4. 戦闘人形と戦闘狂い
ノトス首都の郊外に位置する、プローム部隊専用基地。
コンクリート製の建物が並ぶ基地内では、普段と異なる空気に包まれていた。
空気の色は、興奮と緊張。
ヤムナハ共和院主席による演説の影響であった。
「これからサザンの救援に向かうんだろ?」
「自国の人間とやりあうのかよ……」
「人を操るケイオスなんて聞いたこともないが」
「だが、政府直轄の研究所からの発表なんだろ? さっき聞いた噂だとサザン側と未だに通信が繋がらないそうだ」
「なら、サザン大陸が落ちたことは確実か。さすがに窮地の状態で救援を求めないわけがない」
「俺ら本当にサザンに向かうのか? 敵は一晩で大陸を落としたんだろう? 敵うのかよ」
「何を言っている、ここで手を打たねば次に落ちるのはノトスだ」
「そうだ。それにノトスの民衆を救うためだけじゃない。サザンの民衆を救うことにもつながる。ノトスの勇名は上がり、俺たち、いっきに英雄だぞ」
「まさしく聖戦か、気分が上がるな!」
グレーの無機質な廊下とは対照的な兵士たちの色めく噂話。それを聞きながら丁寧に長髪を一括りに整えた士官服の青年が整った眉根に皺を寄せながら歩を進めていく。
(誰も疑いもしない、か)
青年士官、ノトス共和院所属の特務官、カエデが誰にも聞かれないほどの小声で独りごちる。
興奮する兵士たちが話しこむ廊下を足早に抜け、士官専用の区画に入る。すると、短い髪に毛先を方々に遊ばせた軽薄な印象の士官服の青年、同じ部隊の同僚であるハヤトが待っていた。
カエデを見つけるなり、見た目の印象そのままに軽く手を上げると口を開く。
「あの三文芝居でもきちんとのってくれるもんなんだな。みんな素直すぎ」
「ハヤト、はっきりと言いすぎだ」
主席の演説を指して揶揄する、背反行為で逮捕されてもおかしくない言葉に対し、カエデが諫める。
しかし、ハヤトは悪びれた様子もなく言葉を続ける。
「別に聞いたところで構いやしない。それに、内心ではお前も同じように感じているんだろう?」
生真面目で堅物なカエデに対し、軽薄や不真面目という評価のつくハヤト。周りからは正反対だとよく言われるし、自分たちでもよくわかっている。
ただ、カエデにとってハヤトは互いに考えていることを言わずとも察する、気の置けない幼馴染であり、戦友であった。
相棒を信頼して声を低くすると掴んできた情報を伝える。
「サザン側のケイオス大発生の経緯は不明だが、それでも、サザン側は落ちていない。ノトスとサザンの境沿いでサザンからライトを利用した信号や書簡が送られていたそうだ」
「サザンから要請が出てたにも関わらずノトスは無視したということか。しかも、ケイオスの件はすでに終息してるところに押しかけるってことは」
「救援作戦なんてとんでもない。実情はサザン弱体化の機をついた侵略作戦だ」
カエデの言葉を聞いて、ハヤトが表情をゆがめた。
「人命なんて微塵も考慮しない輩が、生き生きと言っていたんだ。何かあるとは思ったが……クズに加えて下種野郎が」
「評価については、多いに同感だけど、もう少し声は抑えてくれ」
へいへい、とハヤトは気のない返事をする。同感と言っている時点でカエデ自身も怒りを抑えきれていないことを自覚しているが。
「ちなみに、サザンが落ちてない、って言ったがケイオスの被害は事実だったんだろ? どうやって持ち直したんだ?」
「夜半に巨大な飛行物体から拡散砲が大陸に撃ち込まれたと報告があった。おそらく、エイジスの超規模兵器、ケートスによるものだろう、と」
「エイジスが?」
ハヤトが驚くが、その後で納得する表情になる。
「大陸陥落まで追い込むケイオスに対抗できるとしたら、確かにケートスしかない。方法は納得できる、が」
「そう、理由がわからないんだ」
ファリア大陸奪還およびユエルビアへの返還の報は当然知っている。だが、それを友好のためと素直にカエデもハヤトも見なしてはいない。
「信頼回復のためとはいえ、そこまでするものか? そもそも、通信も途絶した状態でどうやってサザンの窮地をエイジスが察知したのかも謎だ」
「危機をどうやって察知したのか、なぜ救援したのか謎だ。ただ問題は、これからの衝突にどうエイジスが絡んでくるのかで……」
カエデがさらに推測を述べようとすると、後ろから声をかけられた。
「カエデ特務官! ハヤト特務官!」
カエデの表情が固まる。声のする方を見やれば、 ストレートなショートボブに軍帽を被せた、女性士官が真っ直ぐこちらへと向かってきていた。
「リク……少尉」
平静を繕おうとするがが、詰まったような言葉しか出てこない。隣のハヤトの表情も笑顔を作ろうとするが引っ掛かったような複雑な表情を浮かべている。
2人の青年士官の様子にかまわず、女性少尉は勢い込んで話しかける。
「サザンに救援に向かうのでしょう? 領土の境界線上には部隊を編制しているそうじゃないですか」
「そう……だね」
