Chapter. 5

1. 真実と対立 (1)

 内戦終結宣言から3週間が経過。

 ノトス・サザン合衆国では終結後の混乱から復旧を目指すように穏やかな日々が続いていた。が――


「情報確認急げ!」 

「通達はなかったのか!?」

「マスコミへの対応はどうなっている!? 庁舎前に押し寄せているぞ!」


 新設されたばかりの行政府内では嘘のように怒号が飛び交い、緊迫した空気が流れている。

 乱雑に人が行き交う廊下を間を縫うように早足で歩きながら、アナンがついて来ている側近へ声をかけた。


「シーナ議会への呼びかけは?」

「依然、連絡が取れません。会見に関する情報も行政府へは通達が無いままです」


 会見とは突如国内のテレビ局にシーナから一方的に伝えられたものだ。

 アナンは独自に情報網を持っているので、通達が無くとも会見を行う情報は掴んでいる。その内容が、国の別なく世界に混乱をもたらす恐ろしいものだということも。


「議長のイスルギはどうした?」

「それが……、連絡が取れません。会期中にも関わらず、議会にも参加していないようです」


 報告を受けて、くっとアナンは唇をかみしめた。

 シーナ大帝国は皇帝一族を国のトップとしつつも、実態はイスルギの一強体制だ。汚職によって政府に対する不満が上がれば、その度に皇族や政治家を切り捨てて、イスルギは生き残ってきた。自分から政策を動かすタイプではないが、狡猾で自身が逃げ回る手口は上手い。

 そのイスルギが政治の舞台から姿を消した。

 シーナ大帝国の政治中枢で未曾有の事態が起こっていることに違いはなかった。


「エイジスと連絡は取れているか?」

「はい、すでにイツキ陛下は待機されているとのこと。通信会談に向けて執務室のセッティングも完了しています」

「さすがだ、助かる」


 アナンが労うと、側近が無言で頭を下げた。

 執務室では、中では軍部総長のゲン、特殊上位部隊のシュウ、サキが待機していた。

 無言でアナンが席に着くと、モニターを表示させる。向こう側では、イツキがケートスのブリッジ内の司令官席に座っている様子が映し出された。後ろには、ケイト、ハルカ、ナノの姿も見える。


「緊急で呼び出してすまない」

『いえ、こちらでは各勢力の情勢を掴む手段が限られているので、ありがたいです。今回はシーナ大帝国内で動きがあった、と?』

「ああ。会見が始まったところでな。国内のテレビ局が時間差で送られてくる映像を報道している。今から、映像を共有する」


 アナンがもう一つのモニターを確認すると、ケートスと衛星通信を利用してつなげさせた。



 ◇



 巨大な装飾された柱が並ぶ謁見の間に設けられた会見場。

 大勢の民衆を前に16歳の少女が、国旗が掲げられた檀上へとゆっくり歩んでいた。

 卑屈、弱気、臆病、議長の腰巾着。

 国の内外問わず少女に向けられた評価である。

 しかし、シーナの絢爛な伝統衣装に身を包み、簪から下がる金鎖を優雅に揺らして毅然と壇上から見下ろす様は、女帝という彼女の肩書を想起させた。


「全世界の同胞よ!聞こえるか!余は、クーリア・シス・シーナ。シーナ大帝国が皇帝である!」


 若い女帝の声が会見場に響き渡る。


「皆に集まってもらったのは他でもない。余から重大なある事を伝えたいと思ったためだ。これから話すこと事、シーナ大帝国だけではない、惑星オービスに住まう人類同胞全てに対して明かす、まぎれもない真実である。どうか、粛に聞いてほしい」


 そこでクーリアは言葉を切ると語り始めた。


「我ら人類の故郷は本来は、オービスでは無い。地球といい、何億何兆とも離れた惑星で暮らしていたのだ。しかし、平穏なる日々は突然奪われた! フェアリスという、この惑星の精神生命体によって、戦闘奴隷とされるためにだ!」


 女帝が熱を込めて語り掛ける。

 対して、会見場にいる民衆は疑問を浮かべてざわめく。

 この人物は何を言っているのだろう、と。

 中継されている各所でも同様に困惑の表情を浮かべており、少女の正気を疑う者すらいる。アナンの執務室でも互いに目配せし、ゲン、シュウ、サキが受け入れがたい表情をしていた。

 だが、エイジスのワタセ家4人とフェアリス達、そしてアナンは驚きの表情を浮かべていた。


 会見場の壇上でクーリアは、自分と会見場の民衆の熱量に差があることは理解しつつも、臆さずに怒気を込めて語り続けていく。


「フェアリスは実体を持たぬために、惑星の脅威であるケイオスに対抗できぬ。そこでフェアリスはオービスと同じ環境の惑星に住む人類という種に目をつけ、同意もなく無理矢理この惑星に引きずり込んだのだ」


