第18話 モリアーティ教授の影
「では、フリントロックさん、その布を取って中のものを見せていただけますか」
ホームズはゆっくりと男に近付いた。
「もう、こいつの事は放っておいてくれませんか」
彼は哀しげに、布で隠されたそれを振り返った。
「こいつに、これ以上人殺しをさせたくないんです」
ホームズは、ひとつ頷いた。
「どうやら誤解があるようですね。ぼくたちは、あなたを追っている連中とは違いますよ。ぼくは……おっ」
フリントロックはコートに突っ込んでいた手を抜き出す。その手は拳銃を握っていた。銃口をホームズに向ける。
「伏せろ、二人とも!」
ホームズは素早く反応した。振り向いて叫ぶ。
わたしも反射的にハドソンさんの手を引いて身を屈めた。
二つの銃声が石柱の間に響いた。
フリントロックの拳銃と、ホームズの指先から白い硝煙が上がっていた。
わたしの後ろで、どさり、と何かが倒れる音がした。
そちらに目をやったハドソンさんが息を呑んだのが分った。振り向いたわたしも思わず呻いていた。
二発の銃弾を受け、石柱の根元に倒れていたのはホームズと同じ機械人形だった。
「これは、いったい何だ。ホームズ」
ホームズはそれに歩み寄り、右手をかざした。
しぶとく起き上がろうとしたそれに、銃弾を浴びせかける。
やがてそれは、全身から白い蒸気をあげて動かなくなった。
「君は初見かな、ワトソンくん。彼はモラン大佐だよ。正確には、元、と云うべきか」
あの、モリアーティ教授の仲間の……。でも、逮捕されたはずでは。
「いかに人間に見えようとも、これは機械だからね。人を殺したからといって、ナイフや拳銃を逮捕拘留は出来ないだろう?」
それはそうなのだが。確かに以前、アイリーン・アドラーさんが言っていたように、これは単なる殺人機械でしかないのだろう。
ホームズとは出来が違う、とはこういう事だったのか。
「おそらく、マイクロフトが手を回したのだろう。彼もすぐに釈放された様だからね」
ロンドンの闇は深いと言わざるを得ないな、ホームズは肩をすくめた。
☆
「この魔犬は僕がこの地方に伝わる伝説を基に造ったものです」
フリントロックは、布を取り去って言った。
それは金属で造られた四足動物型の機械。まさに魔犬だった。黒光りする巨体で蹲っている。
「すごい。これは機械獣ですね」
ハドソンさんが感極まって泣きそうな表情になっている。
「あなたは天才じゃないですか。この美しいボディラインといい、仕込んだ武器といい、素晴らしいセンスだと思います!」
彼女が感動している理由が、わたしにはさっぱり分らないのだが。
「確かに、僕はモリアーティという男から資金援助を受けてこれを造りました。でもそれが犯罪に利用されるとは思いもしていませんでした」
なるほど。ホームズは頷いた。
「ロンドンで起きた犯人不明の事件がいくつか有りました。犯罪組織内の抗争として処理されていましたが、これが関係していたんですね」
「ええ。裏切り者を消すためだとか」
「では、ホームズ。チャールズ卿が死んだのは……」
「ええ。あの人も、モリアーティ教授の仲間でした。おそらく、教授が逮捕されたと聞いてその後釜に座ろうと工作していたのでしょう」
「そこで、モリアーティはこの機械犬を送り込んだ」
裏切り者の粛清のために。
結果的に、かつて多くの裏切り者を処分してきたその犬を見ただけで、元から持病を抱えるチャールズ卿は、心臓発作を起こして亡くなった訳だが。
「ちょっと待ってくれホームズ。モリアーティは逮捕されたのだよな?」
なぜその男がこんな事が出来るのだ。
ホームズの首が360°グルグルと回りはじめた。
「どうやら、また脱走したらしいな。彼は変装の名人だから、おそらくレストレード警部にでも化けて堂々と警察から出たのだろう」
警察官に化けるとは。まあ、だが以前はコナン・ドイル刑事に変装していた彼の事だ。決してあり得ないことでは無い。
「気をつけなくてはいけないよ。ワトソンくん」
ホームズは固い声で言った。
「モリアーティはきっと、この近くに潜んでいるだろうからね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます