7. 白い大地

「あれは……?」


 メインモニターに映し出された全てが白く染まった風景にイツキが疑問の声が口から漏れた。


「すごい、綺麗」

「ええ、綺麗だけれども、不気味」


 ナノが感動する傍らで、ケイトが白一色の世界に不穏なものを感じ取って警戒する。

 植物も、地面も白く染まり、動物など動いているものの反応がない。

 静寂ゆえに、生命の気配を感じない、広がっていたのはそんな大地であった。



 前線に出ている部隊もケイトと同じことを感じていた。

 現実感のないほど綺麗な、しかし不気味に静まり返った場所である、と。

 そこへ、一羽の鳥がどこからともなくやってきて、白い大地に佇む一本の木にとまる。

 直後、木に触れた先からその身体が白く染まり、頭から爪の先まで彫像のように変化すると鳥だったものが破裂した。


「「「!!」」」


 陶器が割れるように生き物だったものが壊れた光景に部隊全員が驚く。


「ノイン、あれって……?」

「フェーズ2……ケイオスが周辺に脅威を感じなくなったことにより、その周辺をケイ素化させることに特化した状態なのです」


 ハルカの問いかけにノインが震えた声で返す。


「それって、じゃあ、あの白いのもケイオスが起こしている現象の一つってことなのか? コアとか見当たらないが」

「コアなど必要などないのです。この段階まで至った場合には大地、植物、変化させた動物まですべてコアと同一。すべて自分のテリトリーであり、存在維持のためにエネルギーを放出させる必要もないのですから」


 そこへ、ピシピシ、という薄い氷が割れるような音が足元から聞こえる。

 視線を下に向けると、先ほどまで遠かったはずの白い大地が徐々に彼らの機体の足元まで近づいてきていた。


「これって、まずいんじゃないの!?」


 ルイが叫びつつディザスター・ケインを後退させる。


「ノイン、何とかする方法は!?」

「ないのです!ここの大地そのものを破壊するほかないのです!」


 つまり、打つ手がない、ということであった。


「全員退却!」


 ハルカの号令に全員、一も二もなく従ってスラスターを全力で光らせて後退する。

 機体の背後からは白い大地がまるで意志を持っているかのように追ってきた。


「かように、今まで浸食したことはなかったはず、なぜこのようなことに……!」

「サコン、周囲の黒いコアを倒したことに反応したのかもしれませんが、細かいことはわからないのです。 とにかく今は逃げなければ!」


 各機、全力で後退するが、白い大地との差は広がらない。

 大地もろとも白く染めんと一直線に、しかし静かに忍び寄ってくる有様は、生き物というよりも災害と相対しているかのようだ。捕まったら終わり、という絶望的な恐怖を伴って迫りくる。


「ねえ、あれ触れたらどうなるのかな?」

「……考えたくもないっ!」


 引きつった表情で問いかけるルイに対してアヤメが短く答える。

 先程の鳥のようにおそらく機体ごと白い結晶化して崩れ去るのだろうことは想像に難くない。

 逃げても終わりはない上、各機、先ほどまでの戦闘でエネルギーを消耗している。追いつかれるのも時間の問題だ。


『聞こえていますか!?』

「父さん!?」


 どうするべきか迷っていたところへ、ブリッジから導きのようにイツキの声が響いた。


『このままでは、退避まで間に合いません。フェアリス部隊は先に搭乗しているプロームを放棄して、離脱してください。人のプローム乗りはこの先にコンテナを投下します。そこから水上走行パーツを入手して、付近の川から離脱を図ってください!』


 素早い指示とともに各プロームのモニターに投下ポイントと水路までのルートが示される。

 しかし、実行するには問題があった。


「行くにしても、そこのポイントまでエネルギーがもたないよ!」


 一番消耗が激しいルイが叫ぶ。

 水上走行パーツ自体にエネルギーパックが搭載されているため、投下ポイントまで持てば補給できる。だが現在の状態では、速度を維持したまま投下ポイントまで到達するのは不可能だ。

 ならば、このまま大人しく白い波に飲み込まれてロストするしかないのだろうか。


「俺たち、流れ者だからなあ。うまくケートスで復活させてくれるといいんだが」

「子どもたちが帰ってこれたから、大丈夫だと信じたいけど」


 カナタ、リュウがロストした時のことを話している。それもまた、一つの選択肢だとでも言うように。

 ハルカはロストを経験したことはない。失うが死ではない事象、その危険性についてノインとノウェムから聞いている。想像しただけで目の前が暗く落ちていくような恐怖が押し寄せ、手が震えた。


(死にたく、ない……!)


