1. 真実と対立 (2)
エイジス諸島連合皇国、テラプロームタイタスの行政会館にて。
「まずい……!」
ラジオからシーナ大帝国の放送を聞いて、ミナトは焦っていた。
ミナト自身もショックを受けている部分もある。それ以上に恐れたのは、タイタスに居住している元奴隷の住民たちだった。
自分たちを引き受けたフェアリスが実は利用していたのだ、そう思われたら。
間違いなく暴動が起きる。
今、カナタたち旅団のメンバーはケアが終わった人々を希望の移住先に移送するために不在にしていた。暴動になったら抑えられる人間はいない。
ミナトは急いで混乱が少ないうちに鎮めるために行政会館を出た。
慌てた表情で行政会館の門の前に来ると、反対に、きょとんとした表情で大勢の住民が待っていた。
「そんな切羽詰まった様子でどうしたんですか? ミナト知事」
「いやだって、さっきの放送を聞いていたでしょう?」
息も絶え絶えになりながらミナトが問いかける。医者の不養生を地でいっているので、走っただけでこれだ。
「先生の言う通り、さっきの放送を受けて来たんですよ」
そう言うと、住民が一斉にミナトに頭を下げた。
「代表で嘆願にきました。どうか、ここから追い出さないでほしいんです」
まさかの要請に、驚いたのはミナトの側だ。
「な、なぜ?」
「だって、ここが戦場になるなら、避難しろって言うと思って」
「地獄なとこなんてもっとあるのに。ケイオスの危険と隣合わせだったり、まともに暮らせない厳しい地域だったり」
「エイジスを悪者扱いしている奴らは多いけど、そう言う奴ほど見下して虐げてくる奴らばっかりだったじゃないか。ろくな報酬もなく働かせてばっかりで」
「働き口があるならまだいいさね、こっちは居ない者扱いだったよ。知り合いには人体実験で連れていかれて帰ってこなかった人も居るし」
年齢も性別もまばらな住民が口々に、以前の暮らしの辛さを訴えていく。
「ですが、フェアリスは、僕らを故郷から引き離して利用してるんですよ? 皆さんの生活がそうなったのも間接的にフェアリスが関係しているとも言えます」
ミナトも持っているわだかまりを打ち明ける。
後ろで待機していた、タイタスを統括するフェアリスのロータスが息を吞んだ。
「……それは、確かに許せんことだと思う」
住民が顔を見合わせ、壮年の男性が声を上げるとおずおずとうなずきあう。
隣にいた女性が、けどさ、と戸惑いながら言葉を紡ぐ。
「今の辛さから助けてくれたのもエイジス、ひいてはフェアリスたちなんでしょ? 陛下の考えかなんか知らないけど、ここでは普通にフェアリスが運営手伝ってるし」
「なんかさっきのシーナの演説では身体持ってないって言ってたけど、小型のプロームだかなんだか使って働いてるの見たことあるし」
「そうそう、だったら、単純にいい悪いなんて決められないよ」
「人間に良い奴悪い奴どっちもいるんだから、フェアリスも同じなんじゃないかな」
住民たちの言葉に、今度はミナトの方がハッとさせられた。
「だからさ、前悪いことしたかもしれないけど、今はあんたたちの味方ってことで」
「都合いいなあ、それって」
そう言うと、住民たちは笑いあった。
ミナトの目に涙が浮かぶ。が、突如顔の前に滝のような立体映像が目の前に現れた。上を見れば、ロータスが、だばー、と音を立てる勢いで涙を流していた。
「おやまあ、ローちゃん、泣いてる」
「まったく、泣いてもハンカチ当ててあげられないよ」
救われた気持ちになりながら、ミナトは涙をこらえるために空を見上げて、思いを馳せる。
(イツキさん、ワタセの家の皆さんはこの事実を知っていたんですか?)
