番外編 とある兼業アイドルの日常 (2)

 2年前、グランクエスト。

 当時13歳だったユイはこのゲーム内で憧れのプレイヤーがいた。

 白い騎士のアバターで、ソロながらも高難度クエストでは常連のプレイヤー。難所なほど、彼なしでクリアはできないと言われるほどチームを活かすプレイが得意な人物であった。

 ユイがソロで高難度クエストに潜った時に助けてもらって以来、大ファンになった。

 いつか彼とタッグを組んでいろんなクエストを回る、それがユイの夢の一つになっていた。


 ある日、滅多にランク戦に出ない白い騎士のプレイヤーがトーナメントに出ると聞いて、ユイはオンライン会場へ見に来た。そして、目にしたものは予想を超えた熱い決闘だった。


 白い騎士と互角に戦う黒い狼耳の青年。

 どちらも技と技を読み合い、相手よりも上回らんと持ちうるスキルを惜しみなく披露していく。

 恐るべきは、狼の青年側のスピードと判断力で、相手の技に応じて自分の放った技の構成を変えて対応する臨機応変さがあった。

 熟練のプレイヤーであったユイにとっても新しい発見ばかりで、なによりも見ていて楽しかった。

 同じゲームをしているのか、と思うほど黒い狼の青年は活き活きとした動きをしていて、ユイでも始めて見るようなテクニックが次から次へと飛び出してくる。

 白い騎士も黒い狼の青年の雰囲気を感じ取ったかのように、楽しそうに戦いに興じていく。

 その動きもまた、彼のファンであるユイから見て、今までになくいい動きをしているのがわかる。

 互いを尊敬し、高め合う。

 そんなプレイに心が躍った。


 結果的に、そのトーナメントで1位を取ったのは、白い騎士ではなく、黒い狼の青年の方だった。

 決勝戦の後、黒い狼の青年のことを知りたいと思ったユイは、舞台となったコロセウム内を探していると白い騎士と黒い狼の青年が話しているところに出くわした。


「思いを継いでほしいから。武器を受け取ることで思いを繋いでほしい」


 そこで、ユイは白い騎士が引退を考えて今回のトーナメントに出たこと、黒い狼耳の青年のアバターを操るプレイヤーが自分よりも年下の少年であること、そして白い騎士から意志を継いでほしいと剣を託されたことを知ったのだ。

 それらの流れを見てユイは迷った後、黒い狼の青年のアバターのプレイヤー、ハルカが所属するギルドの扉を叩いたのだった。



 ギルドに所属しゲームが終了となって別ゲームに移行した後も、彼との関係は続いていた。

 なんだかんだでどっちもゲーマーなので方向性やこだわりで衝突することもあるけれど、一緒にプレイしている時はとても楽しくて、思いもつかないテクニックや連携が出てきたりして。

