5. 境界線上の葛藤

 ヤムナハがサザン救援作戦を宣言して翌日。


 ノトス・サザンの領土境界線の平原。

 コンクリートの厚い壁を守るようにサザン貴族院側が、対して壁を睨むようにノトス共和院側が、各陣営の紋章が刻まれたプロームが並ぶ。

 戦列に並ぶのは巨大人型兵器だけではない。上空には飛空艇の艦隊、地上には無人移動砲台、兵器の見本市と言わんばかりに戦力が投入されている。

 ただ、数多の兵器が並んでいるにも関わらず一基、一挺足りとも動き出す気配はない。

 何か崩壊するのを恐れているのか、あるいは動き出したときに備えて力を貯めているのか。

 破綻を恐れているようで、待ちかねているかのような。

 さながら、憎み合いながらも決定的な場面を回避してきたノトス、サザンの関係性を表しているようであった。




 緊張に満ちた境界線から離れること数十km。

 上空を漂う巨大な島ケートスのブリッジから、ワタセ家とフェアリスの面々が境界線の睨み合いを俯瞰していた。

 避けられない衝突になることがわかっていつつも、悲しそうに。


「戦争に、なるんだね」


 寂しそうにナノが呟く。

 ワタセ家としては、エイジスを抜かして初めて見る勢力間の争いだ。

 地球に転移してきた人類であり、ノトス側は戦争を行うよう突き動かされている、という背景を知るからでこそ起きてほしくない衝突だった。

 しかし、経緯がわかるゆえに止めることができないのも事実だ。

 サザン側陣営に並んでいる黒曜、エヴァーレイク、エニエマ、ディザスター・ロア、フォロカルの機体、そしてノトス側に見える元チームメイトの機体を見てハルカが拳を握る。


「ハル」


 息子の様子を見て諫めるようにイツキが言う。


「わかってる。今回、手が出せないことは」


 エイジスの武力はケイオス駆逐のためにある。ノトスとサザンの戦いは人同士の戦いであり、かつエイジスはどちらの勢力からも攻撃を受けているわけではない。

 理念を捻じ曲げて参戦すれば、この勢力は何の信用もないテロリストと変わらない勢力となってしまう。

 ハルカも理解はしているが、ぐ、と堪えるために奥歯を噛む。

 決死の思いで先日戦ってサザン側を守ったのに、次は戦争。

 どこまでも非情で理不尽な流れに、抑えても怒りがこみあげてくる。

 そんな少年の様子を見るケイトとナノ、そして制止したイツキ自身も複雑な表情だ。ハルカの思いも痛いほどわかるからでこそ、かける言葉が見つからなかった。

 その時、ケートスに新しく配備した衛星通信担当フェアリスが何かに気づいた。


「イツキ様。衛星による探知で妙な反応を感知したのですが……」


 報告に対して、イツキが訝し気な表情を浮かべる。


「どこからですか?」

「共和院官邸のノトスの首都、その外れです」

「映像を映して場所を教えてください」

「はい」


 即座に全員が確認できる巨大モニターにノトス首都の衛星画像が映し出される。道路が複雑に張り巡らされた街区から離れた、工場と思しき建物にケイオスのコア反応を示す黒い点が点滅していた。


「誤作動ではないと思うのですが、確定するには反応があやふやで……」


 自信なさそうに話すフェアリスに答えず、黒い点滅する点をイツキが凝視する。


「ハル」


 鋭く呼びかける父の言葉にぴくり、とハルカが反応する。


「プローム部隊に連絡。出撃に備えておくように、と。ただし、君はこのままブリッジで待機。いざとなったら動けるよう心構えしておいてください」


 父が何を意図しているのかわからない。だが、淡々とした言葉から確信を持って指示していると伺えた。


「わかった。ノイン、みんなに通信開いて」

「了解なのです」


 イツキのことを信じてハルカはノインと共にエイジスのプローム部隊へと連絡していく。


「イツ君」

「風向きが変わるかもしれません。ただ、予測が当たっていたら、それはそれでかなり不愉快ですが」


 声をかけたケイトに、イツキが眼鏡の位置を直しながら答える。その視線は、点滅する黒い点を鋭く見つめていた。



 ◇



「なんで復興活動にやる気をだした翌日にこんなことになるんだろう」


 エニエマのコクピットからユイが、特殊上位部隊にだけ聞こえる通信でため息をつく。

 もちろん軽口だ。

 内心では国が疲弊したタイミングで攻めてきた怒りと、母に関する恨みがある。思いを一度吐き出せばきりがなく、当たり散らしても何も事態は改善しないことはわかっていた。

 だから、緊迫した戦場でやるせない思いを出す代わりに冗談めいた言葉を漏らした。

 そんなユイの意図を察してサキが調子を合わせる。


「まったくね。復興ライブやイベント、いろんなスケジュールを立ててたのに、大幅に崩れたわ。ただ、文句を言いたいところだけど、相手さん通信復旧したにも関わらず聞いてくれそうにないのよね」

