8. 研究所探索

 首都街区から離れた区画。

 イリスが潜入した施設、ケイオスの研究施設の前に一つの車両が到着した。

 中から降りてきたのは、軍部総長のゲンとサザン側の歩兵部隊、そして軍用のコートを羽織ったイツキ、ケイトである。加えてケイトはケートス奪還作戦で使用した自動小銃を持ってきていた。

 もしかしたら、研究施設内にノトス軍の兵が残存しており戦闘になる可能性も考えてのことだ。ただ、ゲートは荒々しく破壊され、噛みちぎれたように崩れたコンクリートの壁からは煙がたなびいている。発砲音もしないことから、生存者がいる可能性は低いだろう。

 サザン軍の部隊が先行して突入していく中、イツキが街区の方へ視線を向けると、エイジスのプローム機がケイオスと戦闘している様子が見えた。

 ハルカからの指示がなくとも、カバーし合いながら善戦しているようだ。


「総長、先ほど入電がありまして、境界線上の衝突はファーヴェルの介入により終息。主席令嬢が皇子殿下に合流して首都へ向かっているとのことです」


 車両から兵士がゲンへ報告する内容を聞いて、ケイトとイツキが反応する。


「首尾よく止めれたのね。ただ、思っていたよりも早かったかな」

「ええ、止まらないと予測してましたが」


 喜ばしいことであるはずなのに言葉を濁すイツキに、察したケイトが苦笑する。


(この早さは無茶したかな……。向かってきているということは無事ではあるんだろうけど、素直には喜びづらいか)


「なお、ノトス軍も撤退を開始。高速艇にてアルファ小隊が先行して首都へ戻ってきているとのことです」

「アルファ小隊か。ブラボー小隊ではなかったのは僥倖だ」

「官邸側の動きは、防戦一方。ケイオスへの対処に集中しているようです」


 兵士とゲンのやり取りを聞きつつケイトが双眼鏡から官邸の様子を確認すると、政府高官やノトスの部隊が動き回っていた。おそらく、政府機能を守るのに必死になっているのだろう。

