9. 共闘と不協和音(1)

 アルファ小隊の隊長のカエデに救援要請が届き、ノトス・サザン境界線の戦闘が中止され、30分が経過。

 すでにノトスの首都は惨憺たる様子となっていた。

 狼のような形態の強襲型、蝙蝠のような翼膜を持ち遊撃してくる飛行型、先日の大陸全土を飲み込む脅威の増殖力を持つ土地浸潤型と今までエイジスが遭遇してきたケイオスが各所で暴れまわっている。

 ウコンが迫ってきた強襲型ケイオスを、斧を使って受け止めてから振りかぶり、頭部を粉砕する。


「ここも多いのう! 建物のせいでコアも位置がつかみづらいとは」

「泣き言いうな、ウコン! 若はこれ以上のケイオスと戦い、戦線を維持したというではないか!」


 サコンが鎖鎌を振るって、上空から突貫しようとしてきた飛行型を地面に引きずり落としていく。


「若もすぐ来る、それまでの間、皆、無様な真似は見せるな!」

「「「応!」」」


 他のプローム機がサコンの激に武器を掲げて応じる。

 そこへ、上空を1機の飛空艇が過ぎ去っていくと、直後、上空から3機のプロームが降ってきた。

 3機のうちの1機、ウコンよりもやや細身の戦斧を持った青に白の装飾ラインのプローム機がスラスターを利用して、サコンの側の地面へと危なげなく着地する。


「ノトスのプローム、ということは友軍、か?」


 イツキよりノトスから支援要請があったことは聞いている。サコンが通信をオープンにして問いかける。

 青い戦斧を持ったプロームは機体を着地体勢から起き上がると、急加速しサコンに襲い掛かかった。


「くっ!?」


 いきなりの突撃にサコンが鎖を束にして重い一撃を辛くも受け止める。だが、戦斧の先端の槍を利用した連撃が休む間もなく襲い掛かる。


(なんという連撃! しかし……)


 一撃一撃が関節部や駆動伝達の要所を的確に狙っており、練度は確かに高い。

 しかし、他のフェアリスのプロームと模擬戦したときでも感じる気迫を、目の前のプロームからは感じない。まるで意志もなく機械のように淡々と動作をこなしているかのようだ。


「リク、止せ!」


 先程降下していた一機カーキ色に迷彩柄のプロームが制止を呼びかける。

 が、戦斧の持ち主は止まらない。

 戦斧を受け止めるべく、サコンの操る機体が鎖鎌を掲げて構える。

 突然目の前にぬるりと自然な動作で紺色の鞘が差し込まれた。


「ぬっ!?」


 サコンと戦斧のプロームの間に紺に赤の装飾パターンの機体が割り込み、刀を逆手に掲げて、鞘の部分で戦斧を受け止めていた。


「リク少尉、これは救援に来た味方だ、落ち着け」


 カエデの言葉を受けて、ぴくり、と戦斧の持ち主はようやく攻撃を止め、武器をおろした。

 攻撃が止まったことに合わせて、サコンも緊張を解き、自機の鎖鎌を下ろす。


「サコン! ウコン!」


 通信機から聞きなれた少年の声が響く。モニターにファーヴェルとエニエマの表示が映った。


「「若!」」

「お待ちしておりました!」


 サコンとウコン、およびエイジスのプローム部隊が嬉しそうに反応する。

 エイジスの部隊が無事なことにハルカは安堵しつつ、状況がつかめずにノトス3機のプロームを見た。


「五月雨、スモーキングF&F、そしてアクアカプリス」


 機体名を呟く。3機とも元チームメイトだ。


(この状況はどうしたんだろう?)


 今は何故か五月雨、紺色のカエデの機体がサコンをかばうようにアクアカプリス、リクの機体の前に立ちはだかっているように見え、ハルカは疑問に思った。


「先ほどの戦争を止めたエイジスの機体ですね。救援感謝します」


 機体の刀を降ろしつつ、カエデが3機を代表するように言った。


「ノトス共和院所属、アルファ小隊特務官カエデ、五月雨です」

「同じくアルファ小隊特務官ハヤト、スモーキングF&F」

「……アルファ小隊少尉リク、アクアカプリス」


 カエデ、ハヤトがそれぞれ挨拶するのに対し、素っ気なくリクがぽつりと告げる。

 リクの今の様子と記憶の中での様子の違いにハルカは困惑する。


(確か、3人は幼馴染でリアルでも一緒にいる仲。その中でもリクさんって人見知りのカエデさんをフォローするように明るい性格だったと思うけど……)


