6. ファリア大陸奪還作戦 (1)
ファリア大陸でケートスでは破壊できないコアが出現したという報告は、エイジスに所属する人間、フェアリス双方を驚愕させた。
即座にイツキは、コア破壊のために部隊編成を指示。プロームにて撃破する作戦を立案した。
作戦決行当日、ケートス内部の出撃ゲートでは、部隊が集められていた。
部隊は2部隊、旅団の5人と、エイジス側のフェアリスの小隊である。
ケイオスに囲まれた激戦区画を密集形態で行動することになるが、部隊を分けておいた方が指揮系統の負担が少ないためだ。
格納庫から運び込まれ、あらかじめ復元されたプロームの機体が並ぶ中、ハルカは部隊のプロームのステータスを確認しているとカナタから声をかけられた。
「よぉ、皇子様なのに出るんだな。今回の作戦は、危険地帯なんだろ?」
「危険だからでこそ、ですよ。それはともかく、皇子って呼び方はやめてください」
「はいはい。お前もイツキさん達と同じようなこと言うのな」
「う……」
カナタがからかうと、ハルカの表情が曇った。
似ていると言われることは嫌ではないが、かといってうれしい訳でもなく、なんとも微妙な心持ちになる。
「で、お前は今回どっちの部隊に参加するんだ?」
ハルカの表情からあまり言われたくないことを察したのか、カナタが話題を変えてくれた。
正直、作戦立案時にはカナタ達と合流することも考えた。元チームメイトと前のように連携しながら撃破していくのは楽しいだろうし、効率もいいだろう。
だが。
「自分は、エイジス側の部隊に参加します」
「なんだ、一緒にできたら楽しそうだと思ったのに」
「魅力的ですけど、あくまで自分はエイジス所属ですから。修羅場を抜けた仲間でもありますし」
ハルカがそう言うと後ろでウコン、サコンが目をうるうるさせる。
「若……」
「かならずや、背中はお守りします……ずびっ」
さらに、部隊のフェアリス達が感極まってぬいぐるみ形のままハルカのところに殺到した。
実体はないはずなのだが、精神体による圧なのか、ハルカが押し倒される。
「重い、みんな、重いって!」
もみくちゃにされるハルカの様子を見て、カナタが腹を抱えて笑った。
そんな和やかなやり取りの後、出撃する時間になり各々プローム内部へと乗り込んでいく。
ハルカも乗り込んでいくが、青ではなく白い機体、ファーヴェルにしていた。
コクピット内部のコンソールに触れるとサブモニターが起動し、先に調整していたノインがため息をつく。
「やっぱり、ファーヴェルになるんですね」
「こっちの方がなんというか、調子がいいというか、久々のケートス奪還のときのメンバーだから、験担ぎ」
やや言い訳がましくハルカがいうと、ノインが、まぁいいですけど、と素っ気なく返した。
『それぞれ、出撃スタンバイ願います』
ケートス内部のブリッジの管制担当フェアリスから声がかかり、出撃ポートの定位置につく。
「あれ、その機体って、この間見たのと違くね?」
「白くて外見違う、武装型は同じ……バランスタイプなのも変わらなそうだけど」
ケンジとリュウが興味津々で通信機で声をかけてきた。
「ファーヴェルでござる」
「若の決戦機でござる。こうでなくては」
ハルカに代わり、なぜかウコンとサコンが胸をはるように言う。
別に決戦機とか決めてないんだけどなー、と思いつつ、ハルカは苦笑した。
『それぞれ、出撃願います』
束の間の雑談も終わり、いよいよ出撃だ。全員の表情が引き締まる。
コンソールを操作し、機体を前傾にさせて出撃体勢をとりながらハルカは願った。
どうか誰もロストすることなく、無事に帰ってこれますように、と。
◇
「ゲートよりプローム部隊出撃しました」
管制官の報告を受けて、ケイトがうなずく。
その傍らでイツキは険しい表情を浮かべている。
「イツ君、そんな辛気くさい表情してたら、運気下がるよ?」
容赦のないケイトの言葉に、イツキが頭を振った。
「わかってはいたつもりなんですけどね。このペースでいけば、いずれはフェーズの進んだケイオスと相対することは」
イツキは常に先のことを考える、それゆえに不安に気づきやすい。プロームでないと対応できないケイオスが出現することも想定していた事態なのだろう。ただ、望んでいない予想であったことも確かだ。
ハルカには、まだ出力が不安定なので例の機構は使うな、と言っている。だが、ノインはファーヴェルで出撃することに不安な表情になっていた。