 少女が一息吸うと、バン、と困惑した空気に喝を入れるように机を叩き強調する。


「奴らが犯した所業はそれだけではない! 違和感なく惑星の生活に馴染むよう人類の地球での記憶を消し、新たに記憶を植え付けた上で、そして各勢力の政府高官の精神を操って、戦争状態が続くようコントロールしているのである!」


 一通り言い切ると、クーリアは壇上から会見場を見渡した。

 全員、突拍子もない話に呆気にとられる者、どのように反応すればいいか困惑している者、様々だ。

 予想していた反応に、ふふ、とクーリアは自嘲するように微笑んだ。


「一通り話したが、余の話は荒唐無稽なもので受け入れ難いだろう。フェアリスの存在すら夢幻と伝えられている地域もあるくらいだからな」


 ふと、クーリアは思い立ったように壇上に設置されたマイクを持って、檀上から降りた。カメラが彼女の後を追っていく。

 会見場の中央に位置する客席に座る青年の前で止まると、マイクを向けてクーリアが問いかけた。


「一つ尋ねる。貴殿の生まれた場所はどこだ?」

「へ、そ、それはシーナ大帝国の首都……」

「なるほど、では生まれた時の状況はどうだったか、母君から聞かされたか?」


 クーリアからの質問に青年が言葉に詰まる。


「答えられぬか、では、今の職業は何をしている?」

「あ、整備士をしていて、車や小型飛空艇、時にはプロームなんかも扱ったりしています」

「なるほど、専門的な技能を必要とする職だな。苦労も多いことだろう。どのように学歴を身につけ、現在の職に至ったか教えてくれないか」


 矢継ぎ早の質問に戸惑いながらも、青年が答えようと考え込む。が、途中から愕然とした表情に変わった。


「わか、らない……?」

「ここの会場にいる他の者にも問いかけたい。自分の生い立ちを、幼少期を思い出せる者はいるか? 本来、年齢を重ねたなら誰でも持っているはずの、記憶を」


 クーリアの言葉に困惑しつつ、互いに顔を見合わせる。

 しかし、答えられる者は誰一人としていない。

 ノトス・サザンの行政府の執務室内でも同様に、皆、クーリアの疑問を自らに問いかける。しかし、記憶はなく、事実に愕然とする。執務室外からもざわめきが聞こえてくる。互いに尋ねあっているようだ。

 だが、誰も答えることはできない。


「これが、真実だ。我らは大切な思い出を奪われていた、にも関わらず今まで誰一人疑問に思うことすら許されなかったのだ! フェアリスに記憶と精神をいじられたがゆえに!」


 クーリアは怒りの表情をもって、声を上げる。

 その時、会見場に警報音が鳴り響いた。

 直後、ドサッと何かが落ちる音が聞こえると、会見場の壇上と客席の間に、犬耳を持った少年の姿をした半透明の存在が倒れていた。口元がなんで、と疑問の形に動いている。


「クーリア様、お下がりください!」

「おのれ、フェアリスめ!」


 兵が殺到し、拡声器のような機械を用いて犬耳のフェアリスを捕えようとする。

 会見場に来ていた民衆が慄いてパニックになる。


「静まれ!」


 少女の一喝が会見場に響き渡り、民衆がぴたりと動きを止めた。

 クーリアが歩を進めると、誰先にでもなく道を空けていく。

 先頭に立ち、フェアリスを冷たく睥睨すると、再び語り掛ける。


「このように、奴らは我らの側に忍び込み、操っていたのだ。断じて許せることではない! 立ち上がれ、人類よ! 我らの真の敵はフェアリスである! そしてそれに操られている各勢力の政府高官である! これを討伐せずして、真なる平和は訪れぬ!」


 女帝が叫ぶと、民衆を見渡した。


「これより余は世界に宣戦布告する! フェアリスおよびそれに与する者を誅し、世界を彼奴らの支配から解放することを!」


 フェアリスの手は全世界に及んでいる。クーリアの扇動は世界を敵に回すことに他ならない。

 しかし、


 オオオオォォォォォォッッッ!!


 彼女の呼びかけに背後から、宮殿の外から鬨の声が上がった。

 フェアリスに憤り、彼女とともに世界を解放する、その使命を是とするという、民衆の意思表示であった。


「人類よ! どうか正義のために、余に、この国に力を貸してほしい!」


 人々を導く声。弱気な少女でも、気の触れた狂人でもない。

 まさしく女帝が、人々の総意としてこの場に君臨していた。

 歓声が上がる中、会見場に潜んでいたフェアリスが次々に捕縛されていく。

 人の叛逆の意志を印象づけ、中継は終了した。




 この会見は、シーナがフェアリス打倒を掲げたことが注目され、大々的に報道された。

 後々、会見の内容を専門家が再評価した際、フェアリスが隠していた真実を明かしたことこそ、世界に多大な影響をもたらしたのではないか、と注目されることとなる。

 その影響を踏まえ、この会見は“クーリアの宣告”と呼ばれることになったのであった。



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