 プロームから感じる殺気だった雰囲気といい、名乗ったときの様子といい、怜悧な印象を受ける。

 ハルカが戸惑う仲、ノトス側の自己紹介を受けて、エニエマが進みでた。


「サザン貴族院所属、ユイ、エニエマです。先ほど戦火を交えた状況ではありますが、事態が事態だけに救援に参りました」


 ユイが名乗った以上、自分が名乗らないわけにはいかないのでハルカも名乗る。


「エイジス諸島連合皇国所属、ハルカおよびノイン、ファーヴェルです。よろしくお願いします」


 2機の紹介を受けて、五月雨がうなずいた。


「貴族院の主席令嬢に、エイジスの皇子。上の者自ら戦場に立つその心意気、感謝します。どうかお力添えを。精鋭のみノトスの高速飛空挺で戻ってきましたが、それでもケイオスの数が多く、この窮地には対処しきれないでしょうから」


 カエデが静かに言うと、五月雨が振り向きながら、居合抜きで一閃した。

 脇から迫ろうとしていたケイオスが五月雨の斬撃を受けて崩れ落ちる。

 いつの間にか、周囲を強襲型のケイオスに包囲されていた。


「ユイ、いいの?」


 こっそりとハルカはエニエマにだけ聞こえる通信で問いかける。

 本当だったら母を捜索したほうがいいのではないか、そう思ったからだ。


「ううん、よくはない。けど、ノトスの人たちに罪はないもの。私はこの国の主席の娘だから、この現状を見て民衆の命より私情を優先することはできない」


 そう言うと、エニエマは二丁拳銃を構えた。


「なら、さっさと片づけてお母さんを迎えに行くまで」


 強くて、気高い。

 その在り方を眩しく思いつつ、ハルカもファーヴェルの剣を構えた。

 臨戦態勢を取るハルカに、おずおずとノインが話しかける。


「ハル、今まで戦ってきたケイオスが混在しているのです、が……」


 ノインには珍しく歯切れが悪く、言葉を濁す。


「どうしたの?」

「その、先日のサザン首都防衛戦のときと街の荒れ方が違う気がするのです」

「……? それって、土地浸潤型のみだったのに対して、他の型が混ざってるからじゃなくて?」


 改めて視点を動かしてざっと周囲を俯瞰する。

 ケイオスが様々な建物を襲撃し、人々が逃げ惑っている。横転している車やめくれ上がったアスファルト、崩れた建物の瓦礫などケイオスによって荒らされた様子がすでに各所に見られる。

 だが、観察していくにつれ、ハルカも言い様のない違和感を覚えた。

 

(なんだろう、確かに、何かがおかしい――?)