不確定要素がいくつもあるのは心配だ、備えがきかなくなるから。
「何も起きないといいのですが」
ブリッジから戦況を見つめながら、心配性な家長は一人、憂鬱な表情を浮かべながら呟いた。
◇
ファリア大陸南端100平方kmにあたる広大な荒野が、硬化したコアが発見された場所であった。
様々な色の機体が降り立ち、周囲を見渡す。
黒い血管のような不気味な物体で覆われた大地、黒々とした異物へと変性してしまっている木々や草。
魔境と言うにふさわしい禍々しい光景を目にして風招のコクピットからアヤメが表情をしかめる。
「気持ち悪い」
ディザスター・ケインのコクピットでルイが腕をさすりながら検出された数値を確かめる。
「物質に含まれるケイ素濃度が高いってことは、ケイオスの影響ってことだよね、これ……」
黎明の旅団側の5人が唾を飲み込む。ここまで侵食された光景を見るのは初めてなようだ。
一方で、ケートス奪還前に様々なケイオスを討伐してきたエイジス部隊は、魔境を前にして無言で警戒していた。
ここはすでに奴らのテリトリーだ、と。
「来る。総員、構え」
モニターやセンサーの反応を待つでもなく静かにハルカが告げると、ウコンやサコンをはじめ、エイジス部隊が武器を構える。
緊張した空気に、旅団メンバーも構えていく。
間もなく遠くから、砂煙を上げながら蠢く黒い集団が地面を揺らしながらこちらへと近づいてくる。
その蠢く黒い塊は、まるで一つの生き物かのようにうねっている。
空を見れば陽の光を防ぐように暗雲が覆っていく。ケンジが上空をズームさせ探知すると、雲のようなものは飛行型ケイオスの大群であった。
「ま、マジかよ、多くね?」
ここまで多い群れと遭遇したことなどなく、声に動揺が混ざる。対して、カナタがアストラルのコクピットから不敵に微笑む。
「多いってのは確かだけど、これ全部とやり合うわけじゃないんだろ?」
「はい。俺らの狙いはあくまでコアです。有象無象に関しては遠方からケートスが援護してくれます」
「じゃあ、俺らのやることは奴らの群れに負けることなく相手の陣地に侵入していくことだな」
八重歯を見せながら笑うと、他の4人が人の苦労も知らないで、と言わんばかりにため息をつく。がそれぞれ戦意は落ちたわけでもなく、表情には笑みが混ざっている。
「ノイン、ブリッジに通信。これから戦闘に入る」
「了解。支援砲撃を要請するのです」
ハルカがノインに指示した直後。
黒い蠢く波が押し寄せ、両部隊はケイオスの大群と激突した。
◇
ケートスのブリッジから通信士がファーヴェルからの報告を受け取った。
「ノインから通信、ケイオスとの戦闘に入った模様」
「おっけ。あらかじめ充填していた第一射を発射。以後、2分おきに拡散砲の発射を。発射前は部隊に伝えるのを忘れないように」
「了解」
通信士の報告を受けながら淡々とケイトが指示を出していく。
ブリッジのメインモニター上では、両部隊がケイオスと乱戦している様子が映し出されていた。ケイオスの数はケートス奪還の旅の時に見た光景と勝るとも劣らない。
「お母さん」
ナノが心配そうにケイトのことを見上げる。
フェアリス部隊はそれぞれ、イツキ考案のダイヤ半導体をベースにした集積回路を用いていた。今のところ感応能力の出番はなく、ナノとしては、何もできることがないのがもどかしいのだろう。
「ナノ、もしかしたら状況によっては通信が使えなくなるかもしれないから、焦らず備えてて、ね」
ケイトに言われてこくり、とナノは無言でうなずいた。
◇
黒い四足歩行の獣、強襲型ケイオスが青紫の機体を取り囲む。
一斉に殺到せず狡猾に順繰りに休む間もなく攻めていく。しかし、大剣を背に担いだままわずかに機体を逸らすだけで攻撃を回避していく。
回避していく毎に徐々に空気が帯電し、機体を中心にパチリ、と不穏な音が響く。
打撃を与えられないことにしびれをきらしたのか、取り囲んでいた強襲型ケイオスが、突如アストラルへと殺到した。
「バーストっ!」
待っていたと言わんばかりに、アストラルが大剣に雷を宿しつつ、地面に叩きつけた。
すると、青い雷が迸り、迫りくる黒い獣を捉え焼き尽くしていく。
光が収まった後には、焦がされた黒い獣が倒れ伏し、端から黒い砂となって、崩れていった。
そこへ、雷を免れた一体が高く飛び上がり、アストラルへ襲いかかろうとする。
すかさず、アストラルの後方へベージュの機体が割り込むと拳を高く突き上げる。
ィィーンンッーーー!
