第3話 まだらの紐(その1)
この下宿で一週間が経過し、私は気付いた事がある。
女主人、フロリー・ハドソンさんは若いながらも、料理上手なのだろうと思う。実際、味付けは良いのだ。だが、どうも根本的なところで間違っている気がする。
「あの、ハドソンさん。魚というのはもっと煮た方がいいのではないですか?」
さすがに私も声をかけた事がある。
我がイギリスには伝統的に『魚鍋』なるものが存在する。魚の形状に合わせた細長い鍋だ。それで時間を掛けてぐつぐつと煮込むのがイギリス風というものだ。
もちろん魚だけではない。肉も、野菜でさえも、とにかく煮込むのだ。
それなのに。
さっと表面に火を通しただけの、半生といっていい切り身を見たときには、アフガニスタンで戦地を経験した私もさすがに度肝を抜かれた。
黒くしょっぱいソースと、辛い根菜をすり下ろしたペーストを絡ませ食べるのだそうだ。いや、決して不味くはなかったけれど。
「これは美味いですな、ハドソンさん」
ホームズは箸と呼ぶ二本の棒を器用に使い、魚の切り身を次々と口に運んでいる。
あまり逡巡していると全部食べられてしまいそうだった。
「最近、流行しているらしいんですよ。植民地風の料理って」
ハドソンさんは得意げに、胸を反らせた。
私が聞いたところでは、ロンドンでは食中毒も大いに流行っているらしいのだが、これって関連性があるのではないだろうか……。
それはともかく、彼女の淹れるお茶と、手作りのお菓子は文句なく絶品といえる。
それだけでこの下宿に入居した喜びを感じるほどだ。
今日も私たちは、甘い香りのショートブレッドをつまみながらお茶を飲んでいたのである。
☆
「あれは、お客さんではないかな」
首だけ真後ろを向いたホームズが窓の下を見て言った。古代中国ではこんな人の事を『
私も窓際に寄って下を見ると、おそらく20代半ばと思われる女性が玄関前に立っていた。
すぐに、ハドソンさんに案内され部屋にやって来た。
「まあお掛けください」
ホームズが椅子をすすめる。
彼女はうつむき加減で、小刻みに身体を震わせていた。
すでに何人もがこうしてホームズを訪ねて来たのを見たが、不思議なことに誰もホームズに違和感を覚えていないらしい。
こんな、あからさまに機械なのに……。
「暖炉に火を入れましょうか」
私の言葉に、彼女は首を横に振った。
「震えているのは、寒さのせいではありません」
少しかすれた声で彼女は言う。
「怖いのです。……私は、きっと殺されます」
彼女は顔をあげ、私たちを見詰めた。
「お願いです。私を助けてください!」
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