 先日見たサザン首都と逆の立場になったということだ。


「この研究施設にまでは手が届いてないとみて良さそうね」

「降りる前にケートスから衛星でここの区画を偵察してもらいましたが、すでにケイオスの反応はないようですね。全て街の方へ降りたとみていいでしょう」


 ケイト、イツキから情報を受けて、ゲンがなずいた。


「これより、本隊も研究施設への潜入を開始します。陛下、皇妃殿下ともに十分に気を付けてください。ケイオスがいなくとも、中に残党がいるかもしれませんので」

「わかりました。よろしくお願いします」

「了解したわ。それよりも……」


 ケイトがにこにこと笑顔を浮かべてゲンに近づくと、その頬を引っ張った。


「その呼び方はやめてくださいって言いましたよね? そして、こちらに来る前に私たちの腕前はすでにご存知のはずでは?」


 笑顔ではあるが目は笑っておらず、頬をつまむ手からはぎりぎりと、剣呑な音が聞こえてくる。


「し、失礼しました、ケイト様…たたたたっ!」


 様呼びされてケイトがさらにつねる手に力を込める。

 ケイトとしては、フェアリスからはどうしてもと言われて妥協しているのだ。これ以上むずがゆくなる相手を増やしたくない。


「わ、わかりました。ケイトさん、イツキさん、許してください!」

「なら、よし」


 そう言うとようやくケイトはゲンの頬から手を離した。二人の様子を見て歩兵がひそひそと話す。


「すげえ、鬼の総長が手玉にとられてる」

「そもそも、なんで皇族であるお二方が現場に来ているんだ?」

「さすがに総長も反対したんだが、ケイト皇妃が総長を組み手で抑えこんで強引に押し切ったらしい」

「マジか、いったい何者なんだ……?」


 ひそひそと話す部下たちをゲンがじろりとにらむ。びくりと反応して黙ったところで、号令を発した。


「では、突入開始!」


 号令一下、研究所内に突入し、着実に制圧していくサザンの歩兵部隊。その後ろをイツキ、ケイトが続いていく。

 研究所内は暗く、爪痕状にえぐれた壁、崩れ落ちた天井、食いちぎられたように途中から消失している培養機器など、ケイオスが激しく暴れた形跡が見られた。

 天井の落ちた床には、暗くて判別できない赤黒い液体が染みている。


「……荒れ具合から見るに生存者はいなさそうですね」

「探索するにはありがたいけどね。ただ、建物の耐久性の方が心配。いくら死なないとはいえ、家探しに来てぺちゃんことか、本末転倒な展開は願い下げだわ」


 ごもっともと言葉を返しつつ、イツキは生きているコンピューターはないかと視線をさまよわせる。

 非常灯を頼りに奥へ奥へと探索していると、広い研究室のある一つの培養機器のところでゲンが立ち止まった。

 土地浸潤型と明記され、一つの培養機器の中にいくつかの実験体を培養できる構造となっている。

 培養機の脇には一台のコンピューターが置かれており、スイッチを入れるとモニターの灯りがついた。


「イツキさん、ここに土地浸潤型の培養に使われていたと思しき機器とコンピューターが」


 ゲンに声をかけられ、イツキ素早くコンピューターに近づきキーボードをいじる。


「良かった、このコンピューターは生きてるみたいですね。いろいろ暗号化してますが、この程度のセキュリティであれば、フェアリスの手を借りなくても何とかなりそうです」


 素早くプログラムの画面を表示させて入力を済ませると、あっさりとセキュリティが解除され、モニターに写真つきのレポートが浮かびあがった。


「土地浸潤型……その培養過程ですね。僕が以前作成したレポートのデータもある。それを参考に環境的に負荷をかけて進化を促した。だから、予測していたよりも早い進化過程が生まれてしまったわけですか」


 表情険しく、イツキが眼鏡のブリッジを抑える。

 突入前にアナンから、ノトスの主席にレポートのデータを提供していたと聞いてはいた。提供した時は、このような形で悪用されるとは思っていなかっただろう。


「サザン大陸を襲ったケイオスは、電気と金属に好んで反応するように調整されています。だから、電波塔と人の生存圏で爆発的に広まったんですね。今後の運用先についてのデータもあります」


 サザン大陸、ユエルビア、シーナ、そしてエイジスと他の大陸で運用した場合の試算と、先日のサザン大陸での被害報告も記録されていた。それは、ノトス共和院がケイオスを兵器利用した、という逃れようのない証拠であった。

