3. 一難去って……

 植物の姿を模した悪夢、土地浸潤ケイオスによるサザン大陸陥落危機から一夜明けた、午後。

 サザン貴族院官邸主席専用執務室とケートス内部ブリッジにてでは、衛星通信を用いたテレビ電話による会談が行われていた。


「まずは、救援感謝する。おかげでサザン大陸がケイオスの手に落ちずに済んだ。それだけではない、首都が落ち、サザンの民衆、私も含めて家族がばらばらになり、ノトスの手に落ちるのを阻止してくれた。本当に感謝しても足りないくらいだ」


 執務室側からアナンが話す。対して、頭を下げながら話す。対するイツキは手元のタブレットPCの戦績評価を見ながら渋い表情を浮かべた。


「いえ、とにかく救援が間に合ってよかったとしか……。今回、成功したのは技術や設備よりも様々な幸運が重なった結果だと思っています」


 先行したファーヴェルによる救援、サザン側プローム乗りたちの奮闘、現地の指揮、衛星を活用したケートスの拡散砲掃射。いずれも機能しなければサザン大陸は確実に落ちていただろうと評価が出ていた。

 一方で、最初に制止を振り切って救援に向かい、奮闘したハルカとノインの功績が大きいこともレポートには表れていた。それがまたイツキが渋い表情となってしまう理由ではあるのだが。

 そんな複雑な心情など知る由もなく、アナンが問いかける。


「ちなみに、今回の立役者であるハルカ君はどうしているんだ?」

「立役者だなんてとんでもない。ペース配分考えずに突っ走って、現地の人がまだ頑張らなきゃいけない中、倒れて介抱されたんでしょう? ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 容赦のない言葉に、アナンの隣で待機していた軍部総長のゲンが表情を変える。


「手厳しいことを言わないでください。ご子息が倒れられたのはプロームの特殊機能をフル活用したためじゃないですか。その献身にどれだけ我々が救われたことか。戦闘に参加した者の中にはハルカ君を英雄と称える声もある程です」

((英雄、ねえ……?))


 熱くゲンが語る中、イツキとケイトが同時に思いつつ、うじうじと不貞寝していた息子の今朝の様子を思い出す。

 とてもじゃないが、国の会談で出せる話ではない。


「お気持ち、ありがたく思います。さすがに消耗が激しかったので今は自宅にて休養をとらせています。それよりも、激しかった防衛戦の後にも関わらず、上位部隊が率先して復旧作業に参加しているとは。サザンの方々の……何と言いましょうか、タフさに驚かされるばかりです」

「休んでいられませんから。イリスたちの頑張りのおかげで首都の市民はロストから無事に全員復活しましたし。ちなみに陛下、どこでその情報を?」


 ゲンが問いかけるとイツキが苦笑した。


「先ほど、ユイさんからメッセージが届きました。これから復興支援の活動のために特殊上位部隊と共に各所をまわります、と。気持ちの切り替えの早さと前向きさは、うちの息子にも見習ってもらいたいぐらいです」


 イツキが褒めちぎると、一瞬、アナンの眉根が寄るが、すぐに笑みを浮かべた。


「娘は以前そちらで世話になったからな。直接挨拶したかったところを早々に帰られて残念がっていたよ」


 穏やかに話す上司の後ろで、ゲンがぼそりと口を開く。


(残念がるどころか、本人のあまりの残念っぷりに見かねて側近サキが唆したとは流石に言えんよな……)

「総長、何か?」

「いえいえ、何も」


 よくわからないやりとりをしている二人に、イツキとケイトが画面へ訝し気に視線を向ける。

 何とも微妙な空気になってしまったことに気づいて、アナンが咳払いした。


「ところで、昨日帰り際に置いていってくれた衛星通信に関する資料だが、早速代替通信手段として活用させてもらっている」


 復旧作業の進む官邸内を慌ただしく訪問し、近くに居た高官らしき人物に渡した。混乱していたように思えたが無事に伝達してくれたようだ。


「国賓なわけだし、来たなら正直声をかけてもらいたかったところだが」

「すいません。ただ、その場合、それなりの応対をしないといけなかったですよね? こちらは、息子を早々に回収したかっただけなので、無礼を承知で退散させていただきました」

「まあ、だろうな。いろいろ話を聞きたい気持ち半分、それどころではないのも本音だから有難かったのも確かだ」


 正直に理由を話すイツキに対し、アナンも同様に飾らずに言葉を返す。

 首脳二人の様子を側で見ながら、ケイトはなるほど、と納得していた。

 資料だけ置いて無断で帰ることは少し引っ掛かってはいたが、柔軟性の高い人物がトップについているなら失礼にならないだろう。

 ただ、アナンの隣ではゲンが渋い表情を浮かべている。


(いくら非常事態とはいえ、無断で他国の人間に入られた、というのは警備の点では問題ありよね)


 軍部を担う人物としてはありがたいどころか様々な点で指摘を入れたいはずだ。気持ちを察してややケイトは同情する。同情したところで行動は変わっていたかというと、それもないのだが。