返事はあるはずもない。が、見上げた空はどこまでも透き通っていた。
◇
クーリアの会見映像が終わった後、ケートスのブリッジでワタセ家の4人はしばらく何も言えずにいた。
それだけクーリアの宣告の衝撃が大きかったとも言える。
まだ、通信の繋がっているノトス・サザン行政府の執務室内の面々も困惑の色が強い。
沈痛な表情を浮かべていたゲンがハッと何かに気づく。
『主席、少し外が騒がしいようです。様子を見てきます』
『俺も、いきます』
『私も、ユイ達の様子が気になるので』
ゲンが立ち去るのに合わせて、シュウとサキも慌てるように退出していく。
その様子はどこか、エイジスのブリッジに映し出されていたフェアリス達のことを避けるようにも見えた。
『私も行かねばならないな。混乱が強いようだ。会見を行いて方針を示さないといけないやもしれん』
アナンが面倒そうに話すが、方針を示すという言葉にイツキがぴくり、と反応する。
「あの……」
『このような形で持ちかけた会談を終わらせてすまない』
イツキが話す前に先手を打ってアナンが早口で遮る。
『ただ、私としてはエイジスとの同盟を切るつもりはない、それだけは伝えておく』
では、と一言を最後に通信が切れ、ブリッジのモニターには真っ暗な画面が映るのみとなった。
急に静かになったブリッジに、重い空気が流れる。
イツキが一つ息をつき、目を伏せる。
アナンがどのような思いで同盟に言明したかはわからないが、世論次第では難しい可能性はある、期待は禁物だ。それよりも、問題はクーリアが宣告した内容による世界への影響である。
イツキ自身、皇国成立後の情報戦の際、フェアリスが人類へ行った所業が明かされる可能性を想定してはいた。それは、各勢力にとっても致命的な混乱を招くことになる諸刃の剣、むしろ政治家を擁立しているフェアリスにとっては自滅行為に近い。ゆえに、明かされることはないと、踏んでいた。
クーリアやシーナの上層部がどのようにしてこの事実を知り、フェアリスから優位をとったのかはわからないが、クーリアのこの宣言によりフェアリスの存在と行為が明らかにされてしまった。
「これってどうなるの、かな……?」
ナノが青ざめた表情で誰にともなく問いかけると、ノインが首を振った。
「一度フェアリスが隠していた事実に気づいたら、惑星の住人を一斉にロストさせて記憶を操作しないと修正できないのです。ただ、ロストさせてからの復活はともかく、全人類を今から一方的にロストさせて記憶を操るのは無理なのです。転移した時と違って、我々も力を消耗している上、派閥が分かれてますから」
ノインの説明から、シーナから明かされた事実は覆せない、ということがわかる。
そもそも全員の記憶を再び操作するなどもってのほかだ。
「ということは、今はクーリア帝の宣言が正しいかどうかで混乱しているけれど、自分の記憶に矛盾があるのは事実なわけだから、真実だと世界の人々に認識されるまでさほど時間はかからないってことね」
「そうなったら、各勢力で政府に対して抗議活動が起きるでしょうね。暴動が起こる地域もあるかもしれません。そして、各勢力内で人類とフェアリスの対立が決定的になる」
ケイトとイツキが考えられる限りの予想を述べていく。
「そうなったら、人類とフェアリスがわかりあうことは……」
ハルカが問いかけると、イツキが結論を述べる。
「絶望的、ですね……」
最悪だ。
その一言しか出てこない。
全員が沈痛な表情を浮かべていると、そこへ、ノウェムがブリッジに姿を現した。
「少し、シーナの現状を上空から見てきましたが、宮廷内にフェアリスの気配をわずかしか感じません。何かしらかの方法で抑え込んでいるものと思われるのです」
ノウェムからの報告にフェアリス達が恐怖から沈黙する。会見の中継からもフェアリスに対応する手段がシーナにあることは明白だった。
ヤナギが顔を上げると、イツキに声をかける。
「イツキ殿、我らと……」
「協力関係は切りませんよ」
ヤナギが言い切る前にはっきりとイツキは断言した。
「各勢力がフェアリスと対立するなら、エイジスだけ浮いた存在になるでしょう。攻撃を受ける可能性は大いにある。ですが、切る気は僕にはありません。みんなは?」
イツキが問いかけると、ケイト、ナノ、ハルカがそれぞれ微笑んだ。
「考えられないわね。そしたら、この先途方に暮れちゃうもの」