 見落としはないか振り返りつつ考えてみるが、違和感の理由はわからない。


「若、いかがしますか? 一応、避難先の安全は確保していますが」

「そうだね、カエデさんたちと連携して、配置を……」


 マップを確かめながらハルカが話していると、ふいに手に触れていた操作盤から振動を感じた。

 プロームの駆動をしている際に生じる微動な振動ではない。徐々に大きくなっていく、それは――。


「全員、居る場所から離れて!」


 咄嗟に通信チャンネルをオープンにし、呼びかけ機体を後方へ下がらせる。

 他の機体も即座に反応し、飛び退る。その中で、反応が遅れたエイジスのプローム機の足元から黒い影が飛び出した。


「うわっ!」


 黒い影は地上へ姿を現すと、プロームの脚部を削り取り、すぐにまた地面へと消えていった。


「大丈夫!?」

「ぶ、無事です、若。ただ、機体が……」

「誰か付き添って、離脱の補助を」


 フェアリスなので、素体を回収できれば自由に離脱できる。が、この場でプロームをフェアリスが動かしているとバレるのは色々と問題があるので、補助を呼びかけた。

 指示に従って、別の一機が近づき破損したプロームの復元を解除し、その場から離れていく。

 ユイがエニエマの二丁拳銃を構えながら声をかける。


「ハル、今のもケイオスだよね。どんな型かわかる?」

「爪と前腕が発達していた。あれは見……」


 記憶を手繰りつつ言いかけた言葉を寸前でハルカが飲み込む。


「見た?」

「見、見たことが無い型だね」

「今、何か言いかけなかった?」

「いや、別に! 少しケートスとやりとりしてみる」


 訝しむユイを誤魔化しながら、通信チャネルを切り替える。


「見覚えはあるけど実際見たことは無い、なんて流石に言えない……」


 矛盾した言葉にノインが、ん? と一瞬首を傾げるが、即座に納得してうなずく。

 そう、ハルカには見覚えがある。一瞬しか見えなかったが、もし予想が当たっていれば先ほど感じた違和感にも説明がつく。


『おにい、お父さんから連絡あったんだけど……』


 そこへ、タイミングよく、ケートスで待機しているナノから通信が入ってきた。

 父からの報告によると、ケイオスの反応があった研究所に潜入したのだが、案の定ケイオスを培養していたそうだ。


『で、証拠を見つけたあと奇妙な地震があったんだって。もしかしたら今まで戦闘したことないケイオスかもしれないから気をつけろって』

「ということは、父さんまだ研究所にいるの?」

『いるよ、もしかしたら地下で暴れているケイオスが研究所で培養されたものかおしれないからって。ちなみに、お母さんはサザン軍の人たちと一緒に官邸の方に向かってる』


 無茶をする、とは思ったが口にはしない。言ったらナノとノインから辛辣な言葉が返ってくるのはよくわかっている。


(母さんが官邸に向かっているならば、ユイのお母さんは大丈夫かな)


 ケイトには地球での仕事の関係上、生身の戦闘は心得がある。サザンの部隊もついているのであれば余程のことがない限り遅れをとることはないだろう。

 対処できないことがあるとすればケイオスのみ。こればかりはプロームや大規模な兵器でないと無理だ。

 ましてや首都内部で暴れている現状では、ミサイルや拡散砲で鎮圧するわけにはいかない。

 首都で暴れているケイオスと地下で暴れている型を自分たちで対処することが、より重要になってくる。


「ナノ、地下で暴れている型なんだけど、心当たりがある」

『え?』

「それで、いくつかお願いがあるんだ。まず一つ、今からケートス宛にデータを送るから父さんに転送してほしい」


 片手で操作盤に触れたまま、動きを止めないようにしつつスマホを操作し、CosMOSの攻略データをまとめたファイルの一つを送信する。直接送れるかもしれないが、荒れた研究所内では普通の送信方法では難しいかもしれない。ケートスやフェアリスの補助を頼った方が確実だ。


『これだね?』

「そう。そして二つ目に衛星から首都を捉えて火災の起きてない箇所、その中で瓦礫とか不自然に崩れている箇所を教えてほしい。で、その情報もわかり次第、俺と父さんに送ってほしい」


 先程から気になっていた違和感。それは、多様でしかも攻撃性の高いケイオスが暴れているというのにサザン首都防衛戦のときに比べて火災の発生が少ないことだ。

 時間経過の違いはあるかもしれないが、それでも建物が崩れた箇所に対して、火の手が少なすぎる。

 もし、これで不自然に鎮火されている箇所がわかれば、ケイオスの型が特定できる。


『わかった。みんなにお願いするね!』

「頼んだ!」


 ケートスとの通信を切ると、再び周囲のプローム乗りに聞こえるように回線をオープンにする。


「すいません、提案があるんですけど聞いてもらっていいですか?」



「ファーヴェルと五月雨にケイオスの注意を集中させます」





 研究所内で探索していたイツキは、突然ノートPCに送られてきたデータを見て、一瞬怪訝そうに眉を顰めるが直後に続いたメッセージと首都地図に示されたポイントを見て意図を理解する。


「こんなパターンもあるとは」

「陛下、何かありましたか?」

「あ、いえ。……どうやら、ケートス内で古い情報が見つかったようです。見たことがない型だと思っていましたが、突破口ができそうです」

「本当ですか!? やはり、エイジスの保有する知識はすさまじい」


 興奮しながら兵士が話すが、そもそも何処からの情報かを知っているだけにイツキが曖昧に微笑む。

 ハルカから送られてきたのは、ゲームであるCosMOSの攻略情報だ。ケイオスの生態がゲーム時と異なっていることもあり今まで活用してこなかったが、今回はそのまま流用できる程状況が当てはまっていた。

 研究データを探していたが、ろくな情報が得られなかったので、少しでも有用な情報を得られたことはありがたい。

 触手を生やした赤黒いモグラの画像に付随した、攻略情報を見直す。


 ――地中潜行型。モグラのような姿で文字通り地中での活動を得意とし、前腕の爪攻撃による施設破壊に特化したケイオスである。センサーに特化した機体や設備がないと分体の位置を補足することが困難であり、コアに至っては建造物に潜伏していることから精密な探知が必要なため、破壊の難易度が高い。熱を嫌う傾向があり、火災の生じている場所へは地中から強襲せず、遠方から瓦礫を飛ばしてくる。そのため、火元にいる方が比較的安全ではあるが、放置しているとエネルギー貯蔵系の施設を破壊される事態に陥る。