 手を握りしめて操縦が狂わないよう叱咤させて恐怖を振り払う。

 サブモニターからそんなハルカの様子を見て、沈黙していたノインが口を開いた。


「……ハル。あなたは、先ほどの戦闘から違和感に気づいていますか?」

「違和感?」


 急な質問に訝しく思いながらハルカが問い返す。


「ええ。なぜかフェアリスの部隊の消耗が少なかった、その理由。それは、消耗が少なかったわけではなく、あなたがエネルギーをみんなに供給していたからです」

「えっ!? そんな素振りは……というより、そんな機能がプロームにあるの!?」

「プローム本来の機能ではないのです。あなたと私はケートス奪還戦の時に精神を一時的に共有した、それは覚えていますね?」

「ま、まあ」


 その時、ハルカしか知らないはずのトラウマをノインが知っていたのだ。不可抗力だとノインは慌てたように言っていたが。


「私たちは異なる精神構造をもつ生命と精神を共有することで新たな能力を発現させることができます。それを感応能力というのです。ナノが人やフェアリスとの精神伝達を中継したり、フェアリスが物に宿れるように接続したり、というように」

「つまり、このプロームのその能力ってノインと俺の感応能力……」

「そう。それはプロームに乗っているときに精神を共有したからなのかもしれません。ファーヴェルに乗っているときにのみ発現するみたいで、プロームのエネルギーを与えるだけではなく、あなたのやる気とか、意欲とかも周囲に伝達させているみたいです」


 ただし、とノインは続ける。


「これは、諸刃の剣なのです。与えたあなたは消耗し、疲労する。この機体のエネルギーも有限である以上、譲渡すればキツくなる、そういうことなのです」


 それゆえ、ノインはファーヴェルに乗ることを最近渋っていたのだ。


「けど、ここで話すってことはそれしかないってノインも思っているから、なんだよね?」


 ノインの考えていることに確信をもってハルカは微笑んだ。


「突っ走りがちなあなたにこれを話すのは正直よくないとは思ったのですが」

「しょうがない、もう聞いちゃったし」


 ハルカの開き直りにやれやれとノインがため息をついた。


「父さん! みんな! その作戦でいこう! ロストしないためにもその方法しかない」


 通信チャネルを開くなり、ハルカが言った。


「だーかーら! エネルギーがもたないって!」


 ルイが叫ぶ。それに意を介さずこっそりハルカはノインに話しかける。


「ノイン、意図して譲渡するためにはどうすればいい?」

「透明な糸を相手に伸ばしてつなげてから、自分の持っているものを送り込む様子をイメージすればいいのです」


 言われたとおり、機体から糸が伸びていることをイメージして、相手の機体とつなげて自分の力を送り込む。それと同時にハルカの身体から何かが抜けた感触がしたかと思うと、どっと全力疾走した時のような疲労感に襲われた。


