2. 決裂 (1)


『ユエルビア首都放送局よりお送りします、本日のニュースです。シーナ大帝国から発表された宣言から一夜明け、その影響が各地域に波及しています。市役所をはじめとした行政機関の前ではデモ活動から暴動に発展し、政府は警察に鎮静化を要請。現在、デモ隊と激しい衝突をしております。中継とつなぎます』

『こちら、首都の労働省前から中継です。先程から警官が暴動を抑えており、周囲では怒号が飛び交っています! 当局で入手した情報によると近隣の基地から戦車およびプローム部隊が出動したとの情報もあり、軍が鎮圧に動き始めたとの推測が……あ、今、職員が出てくるのが見えました! 国営工場にて強制労働、労役、様々な人権問題について政府はどのように考えているのでしょうか! フェアリスによる政治への関与について聞かせてください!』

『ガイナス首相はクーリア帝の発言を受け、政府の方針を見直すと発表しましたが、その場合住民への補償について各庁舎はどのように指示を受けているのですか!?』



『ノトス・サザン、イブニングニュースの時間です。先日のクーリア帝の宣言、通称“クーリアの宣告”による衝撃は大きく、国内、海外問わず混乱が各地で発生しています。今朝がた、旧ノトス共和院政府への責任問題について追及するために、住民が先日設立された行政府へ抗議に殺到。これに対し、貴族院アナン・ゴドー主席が代替して返答しています。“現在、内戦後の混乱もあり、被害状況を調査している段階だ。補償については十分な検証のもと検討しているため、住民は冷静な行動を心がけてほしい”、と呼びかけています』

『本来であれば、共和院の代表が返答すべきところですが、行政府が稼働したばかりでアーブル主席の失脚後からまだ代表が選出されておりませんからね。貴族院主席の対応により、ひとまずは落ち着きをみせていますが、エイジス諸島連合皇国との同盟については言及していないところが気にかかります』

『民衆の間ではこのような話も持ち上がっていますよね。エイジス諸島連合皇国の巨大兵器、ケートスの建造は人類の技術のみでは不可能であり、フェアリスの関与があるのではないか。エイジスの理念に惑星からのケイオス駆逐を掲げているのはそのためではないか、と』

『エイジス諸島連合皇国も沈黙を保ったまま、現在もケイオス排除活動を続けていますから。これがもし、フェアリスとの関与が明確なものとわかった場合、同盟の是非についてアナン・ゴドー主席は問われることになりますね』



『シーナ大帝国、国営放送局です。先日、クーリア陛下より宣言がなされ、宮廷前には沢山の住民が説明を求めに来ましたが、クーリア陛下自らが説明し、戦い抜くという決意を熱く語られました。現在、宮廷前は軍の車両の出入りが多く、緊迫した空気が流れておりますが、目立った混乱は見られておりません。ここで、街の人の声を聞いてみたいと思います。ご婦人、クーリア帝の発言やフェアリスについてどう思われますか?』

『いやあ、聞いた時は驚きました。私、50歳を超えて、孫もいる身なのですけど、確かに言われてみれば夫と結婚した事実も、娘が結婚した思い出も、孫が生まれた時のこともなーんも覚えてないのですから。家族という事実だけ刷り込まれてるけど、なら今一緒に暮らしている人たちは自分のなんなのかと考えさせられましたよ。それで、娘夫婦は大げんかになりましたし、娘が家から飛び出したこともありましたが、今は説得して戻ってきてます』

『そんなことが……さぞかし今回の宣言の後、苦労されたと』

『いえいえ、それでも真実を知ることができて良かったと思いますよ。おかげで家族の大切さに気づけましたから。むしろ、操作を受けて家族であることも知らずバラバラになっていたらと思うとぞっとします。他の国の話ですが、サザンの貴族院でしたっけ? 主席夫人がそのようなことになったそうではないですか。他にも、貧民街のストリートチルドレンが実はフェアリスによって関係を壊された子どもたちだったら。そう思うと怒りが湧いてきますね』



 ◇



 シーナ大帝国による衝撃の宣言、“クーリアの宣告”から数日後。

 帝国領内、とある小島の歓楽街。以前エイジス皇国のイツキ、ハルカを呼び出し密談したレストランにアナンは幾人かの部下と共に訪れていた。

 今回は呼び出した側ではない、呼び出された側である。

 奥まった部屋に案内されると、会談を持ちかけたクーリアが先に座っており、護衛のように壁の側には青い髪の怜悧な印象の青年と赤髪の小柄な女性が待機していた。二人ともシーナのエース級プローム乗りであることは情報を掴んでいる。


