6. ファリア大陸奪還作戦 (2)
黒い物体が網目状に走る大地に一定間隔で撃ち込まれる拡散砲によるオレンジ色の閃光が降り注ぐ。その度に黒い物体が霧状に散っていく。
数多のケイオスを薙ぎ払うその光景は圧倒の一言だ。
しかし、前線で戦闘を続けるプロームの乗り手たちの思いは異なる。
ケイオスを駆逐すれどもキリはなく、なかなかコアまでたどりつけない。コアの位置も以前探索した位置からずれているため、探索しないといけないのだが倒しても倒しても湧いてくるケイオスに邪魔されてしまっている。
前線こそあげることはできているが、終わりは見えない。戦況としては劣勢ではないが、それだけとも言えた。
カナタがアストラルのコクピット内でエネルギー残量を確認する。その表情には焦りが浮かんでいた。
「まずいな、このままじゃ……ルイ、ケインはまだ撃てるか?」
「撃てるけど、数発が限界」
「だよな」
かれこれ1時間ぐらい戦闘しているのだ。補給が前提の砲撃手にしてはよくもっている方である。
カナタ自身も特殊武装を使用した攻撃はあと2発ぐらいが限度だ。
ケイオス討伐でこれほど長丁場になったことはない。対人戦でも1時間もかかる前に終わらせている。エネルギー切れギリギリまで消耗しても終わりが見えない戦闘は、カナタたちにとって初めてであった。
それだけこの地のケイオスの数と再生力が異常ということだ。戦争に明け暮れた他の陣営の軍隊であれば、ここまで持たなかっただろう。
(退却を呼びかけて体勢の立て直しを図るか? いや、それはない)
カナタが一瞬浮かんだ考えを即座に否定する。このまま退却すれば元と同じぐらいまで前線を戻される可能性が高い。
「ケートスの火力があれば、と思ったけど……」
圧倒的な火力をもって薙ぎ払えばいける、そう思っていた。しかし、実際にケートスだけでは対処できないケイオスのコアが発生し、プロームで破壊しようにも圧倒的再生力の前に二の足を踏んでいる。
この状況がサテライトまで波及したら。
今まで意識していなかったケイオスの厄介さを痛感しながら、カナタは戦闘に身を投じていた。
数の減らないケイオスの脅威に焦りを感じる黎明の旅団勢に対して、驚くべきはエイジス側のプローム部隊の奮戦である。
エネルギー残量の問題を抱えていることは一緒であるが、果敢に攻勢を維持していた。
ウコンが操る赤い機体が、一回り大きい強襲型ケイオスの頭部を斧で吹き飛ばす。
「よいしょ!」
「ウコン、調子いいのはわかるが、単独で出すぎるなよ!」
「わかっている!」
ウコン、サコンともに長く戦っていながらも、調子が衰えないことを自覚していた。機体の調子がいいのか、リンクしている自分たち精神体のコンディションがいいのかわからない。どんなに動いても消耗を感じず、闘志が落ちない。例えるなら、誰かからエネルギーを分けてもらっているかのような感覚であった。
部隊の中心でバランスが崩れないようフォローしつつ、ファーヴェルでハルカはあるものを待っていた。その表情にはいつものプローム戦と比べて珍しく、やや疲労が浮かんでいる。
「ハル、解析が終わったのです、敵の湧き出るポイント、密集地帯からコアの予測位置を割り出せたのです!」
ノインからの報告を聞いて、ハルカはうなずいた。きた、と。
「わかった。ケートスに通信開いて。反撃に出よう」
◇
『ケートス、聞こえてる?』
「聞こえてるわ、こちらケイト。何かあった?」
急に入ったハルカからの通信にケイトが直接対応する。
『今から指定するポイントにコアがあると思うんだ。指定したポイントをケートスの拡散砲で薙ぎ払ってほしい』
「え? でも、コアにはケートスの拡散砲が効かないはずじゃあ……」
ケイトが困惑するそばで、聞いていたイツキが何かに気づいた。
「分析官。今いる地域のケイオスのコアからの再出現予測は?」
「えっと、だいたい15秒です。先ほどからの戦闘データですと、撃破を感知してから15秒程度で再構成を完了しています」
「だ、そうです、ハル。撃ってから15秒以内で仕留めるつもりで各機に働きかけてください。発射のカウントダウンがほしいときには合図を」
『了解、ありがとう!』
嬉しそうにハルカが言うと、通信が一旦切れた。
「ふーん?」
「なんですか、ケイトさん?」
にやにやと面白がるような、ややふてくされて不機嫌なような、そんな中間の表情をケイトは浮かべている。
「ずるいなあ、父親と息子の関係って。この間黙って二人で出かけていたこともあって、なんとなくそう思っただけ」
「単に任せるべきものを任せただけですよ」
「はいはい」
言葉とは裏腹に、表情から嬉しさが滲み出ているイツキに、ケイトは苦笑を返した。
◇
「みんな疲れていると思うけど聞いてほしい。今からケートスから拡散砲を撃ってもらって、コアまでの道を切り開いてもらおうと思う。コアまでの道が開いたら、再出現する15秒までの間に各自分散してコアを破壊する」
ハルカが告げると、それぞれのプロームのモニターにコアの位置が映し出された。
『これ、本当なのか?』
