幕間

 内戦終結宣言および同盟成立宣言から数日。

 式典までの慌ただしさも落ち着き、ノトス・サザン行政府内は穏やかな空気が漂っていた。

 貴族院主席のアナンも例外ではない。政府機能の再編はまだ完遂してはいないが、緊急的に行わなければならない案件は片付いており余裕がある。

 合間に休憩を挟んで、行政府に来ている妻と昼食でも食べに行こうかと考えていた矢先。

 突如として和やかな空気をぶち破るように、廊下から騒がしい声が響いてきたかと思うと、荒々しく扉が開かれた。

 肩を怒らせて入ってきたのは彼の娘である、ユイと特殊上位部隊の面々である。

 推測するに、怒るユイをシュウ達で宥めたが制止しきれなかった様子だ。


 「なんだなんだ、物々しいな」

 「すいません、何でも問い質したいことがあるって聞かなくて」


 突然押しかけてきた5人にアナンが呆れて声をかけると、申し訳なさそうに代表してシュウが苦笑した。

 ユイが不機嫌にシュウへ一瞥すると、そのまま視線をアナンへと向けた。


「お父さん飛空艇のスタッフから聞いたんだけど、エイジスのワタセ家にお邪魔したんだって?」

「そうだが、何か問題でも?」

「なんで一声かけてくれなかったの! おじ様におば様、それにナノに挨拶したかったのに!」


 サリの件をはじめ、エイジスには恩義がある。ユイは特にワタセ家と縁があるので、挨拶をしたいという言い分は好ましいし、納得できるものだ。

 だがあえて、おや、とアナンは首を傾げてみせた。


「ハルカ君に一番会いたいんじゃないのか? 抜けていたようだが」


 指摘を受けてユイの顔がわかりやすく固まる。彼女の背後でサキやレン、ミナが言わんこっちゃないと首を振った。


「だから、この間の式典の時に挨拶してきなさい、と言っただろうに」

「そう言われても、演説のあとだったんだもの! あんな場面見せられたら……」


 言いながら途中でユイは、はっと気づいて口をつぐむ。もちろん見逃すアナンではない。


「あんな場面とはなんの場面かな? いや、律儀なユイが躊躇してしまう程の何かがあったというのなら、ぜひともその何かを詳細に教えてほしいのだが」


 笑みを浮かべ、見た目上は親身に問いかける。いや、追い討ちをかける。

 ユイの顔がさらに赤くなり、わかりやすくたじろぐ。

 舞台裏に居つつも、娘がそれはそれはいい表情でハルカのことを見つめていたことは把握ずみだ。

 もちろん娘の心情など十分にわかっている。わかっていて突いている。

 大人げない、とシュウが言葉にせず口を動かすが見ないふりを決め込む。

 からかい甲斐のある娘を愛でないなど、もったいないではないか。

 どうなんだ? と視線で圧をかける。


「~~っ!」


 ユイが言葉にならない悶絶をあげて、撃沈した。

 勝負あり、と言った様相に後ろで4人が苦笑する。


「あれ、ユイ? どうしたの?」


 そこへ、騒ぎを聞きつけたのかイリスが姿を現し、机に頭を伏せたユイに声をかける。


「聞いてよイリス! お父さんたら、私に内緒でワタセ家に行ったのよ!」

「うん、知ってるよ。一緒に行ったから」


 正直に話すイリスに、アナンはまずい、と焦る。


「おい、イリス……」

「一緒に行ったって、どういうこと?」


 アナンが制止しようと声をかけるが、ユイが遮る。


「アナンがイツキさんたちに会いたいって言うから、私が案内したの。自宅まで行ったんだけどね、留守だったの」

「そう、それで?」

「鍵が開いていたから中で待つことにしたんだ。で、アナンと一緒にハルカが作ったミルクプリン食べた。あれは非常に美味だった」


 うん、と嬉しそうなイリスの話を聞いて、特殊部隊の面々がドン引く。


「不法侵入に窃盗……アナンさん、前々から遠慮がないと思っていたが」

「恩人に対してまでそんなことができるのか……」

「おいおい、待て! イリスの話はいろいろ過程が抜けていてだな」


 シュウとレンが言うことに慌ててアナンが弁明しようとするが、イリスは首を傾げた。


「でも、留守の間家の中で待ってたことは本当だし、プリン食べたのも事実。私は実体が無いから、アナンの身体を借りるしかなかったし」


 兎耳の少女の言葉に執務室内に冷たい沈黙が流れる。

 身体を借りたということはつまり、40代のいい年した男性が、幼女を身体に一時的とはいえ、取り込んだということで……。


「最低」と一言でユイが断じ、

「不潔です」とサキが距離をとり、

「ない、やっちゃいけない、人として」と滅多に拒絶しないミナまで首を振った。


 女性陣からの3Hitは、さすがにアナンでも心に刺さる。

 弁明するべく口を開こうとしたところで、タイミング悪くサリが執務室へと入ってきた。


「あらあら、どうしたのかしら?」


 室内の不穏な空気を察して問いかける。


「すまんが、その……」

「お母さんも聞いて! お父さんがね……!」


 アナンを遮り、ユイが怒りをこめて何をしたかを一息に説明した。


「あらまあ、それはいけないわね。最低ですわ」


 やんわりとした口調ながらもサリにまで言われて、アナンは机の上に顔を伏せた。

 ようやく再会したばっかりだというのに、最低と言われるのはあんまりである。

 好奇心に負けた自分が悪いのはわかっているが。

 撃沈している夫に対し、で、とサリは問いかけた。


「ワタセさんのお家の様子ってどうだったんですか? できれば趣味のものとか詳しく聞きたいですわ、贈り物の参考にしたいので」


 好奇心できらきらした目をするサリとは反対に、部屋の空気が凍り付き沈黙が流れた。



 やり取りのあと、特殊上位部隊の面々は互いにこう語っていたという。

 やっぱりこの夫婦って似たもの《いい性格》同士なんだな、と。


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