番外編 とある兼業アイドルの日常 (1)
私の名前は護堂ユイ。
中学3年生の15歳で、音楽活動メインのアイドルをしています。
趣味はゲームで、ネットワークフルダイブ型のオンラインゲームCosMOSにハマっています。自慢になるけど所属しているチームが、実は世界2位だったりします。
ただ、その全部を知っている人は家族と一人しかいません。
充実しているって周りから言われるけれど、悩みもそれなりにあります。
自分の、というよりもゲームでも知り合った子のことなんですけど。
スランプ真っ最中で真面目な性格のせいでさらに自分追い込んで悪循環になっていて。元気づけたいと思うんですけど、何言ってもプレッシャーになってさらに追い込もうとしちゃうし……。
うまく励ます気持ちだけを伝える、そんな言葉があればいいのに。
え、まずは、素直になるところから?
う、そ、それはそうなんですけど。
一番難しい、かも……。
◇
音楽番組の収録を終え、帰り途中。車の助手席でユイはコーヒーを飲みつつため息をついた。運転席からマネージャーこと、墨江サキが声をかける。
「お疲れ様、ユイ」
「ごめんなさい、サキさん。まさかこんなに長引くと思ってなくて」
「いいのよ、そもそもユイのせいじゃないでしょ」
申し訳なさそうにユイが言うと、サキが微笑んだ。
墨江サキはユイがデビューした時からの担当で、芸能活動から学生生活、そしてゲームのことでも相談にのってくれる、ユイにとっては頼もしい姉のような存在だ。
「そもそも長引いたのは、あのディレクターがユイにだけOK出さないからだし」
「こだわりがあったみたいなんだよね。私もすぐ意図をつかめればよかったんだけど」
「ユイはよく応えてくれてたと思うわ。まったくあの人、感覚で話し過ぎなのよ。もっと具体的に言えばいいのに。察してくれよとかわからないし」
サキが思い出しながら愚痴る。
何度もNG出すものの、サキが理由を聞いても説明が抽象的で喧嘩になりかけたのだ。
「揉めた後、ユイが気づいてパフォーマンス変えたら一発OK出たのよね……よくわかったね、あの人が求めているもの」
「この間のライブのような、と聞いてようやく、ね」
ユイが、やや疲れた笑みを浮かべた。あまり深く突っ込まれたくないので話題を変える。
「ところでサキさん、今日はインできそう?」
「7月7日の大会が近いからね。家帰ると遅れるから、カフェに寄って2時間だけ入ろうかな、と。ユイは?」
「私もインするつもり。練習したあとは、今日こそ一本取りたいし」
ユイが意気込むと、サキが呆れた視線を向ける。
「悔しいからって彼に当たりすぎないでね。ここ2〜3か月スランプが続いているんだから」
「だからだよ。喝入れてあげないと」
「……根つめないで程々にね」
やる気満々なユイの様子を見て、サキがため息をついた。
郊外にあるユイの家に着くと、いつものように玄関までサキが挨拶がてら付き添う。
「ただいまー」
「あらあら、お帰りなさい」
帰ってきた様子に気づいてユイの母であるサリがやってきた。
「すいません、今日は遅くなってしまって」
「いえいえ、いつもありがとうございます。サキさんが傍でサポートしてくださるから安心です」
朗らかにサリが微笑むと、サキが顔を真っ赤にさせながら手を振る。
ユイから見ても母のサリは美人だ。昔、モデルとしてスカウトされて一時期だけ芸能活動をしていたことがある。そこを一目惚れしたのが、父であるアナンだ。早々に結婚するとサリは引退してしまったが、魅力は未だ健在であり、微笑んだだけで心を揺さぶる破壊力がある。
「お、今帰ってきたのか」
2階から降りてきたアナンがサキとユイに声をかける。
「お父さんの方が今日は早かったんだね」
「珍しく関係書類を期限内で収めてくれたところが多くてな、おかげで確認作業も早く終わった」
アナンは都庁職員であり、その帰りは遅い。大抵はユイの方が早く帰ってくることが多いくらいだ。
「遅いということは、何かポカとかやってサキさんに迷惑かけたんじゃないだろうな?」
「誰が、そんなことない!」
「ほう、この間台本忘れてサキさんが慌てて取りに来たことがあって、それで撮影が遅れたとかあった気がするが」
「うぐっ」
からかうようにアナンが言い、ユイが口ごもる。
サキとサリがユイの聞こえないところでこそこそと話しこむ。
「相変わらず仲が良いですね」
「そうなのよ、娘が反抗期だからでこそ、からかってやれって主人は考えてるみたいで」
「なるほど、ある意味娘離れしたくないから?」
「それもあると思うけど、娘も内心、父離れもしたくないんじゃないかしら?」
サリの分析になるほど、とサキがうなずく。
その背後では、仲良く父と娘が言葉の応酬をしていた。
◇
サキと別れたあとで、夕飯を食べお風呂に入って時刻は22時。
ユイはヘッドギアを装着してCosMOSにログインした。
チーム専用のホームでは、すでに皆集まっていてアバターを用いて会話をしている。
それぞれ人型ではあるものの、見た目イコール実年齢ではないので要注意だ。
