を寄せて不満げに言った。
「ベリルさんを使い、卿を絶望に陥れ自殺を図るように仕向けたのでしょう。あるいは機会をみて彼を毒殺するつもりでしたか」
うっ、ステープルトンは言葉に詰まった。
「それに、ベリルさんはあなたの妹じゃありませんよね」
ハドソンさんが鋭く言った。視線をベリルさんに移す。
「あなたはステープルトンさんの、奥さんなのでしょう? ベリルさん」
ため息をついて、ベリルさんは頷いた。
「やはり、わかるものなのですね。その通りです。わたしは彼の妻です」
ええー? わたしは目を剥いた。がっくりと肩を落とす。
「なんとかして、誰も巻き込まずにおきたかったのですが……」
「まったく、余計なことばかり言う女だ」
ステープルトンが荒々しく遮った。
「ところでワトソンくん。あの肖像画を思い出してくれたまえ」
肖像画? おお、そうだ。あの歴代当主の肖像だ。
「あの中の一枚が、ステープルトンさんにそっくりだったんだ」
わたしたちがそれに驚いていた、まさにその時、ヘンリー卿が二階から転落したのだ。危うく意識の片隅に追いやるところだった。
「ステープルトンさんはバスカヴィル家の一族なんだよ。だから最初は魔犬伝説を利用してチャールズ氏を殺害し、自らが当主に収まろうとしたのだね」
「証拠がないだろう、デタラメを言うな」
気色ばむステープルトン氏を制し、ホームズは指を鳴らした。
ドアが開き、ひとりの男が入ってきた。アルファ・フリントロックだった。
「彼が証人です。よくご存知でしょう、ステープルトンさん」
ああ、知っているのは彼というより、彼の造った機械獣の方ですかね。そのホームズの言葉に、ステープルトンは沈黙した。
「実に都合良くチャールズ氏が亡くなったと思ったら、ヘンリー卿が後継者に選ばれたので、次は彼に死んで貰うことにしたのですな。それだけこの広大な領地は魅力的ですからね」
ホームズは右手の指先を曲げ伸ばししている。なんだか不穏な雰囲気だ。
「そういう事ですよね」
ホームズは、チャ-ルズ卿の主治医の方を振り向いた。右手を真っ直ぐに彼に向けると、ホームズは続けた。
「モーティマー、……いや、モリアーティ教授。彼になにか暗示でも掛けましたか。それとも薬で?」
☆
「一体いつの間に入れ替わったのですか。ぼくまで騙すとは、見事なものです」
ホームズが苦笑した。
「さっきの電信か」
モリアーティ教授は舌打ちした。
「いい仲間がいるようだな、ホームズ。モーティマーの所在を確かめたのか」
「
さあ、そろそろ来る頃だな、ホームズが窓の外を見た。
馬車から降りた大勢の警官が屋敷の出入り口を固めている。
肩を怒らせたレストレード警部が、部下を率い急ぎ足で向かってきた。
☆
「ご協力感謝します。ホームズさん」
苦い顔でレストレードはモリアーティとステープルトン夫婦を連行していった。
「今度はちゃんと捕まえておいて欲しいけれどね」
ホームズは困った様な半眼で彼らを見送った。
「たぶん、またすぐに逃がしてしまうのだろうな」
「ベリルさんまで一味だったとは、残念だよ」
よほど落ち込んだ表情をしていたのだろう、ハドソンさんが慰めてくれた。
「あの方はただ、ステープルトンさんに従わされていただけです」
「どうしてそれが分るんです、ハドソンさん」
ハドソンさんは、ちょっと言いにくそうに目をそらした。
「ドレスの袖口とか襟元から、アザのような傷が見えましたから。きっと暴力を受けていたんですよ、ベリルさん」
「そうだな。彼女は罪に問われることはないだろうね」
ホームズも請け合った。
「僕はどうなるんでしょう」
不安げなのはアルファ・フリントロックだった。
ホームズは首をかしげた。
「どう、とは? このまま、ここで暮らせばいいのではないかな。ベリルさんもすぐに戻って来るだろうから、彼女の手助けをしてもいいだろうし。もう君は自由だよ」
彼は姉と抱き合った。
それを窓の外から機械獣フレンダー号が覗き込んでいる。
☆
こうして、デボンシャーの湖沼地帯で起きた猟奇的な事件は解決をみた。
だが捕らえられたとはいえ、モリアーティ教授は健在だ。またしても脱獄してロンドンの裏世界に君臨するのも、そう遠い日の事ではないだろう。
「さあ、霧の都へ帰ろうじゃないか。ワトソンくん、ハドソンさん」
ホームズの声に、わたしとハドソンさんは顔を見合わせて頷き合った。
うん、帰ろう。たとえ、そこに束の間の平穏しかないとしても。ロンドンはわたしたちの街なのだから。
END
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