 イツキは即座にデータをコピーし、自分の持っているノートPCと、ディスク型の記録媒体に移して記録媒体の方をゲンに渡した。


「これでヤムナハ氏の責任を追及できるでしょう。後の対応はお任せします」

「何から何までかたじけない。ありがたく頂戴します」


 ゲンが恭しくイツキから情報媒体を受け取った。


「では、我等はこのまま政府官邸に乗り込もうと思います。おそらく、そこに奥方も囚われていると推測しますので」

「なら私もそっちの方について行かせてもらおうかな」


 ケイトの言葉に意外に思い、イツキが問いかけるように視線を向ける。


「ユイちゃんからいろいろ話を聞いたりもしたし、同じ女性かつ母親として思うところがあってね」


 以前滞在していた時、ケイトの前でユイが泣いていたことがあった。あの時はケイトに任せて触れないでいたが、ユイの母親であるサリの話をしていたなら納得がいく。


「サリさんは、精神束縛された状態で拉致されている可能性が高いと思います。ほぼ身動きできないでしょうが……」

「何かフェアリスに吹き込まれていたら危険な行動をしてくる可能性もあるってことね、用心するわ。イツ君はどうする?」

「僕はこのままもう少し調べてからそちらの方に合流しようと思います。ノウェム」


 イツキが呼びかけると、即座に白猫の少女が姿を現した。


「ノウェムは僕のサポートをお願いします。ナノはケートスで待機してますよね?」

「はいなのです。通信手段役と、ケートスのサポートとしてツバキとともにブリッジに残っているのです」


 ノウェムがうなずくと、そのそばにヤナギが現れた。


「では、官邸の方にはわしが同行しましょう。精神束縛系の技能の勝負ならば、わしの方がお役に立てると思うので」

「ヤナギ殿、それはありがたい。実は、今日になってイリスに呼びかけても返事がなくて困っていたのです」

「イリスが?」


 ゲンの言葉を受けてノウェムが首を傾げる。あれだけサザン側を心配していたのにも関わらず、反応がないとはおかしい。

 訝しんでいると何かがざわり、と動く気配を感じてノウェムの白い三角耳がぴん、と立った。


「そこ! 誰がいるのですか!?」


 ノウェムが呼びかけると、物陰に隠れていた何者かがひぃっと声をあげる。

 そして、即座に消えそうになった気配が何かに阻まれたかのようにバシン、と音を立てて止まった。


「逃げられるとまずいので、フェアリスにしか効かない壁を張らせていただきました」


 ヤナギが手を突き出しつつ報告する。

 ノウェムが音のした方に近づくと、アルマジロのぬいぐるみの形をしたフェアリスが、目を回して床に転がっていた。


「ルボル、何をしてるのですか!」


 ノウェムに問われ、ハッと気付いたアルマジロのフェアリス、ルボルが身体を起こして後ずさる。


「な、なんでここにお前らが来るんだよ! 救援に来たんじゃないのか!?」


 文句をわめくルボルに対して、イツキが呆れ交じりのため息をつく。


「ここが発生源だったので原因を調べにきたんです。対処法を探るためには当然でしょう? かといって証拠隠滅も満足にできなかったようですが」


 証拠隠滅という言葉に、ルボルが表情をこわばらせる。


「し、仕方ないだろう! ケイオスが暴れだしたんだから! なのに、こんな状況下で人の事情を探るなんてお前ら鬼か!」

「それは自分から自国の領土にケイオスをけしかけた挙句、弱っているところを攻め入ろうとした輩に言われたくはないわね」


 ケイトが手厳しく指摘する。まわりの歩兵部隊やゲンこそ無言だが、同感といった様子であり、漂わせる怒気はケイトやイツキよりも強い。


「な、なにを言う! それを言うなら、そもそもここのケイオスが暴れだしたのはイリスのせいなんだ、あいつが培養器を壊したりしなければ……!」

「培養器を壊した? イリスをどうしたのですか!?」


 驚くノウェムにルボルが意地悪く、きしし、と口の端で笑った。


「他の勢力に他のフェアリスが立ち入ることは基本的に禁止。協定を犯したから封印処理を施したまでだ。直に官邸内のフェアリスでも侵入不可能な箇所に移されるはずだ。まったく、馬鹿な奴。こんな派手なことをすれば、ばれるに決まっているのに」