(やはり、イスルギはいない……当然か)


 クーリアの周辺を一瞥し、見知った政治家がいないことをアナンが確認する。 

 先日、イスルギは汚職が発覚し、シーナ帝国軍によって逮捕されたと公式に報道されていた。


(今までシーナ議会を牛耳ってきたイスルギが失脚した影響は少なくないはず。それはクーリア自身もだが……)


 第一次オービス会議のときクーリアはイスルギの言う通りに動く人形であり、何一つ自分で決断できない怯える少女であった。

 だが、今アナンが目にしている少女は堂々とした態度で、正しく女帝としての威厳を放っていた。

 疑念を持ちつつアナンが席に着く。それを見計らってクーリアが口を開いた。


「ゴドー主席、突然の誘いにも関わらず、応じていただき感謝する」

「構わない。先日の記者会見もあったことでお互い多忙な身の上だ。早速本題を聞こう」


 皮肉ともとれるアナンの言葉にクーリアは気分を害した様子もなく、では、とうなずくと話を切り出した。


「数週間前に締結されたエイジス諸島連合皇国との同盟関係を今一度考え直してほしい」


 予想どおりの言葉にアナンはふむ、と思案する素振りを見せる。

 打倒フェアリスを掲げるならば、フェアリスと協力体制を持ちつつ、強力な武力を持つエイジスに対して牽制をしかけてくる。そのための足掛かりとして同盟の切り崩しにかかることは容易に推測できた。

 アナンの思案する様子に合わせてクーリアは言葉を続ける。


「エイジスは余が真実を告げた後も揺らぐことなくフェアリスの目的であるケイオスの駆逐に傾倒している。かの国が保有するケートスの建造・運営にしても人類のみでは不可能であり、フェアリスによるものと我が国の専門家はみている。フェアリスの影響が強い国であることは疑いようがない」

「まあ、そう捉えることもできるだろうな」

「危険なことに、エイジスは高い技術力を持って兵器開発にも力を注いでいる。すでに過剰武力な状態、このまま野放しにしていいものではない。余のようなフェアリス打倒を掲げた人類を疎ましく思い、武力をもって直接排除を狙う可能性もありうる」


 落ち着いて理路整然と語るクーリアの姿勢は、アナンに力強さを感じさせた。


(見た目だけではなく、女帝として臨んでいる、というわけか)


 以前の傀儡という印象で接しない方がいいと認識を改めつつ、口を開く。


「エイジスの武力を危険に感じるのは理解できる。が、そのために彼らは自身に制約をかけている。持ちうる武力はケイオス打倒のためのものであり、例外は自国を攻撃された場合のみ、と」

「自国への攻撃、というがそんなもの拡大解釈も可能ではないか。例えば自国の被害をでっちあげた後に他国に攻撃された、と主張するなど。いくらでも侵略の名分を作れる」

「クーリア帝はかなりエイジスのことを警戒しているようだな。しかし、その言い分ではどこまでも疑うことができることになる。エイジスだけでなくノトス・サザンも同様に」


 アナンが指摘すると、クーリアが眉をひそめた。論調が強引であったことに気づいた様子だ。

 引いた様子を見て、アナンが諭しにかかる。


「エイジスの真意はおいておくにしても、ケイオス駆除のための武力保持には一定の正当性があると私は見ている。我が国は先だって土地浸潤型のケイオスに領土を短時間で奪われかけた。ケートスが無ければ、ひいてはエイジスが存在していなければ我が国は存続すら危ぶまれていただろう」

「サザン大陸に起きた一夜の悪夢は余も承知している。恐ろしい出来事であった、と。だが、その強化されたケイオスの開発もフェアリスが関与していたというではないか。他にも、貴公の奥方が精神束縛の被害にあったという。それを許すというのか?」


 クーリアの指摘にノトス・サザン側の官僚たちが苦虫をかみつぶした表情になった。

 先日のサザン大陸陥落危機やノトスとの内戦、サリの精神束縛による拉致監禁事件は国内でもまだ感情的に落ち着いていない出来事である。揺さぶられるのも無理もない。

 だが、周囲の反応に対してアナンは表情を変えることはない。感情の葛藤などすでに済んだ問題だ。


「許しがたい行為であることは確かだが、人類も関与している件であり、すでに関係者の逮捕も済んでいる。個々で裁かれるべきことだ」

「む……」


 冷静に返され、アナンが揺さぶられなかったことを意外に思ったのか、クーリアが短く声を漏らす。


「クーリア帝はフェアリス全体の責任を追及したいようだが、その間に人類が減ってはどうしようもない。ロストを繰り返し、すでに人類の数は減っている。フェアリスを責めている間にケイオスに食いつぶされ地球に帰ることもかなわず共倒れこそ最悪の事態だ。ならば、ケイオスの討伐が先であり、フェアリスの責任追及は後からでもよいのではないのか?」