 次に送られてきた地図を見れば瓦礫が不自然に崩れた箇所があり、出現した型が地中潜行型であることを示していた。


「さらに、火の手の無い箇所を上空からリアルタイムで追えば、出現範囲も予測できる。これは、いい判断ですね」


 即座に指示を出したハルカにイツキは称賛した。

 あとは、コアのあぶりだしだけだ。研究所で保有していたコアは一つとわかっている。

 ただ攻略情報にある通り、地中潜行型はコアが潜伏しているため位置の補足が難しい。


(ファリア大陸の奪還のときのように補助のセンサー端末を投下させるべきか。ただ、設置して補足するまでに時間もかかる。何より、住民の避難も十分じゃない状態で設置のためにプロームで市内を駆け回るのは困難ですし。ハルから直接意見を聞くのも手ですかね……)


 <父さん、聞こえてる!?>


 思案していた矢先、突如脳裏に響いてきた声に思わず声が出そうになり、口元を抑える。


「陛下?」

「い、いえ、何でもないです。ちょっと考え事が口から漏れそうだったので、咄嗟に抑えてしまいました」


 サザンの兵士に大したことではないことを身振りで示すと、モニターから解析しているふりをしつつ、脳裏の声に言葉を返す。


 <いきなり切羽詰まった声で呼びかけないでください! びっくりしました>

 <ごめん。もしかして、まずかった?>

 <サザン側の兵士と行動を共にしています。フェアリスの存在は知っているみたいですが、あまり慣れていないようなんです>


 そんなところへ、突如通信も介さずに会話をしたら奇異な人物と見られてしまう。

 先日の救援活動や、ゲンやアナンからの指示がおりていることもあり、協力的ではあるが怪しまれることは避けたい。


 <ただ、ちょうど送られてきた資料に目を通し終わって相談したいところでした>

 <直接通信を飛ばせたらよかったんだけど>

 <こちらが地下にいることと、ケイオスが暴れている関係上、通常の通信では心許ないですからね。さっきの文句は流してください>

 <いいよ。本題を話すね>


 緊急事態なので互いの行動が衝突してしまうことはままある。思わず文句口調になってしまうことは致し方ない。

 その辺は、ハルカもわかっているので、気持ちの切り替えと共に話を切り替える。

 内容はこれから行おうとしている作戦についてだった。

 話を聞き終えて、イツキは首都の地図を見直す。


 <コアの索敵と、住民の避難を同時に行うということですね>

 <エイジスのプロームだったら、避難先の防衛をしつつ索敵することは可能だと思う。大事なのは地中潜行型とそのほかのケイオスを引き付けつつ確実に分体の数を減らしていくこと。それも、近接、中距離、遠距離と幅広くフォローできる乗り手が揃ってるからいけるんじゃないかな>


 リアルタイムで変化しているプロームの配置を見ながらハルカの話を聞いていく。

 内容が具体的であり、何より声には自信が感じられた。普段決定的に自信が不足しているだけに、根拠を持って話している時は信頼できる。


(なら、対策を一緒に考えるよりもどう支援した方が楽か、を考えるべきですね)


 マップに2か所、戦闘地点近くの空き地にポイントを表示させた。


 <今から準備でき次第、この地点に補給物資を投下させます。あとの間隔は20分おきでいけそうです?>

 <十分!>

 <わかりました。僕の方でケートスに指示を出しておきます。研究所でわかっている限りコアの数は一つです。他国なのでなるべく気を付けるとは思いますが、いざというときは建物に被害が出ることをためらわないように。どうとでもなりますから>

 <わかった、ありがとう!>


 威勢のいい返事とともに、思念伝達が切れた。


(頼もしいかぎり……ですかね)


 サザンの首都が陥落危機と聞いて飛び出してから、自発的に自分のしたいことを発信するようになり、物事を動かしていくようになったように思う。

 いや、もっと前、ケートスを奪還するときの戦いから成長を感じていた。

 果敢に困難に飛び込み挑戦し、周りを導いていく姿。

 眩しくも思うし、羨ましいと思うが……。

 同じくずっとつきまとう不安が再び鎌首をもたげる。こめかみをもみつつ、ため息をつく。


(最近ケイトさんにたしなめられてばかりであるのに。いい加減、僕自信が覚悟を決めなければ)


 今は息子を信じると決めたからでこそ、やるべきことをやるだけだ。

 先日の防衛戦の時のように負担を背負わせすぎないために。

 表情を引き締めると、ケートスに指示を出すべく画面を切り替えた。


  

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