7. 青い怒り


 ノトス、サザンの領土境界上の戦場、最前線でノトスのアルファ小隊の隊長機とサザンの特殊部隊の隊長機が激突していた。

 刀と大刀が激しく撃ち合い、火花を散らせる。

 どちらもそれぞれの最高戦力、卓越した技能を持った実力者同士。

 下手な加勢は不利を招いてしまう可能性がある。ゆえに、両軍の他のプロームは手出しができず見守るしかない。


「行かせない!」


 数十メートル離れた場所では、サキがエヴァ―レイクで矢を放ち、カエデの支援をするべく2機の戦闘に乱入しようとする、戦斧を持った青いプロームを牽制する。


「拘束を目的とした特殊武装……」


 矢が到達した地面が白く霜で覆われている様子を確認しながら、感情のない声でリクが呟く。

 確かに進路の障害ではあるが、機体を傾けつつスライディングするように地面を滑りながら確実に距離を詰めていく。


「ちっ」

「サキさん!」


 サキへユイが警告するように叫ぶと、エヴァーレイクの周りにエニエマからのシールドが展開される。だが甲高い音を立てて、シールドに何かが衝突すると、シールドが破られた。


「レン、5時の方向! 距離500! 狙撃手がいる!」


 ミナが索敵してレンに伝えると、即座に反応してディザスター・ロアが林の中に向かって収束砲を放つ。

 太く黄色い光線が木々を貫き、スナイパーライフルを持ったカーキ色に迷彩柄のプロームが林の中から飛び出して離脱する。


「センサー持ちがいんのか。バランスのいいチームだな」


 警告アラームの鳴り響くコクピットから、ハヤトが苦笑しながら話す。機体にダメージこそないが、スナイパーとして遮蔽物のある場所を一つ潰されたことは痛手だ。


「が、炙り出して安心するのは早くないか?」


 スラスター噴射の慣性がかかったまま、カーキ色のプロームがライフルを構える。

 青い戦斧を持ったプロームに気を取られていたサキが視線に気づき、緊急回避しようとコンソールに触れ直す。

 しかし、機体に激しい衝撃。視界に自機の破片が飛び散る様が見えた。

 機体状態を表すモニターを確認すると、右手首から先の手の表示が失ったことを示すように赤く染まっていた。


「サキさん!」

「右手がやられただけよ!動揺しない!」


 ユイに返しながら、エヴァーレイクの弓を半分に折り、双剣状態にすると健在の左手で持つようにして、片方は腰の収納部に収める。

 その隙にリクが操る青いプロームが、隊長機同士が激突する戦場付近まで近づいていく。


「特務官、合わせてください!」


 叫ぶなり、戦斧を振りかぶると地面に叩きつけた。

 青いプロームを中心に白い霧が発生し、周囲100メートルの戦場を覆っていく。

 カエデが紺色のプロームを下げ、争っていた黒曜から距離を取った。

 視界を閉ざされたレンが戸惑う。


「目くらまし?」

「いや、これは……」


 シュウが言いかけた言葉を切って、思考するために沈黙する。

 スナイパーの位置が割れた以上、敵としては体勢を立て直したいはずだ。だが、無理に霧の圏外に出て追撃しようとしても、逆に他の味方機と連携される可能性がある。このまま何もしないでいても、相手は好きなタイミングで奇襲をしかけられるので、大打撃を受けてしまう。