「ご丁寧にプロームの緊急通信も切っているんだろうな。どこまで事態を正しくわかってる奴がいることやら」

 

 黒曜からシュウが頭をかきながら話す。

 ヤムナハの主張はかなり矛盾点がある。人に感染して操るケイオスの発生の真偽、通信ができない時点で軍を編制して救援に来なかった理由。

 追及されず大規模に軍が動いているということは、ヤムナハの言を無理矢理信じ込まされている可能性が高いということだ。

 ミナがノトス軍と共同作戦をした時のことを思い出す。


「ノトス軍の兵士が精神束縛受けてる噂は聞いてたけど、確かに一緒に戦って怖かった」


 既に戦意のない兵士や敵拠点を破壊し、さらには内部に生命反応がないプローム機に執拗に攻撃を加えていた。まるで感情のない機械のように。

 ノトス軍の徹底的な行動を見て、ミナはたまらなく背筋が寒くなったものだ。


「フェアリスの精神束縛を受けているのももちろんだが、純粋に信じている奴もいるだろうな。最近の偏向報道だとヤムナハの方が人道的性格の持ち主だ、と捉えられててもおかしくない」

「やだ、冗談きついにもほどがある……」


 レンの分析にユイはげんなりした表情を浮かべた。

 父の性格は、まあ……百歩譲ってもいいとは言えないのはわかってる。それでもヤムナハに比べればかなりマシだ。

 ユイではなくとも、サザン側の部隊はアナンにつくことができて感謝している。

 少なくとも、精神を操作してまで無理矢理戦場に追い立てるようなことはしない。

 ケイオスの災害の後で疲弊している中でも境界線上の防衛が成り立っているのは、それぞれプローム乗りが自分の故郷を守りたいと決死の思いで立ち上がってくれているからだ。

 シュウがコクピットの時間表示を確認し、通信を部隊内専用のチャネルから全体へのチャネルへと切り替える。


「定刻だ。これより作戦開始する。俺らはケイオスに堕ちた操り人形なんかじゃないと、奴らの身をもって証明してやろう」


 特殊上位部隊を先頭に動き出し、後列のプローム機が次々と続いていく。

 エイジス諸島連合皇国が成立した第一次オービス会議、それに匹敵する一戦。

 ノトス・サザン衝突戦が始まる。



 ◇



(今頃、ユイ達は戦っているだろうか……)


 ノトス・サザン領土境界の平原にて始まった頃、イリスは、ノトス首都近郊のとある施設の前に辿り着いていた。

 土地浸潤型のケイオスがどこからもたらされたものか、物流やフェアリスからの情報を辿っていったら、この場所へとたどり着いたのである。

 施設の前では、銃に防弾アーマーと一施設の警備にしては重い装備を着こんだ兵士が佇んでいる。警備兵だけではない、施設前のコンクリート製のゲートや鉄製の扉。軍事施設に匹敵する物々しさだ。

 厳重警戒の施設へ、イリスは堂々と正面のゲートから内部に侵入していく。だが、警備する人もゲートにも異変はない。


(光の屈折を操作して人目に触れないようにするのは簡単……問題はフェアリス)


 フェアリスは、一部の例外を除いて、物理的制約を受けない。よって、どこにでも入ることができる。

 それでは不都合が多かったため、各自勢力を作り出して争うようになってからは、各国の機密に関する箇所には立ち入らないという協定が作られた。

 イリスが行っている潜入行為は正しく協定違反に他ならない。他のフェアリスに気づかれれば処罰される。


(ノトス・サザンの衝突戦に集中しているなら、今フェアリスは居ないはず……そう思いたい)


 施設内を悠々と浮遊しているように見えるが、内心は緊張しながらイリスは施設内を進んでいく。

 周辺にはコンピュータや小部屋が並び、白衣を着た人間が歩いていることから、研究施設であることが伺えた。

 願いが通じたのか気づかれることなくイリスは先へ先へと進んでいく。施設の中心部に進むにつれ徐々に人の出入りの少ない区画へと進み、それに伴って照明も減り扉や壁などの造りも厳重なものになる。

 そして、最奥に到達するとイリスはある物を見て戦慄した。


「これは……」


 極力刺激を減らすためか照明が極力落とされた室内に、ぼんやりと発光する巨大な密閉された縦型のガラス管。

 その内部で培養されていたのは、黒い触手を纏わせた異形の獣、ケイオスの分体であった。

 イリスが驚きで息をのむ中、人が近づく足音が聞こえて、慌てて周囲の暗さに合わせて自身の周囲の屈折率を調整し直す。


「例の実験は無事に成功したようだ。アーブル主席が持ち込んだ進化予測のレポートがなければ、短期間で成果は出せなかっただろう」

「ああ、試しに近い環境を作ってみたら、時間はかかったが、予測どおりの個体が出来上がったからな。誰が作ったのかはわからないが、まったく、感謝したいくらいだ」

「今回のデータを洗い出して、選別できるようになれば、より効果的な兵器運用もできるな。今のままでは、せっかくの工場などの生産施設も破壊してしまうし――」


 2人の研究員が話す言葉を聞いてイリスは怒りで震える。


(ケイオスを兵器運用……? イツキが作ったレポートに、アナンが同国の民衆のためだからと渡したのに……!)