 いろんな景色が見れることに、わくわくしていた。

 そして、いつからか別な気持ちが、楽しい日々の中に混ざっていたことにユイは気づいていた。



 ◇



 時間は過ぎて、1年と7か月後。

 今の時間から換算すれば3カ月前で悪質プレイヤーからハルカがバッシングに晒されていたころ。

 ある日、チームホームで、いつものように皆で会話をしていた。


「明日、ごめんなさい。ちょっと用事ができちゃってインできないです」


 予定について互いに報告していると、申し訳なさそうにハルカが言った。


「用事?」


 レンが問いかけると、うん、とハルカがうなずいた。


「ユイ、アイドルのユイのライブに妹と行くことになったんです。本当は母が妹と一緒に行く予定だったんだけど、行けなくなったから妹が迷わないよう付き添い頼まれて」


 ハルカの様子は家族からいきなり言われて戸惑っているようであった。


「えっと、その妹ってこの間道に迷ってヘルプしてきた妹だよな?」

「カナタさん、そうなんです。とにかく方向音痴で。あ、あの時はご迷惑をかけてすいませんでしたって言っていました」

「知ってる。お前がログアウトしてる時にこっそりインして俺らに謝りに来てくれたから」


 ハヤトが苦笑しながら言うと、え? とハルカが驚いた表情を浮かべた。


「可愛い妹ちゃんじゃない。おにいのせいじゃなくて自分のせいなので、チーム追い出さないでくださいってお願いしに来て」

「とはいえ、お前のアバターのまんまだから違和感バリバリだし」


 ルイとケンジが可笑しそうに言った。


「ナノ……」


 恥ずかしいような、勝手にインしたことを怒りたいけど怒りきれないような、そんな微妙な表情をハルカが浮かべる。


「そんな可愛い妹のためだったら、ちゃんとエスコートして来いよ。幸い明日は得にイベントもないし、サキとユイもインできないんだろ?」


 シュウが意味ありげに2人に視線を向ける。


「そうね。用事で絶対に抜けれない」

「う、うん、無理だね」


 話を振られてサキはなんでもないように、ユイは取り繕うように言った。


「てなわけだから、せっかくだし気分転換行って来いよ」

「そうだね。最近ハルはあれの対応で休みにインしても、ゲームという感じじゃなかったからね」


 シュウとカエデが微笑みながら言う。バッシング対応で運営に相談したり、データ提出をしたりと忙しかったのだ。


「ありがとうございます。すいません、じゃあ、今日はもう落ちますね」


 心底申し訳なさそうに言ったあとでハルカはログアウトした。

 そんなやり取りのあった翌日。ユイはライブ会場で準備をしつつ、ゲームで会話したことを思い返していた。

 ハルカは突然母が付き添えなくなったって言っていたけど、もしかしたら最近ハルカが落ち込んでいるのを家族も察して気分転換に送り出したのかもしれない。


(なら、元気付けるのは私の役目、だよね)


 うん、とうなずいてから気合を入れるように頬を軽く2回ほど叩く。

 ちらっと会場内の様子を映すモニターを見ると、沢山の人で会場は埋まっている。


(この中で中学生ぐらいの男の子と、それより年下の女の子の二人組かあ…流石にわからない、か)


 けど、ここにハルカとその妹がいるのは確かだ。モニターをしばらく眺めていると、会場スタッフから声をかけられる。


「ユイさん、そろそろ準備お願いします」

「はーい」

「ユイ、いつも通りにね」

「うーん、ちょっと今日は私情が混ざってるからいつも通りって訳にはいかないかも」


 ユイが苦笑するとサキが何のことか察してため息をつく。


「あんまり混同するのは良くないと思うけど……まあ、気張りすぎて失敗だけはしないようにね」

「わかってる!」


 元気よく返事をすると、中学生アイドルは舞台に向かって行った。

 定位置につくと、前奏が流れる。

 身体でリズムをとりながら、思い浮かべるのは、ゲームでの光景と、落ち込んでいる少年の姿だ。


(自分の歌を聞いてほんの少しでも、前のように高みを目指す勇気が持てますように)


 個人的、だが純粋な願いをのせて、ユイは歌声を会場に響かせた。

 その日のライブは、ユイのライブの中でもパフォーマンスが良いと各音楽雑誌で高評価を受け、ライブ音源のCDやDVDの売れ行きも自己最高を記録したという。

 後日、このライブ映像を見て堅物だが敏腕だというディレクターが勤める人気音楽番組への出演が決まったのであった。



 ◇



 回想を終えたユイは、自分のスマホの手帳アプリを眺める。

 7月7日の所には、大会と同時にオフ会と予定が入力されていた。


 「会ったらびっくりするだろうな……」


 会うのが不安なようで、でも楽しみでもある。

 妹のいる、自分よりも一個下の少年。

 強く憧れを追いかけていたが故に、踏みにじられて大事なものを汚してしまったと落ち込んでいる少年。


 「今度の大会までに性根が直ってなかったら、喝入れてやる」


 微笑みながら呟くと、ユイはスマホの画面をオフにした。

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