 無理に攻めに出るか、守りを固めるか。

 決断すると、シュウは通信スイッチを押した。


「ミナ、フォロカルの音声探知の割合を増やして黒曜とダイレクトリンク。ユイはエニエマのエネルギーを消耗して構わないから俺以外の4機をガード。晴れるまで動くな」

「おっけー」

「了解」


 2機とも即座に反応し、フォロカルが探知して得た情報が、黒曜のモニターにも映し出され、離れたところで4機が固まりエニエマがシールドを張る。

 霧に閉ざされた静寂の空間で黒曜が特殊武装を発動させる。黒い刀身がゆっくりと赤熱し、わずかに空気がゆらめく。

 コクピット内部ではシュウがモニターを食い入るように注視し、緊張が崩れる瞬間を見極めていた。

 指示を出してから十数秒。

 ピン、とモニターに数百メートル先で反応、さらに遅れてもう一箇所数十メートルにて反応。

 直感に従い遅れた側の反応に向かって、シュウは黒曜を走らせる。


「イチかバチか……!」


 直後、4機を守っていたシールドがキィン、と弾くような音を立てて破られる。

 遅れた反応がモニター上で4機が固まっている方に急接近していく。

 黒曜がその反応に追いつき、視界不良の中、大刀を振りかぶり機体を回転させた。


 機体の微振動から感じられる、何かを切った感触。


 黒い機体を中心に起こった高熱の熱風によって周囲の霧が取り払われ、視界が戻る。

 黒曜の大刀が紺色のプロームの鞘を真っ二つに切断していた。


(流石だ、切られると判断して、咄嗟に鞘を犠牲にしたか!)


 感嘆しつつも、致命傷を与えられなかったことにシュウは焦る。

 最初の反応はハヤトのプロームによる銃撃でガードする4機を狙ったものだ。全力でシールドを張っている状態を銃撃では破れない。それなら唯一武器でシールドを破りつつ連続攻撃ができるカエデのプロームが直接狙いに来るとシュウは判断したのだ。

 万が一、単機で黒曜を狙いにくる可能性があったので4機の元に向かうと確信が持てるまで動けなかったが。

 黒曜と紺色のプロームの距離は近い。


「これで決着だ!」


 振り切った大刀を黒曜が即座に切り返す。対して紺色のプロームも距離を詰めて刀を突き出す。

 両機の武装が互いに届く寸前。


『その戦闘待った!』


 拡声器により増幅された少年の声とともに、白い閃光が戦場に走った。



 ◇



「その戦闘待った!」


 通信ではなくプローム備え付けの拡声器による呼びかけが、上空から戦場に響きわたる。

 声とほぼ同時に蒼穹から舞い降りた白い影は2機の間に入り、大刀を長剣で受け止め、刀を握り締めるように受け止めた。


「なっ!?」


 突如割り込んだ白いプロームに周囲のプローム乗りはどよめきの声をあげる。

 技量の高い2機の戦闘に割り込んだこともそうだが、さらに驚くべきことに白いプロームは受け止めた体勢のまま、浮かんでいた。


「無茶をするのです……」


 ノインがモニターから冷や冷やした表情でため息をつく。

 一瞬でもタイミングを間違えていれば、2機の攻撃を同時にもらうことになり、最悪ファーヴェルが大破していたところだ。

 そんな技をやってのけたハルカ自身、別の理由から手に冷や汗をかいていた。

 戦場に駆けつけてみれば、2機が相討ちになりそうになっていたとは。


「あれは、エイジスのファーヴェル……?」


 気づいたサザン側のプローム乗りが声を上げた。

 黒い植物の形態のプロームに首都が蹂躙されたところを救援に駆けつけた光景は鮮明に残っている。

 一つつぶやかれた声は他のプローム乗りにも伝播し、戦場のざわめきが強くなる。

 ノトス側は宙に浮いた見たことのない機体への驚き、サザン側はなぜこの場に先日救援に来た友軍機が来たのか、という戸惑いだ。

 ハヤトがコクピットの照準器に白い機体を納めたまま、首をひねる。


「エイジス……って基本的にケイオス絡みでない限り、手出しできないはずだろ? なんだってこんなとこに」

「油断しないでください、ハヤト特務官」


 いつ戦況が変わっても飛び出せるよう武装を構えたまま、リクが鋭く告げる。

 ノトス側の警戒する様子に合わせ、火砲杖を向けたままレンが通信を飛ばす。


「もしかして味方しに来たんじゃない、よな?」

「レン、それはないんじゃないかな? そんなことする前にイツキ陛下とかに止められそうだけど」


 2人がやり取りをするよそでユイが呟く。


「ハル……どうして?」


 各所思惑と困惑がない混ざった空気の中、その中心地では、3機とも硬直していた。


「君は一体?」


 突然乱入してきた見たことのない飛行ユニットを持つ機体に戸惑うカエデ。


「おい、何しに来た」


 対して、低い声で問いかけるシュウ。

 カエデと異なり、ファーヴェルの存在も乗り手のことも知っている。だからでこそ、少年がまた暴走して乱入しに来たのではないか、と咎めるような声音だ。

 立場も発言も違うが、どちらも油断せずプロームの力を緩めようとしない。ファーヴェルが力を抜けば均衡は崩れてしまう。


(こんなことしてる場合じゃないのに……!)