 怒りで思考がいっぱいになりそうなところへ、ぶるぶると頭をふって、無理矢理振り払う。気を取られている場合ではない。今、境界線ではユイ達が戦争をしているのだ。

 研究員達が部屋を出ていったのを見計らって、イリスは1つのガラス管に近づく。

 強襲型とラベリングされたそれには、四足歩行の獣型のケイオスが培養されていた。


(培養器を元素変換して、中のケイオスを解放すれば研究所はパニックになる。そうすれば……)


 力を込めるべく手を伸ばす。

 突然イリスの精神体にノイズが走り、硬直した。


「きゃあっ!」

「いけないなあ、自分の管轄外のところまで見に来るなんて」


 嘲笑う少年の声が聞こえて振り向くと、アルマジロの形のぬいぐるみが浮かんでいた。


「ルボル……!」


 悔しそうにイリスが言うと、ルボルは下卑た笑みを浮かべる。


「これを破壊したら、どんな大惨事になるか君だってわかるだろう? 自国の人間を不幸にしたくはないはずだ」

「その口で何を……土地浸潤型、植物形態のケイオスをサザンにけしかけたのは、あなた達なのでしょう!?」

「人聞きが悪いなぁ、どこにそんな証拠があるっていうんだい?」


 異形が浮かぶ培養器に囲まれた状態で、白々しい言葉を吐く。


「じゃあここで行われている研究は何だって言うの!」

「そりゃあ、有効な対策を探るためさ。それ以外なんの理由があるっていうんだい?」

「研究員がさっき兵器運用って話していた!」

「対ケイオス用の有効な兵器を発見したということだろう?」


 あくまで白を切るルボルをイリスが睨みつける。


「ケイオスだけじゃない! サリのことだって!」

「だーかーらー、指摘するんだったから証拠を見せてみなよ、証拠を。証拠がない限りは言いがかりにすぎないんだって」


 ケイオスを兵器として活用していること、サリを奪い取った経緯、いずれも協定違反に値する事項だ。しかし、実証できない以上、咎めることはできない。

 優位を自覚して、アルマジロの形のぬいぐるみがシュールに口の端を持ち上げる。


「けど、君は明確に協定ルールを破ったところを僕に見られた。どうなるかはわかるよね?」


 ルボルが指先をイリスに向けると、白い少女の身体が徐々に白いうさぎのフェルト生地へと実体化し始めた。

 フェアリスは物理的な制約を受けない以上、どこまでも介入が可能となってしまう。それこそ地球から転移させた人間に対しては際限ないほどに。

 そのため、互いにやり過ぎを防ぐために同族内で決まりを設けた。

 例えば、属する勢力の機密施設には許可なく立ち入ることはできないとか、協定を破った者は、違反を発見した者による拘束を免れることはできないといったように。

 見つかってしまった以上、イリスに抵抗する術はなく実体化による拘束を受け入れるしかない。

 実体化してしまえば行動不能になるだけではなく、思考をも制止させられてしまう。

 イリスにとってこの状況は完全に詰み、だ。


「心配しなくていいよ。サザン貴族院の主席や上位部隊の人間が今回の争乱でロストしたとしても、君の代わりに肉体を繋ぎ合わせてあげるから」


 愉悦の笑みを浮かべるルボル。

 ビシリ。

 その背後で培養器のガラスに薄く線が入るとたちまち広がり、盛大な音と共に割れた。


「なにっ!?」

「話、過ぎ……。変換するには十分だった」

「馬鹿な、実体化を受けている中で元素変換を行っただと!?」


 元素変換を優先することで実体化を早めてしまう。それはルボルにとって馬鹿げた行為に映るだろう。

 ルボルが叫ぶと同時に、イリスは完全に白いうさぎのぬいぐるみへと変わった。

 薄れゆく意識の中で、白うさぎの妖精は願う。


(エイジスのみなさん、ノイン、ノウェム。どうか、サザンのみんなを助けて……)


 割れた培養器から液体が飛び散り、眠っていたケイオスが目を開け、研究員に襲い掛かる。

 休止状態に抑え込まれていたケイオスのコアも黒い光を明滅させ徐々に光を強くし、分体に力を与え、さらに新たな分体を産み落としていく。

 あっという間に研究所は、黒い異形の化け物に蹂躙され、未曽有の大混乱の現場と化した。

 壊滅していく光景を最後に、イリスの意識はふつりと途切れた。



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