「同じく。誰かに攻撃されるからって、大好きな人と離れるってのは違うと思う」
「今さら、本当に今さらだから。水臭いにもほどがあるよ」
3人ともはっきりと言い切った。
「皆さん……」
ヤナギをはじめ、ブリッジにいるフェアリス達が感動で震える。
「シーナ大帝国の動きは怖いですが、僕らのやることは変わりません。警戒しつつも引き続きケイオス討伐に当たりましょう」
イツキが言明すると、はい、とそれぞれうなずいて持ち場に戻った。
ふとタブレットPCに届いていたメッセージを確認する。タイタスでは住民から暴動はなかったとミナトからの報告が届いて安心した。
住民たちはフェアリスも人類と同様に一概に善悪で判断できないと割り切っているとのことだ。
(もしも、世界がタイタスの住人のように受け止めることができたらいいのですが……)
タイタスはある程度フェアリスとの交流の場を持たせていたから、受け入れることができたのだろう。
だが、他の地域では厳しいはずだ。
特に、精神束縛を多用していたノトス、そしてユエルビアでは民衆の不満は強い。噴出した怒りは先ほど言ったように政府への不満や暴動という形で現れるだろう。
(怒りが収まらず拡大し、最終的に国という枠を越えて人々の怒りがフェアリスに与するエイジスに向いたらーー)
思考の途中で、イツキが首を振った。
最悪の可能性ばかり考えていても仕方はない。今は何をどう備えるか現実的なことを考えねば。
世界が混沌に堕ちていく恐怖を感じつつも、イツキは思案するべく司令官席に深く座り込みながら目を閉じた。
◇
シーナ大帝国の宮廷にて。
クーリアは会見場を出た後、民衆や関係者も通れない廊下にたどり着くと、毅然とした表情を崩し、頭を抑えてうずくまった。
警備をしていたプローム部隊の女性隊員が駆け寄る。
「クーリア様! 大丈夫ですか!」
女性隊員の言葉に、気づいた他の隊員たちも駆け付けていく。
「大丈夫だ…少し緊張していて、終わったら立ち眩みがしただけだ」
クーリアの言葉を聞いて、隊員たちが安心した表情を浮かべた。
心配してくれる隊員たちを見つつ、クーリアは表情を引き締める。
全ては台本通りに仕立て上げたものだ。会見場に集めた集団はクーリアの手の者、急に表れたフェアリスも言うことを聞かせるよう脅したものだ。
ただ、人類に明確な過去の記憶が無いことは確固たる事実であり、中継を通してフェアリスが存在することも世界に知らしめた。
後戻りはできない。自分の手で世界に石を投げ込んだ。
世界は混沌とするだろう。味方についてくれる人々もいるかもしれない。
反対に疑念を持ち、詐欺師と罵る者もいるだろう。
それでもかまわない。
やり遂げる、戦い抜く、その気持ちだけあれば十分だ。
自身に気合を入れると、クーリアが一つうなずいた。
「すまない、平気だ……うわっ!?」
無事な様子を見せるために足に力を入れて立ち上がろうとすると、突然、身体全体が浮かんだ。
「クーリア帝、とりあえず寝室に運べばいいか?」
持ち上げたのは長身、細身の怜悧な印象の青年の兵士だった。
「ツ、ツァン、あの、これはいわゆるお姫様抱っこというものでは?」
先ほどまで会見をしていた女帝、されど16歳の少女。どぎまぎしてしまうのも無理はない。
一方で抱え上げた側のツァンは淡々としている。
「これが持ちやすい体勢だったもので許してほしい。それとも、肩に抱える方が楽なら、今からでもそっちに……」
ロマンスを足蹴にするツァンの背中を赤髪の小柄な女性が、ぱぁん、といい音で叩いた。
「痛いぞ、グウェン」
「もう少し女性の気持ちというものを考えて言葉を選びなさい、もったいない」
ツァンを軽く叱ると、グウェンがクーリアのことをのぞき込む。
「クーリア様ごめんなさい、こんな男で。ですが、どうかご無理はなさらないよう。あなたが立ち上がってくださったおかげで我々は自分の意志で戦うことができるようになったのですから」
グウェンの言葉に隊員たちがうなずき、そうだそうだ、と意気の声を上げる。
「すまない。みんなには苦労をかける」
そうだ、一人ではない。少なくとも、今は。
隊員たちの心遣いを温かく感じつつ、クーリアは微笑んだ。
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