甲高い、高速で空気を震わせる振動波。人の耳では完全に聞き取れない音が響いた後、拳が触れていないにもかかわらず、黒い獣の肉体が分解され四散した。
サコンがカナタとケンジの戦い方を見て呟く。
「ふええ、反則でござりますなぁ……」
「あれも、特殊武装持ちならではだからなぁ」
ハルカが驚くでもなく言う。
「特殊武装ってあんなに強いものなら積んでみたほうが……」
「それはやめといたほうがいいよ。使い勝手がいいもんじゃないから」
さっそく真似しようとしたフェアリスをハルカが諫めた。
本来特殊武装は、武器に特殊効果を追加するぐらいで、都合よく雷だの炎だの氷だの衝撃波だの飛ばせる代物ではない。
実戦で使うにはエネルギー―蓄積までの時間と必要出力と消費量を把握し、使用した際に生じる隙を補う力量が必要となる。
特殊武装に頼りすぎて途中でエネルギー切れして倒れていく者、エネルギーを蓄積できず技に昇華できなかった者。そんなプレイヤーをハルカはたくさん知っていた。
「自分の戦い方と性格を理解して戦った方がよっぽど賢いと思うよ、清澄とか」
ハルカが示すと、脇の方で水色のプローム、槍の武装の清澄がケイオスを複数に相手どっていた。
一体が突撃してそれを槍の柄で受け止める。
「シッ!」
掛け声とともに柄が突然3つに分かれたかと思いきや、清澄が加速してケイオスの脇をすり抜けたときには、ケイオスの身体が2つに分かれていた。
一体討ち終えた水色の機体の背後へ、別の個体が敵を討つ、と言わんばかりに襲い掛かる。
「そんな見え透いた攻撃っ!」
清澄が3つに分かれた一番端の柄を持ち、1体に向けて突き出した。だが、タイミングとしてはやや早く、本来ならば届くはずのない間合いである。
しかし、突き出した勢いに合わせ槍の先端が伸びると、ケイオスの身体を鋭く貫いた。
槍の先端をよく見ると、先端と柄の合間に黒いワイヤーが覗いていた。
「若、あれは?」
ウコンが武芸に感心しつつ、問いかける。
「あれは三節槍。部品をワイヤーでつなげていて、槍としても使えるけどワイヤーを使って敵を切り裂くこともできる汎用性の高い武装だね。敵との距離の取り方がうまいリュウさんだから使える武器だけど」
「なるほど、考えるものですなあ……っと!」
ウコンに迫ってきたケイオスを他のフェアリスが壁を作り出してカバーし、サコンが鎖鎌でからめとって捕縛する。
「ぬんっ!」
お返しと言わんばかりに、捕縛した敵をウコンが斧で叩き潰した。
「ウコン、話に気を取られすぎだ!」
「すまん、すまん」
「反省が足りぬっ! まったくいつもいつもお前という奴は……」
サコンの怒りに対し悪びれた様子もなくウコンが謝るも、その態度がさらに火に油を注いでしまったのかサコンがくどくど説教する。
だが、そんな中でも機体を止めることなく2機でケイオスをいなし、数を減らしていく。
「ウコンもサコンも慣れたね。お互いにフォローし合う余裕が見えるから安心して見ていられる」
「ケイオスに対しては、ですけど。カナタ達、旅団勢に比べるとまだまだなのです」
そうは言いつつも、嬉しそうにアイコンの耳やひげをひくひくと動かしているあたりに、ノインの本音が見えて、ハルカは苦笑する。
(いざというときカバーしようと思っていたけど、まだ必要なさそうだ)
全体を見て判断を下すと、そこへケイオス2体が挟み撃ちしようとファーヴェルへ迫る。
タタッ。
コクピット内で響いたのは、コンソールに触れる指が素早くかつ複雑に動いた音のみ。ノインに声をかけるでもなく、またノインもハルカに警告することはない。このぐらい、相手が気づいていることはわかっているし、互いにやるべきことができると信頼しているからだ。
無言の連携のもと、白い機体は強襲を体を反らして躱し、振り向きざまに剣で切り裂く。さらに機体の姿勢を戻す勢いを利用し、別方向から迫る敵へ回し蹴りで粉砕した。
機械の巨人という重厚な存在から繰り出されたとは思えない流れるような動作は、まるで映画の殺陣のようだ。
「最低限の動きでの撃破。消耗の少ない長期戦向きの戦い方だね。基本と言えば基本なんだけど」
「正直、一番真似しづらい気がする」
ハルカの戦い方を見て、リュウとアヤメが評する。
最低限の動きで撃破できれば消耗は少ない。当然の論理だが、敵味方が思惑を外れて入り乱れる戦場で実践できるほど、現実は甘くない。
しかし、そんな甘い理想を白い機体は平然とやってのけてみせていた。派手さはないものの、自分たちとは異なった方向性の凄まじい技量を旅団勢の5人は認めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます