幕間

 イツキとケイトがサザン側首脳と通信会談をしていた頃。

 ハルカが謹慎しているワタセ邸、台所にて。

 兄をからかいまじりで発破をかけた後、ナノは食べ終わった丼を片づけていた。


「若のあんなうじうじとしてる場面、初めて見ましたなあ……」


 ぬいぐるみ型のウコンが短い腕を組みながらしみじみ言うと、ナノがくすくすと笑った。


「地球では落ち込むことなんてしょっちゅうだったよ。そのたびにああしてからかうの」

「そういうときは、むしろ励ます、のでは…?」


 同じくぬいぐるみ型のサコンが不思議そうに問いかけると、少女は首を振る。


「しょげてばかりじゃいられないのは自分でもわかってるんだよ。けどきっかけがないと立ち直れない、だから誰かに叱り飛ばしてほしい。でもさ、心が凹んでるときに叱られるのは受け入れられないこともあってね。つい言い返しちゃうんだよ」


 昔は小学校の友達関係でナノの方が落ち込むことが多かった。その時は、ハルカがからかって、落ち込んだ気持ちを吹き飛ばしてから励ましてくれた。


「たいしたことないって笑い飛ばして、最後に頑張ってほしいって気持ちを伝えるの。それがお母さんから受け継がれてきたうちの励まし方」

「なるほど」

「ケイト殿なら、そうしそうですな」


 ウコンとサコンがうなずくと同時に、不思議なものだと思う。

 この家族は全員得意なことがバラバラだ。しかし、ふとしたときにそれぞれが似たような面を見せるのだ。ハルカはイツキの、ナノはケイトの。あるいは交差することも。

 似ている場面を見るたびに、強い繋がりを感じるのだ。

 穏やかに話していると、突然、流し台の側にノウェムが現れた。


「ナノ、たいへんなのです! ノトスがサザン侵攻を決めたのです!」

「え?」

「なんだと!?」

「ノウェム、真か!?」


 ナノ、ウコン、サコンの3人の驚いた言葉がリビングに響く。


「衛星からの情報なのですが、すでにサザンとノトスの境界線上にノトス軍のプローム機が集結しているのです」

「遅まきのケイオス排除、というわけではないのか?」

「サコン、それは無いのです。姉さんが様子を確認しに行ったところ、配備されている兵器が明らかに対兵器戦闘を意識したものになっていたそうです」

「そんな、あんなに被害が出た後なのに戦争になるの……?」


 がたん。

 聞こえてきた物音に、一同がダイニングの扉を見ると2階から降りてきたハルカが驚いた表情を浮かべていた。


「サザンが戦争になる。そんなのって」


 呟くなり、ハルカが即座に踵を返した。


「わ、若っ!」

「なりませぬ、イツキ殿から謹慎と言われていたでしょう!?」

「それとこれとは別だよ!」


 ウコン、サコンが引き留めるが、ハルカは玄関に向かって走りだす。


「者どもであえー! 若が逃げるぞー!」


 ウコンの呼びかけに、ワタセ邸に待機していたプローム部隊のフェアリスがわらわらと出てきて阻もうとする。


「甘いっ!」


 プロームに乗って修羅場をくぐってきたために、鍛えられた動体視力は並ではない。

 ましてや、飛行型パーツを使いこなすために全方位に注意を払えるようになった視野の広さもある。突然現れるフェアリスを避けることなど造作もない。

 身体をひねり、しゃがみ、急停止、急加速を利用して難無くフェアリスたちの突撃を回避すると、ハルカは玄関から外にでた。


「む、無念……!」

「若ぁ、早すぎるのですぅ」


 数で抑え込もうとして失敗し、しくしくと落ち込むフェアリスたちをナノはなぐさめる。


(というより、実体がないはずなのにどうやって止めるつもりだったんだろう……)


 と、内心ツッコミをいれながら。

 そのわきで情けない、と言わんばかりにノウェムがため息をついた。



 ◇



 ノトス・サザン衝突の急報を受けたケートスのブリッジでは、フェアリスたちが慌ただしく分析作業を行っていた。戦争に関与するわけではないが、両陣営の兵装、配置など情報収集をイツキが命じたからである。