「ルイさん、エネルギー残量確認してもらってもいいですか?」

「そんなのすっからかんに……」


 言いながらルイが機体ステータスモニタを確認すると、1/4までエネルギーゲージが回復していた。


「えっ!? 回復している? なんで?」


 ルイの言葉に旅団のメンバーが驚く。

 他のメンバーにも少し、エネルギーを譲渡し、余裕をもたせる。


「こっちもだ」

「なんで? 補給していないのに」


 驚く声をよそにハルカは問いかける。


「いけそうです?」


 当然のことながら、ファーヴェルにはまだ余裕がある。特殊武装もなく、もともと消耗の少ないハルカの戦い方ならではの状態だ。


「いける、これなら」


 力強いカナタの言葉にハルカがうなずくとフェアリスの部隊に指示を出す。


「ウコン、サコン、みんなは早く離脱して! また後でケートスで!」

「悔しいですが、承知致した!」

「若、皆様どうぞご無事で! 御免!」


 フェアリスたちが機体から離脱すると、次々にフェアリスのプロームの機体が動きを止め、白い大地に飲まれていく。


「じゃあ、飛ばすぞ!」


 ケンジが威勢よく声をあげると、マックスガイツを先頭に6機がプロームを疾駆させる。

 間もなく予定していた補給ポイントに到達すると、すでにコンテナが投下されていた。

 コンテナのセンサーがプロームの信号を察知するとパーツを射出し、各機減速を最小限に抑えてパーツをキャッチする。


 <おにい、聞こえてる!?>


 パーツを受け取ったところでナノから思念伝達が入った。


「どうしたの?」

 <なんか、奴らのテリトリーに邪魔されてるのか通じにくくなったから、代わりに伝えるためにつなげたの。これから、浸食を広げないために白い大地にケートスのエネルギーを収束させて打ち込んで大地ごと焼き払うって>

「収束砲か……」


 重力砲に次ぐ、破壊力に特化したケートスの兵器だ。重力砲、拡散砲よりも範囲は狭い代わりに貫通力があり、指定した範囲を破壊できる。それこそ、大地もろとも何も残さず完全に。

 この兵器を用いればフェーズの進んだケイオスにも対抗できる。しかし、この惑星の大地を消滅させ、生態系を大きく変えてしまう。ゆえに、イツキとヤナギは収束砲の行使を最終手段と認識を一致させていた。


 <お兄たちは川まででたら、急いで海まで逃げて。そしたら、ケートスの重力波で拾うからって>

「わかった、ありがとう!」

 <気を付けて!>


 近距離通信は使えるので、即座にカナタたちに伝えると、それぞれからすぐに返答が返ってきた。

 白い大地が数メートル後ろまで迫りくる中、間一髪で海に続く川に向けて跳躍し、水上走行パーツで着水。流体は浸食まで時間がかかるのか、浸食のスピードが遅くなり、6機はそのまま全速力で海へと離脱した。


 水しぶきをあげながら2kmほど沖へ出た海上でハルカたちは機体を停める。

 振り返ると、ケートスからファリア大陸の白い大地に向かって、白い一筋の光の柱が撃ち込まれる様子が見えた。

 次の瞬間、ドーム状の爆発が白い大地を覆うように広がり、崩壊させていく。

 白い大地だけではなく、まだ浸食が始まっていない大地をも巻き込みながら。

 爆発の余波と崩壊に巻き込まれて6機がバランスを崩しそうになったところを、ゆっくりと機体がケートスの重力操作によって引き寄せられる。

 機体が持ち上げられ、上空から見下ろす大地が崩壊していく様は圧巻だった。

 大地が崩れ、海に落ち、海には高い波が立つ。

 白い大地は最初の収束砲で溶けて焼き崩され、跡形もない。

 ハルカは言葉もなく、その様子を見ていた。

 昔テレビで見た、南極の氷の絶壁が崩れて海に落ちていくような、そんな圧倒的な光景を思い出しながら。


「せっかく、ケイオス倒したのに、ね」


 ぽつりと寂しそうにアヤメが呟く。


「そうだな。けど、放置していたらこのまま広がっていた可能性もある」

「うん……そう、だね。ケイオスの危険はわかってたつもりだけど、私たちが放っていたものって、取り替えしのつかないものだったんだね」


 じわじわと迫る脅威、目の前を生きることにいっぱいで気づけない破滅。

 アヤメの言葉を聞きながら、今の崩落の光景と氷河が崩れ落ちていく映像が重なった理由がわかった気がした。



 ◇



 ケートスのブリッジでは、分析官が収束砲の影響を確認していた。


「収束砲、発射完了。フェーズ2ケイオスの反応なし。無事に焼却完了したようです」

「プローム部隊の収容を確認しました。若をはじめ、皆様無事です」

「了解、お疲れさま」


 労いつつ、ケイトはメインモニターへと視線を向けた。同じく、イツキ、ナノも。

 そこには、収束砲によって崩落していく白い大地が移されていた。


「私たちの敵ってとんでもないもの、なんだね」

「ええ」


 浸食していなかった大地も巻き込んで消滅させるしかなかった。その事実をかみしめつつ、圧倒的な崩壊の光景を前に各々何とも言えず沈黙する。胸中ではケイオスの厄介さ、強大さを噛み締めながら。



 この日、ファリア大陸からケイオスを駆逐するという、人類が惑星オービスに転移してから最大の戦果をあげた。

 一方で、ファリア大陸の南端、200平方kmの大地が惑星オービスから消失することとなったのであった。



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