「電波塔の復旧までの通信手段に困ると思われたので、提案させていただきました。ただ、通信衛星も盤石じゃなく、情報の機密性の面で不安があるので、後々情報漏洩されることを防ぐために使用期限について相談させてください。ちなみに、電波塔の復旧については?」


 イツキが問いかけると、アナンが首を振る。


「6割がた復旧した。ただ、復旧したところで本来要請すべき側へつながらないんだがな」


 アナンの言葉にイツキの目が据わる。

 国としての体制で言えば、サザンはノトスにこそ救援を要請し、ノトスが救援に駆け付けるべきなのだ。だが、そうはならなかった。

 ケイオスの同時多発的な発生といい、電波塔という不都合な位置での発生といい、今回の土地浸潤型の発生が人為的に起こされた可能性が高いとエイジス側も推測している。

 サザン大陸、貴族院が落ちることによってもっとも利益を得る勢力。以前アナンからもたらされた情報から考えられるのは一つだけだ。

 その時、慌ただしく扉がノックされて返事もないままに開かれた。


「シュウ! 会談中だぞ!」


 ゲンが入ってきた人物、シュウを見て叱責する。


「すみません、主席、イツキ陛下。緊急の報告がありまして。先ほど、ノトスとの境界線に動きがありました。続々とプローム機が配備されており、緊張が走っている、と。現在、ノトス共和院の官邸でヤムナハ主席による演説が行われているとのことです」


 官邸周辺の電波塔など通信系の整備は完了しており、ここであれば、ノトス側の放送は受信できる。

 アナンがイツキに問いたげに視線を向けた。


「すまない、会談中だが……」

「お願いします。こちらも気になるので映してください」

「わかった。手配を頼む」


 アナンの指示に従い、ゲンとシュウが室外のスタッフに声をかけ、放送内容を映せるよう準備を始めた。



 ◇



 白で統一された、優雅、という単語が似合う建造物。天空会議場にも似た様式のその建物こそ、ノトス共和院官邸である。

 整えられた庭木の並ぶ官邸前の広場では、礼服を着た兵士が規則正しく並び、ピリつくような緊迫した空気が満ちていた。

 無感情にも思える兵士たちの視線は、官邸を背にするように設置された演台に佇む盟主、ヤムナハ・アーブルへ注がれ、何かを待っているかのようにじっとしている。


「――報道官による報告のとおり、サザン貴族院から連絡が途絶えて、丸一日が経過した。我が軍の優秀な情報筋によればサザン大陸には植物のような形態をした感染型のケイオスの前に陥落した、とのことだ」


 重々しく静かに語り掛けるヤムナハの言葉。衝撃的な内容であるにも関わらず、兵士たちは声をあげず表情も変えずにじっと聞き入っている。


「悲惨なことにサザン大陸の人々はケイオスによってロストも復活も許されぬ傀儡となり、破壊行為を行っているという」


 静かに、言い含めるように話していたヤムナハが壇上で拳を握りしめた。


「確かに、サザン大陸との関係は数年良好とは言えなかった。しかし、同士よ! 同胞の窮地に対して非情にも見捨てるのがノトスの流儀か?」


 問いかけに対し、兵士たちの列の中で、否だ! とわずかに声があがる。


「敵はサザン大陸を陥落させた強敵だ、その脅威に対し臆して縮こもるのがノトス闘士の矜持か!?」


「「「否!!」」」


 参列している兵士の怒号が空気を震わせる。


「そうだ、断じて認めるわけにはいかない。現時刻をもってノトス共和院主席権限にて奪還作戦を発令、サザンの地に向けて出兵し、同胞を解放する!」


 ヤムナハが拳を振り上げると、兵士、記者問わず大歓声が沸き起こり、会場が異様な熱気に包まれた。

 壇上から見下ろしながら、演説が成功したことを確信してヤムナハの口の端が歪む。

 兵士は従順な者を選別し、マスコミも政府の息がかかった者だけ。さらには決まったタイミングで盛り上げるようサクラを忍ばせている。

 全ては仕込みの紛い物、舞台も、観客も、そして筋書きすらも。


(だが、それが何だというのだ)


 紛い物と言えど、この場に向けられた歓声はヤムナハ唯一人のためのものだ。

 エイジスの横やりこそ入ったが、サザン、貴族院の余力はない。

 サザン大陸を平定すれば、保有するプローム技術と共に他勢力よりも優位に立てる。

 自分の名は揺らぎのないものとして。永遠にこの星に刻まれるだろう。

 その時こそ隣に並び立ち意見してきたアナンにも、誰にも止められることのない、栄誉と名声が手に入る。


(懸念はエイジスがさらに関与してくることだが、サザンに義理立てするとは考えにくい)


 そうでなくとも、ファリア大陸奪還の際の言い分や情報部やフェアリスからもたらされた内情から、サザンの味方につく可能性が低い、とヤムナハは読んでいた。


「「アーブル! アーブル!」」


 いつの間にか歓声から、自分の名前をコールし始めていた。

 期待には応えなければなるまい。


「同士よ立ち上がれ! これは聖戦である!」


 愉悦をこらえ、ヤムナハが熱狂的に呼びかける。その姿は絶対的なリーダー、英雄であるかのように、観る者へ印象づけた。



 ◇



 テレビ画面に映る熱狂的な光景。

 対して、貴族院の執務室内の空気はいっきに冷え切り、張り詰めたものとなっていた。

 直後、室内にいる面々に沸いてきたのは形容しようのないほど、激しい怒り、である。


「こう出る、というわけか……」


 ノトス側の反応を見て、アナンが声を漏らす。目は剣呑な光を帯びており、その奥で憤怒の感情が渦巻いている。

 ゲンが沸き上がる感情を押し殺してアナンに確認する。


「主席、いかがいたしますか」

「境界線の警備を増やせ、急ぎ部隊を再編成し、備えろ! ノトスと衝突する可能性が高いことを胸に刻んでおけ!」

「「了解!」」


 アナンの命令を受けて、即座にゲンとシュウが荒々しく部屋を出ていった。


「アナンさん……」


 イツキが通信用のモニター越しに声をかける。その声には複雑な感情が含まれていた。


「すまない、イツキ君、会談中に見苦しいものを見せてしまった」

「いえ」


 救援を無視した挙句、嘘の情報で民衆を扇動し攻め込もうとしているのだ。これが怒らずにいられるわけがない。

 土地侵略型ケイオスをサザン側に仕掛けたと仮定すれば、サザンの力が削がれた今攻め込むことは、すでにこの流れを計算していたとも考えられる。


(助かっても、助からなくても、か……。一番被害が少ないのは、サザン側がノトス側に有利な条件で停戦を申しいれること? いや、それもあり得ない)


 ノトス側が、サザンを交渉できる状態にないと喧伝している以上、交渉という選択肢は消されている。

 イツキの内心としては、複雑だ。サザン側の怒りもわかるが、元は同じ地球人である。トップだけが暴走しノトスの民衆は巻き込まれているだけであれば、戦争は避けてほしい、そういう思いもある。

 悩むイツキの様子を見て、アナンは苦みの強い笑みを浮かべた。


「これは身内の問題だ。すまないが、救援に対する謝礼の話は少し延滞させてくれ」


 やんわりとした言葉ではあるが、今回の戦いにおいてエイジスの手出しは無用、と言外に告げていた。


「アナン!」


 唐突に執務室にイリスが現れた。ロストからの復活を続けていたために力を使い果たして休んでいたはずだ。


「さっき仲間から話を受けてノトスの演説中継を聞いた! このまま戦えば被害は避けられない、だからエイジスに支援要請を!」

「それはできない、イリス」


 勢い込むイリスに対して、アナンが幼い子に諭すように首を振る。


「なぜ、エイジスだってサザンの窮状は知っているはず。そして、非は明らかにノトス側にある! なのになんで!」

「ここで我らに加勢してエイジスがノトスを撃つのは、エイジスの理念に反してしまうからだ」


 静かに言われたアナンの言葉にイリスの目がはっと見開かれた。

 先ほどからイツキが何も言えなかったのはそのためだ。側にいるケイトも黙している。

 エイジスの理念とは、エイジスの武力はケイオス駆逐のためにあり、その例外は他国から攻撃を受けたときのみ、としている点だ。


「今回の件はノトスとサザンの身内同士の衝突です」

「私たちが掲げてるのは、ケイオスの駆逐。人類間の戦争に手をだせば、エイジスの理念は失われてしまうわね」


 理念に反した行動をすれば、その時点でエイジスは私情で武力を行使する危険な勢力と成り下がる。ファリア大陸奪還作戦から徐々に戻しつつあった信用を失い、戻ることはないだろう。 


「そんな……」

「心配するな、イリス。おいそれとこちらは負けん。イツキ君からもたらされたプローム技術に関する情報もあるし」

「けど」


 プローム部隊も昨日のケイオスの災害で何割かロストしてしまっている。ロストしたプローム乗りは得た経験を失ってしまうので、戦線に復帰し元のように駆動するには時間がかかる。土地浸潤型ケイオスに伴い、ロストしたプローム乗りは今回の戦線には復帰できない。

 さらに、サザン側で貯蓄していたプローム用の素材も今回の被害で消耗、消失してしまっている。

 いくら残ったプローム乗りの腕や技術があっても、絶望的なまでに不利だ。

 言いつのろうとするイリスにアナンは手振りで制止すると、イツキの方へ向き直った。


「じゃあ、イツキ君。また、今度会うことができたらその時こそ礼をさせていただこう、失礼」


 感情を見せることない淡々としたアナンの声を最後に、サザン側との通信は終了した。

 暗くなったモニターを前に、ブリッジ内が沈黙で包まれる。そこには、先日との勝利とは真逆の気だるげな、やるせない空気が漂っていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る