 上がってくる情報を自分たちの座席のモニターから確認しつつ、イツキとケイトは渋い表情を浮かべていた。


「守った後は戦争、か。嫌になるね」


 プローム、飛空艇艦隊、対空砲など境界線上に集まっていく兵器の数々から、戦争の空気を感じてケイトが誰にともなく呟く。


「聞かせられないかな、特にハルには」


 次に漏れ出た呟きに、イツキは目を閉じると眉間にしわを寄せた。

 人同士の戦争に対して一番拒否反応を示していたのは、ハルカだ。


「訊いたら止めるためにまた飛び出して行くのでしょうね」

「チームメイトが関わってるだけに、かな」

「いえ、見てると失われることそのものを恐れてる気がします」


 ロストという現象。死なない代償の、失うという事象。

 プローム乗り。止める術を持ちながらも、自身がロストする可能性が高く、相手をロストさせる可能性も高い、矛盾するがゆえに辛い役割。

 自身も他者もロストするのを恐れつつ、ハルカは戦い続けていた。


「昔は怖がりで、とても臆病な子だったんですが」


 ハルカが小さかった頃のことを思い出す。

 ナノよりも夜一人でトイレに行けるようになったのが遅くて、一人で寝れるようになったのも遅かった気がする。


「怖がりなのは人一倍想像力が強くて感受性が高いからだよ。イツ君にそっくり」


 ケイトにからかわれるように言われてイツキの顔が苦くなる。

 臆病だという自覚はある。心配性なのも先の不安な予測がはっきりと想像できてしまうからだ。


「周りからそっくりって言われるんですけど、言われるとより自覚してしまうんですよね……」

「昔からではあるけど、オービスに来てからは特に似てるって思うことが多くなったかな」


 妙に細かいところとか、分析したがるところとか。冷静でいようとしても感情が反応した時には、まっしぐらに行動してしまうところとか。


「だからなんですかね? 最近むきになってしまうのも」

「そうなんじゃない? あんまり似すぎて自分の一部のように思ってたのに、反抗されたから」


 イツキもケイトも覚えている限り、ハルカがあそこまで反対して飛び出していったことはない。


「ショック、ではあったんです」

「うん」

「けど、心のどこかで嬉しいとも感じているんです。自分たちがあきらめていた選択肢を拾ってくれたことに」

「そうだね、その複雑な気持ち、わかるかも」


 無茶に対して止めようとするのは当然だ。きっと、明らかに危険すぎる時にはイツキもケイトもまた止めるのだろう。けど、代わりに救える可能性を捨てることと同じだった。

 対してハルカは制止を振り切って行動し、2人では見えなかった可能性を切り開いてみせたのだ。

 それはきっと、子どもから一人の人として成長している、とも言えるのだろう。寂しくもあり、悔しくもあるけれど喜びを伴うものであった。

 ただ、とイツキの目が光る。


「それはそれとして、自分が犠牲になればいいというわけではないんですけどね」

「ああ、確かにねー」


 イツキの言葉にケイトが引きつった笑みを浮かべながら同意した。

 ハルカは優しすぎるがゆえに、いつの間にか自己犠牲的な思考に偏りがちになってしまっていた。


「ナノや私が言いたいこと察して、引いてくれることも多いからなぁ。影響しているのかも」


 家族内でこき下ろしたり、からかったりと明るくするために敢えてやっている部分はあったが、結果的に自信の無さや自己犠牲根性につながっているのであれば申し訳ないとケイトは思った。

 そこへ、ばたばたばた、と慌ただしい足音が廊下から響く。


「父さん、母さん、ノトスとサザンが戦争になるって本当!?」


 息を切らせて走ってきたハルカがブリッジに入るなり叫んだ。

 同時に、ぞわり、とケイトは隣に座っていたイツキか何かが沸き上がるのを感じた。


「ハル? 確か君には今日一日休養と言っていたはずですが?」


 重くて、低い、それこそ地の底から響いてきそうな声。


「だって、それどころじゃなく……て……」


 なおも食い下がろうとするが少年の語尾が徐々に小さくなっていく。

 椅子から立ち上がった父の、笑顔ながらも凄味を帯びた表情を見たからだ。


「そういうときだからでこそ、落ち着いて備えることが大事なのであって、学んでほしいと思ったのですが。伝わらなかったんですかね?」

「い、いや、あの、その……」


 穏やかな口調からとは反対の凄まじい圧力に少年の威勢がみるみしぼんでいく。


「なら、今からじっくりと教えるのでそこに座りなさい」

「で、でも」

「す・わ・り・な・さ・い」

「はい……」


 無理矢理ハルカをブリッジの固い床に正座させると、こんこんとイツキは説教を始めた。


「戻ったのです……ってこの状況、何かあったのですか?」


 境界線の視察を終えて戻ってきたノインとヤナギが父親と息子の様子を見て、問いかける。


「ハルカがイツ君の言いつけを破ったから説教されているところだよ」

「またですか、ハルも懲りないのです……」


 ノインが耳を横に倒して呆れた表情を浮かべる。

 対して、ヤナギが首を傾げながらケイトに問いかけた。


「ケイト殿、イツキ殿って地球でもこのように怒る方、だったのですか?」

「ううん、基本的には怒らない人なんだけど、心配性だからかな。とはいえ、イツ君をこんな感じで怒らせるのはハルぐらいだけど」


 ケイトは困ったように微笑むと、夫と息子の様子を眺めたのだった。

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