「国を預かる元首がそんな悠長な姿勢で許されるものか!? ロストという制度に精神操作、人類はフェアリスに生殺与奪権を握られているも同然なのだぞ!」


 アナンの意見に対し、クーリアは卓から身を乗り出した。


(先ほどからこちらへの揺さぶり方がうまい)


 国の元首という責任を追及する言葉、生殺与奪権という過激な言葉、そして身を乗り出しての威迫。

 揺らがせるための言葉選びとパフォーマンスに内心で感嘆しつつも、表面上は表情を変えることなく言葉を選ぶ。


「フェアリス全体が人類の排除に動いているわけではあるまい。現状、クーリア帝の宣告があったにも関わらず、ロストしても復活できている」

「そんなのフェアリスの思惑でいつ覆されるかわからないではないか!」

「いつ覆されるかわからないからと、対話もなく敵対する方が性急だろう。協力している勢力がいるならその理由を確かめてから自国の方針を決めるべきではないのか?」


 落ち着き払ったアナンの言葉に、ようやくクーリアは席に着いた。


「貴公はずいぶんとエイジスの肩をもつのだな」

「同盟を結んだ、いわば盟友関係だからな」


 答えながら内心苦笑する。

 個人的な情が混ざっているのは自覚している。なにせ、エイジスの中核であるワタセ家がケイオス駆逐を目標として掲げ、フェアリスと協力している理由を理解しているからだ。


「それよりも気になるのは、なぜ、シーナはユエルビアではなく、エイジスを先に攻め落とすのか、というところだ。ユエルビアの方がフェアリス至上主義を掲げており、奴隷制度もある。まず訴えかけるべきはそちらではないのか?」

「貴公の情報は古い。あの国はシーナからの宣戦布告後に住民が政府を動かし、フェアリス至上主義を脱却して奴隷制度も廃止した。今後、ユエルビアの方針は大きく変わるとみている」


(いやいや、それはないだろう)


 クーリアの発言に内心で呆れながら否定する。

 表向きの発表では言っているものの、上層にガイナスやフェア・ヒュームがいる限り内情はそう変わるものではない。


「だが、余の宣言を受けてもエイジスはフェアリスと手を組み続けている、我らの仇敵と。その協力関係が崩れない限り、我らの敵だ」


 はっきりとクーリアが断言した。

 エイジスを討つという方針からシーナは変える気は無い、ということである。

 交渉の余地はない、と悟るとアナンは立ち上がった。


「なるほど。ならば、私から言えることは何も無い。会談は終了とさせていただこう」

「待て! このまま同盟を破棄せず立ち去るということは、エイジス同様、人類の裏切り者と見なされるぞ! 国を貴方の思惑一つで危険に晒すつもりか!」


 クーリアの言葉に、立ち去ろうとしたアナンが足を止めた。

 ゆっくりと振り向くと、クーリアの表情が一瞬、硬直する。


「貴方がそう思われるのなら、そう捉えてもらって結構だ。私情が混ざっていることを自覚しているが、この決断が目先の未来ではなく、さらに先の未来にとって必要であると確信している。ゆえに、同盟は破棄しない」


 失礼する、と短く告げるとアナンはクーリアの反応を見ることなく退出した。





 レストランを出て、自国の車に乗ったところでアナンは苦々しい表情で懐からタバコを取り出した。


(開戦は避けられなさそうだなあ……すまない、イツキ君)


 あれだけ盲目的にエイジスのことを攻めようしているのであれば、シーナの方針は変わらないだろう。


(フェアリス側がきちんと話せば、事情は変わるか? いや、民衆が今怒りに傾いている以上、弁護するような情報は焼け石に水か)

 

 火をつけ、タバコを口にくわえながらボヤく。


「知っていることが多いと、歯がゆいものだな……」


 前から抱えていたイツキ、いや、ワタセ家の4人はこんな気持ちをずっと感じていたのだろうな、とアナンは思った。


(けど、面倒くさいな。きっと彼らのことだから言わないのだろうし)


 そこで、アナンは何か気づいた表情になった。


「ならば、他から攻めてみる、か」


 そう言うと、意地の悪い、娘から言わせれば胡散臭い笑みを浮かべたのだった。

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