「アルファ小隊は最前線へ配置、それもカエデ特務官は前線指揮を任されると聞きました。誇らしいことです! サザンの人たちを救うためにも、全力を尽くしましょう。非才の身ではありますが、私も砕心の覚悟を持って支援させていただきますから」
使命感とやる気に満ちた表情と言動。一見して、優秀で真面目な士官そのものだ。微塵も疑わずに、サザンの救援に向かうと信じている。
傷んでも惜しくない、都合のいい駒として利用されていることも知らずに。
沈黙してしまったカエデを見かねて、ハヤトが間に割って入った。
「ごめん、リク少尉。これから2人でブリーフィングしたいから、補給用のプローム部品を代わりに発注しておいてくれないか」
「またそうやってハヤト特務官は楽をしようとする。本当は面倒なだけなのでは?」
「その通り……いや、もちろん真面目にブリーフィングするって」
疑わし気な目で見るリクに対して、ハヤトが大げさにたじろぎながら答える。
やれやれと真面目な女性士官はため息をついた。
「了解しました。カエデ特務官、部隊全員分の発注リストをまとめておくので、作戦前には必ず確認しておいてくださいね」
「ありがとう、助かるよ」
「いえ、お役に立てれば何よりです。では、失礼します」
リクが敬礼を返すと、きびきびとした足取りで来た道を戻っていった。
軍人然としたその背中を見ながら、カエデとハヤトが寂しそうな表情を浮かべる。
「あーあ、やだねぇ、
水を差すように脇からかけられた声。カエデとハヤトが視線を向けると、同年代でありながらもリクとはまた違った印象の女性が立っていた。
天然パーマの短い金髪に、八重歯の覗くにやついた口元、好奇心旺盛な目はネコ科の肉食獣を思わせる。それも、獰猛な類の。
「でも、今の方が彼女とは話が合いそうだなぁ……今度話してみようかなー?」
「
先程リクに話しかけた軽い口調とは異なり、険を帯びた声でハヤトが目の前の女性に問いかける。
カレン、ツインハックの乗り手にして、部隊内では味方討ちも厭わない戦闘狂として名を馳せる、カエデたちが所属するアルファ小隊と双璧をなすブラボー小隊のエースだ。
「それ話すの? おかげで黒曜やエヴァーレイクとやる機会を奪われて、いらいらしてんだよね。キナイ島に行けてたら、楽しかっただろうに」
「冗談、サザンだけでなく黎明の旅団、おまけにお前がやられた青い機体までいた乱戦だったんだろ? 元の実力でも生き延びれなかったんじゃねえの?」
「言うねぇ。連携だったらサザンやシーナのエースに匹敵するキミたちからすれば余裕、って言いたいのかな?」
「連携だけが取り柄みたいに言ってくれるなよ。ま、連携なんて単語ハナから頭に入れてない奴に比べれば、生き延びれるだろうさ」
「へえ、ぜひともハッタリじゃないか、試したいとこだね」
互いに嫌悪の感情を隠さない抜き身の言葉のやり取りに、緊迫した空気が漂う。
「カレン特務官、何か伝令があって来られたのでは?」
割って入るように敢えてカエデが業務的な口調で問いかけると、興がそがれたようにカレンが、ふん、と鼻を鳴らす。
「今回ブラボー小隊は別任務を与えられてね、国を離れることになった。今回の戦いは余裕と主席は見てるようだね。最終調整をしつつ、復帰戦もかねてユエルビアの野盗討伐とスカウトに行ってくるよ」
ユエルビア共和国では、黎明の旅団以外でも一部のプローム乗りが脱走して違法行為を働いているという。共和国でも取り締まりきれない野党や傭兵崩れとなっているため、捕縛したあと極秘裏に処置をほどこして、こちらの陣営に迎え入れるのだろう。
それこそ、リクのように。
「というわけで、ボクらブラボー小隊は今回の戦闘に参加しないから、せいぜいがんばってね、カエデ特務官、ハヤト特務官」
それだけ言うと、じゃ、とカレンは手をあげて去っていった。
小柄な背中にちっとハヤトが舌打ちする。
性格といい、戦い方といい、相容れない相手だ。それはカエデも同様である。
「
先ほどカレンが言っていた言葉をカエデが反芻する。
リクも以前はあんな軍人のような性格ではなかった。ハヤトと同じように幼馴染で、階級を意識して敬語で話す仲では決してなかった。
それが数か月前の作戦中にロストして戻ってきてから、政府からの命令に従順な性格になり、戦闘中は理性も感情もなく敵を倒すようになったのだ。自分の意思を持たず都合よく働く、
「カエデ……」
「わかってる」
自分たちはノトス所属の兵士なのだ。方針に納得がいかなくても、本意でない戦いであっても従わないといけない。
自分の周囲以外でも似たように性格が変わった話は聞くが、その噂も途中で揉み消されたか、あるいは話をした者の性格も変えられたのか広まることはない。政府の意志、ヤムナハの気分次第で人格を弄れるということだ。
なら、自分の家族や大切な人を守る、そのためにも。
「戦うしか、ないのだから」
自身に言い聞かせるように呟いた言葉は、周囲の壁と同じくらい無機質で冷たい灰色に染まっていた。
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