 ファーヴェルの中で一つ息を吸い込むと、ハルカは拡声器をオンにしたまま叫んだ。


「双方、戦争を直ちに中止してください! 自分は、エイジス所属、ファーヴェルのハルカです! 警告を伝えに来ました!」


 言葉を止めると、ファーヴェルの頭部の視線をノトスの首都のある方角へと向ける。


「現在、ノトス首都にてケイオスの存在を確認しました! なんのケイオスが発生したかはわかりませんが、これから自分も救援に向かいます!」


 現在把握している危機を必死で伝わるようハルカは話していく。

 だが、話せば話すほど根拠が薄く、これでは止まらないと感じてしまう。

 両軍ともに警戒し、臨戦態勢を解かないままだ。


「ハル、膠着状態が変わらないのです。いくら抑えられているとはいえ、長時間は……」

「わかってるけど、この状態で逃げるなんてできないよ!」


 ノインにハルカが叫び返す。

 ミシミシ、と機体が軋む音が、焦る感情を煽っていく。

 イツキからの直前の警告も頭の中でリフレインしている。

 もうすでに手を出してしまっているのだ。逃げても追撃されるし、見捨てることと同じだ。そんなの認められない。

 なにかできないか、必死で考えを巡らせる。


「攻撃警報!」


 ノインの指摘とともに警報が鳴り響き、コクピットの前面モニターからブーメラン型の武器が飛来するのが見えた。


 その瞬間、焦りと怒りがピークに達し、赤い炎が青く変わるように、ハルカの目が冷たく据わった。


 素早く少年の指がコンソールの上を滑り、白い機体が飛行ユニットの出力を瞬間的に左右同時に上げた。


「くっ!」

「うぁ!」


 白い閃光がファーヴェルを中心に迸り、黒曜と紺色のプロームが怯む。

 力の均衡が崩れた瞬間、長剣で抑えていた大刀を弾くと、素早く捻り黒曜の腹部へと長剣の柄を叩き込んで弾き飛ばす。

 さらに飛行ユニットのブーストがかかったまま、機体を宙で回転させブーメランを回避すると、紺色のプロームの頭部を回し蹴りで蹴り飛ばした。


「シュウ!」

「カエデ特務官!」


 サキとリクがそれぞれ隊長機の元へフォローに回る。

 しかし、戦闘は終わらない。

 2機を弾き飛ばし地面へ降り立ったファーヴェルの元へ、ブーメランの持ち主であるノトスのプロームが迫る。


「失せろぉぉお!」


 野太い叫び声をあげながら突貫する機体に対し、白い機体は立ち尽くすかに見えた。

 衝突する直前、僅かに機体の位置を横にずらして避ける。同時に右腕を掴むと、突貫の勢いを利用して投げ落とす。そして、右腕のアームパーツを掴んだまま、先ほどの勢いとは反対方向に力を込めた。


 ガギン!


 突貫の勢いと白い機体の力で急激に負荷がかかったプロームの腕は、当然と言わんばかりに、軋む音もなく千切り折れた。


「「「!!」」」


 特殊上位部隊、アルファ小隊、戦場でその場面を目撃した他のプローム乗りたちが驚愕する。

 相手の攻撃と回避のタイミングの見極め、即座に力の制動を切り替える技量、そしてプロームの構造に関する知識、この3つが揃ってるからでこそできる絶技だ。

 白い機体が敵機からもぎ取った腕を地面に放り投げると、周囲のプローム乗りたちへと静かに視線を戻す。ぞんざいな仕草は操縦者の怒りを表しているようだ。


「聞こえなかったのなら、もう一度言います。ノトスの首都でケイオスが発生しました。ノトス首都の住民が危険にさらされてるので、エイジスは救援に向かいます」


 機体の仕草とは異なり、冷え冷えとした声音で少年が語りかける。一瞬言葉を止め、短く息をすっと吸う音が静かに漏れ聞こえ――、


「自国の住民が危険にさらされてるのに、まだ身内で争いを続けるつもりか! 他国の勢力に押し付けてまで!」


 拡声器で増幅された、少年の怒声が戦場に響き渡った。

 声の勢いに押され、両軍のプローム乗りがたじろぐように沈黙する。


「カエデ特務官」


 どうしたものかと、リクがカエデに判断を仰ぐ。


(白い機体が訴えるノトス首都でのケイオスの発生。それが事実であれば継戦はできない。けど、確証がつかめない以上、動けない)


