2・或る裕福な家庭
その頃Qは広い座敷の中で、家族達と共に朝食を採っていた。
「ねえ姉さん、今日はお天気がいいわね。どこか買い物にでもいこうかしら。」
「いいわねえ。ご一緒しても?」
「もちろんよ。商店街の方に行きましょう。」
「そうね。」
忙しく喋っているのはQの姉二人。母はすました顔で鯖をつつき、父は仏頂面で味噌汁を飲んでいる。
Qはぼんやりと箸を運びながら、米の味を噛みしめていた。
「あらあなた、まだ食べ終わらないの。」
「遅いわね、置いてっちゃうわよ。」
末娘のQに突っかかる姉二人の茶碗はとうの昔に空である。
「こらこら、朝食位ゆっくり食べさせてやれ。」
父が横から口を挟んだ。
「あらそう?早く食べ終えて、早く一日を始めた方がよろしいんでなくて。」
「そうよ、楽しい一日が待っているのよ。」
「それは貧乏人の考えだ。時間もまた有限なれど、心にゆとりを持つべしだ。それにしっかり味わって作り手に感謝することも大事だよ。ねえ母さん。」
「御機嫌取りなら結構よ。」
「あら厳しい。」
「あらあらあら。」
「貴女達もダラダラと喋ってないで、食べ終わったなら食器を下げて自室に下がりなさい。埃が舞うわ。」
「はいお母さま。」
「それじゃあね。」
二人の姉は食器を持って立ち上がり、台所の方へ向かった。
「貴女も二人に何か言い返しなさい。」
「まあまあ母さん、彼女は大人しい子なんだから。個性だよ、大事にしないと。」
「いえ、これからは女も強くなければ。貴方みたいに軟弱な考えではこれからこの国は……もういいわ。」
母は大きくため息をついてから、自分の食器を持って立ち上がり、台所へ向かった。
「……たく、誰が稼いでいると思ってるんだ。」
父はぶつくさ言いながら煙草に火を点けた。
Qはただ一人黙って朝食を味わっている。鯖はよく油が乗っている。味噌汁はしじみの出汁がよく出ている。豆腐はとても滑らかだ。白米はよく甘みが籠っていた。
Qはもぐもぐ口を動かしている。ゆっくり、ゆっくりと。
Qにとって辺りの喧騒は不快なものであり、この朝食の味が僅かな救いであった。
しかしQはこの後家出を図った矢先、山中の道路で暴走するトラックを躱した拍子に足を滑らせ谷底に落ち、頭を打つ事になる。
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