 ルボルは下卑た笑いを浮かべてイリスを貶す。

 対して、ヤナギとノウェム、イツキとケイトとゲンは、なぜイリスが協定を犯したのか理解した。

 イリスはエイジスを動かすために、ノトスの研究施設に単独で潜入して、培養機器を破壊したのだ。

 ヤナギが顔を伏せると静かに問いかける。


「……ルボル、お前、イリスが培養機器を破壊するのを見たと言っていたが、それはこの施設がどんな意味をもつ施設なのか理解していた、ということなのだな」

「そんなの決まってるじゃないか、ケイオスを兵器として活用……」


 ルボルが言ったところでくわっと顔を上げヤナギが声を荒げた。


「この馬鹿者がっ! 脅威を自ら強化するとは何事ぞっ! その行為の方が惑星そのものを危険にさらす裏切り行為となぜ思わなんだ!」

「そ、それは……っ」


 ルボルはそこでようやく気付いた。戦争に興じ、自国の勢力を高めることに追及したあまり、本来の目的から矛盾する行為をしてしまったことに。


「フェアリスの首長として告げる。ルボル、お前は重大な違反行為を犯した。よって、封印処理を行う。ただし、意識の凍結はせずに。しばし、動かぬ体で反省せい」


 そう言うと、ルボルの身体が端から実体化し、ぽん、と音を立てるとぬいぐるみが床に転がった。

 ケイトがアルマジロのぬいぐるみを拾いあげる。


「これが、フェアリスの封印処理……」

「はいなのです。おそらく、イリスも同じような状態になって官邸にいるはずなのです」


 ノウェムが説明すると、ゲンがうなずいた。救出するべき存在がもう一人追加されたまでだ。


「では、やはり我々は官邸に向かいます。主席への責任追及。および、奥方とイリスの救出に。念のため、護衛のために数人部隊のものを残していきます」

「ありがとうございます。軍部総長。そちらもお気を付けて……」


 その時、イツキが言い終えたかどうか、というところで建物が激しく揺れた。

 天井が激しく揺れ、電灯から火花が散り、建物が軋む。


 「ケイオスの攻撃!? それとも戦闘の余波!?」

 「いや、長すぎる! 総員安全確保!」


 ゲンが怒号を飛ばす中、各員手近なものを支えにし、崩れるものがない箇所に這って移動し安全を確保する。

 地震のように続く揺れに、イツキもケイトも机の下にもぐりこみながら、建物が崩落しないことだけを祈る。

 その時、一定だった揺れが、鼓動するように波うった。


 (!?)


 奇妙な揺れを最後に、徐々に揺れは小さくなっていくと、完全に止まった。

 土埃が残っている中、ゆっくりとゲンが身体を起こすと呼びかける。


「お二方とも、けがは」

「ありません。ゲンさんや皆さんは」


 ケイトともに机から這い出つつイツキが声をかけると、即座に点呼をはじめ、ゲンに報告していく。欠員はなく、無事にしのぐことができたようだ。


「イツ君、今の揺れは地震じゃないよね?」

「ええ。特に最後のは、明らかに生物的なものだったと思います」

「生物的……もしかしたらケイオスが残っている可能性があるということでしょうか?」


 ゲンの問いかけに答えず、イツキが愛用しているタブレット端末を取り出すと、何かを操作した。


「ブリッジからの報告によると、微弱ですが研究所周辺をケイオスがよぎった反応があったようです。今はまた反応が無いそうですが、周辺区域に接近する動きがあれば、こちらに連絡をいれるよう伝えました」

「イツ君、その口ぶりだと調査を続けるってこと?」

「ええ。研究所から逃げ出した型の可能性があります。うまくいけば、特徴など研究データが残ってるかもしれない。市街地で戦闘しているハルたちに伝えられれば、楽になるでしょうから」


 危険な提案にケイトが心配そうな表情を一瞬浮かべ、そのあとでため息をついた。


「私もやっぱり残るか、と思ったけど、建物に関係なく攻撃できるケイオスだったらどこでも危険なのは変わらない。だったら、官邸への救出を急いだほうが現実的、ね」

「そうなりますか……」


 困った表情で苦笑すると、イツキがケイトの肩を引き寄せた。


「気を付けてくださいね」

「そっちも、ね」

「無事に戻れたら、数か月前に遠慮させてもらったこと、お願いします」


 冗談めかしてささやくように言うと、ケイトが笑った。


「もう、それフラグ」

「じゃあ、やめにしておきます?」

「まさか。夜になって疲れたとか言って逃げないでね」

「善処します」


 完全に二人の世界となっている夫婦のやり取り。

 それを後目に、各隊員が装備を分割し別行動に向けて準備していく。もちろん、各隊員に釘を刺すようにゲンが無言で圧力をかけているからでこその、統率のとれた行動であった。


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