カナタが問いかけると、ハルカがうなずいた。
「戦闘しつつ、ノインに出現箇所と密集地帯から場所を割り出してもらいました」
ひゅう、とケンジが口笛を吹き、いつの間に、とリュウが呟く。
『作戦はわかるがコアの数が多い。拡散砲があるにしても撃ち漏らしもあるだろうし、本当にこの機体数で仕留めきれるのか?』
「できます」
ハルカが堂々と断言する。
部隊としての力量を信じていて、できないなんて微塵も考えていない。
そんなハルカの言葉に、くっとカナタは笑った。いずれにせよここで駄目なら撤退しかないのだ。ならばやってみるしかない。
『わかった。のってやるよ皇子様。どんな風に配置したらいい?』
「ここから近い位置をフェアリス部隊それぞれコア1つに対して2機ずつで、遠い箇所をカナタさん、ケンジさん、アヤメさん、リュウさんで1機1つずつ。ルイさんは、再出現までに撃破できなかったところのフォローを。俺は今から切り抜けつつ、ここから一番遠い場所のコアへ行きます」
説明を終えると、了解、と応答がきた。通信を切り替え、今度はブリッジへと繋ぐ。
「ケートス、今から1回拡散砲を撃って。それを合図に、各機移動を開始。そして、5分後に拡散砲発射を。30秒前になったらカウントを全機に伝達よろしく」
『了解。攻撃制御系統、合図に合わせてよろしく。3、2、1、斉射!』
ケイトの号令とともに、空を裂くように伸びたオレンジ色の光が、地面へと降り落ち、周囲を光の柱が焼いていく。
まだ周囲に眩しさが残っているところで、砲撃後の戦況確認もしないまま、ファーヴェルは背中のスラスターの出力をあげる。白い光の粒子をまき散らしながら、残像が見えそうな速度で前進していく。
他のプローム機も移動を開始し拡散砲の余波を受けないようにしつつ、15秒内で撃破できる位置まで移動していく。
それぞれ進路に邪魔なケイオスだけ倒し、先に進んでいくと各機が視界にコアを捉えた。
「こちら、アストラル見えた!」
「同じく風招見えた! マックスガイツ、清澄もポイント到達確認」
「ディザスター・ケインよりルイ。指定された岩場に到着。各機よく見えるよー」
「若、ウコンをはじめ某らも視界に捉えました」
『指定斉射まで35を切った。カウント30!』
各機からの報告があがる中、カウントを開始するケイトの声が通信機から響く。
速度をあげているが、ファーヴェルのモニターには、まだコアは映らない。
「センサーに反応はあるのですが……」
「まだ見えない。間に合うか……?」
ノインとともに確認しつつ、ケイオスの群れの合間を縫い、時に切り裂きながら前進していく。スラスターの出力は変わらないまま、その速度は緩めない。
『2、1……』
0。
ケイトが告げたと同時に周囲を先程と同様、拡散砲のオレンジ色の光が埋め尽くした。
今まで密集していたケイオスの肉体が跡形もなく焼かれていく。
拡散砲の光が収まるとともに、各機コアへと突撃する。
アストラルの大剣が。
マックスガイツの拳が。
風招の双剣が。
清澄の槍が。
ウコンとサコンの斧と鎖鎌が。
それぞれのフェアリスの武器が。
各自コアへとそれぞれの武装を用いて確実に破壊した。
「ハル、捉えたのです!」
「再出現は!?」
「あと5秒!」
拡散砲の光が止み、各機がコアを仕留めていく中で、斉射前に到達できなかったファーヴェルは全力で視界に捉えたコアへと疾走する。
が、コアの結晶体からは、複数のケイオスの頭部が覗きはじめ、グロテスクな様相となっていた。
父からこの戦闘で使うなと言われていたが、やむをえない。
「ノイン、あれ使う! 姿勢制御、抵抗演算よろしく!」
「うー……しょうがないのです!」
渋々ノインが応じると、ファーヴェルの背中から放出されていた粒子が収束し、さらに機体の背部からわずかに突起物のような構造が出現。すると、機体の加速度が増し、空気に抗う風の音が機体を囲む。
「間に合えぇっ!」
気合による一声とともに剣を突き出し、そのまま白い機体はコアへと突き抜けた。
キィン、という澄んだ悲しげな物音とともにコアの破砕音が響き渡る。
再出現までにコアの破砕が間に合った。
そのファーヴェルへ、拡散砲を逃れた半壊状態のケイオスの顎が迫る、が。
ディザスター・ケインの砲撃がそれらの身体を貫いた。
周囲にケイオスの気配を感じなくなり、静寂が訪れる。
「ケイオスの気配を感じません。完全に目標地点のコアを破壊しました」
ノインからの報告をうけ、ようやくハルカは安堵の息を吐き出しつつファーヴェルの機構を格納した。
「おーい、無事?」
「ありがとうございます、ルイさん」
「どういたしまして。お礼は今度、噂のプリンとかでよろしく」
ルイが明るく言い、ハルカは苦笑しながら返答した。
ふっとケイオスが去って静まり返った荒野、その方角へ視線を向けると、その先には。
地平線の先、地面、植物に至るまで果てしなく真っ白に染まった大地が広がっていた。
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