音声でダイレクトに会話できるが、ユイの場合芸能活動をしているため声バレはご法度である。加えて、チームメンバーは音声会話を好まないメンバーが多いので、音声入力による文字でのチャットをコミュニケーション方法として選択していた。
「ごめん遅くなった!」
ユイがログインすると、チームメンバーが気づく。ちなみに、先程別れたサキはすでにインしていた。
「お、今日は平日なのに珍しく全員揃ったな。なら、討伐と防衛のフルミッションやりつつ、連携の練習するか」
リーダーであるシュウが、ミッションを各メンバーに示しながら声をかける。
フルミッションは、クリアまで時間がかかる。おまけに提示されたミッションはハイエンド(最高難度)コンテンツなので、敵の強さも相当なもので、集中力と体力双方を削られる。これでは、全体で練習後に個別に練習を行う、という流れは厳しい。
「えぇ……」
アバターの表情はヘッドギアの蝕知センサーと連動しているので、現実で浮かべたユイのげんなりとした表情がそのまま反映される。
「なんだ、不満か?」
「ユイとしてはハルをしごけないから不満なんでしょ?」
にしし、と猫のようにルイのアバターが笑いながらからかう。
「そ、そんなことないよ!」
慌てて否定するが、図星だ。
引き合いに出されたハルカのアバターも戸惑った表情を浮かべている。
「大会が近いから、連携も練習したほうがいいもの」
ユイがフォローするように言うと、サキがやれやれと首を振った。
「それならいいんだが、ハルの方もそれで大丈夫か?」
シュウが問いかけるとハルカが生真面目な表情でうなずいた。
「大丈夫です。頑張ってついていくんで」
「そうか……まあ、あまり気張るなよ」
ハルカの言葉に対して、シュウも何と言ったものか、言いあぐねて曖昧な言葉で釘をさすだけに留める。
周りの皆を見れば、ハルカの方を心配するような、微妙な表情を浮かべている。
最近、チーム全体の調子が上がらないのは、様々な要因があるが、ハルカのスランプもその要因の一つだった。
半年前、チームの運営が軌道にのったところでチームのメンバーそれぞれが個人のランク戦に参加し始めたころ、ハルカも武器種別個人ランク戦に参戦した。
結果は1位。
驚くことではない。メンバーの全員が取るだろうな、と予測していた。
CosMOSの前にメンバーで遊んでいたゲーム、グランクエストからハルカはアバターへの没入感、反射神経、判断力、操作スキル、いずれもが高かった。そのためにグランクエストでトーナメント戦1位を取ったこともあるぐらいだ。
ただ、今回不運だったのは、個人ランク戦の決勝相手がグランクエストでハルカが1位を取ったことを知っていた、負けず嫌いの粘着質なクレイマーだったことだ。
ハルカはその個人戦で前ゲームを元に外観だけ似せた武装を使っていたのだが、それを前ゲームから引っ張ってきたんじゃないか、と難癖をつけてきたのだ。
言いがかりにも程があり、もちろん抗議した。そもそもグランクエストとCosMOSでは根幹のデータが同じでも武器やアイテムの効果やパラメーターの仕様が大きく異なる。CosMOSはプレイヤースキルに依存する方式なので、武装によってバフがのるなど一方的に有利になるようなシステムはない。
しかし相手が、チートをした等あまりにもごねるので、ハルカは運営側に機体の調整データや会話ログに至るまで、プレイヤーデータを全て提示して不正がないことを証明した。
運営からもその旨が公表されたのだが、諦めの悪いことに相手プレイヤーは様々なSNSに書き込んでハルカの悪評を広めたのである。
度重なる悪質行為にチームのメンバーは大激怒。
反対に相手プレイヤーに対してヘイトコメを返したり、悪質行為を遡って調べ上げて匿名で公表したり、結果相手のアカウントが大炎上。さすがの事態に運営も本格的に動いて仲裁に入り、悪質プレイヤーのゲームのアカウントとSNSのアカウントが消去され、メンバーの一部も一定期間プレイ禁止となったことで事態は終息した。
その騒ぎの後、ハルカは責任を感じてチームを抜けることを提案したが、引き止めて抜けることを思いとどまってくれた。けど、ハルカは元の武器、愛用していたファーヴェルを使うのをやめ、スランプになってしまったのだった。
一連の流れをユイも側で見ていたからでこそ、今のハルカの状況をとてももどかしく感じていた。なにより、ハルカがどれだけファーヴェルに思い入れがあるのかも知っていただけに手放してしまったことに対して苛立ちを感じていた。
その日は、フルミッションに挑み、クリアまでしたものの以前よりもタイムが落ちていた。ハルカの方も前のような楽しむような様子もなく、動きが固いままだ。
ユイはCosMOSからログアウトしヘッドギアを外すと、うー、と唸り机に頭を伏せる。
「いつまでうじうじしてるのよ、ばか……」
不満げに呟くと、出会ったときのことを回想した。
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