 少年の勢いに押された自軍機の様子を見つつ、カエデが思案する。

 サザン側も白い機体の威迫に押されて硬直しているが、黒曜などエース機はノトスの出方を伺っているようだ。

 退くも破るも自分の判断次第。

 重責を感じつつカエデが迷っていると、その耳へ微かな声が届いた。


『……部隊に支援……を……要請…』


 聞こえてきた通信にカエデが素早くチャンネルを調整する。発信源は首都近郊の基地の通信部からだ。


「こちらアルファ小隊、特務官カエデだ。何があった?」

『緊急、指令……ノトス首都に、ケイオス出現! 襲われている、至急救援を求む!!』


 爆音の混ざる途切れ途切れの音声にカエデの目が驚愕で見開くと、即座に全部隊への通信チャネルを開く。


「各員に伝達! 首都にケイオスが出現! これより救援に向かう! 総員、この場は撤退せよ!」


 カエデの通信を受けて、他のノトスのプロームが一斉に後退を始めた。

 ノトス側が撤退しはじめた様子を見て、シュウも即座に全部隊への通信チャネルを開き指示を飛ばす。


「サザン勢、動くな! 相手が撤退するなら追撃は不要だ!」


 シュウの命令に従ってサザン機も動かず撤退するノトスを見送る。

 このまま追撃できるだけの余力はサザン側にはない。

 何よりも、ファーヴェルが鋭くサザンとノトスの双方を睨んでいた。もし、継戦しようものなら、攻撃すると無言ながらも威圧していた。

 機影が見えなくなり撤退する機体や兵器による土煙が収まり、静寂が戻る。あとにはえぐれた地面の戦闘痕だけが残っていた。

 まさかの戦闘中止、という結果に、サザン軍の一機が崩れると、他の機体も同様に地面に崩れ落ちる。

 勝利というわけではないが危機は去った、という認識により緊張の糸が切れた様子だ。

 特殊上位部隊の面々も各自武装を下ろして、安堵の息を漏らしたり、座席に崩れこんだり、戦闘の緊張を解いていく。

 ただ、一人を除いて。



 ◇



「シュウ、部隊を退却させて」


 戦闘が終了し、張り詰めた空気がほどけていく中、固い声音でユイが告げる。

 シュウが反応する間もなく、少女はエニエマをファーヴェルの元へと走らせる。

 ハルカは警告した後、首都へ向かうと言っていた。その言葉どおり、白い機体は飛行ユニットを光らせ、飛び立とうとしている。


「待って!」


 叫んで呼び止めると、ファーヴェルの飛行ユニットが発光を止めて振り向いた。

 エニエマの復元を解除すると、ユイはファーヴェルの足元に近づき叫んだ。


「ハル、お願い! 私を首都に連れてって! ノトス首都に救援に行くんでしょ。なら、私も首都に。でないと、お母さんが……!」


 ユイが緊張と真剣の混ざった表情で懇願する。

 ノトス首都が危険に陥っているということはサリも危険ということだ。一方で、混乱に乗じてサリを救出するチャンスとも言える。

 ユイの言葉にシュウとサキも反応すると、ファーヴェルに語りかける。


「すまない、俺らからも頼む。身内の事情ではあるが……」

「共和院官邸にはユイのお母様、アナンさんの奥様が囚われているのです。背景はご存知のはず。どうか……」


 サリの一件は他の勢力であるハルカには無関係の事情とも言える。頼むのは筋が違う。

 だが、先日の救援と先ほどの真っ直ぐな怒りから、この少年ならばあるいは、と思ったのだ。

 幾ばくかの沈黙の後、白い機体が発光して崩れ去ると、現れた少年がユイに手を差し伸べた。


「かなり揺れるけど、いい?」

「うん、お願い!」


 少女が少年の手を掴んだ直後、2人のいたところが光ると、再び白い機体が現れる。翼のような飛行ユニットが光り輝くと、旋回しながら高く空へと舞い上がる。

 白い機体はノトス首都へと機体を向けると、白い尾を描きながら空の先へ駆けていった。

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