幕間
サザン貴族院官邸防衛戦、終結から一夜明けて。
壊滅必死という絶望的な戦況で奮戦し、一躍防衛成功の立役者となった少年はというと――
「うーーーーあーーーーーー」
自室のベッドにて、のたうち回っていた。
疲労困憊の状態で帰投することとなったが迅速な補給と元々の肉体の回復力により、行動できる程度には回復していた。
ヤナギ曰く、この惑星での肉体は補給を必要としないように調整されている。それはあくまで基礎代謝の維持が必要ないというだけで、今回のような急激な消耗の場合には十分な休息と補給が必要である、とのことだった。
説明を受け、イツキはハルカに対し今日一日は自宅で休むことと外出厳禁と指令を下した。見張りのためにウコンとサコン、フェアリスのプローム部隊がワタセ邸に待機しているという厳重監視体制が敷かれている。ちなみにプローム素体はきっちり回収され、手元から離されていた。
当人は謹慎命令について大げさだとは思いつつも、気にしてはいない。だるさの残るこの状態ではどこか行こうなどという気は起きない。
なら、なぜのたうち回っているのかというと。
「あんだけ威勢よく飛び出して行ったのに、救援に行って倒れるって……」
ベッドの上でうずくまりながら、自責の念に駆られて少年が呟いた。
戦闘が終了した後、倒れたのは自分一人だけ、おまけに薬剤とか少ない中で貴重な点滴とか受けさせてもらったというではないか。
ますますあり得ない。救援に行ったの介抱されるなんて何のために行ったんだ自分。父に怒られるのも当然である。
そんな調子でつらつらと昨晩のことを思い出しては、落ち込むという鬱モードに突入していたのであった。
芋虫のように布団に丸まっているとドアがノックされ、返事を待たずにナノ、ノイン、そしてウコン、サコンが入ってきた。
「おにい、生姜焼き丼作ってきたよーってどうしたの?」
「ちょっと打ちのめされていて。今食べる気しないから置いといて」
布団にこもったままハルカが返事をする。
昨日から気づいていたが、明らかな落ち込みモードだ。
どうするのか、とノイン達が二人の様子を見る中で、ナノはふーんと興味無さそうに持ってきたお盆を机の上に置く。
そして、容赦ない総口撃は開始された。
「別に気にすることじゃないと思うよ。
単に一人突っ走って、
一人でぶっ倒れて、
それもばっちりユイお姉ちゃんに見られたあげく、
貴重な薬もらって介抱受けて、
最後にお父さんにおぶわれて帰ってくる、それも大勢の人が見ている中で、っていうだけでしょ?
ほら、口にだしてみると気にならない」
きちんとどこにハルカがショックを受けているのか理解した妹の口撃は見事に全弾命中した。
布団を跳ねのけてハルカが叫ぶ。
「気にするよ! というより血も涙もないな、本当に!」
「私は多少傷口を広げてでも膿を全部出したくなるタイプなので。事実は早いうちから受け止めといたほうがあとあと引きずらないよ?」
「受け止めるまでの痛みをまったく考慮してないだろ! 傷口ひどくて麻酔とか必要でも絶対にしない荒療治だよな、それって!」
わめくハルカの肩にぽん、と手を置きながら、ナノは僧侶の如く穏やかな表情で言った。
「おにい、どれだけ後悔しても時間は戻らないんだよ?」
悟り切った言葉と表情に、言いたいことが沸き上がるがなんとか堪える。
「そうだな、正論まったくもって正しいし、腹立たしいけどそうだな」
納得してないけど、納得させるために無理矢理同調する。言い返そうものなら、もっと火傷することは経験上よくわかっているためだ。
ふう、と一息つく。言い合いをしたせいか、少しだけ気力が戻っていた。
まったく自分の妹はたくましい。下手なヒーローもののタフガイよりも心臓に毛が生えているんじゃないかと思う、本当に。
「おにい、今失礼なこと考えてない?」
「考えてません」
ジト目で見られて慌てて視線をそらした。
「とりあえず、食べたら?」
「せっかくナノが作ってくれたのです」
「そうですぞ、若」
「辛いときこそ、身体が資本ですぞ」
ナノの言葉に、ノイン、ウコンとサコンが畳みかけるように勧める。
肉体を捨てた精神体種族が、身体を資本と言うのもどこかずれているような気はするが、不思議と食べた方が元気がでるのは確かだ。
ハルカはお盆を受け取り箸をとると、生姜焼き丼を食べ始めた。
◇
一方その頃、サザン貴族院官邸内の一室、政治家の家族が宿泊できるよう整えられたゲストルームにて。
「なんでお礼をちゃんと言わなかったんだろう……」
シュウとサキが懸念していたように、ソファーに寝そべりながらユイは後悔の念にとらわれていた。
「あの時、お礼言うのって、別にお母さんのことだけじゃないよね? 救援に来てくれたことだってそうだよね? しかも、本当に身を削って戦線維持してくれたのに、話すタイミング逃すとかホント無いわ……」
ぶつぶつと呪詛のように呟く様子は、体からカビが生えてもおかしくない程のじめじめっぷりである。
「あーあ、やっぱり……」
「あっという間に帰ってしまったからな」
ミナとレンが落ち込むユイの様子を見て、対処なし、と首を振る。
サキが見かねて声をかける。
「ユイ、その辺きちんと言って好印象持っててもらわないと厄介なことになるかもよ?」
ソファーの背もたれに顔を向けていたユイが、ぎぎ、ロボットのように首をサキの方に向ける。
「さっきまで官邸内で事後処理していたら評判が耳に入ってきたのだけど、今回の件でハルカ皇子の株はかなり上がってたわ。確かに、戦線を維持しつつ、各所に支援できる気遣いのある戦い方は好感が持てる」
「うん?」
「人当たりも謙虚で素直。だけど皇族で、ルックスも中性的で悪くなく、プローム機も映えるし見合った実力もある」
「……つまり?」
淡々と評判と分析を述べていくサキにユイが結論を促す。
「ライバル増えるわよ、この先間違いなく」
目を光らせながら断定するサキの言葉に、ユイは勢いよく身体を起こした。
言われてみればそうだ。
今後もケイオス討伐の支援活動を国で行うならば、エイジスの評価とともにハルカの評価も上がっていくだろう。
恥ずかしさに負けて、意地を張っている場合ではない。
「出遅れた……?」
「いいえ、まだ間に合う。きちんと誠意をもって接することと、アイドルとしての活動をがんばること、その姿を見せるのが大事になってくる」
サキが目を輝かせながら言うと、ユイの目も輝いた。
「わかった、がんばる!」
「よくぞ言ってくれたわ、応援するから! もうスケジュール組んどいたから一緒に頑張ろうね!」
手を取り合いながらユイとサキが言う。
それを傍から見ていたレンとミナが何とも言えない表情になった。
「うまくのせられてるよな、あれって」
「まあ、復興活動大事だから。動機が不純でも頑張ってもらわないとねー」
広報活動をがんばることは、支援している二人も巻き込まれるということなので、振り回される未来を想像してやれやれとため息をついた。
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