5. 極秘会談と知識へのジレンマ (4)

 会談を終え、アナン達と別れて歓楽街を出たイツキとハルカは夜のうちにケートスへと戻ってきていた。


「いやあ、急な依頼だったので、ハルとノインの力を借りてすいませんでした」

「ヤナギにも内緒で行きたいと聞いたときは、どうなることかと思ったのです」


 各国に厳重警戒されている中でこっそり赴きたかったことと、飛空艇を用いればヤナギにバレて止められる可能性があった。そのため、ようやく完成に近づいたパーツの試運転も兼ねて、プロームを用いたのである。


「いいテストができて良かったし、いろいろ聞けてよかった」


 サザン側と衝突する可能性が低くなり、素直にハルカが安心していることにイツキも微笑む。ハルカから、あの場に元チームのリーダーだったシュウがいたのは帰りの道すがらイツキも聞いていた。今回一勢力でも休戦を確約できたことは、大きな成果だった。


「だけど、父さんは何でアナンさんにああいう風に言ったの?」

「何をです?」

「俺たちがケイオスを討伐している目的」

「ああ……」


 エイジス、というよりもイツキやハルカなど人間側がケイオス駆除を行っている理由は、転移された人間を地球に戻すという約束をしたためだ。


「ケイオスを放置していいものではない、という理由も本当ですよ。最近レポートをまとめるほど、強く確信しています」

「けど、それが全部の理由というわけじゃないよね?」

「そう、だけども地球のことを知らない人たちに全部は話せない。なら信じてもらえるよう、こちらが話せるだけのことを誠実に話す。それに賭けました」


 話しながら、イツキは理由を問いかけてきた時のアナンの眼差しを思い出す。

 こちらには武力や知識など優位に交渉を運ぶ材料がそろっていた。にもかかわらず、偽りや取り繕い、あるいは強引な交渉を持ちかけていたら、穴を見抜いて足元をすくいにきただろう。そんな怖さがあった。

 だからでこそ、誠実に答えるしか方法はなかった。そうさせるようアナンに誘導されたとも言える。


「得られた成果としては上々なのですが、バレたら怒られそうですね……」


 イツキが引きつった笑みを浮かべると、何のことを言っているのかわからないハルカが首を傾げる。

 父の言葉の答えは、すぐに背後から響いた。


「へぇ、どんな成果を得てきたのかしら?」


 びくり、と二人の身体が震え上がる。振り返ると、そこには、にこにことしながらも強烈な威圧感を放つケイト、そして怒気をほとばしらせたヤナギがいた。


「詳しく聞かせてもらおうか、二人とも」


 その晩、ワタセ家の男二人は、空が白く明けるまでケイトおよびヤナギから説教を受けることになったのであった。



 ◇



 時間はやや戻って、シーナ大帝国の歓楽街。

 エイジスの親子とレストランで別れたあと、アナンとシュウは飛空艇発着場に向かう車の中で話をしていた。本当はイツキ達を送ろうかと言ったのだが、丁重に断られてしまった形だ。


「よかったんですか、アナンさん。勝手に休戦決めて」

「いいさ、密約だ。ノトス側は無理だが、少なくとも貴族院の意見は私に賛同するだろう。エイジスが適わない相手であるとわかっているだろうからな」


 賛同するだろうではなく、賛同させるのだろうなとシュウは思い、やれやれとため息をついた。貴族院がアナン一強なため、意見を通すことが可能なことはよくわかっている。


「根回しなど面倒なことはあるが、それと引き換えても今回の密談が大きな収穫だと君もわかるだろう?」

「確かにサリさんのこともそうですが、プロームの知識は国の利益に繋がりますし、停戦協定を結べたことは大きいですね」

「ミナトには感謝しないと。あそこで唆してくれなければ動かなかったからな。ん? いや、もしかしたら……」

「どうしたんですか?」


 考え込んだアナンにシュウが問いかける。


「ミナトのことをスパイと承知の上で受け入れていたなら、こうした交渉筋を得ることも折り込んでいたのかもしれない」


 会談のはじめにイツキが言っていたことを思い出す。


『ミナトさんの雇い主はアナンさんだったんですね』


 雇い主ということは、ミナトの背景には情報を得ている人物がいると既にわかっていたということだ。


「なら、先ほどの会談の内容にいくつかブラフも……」

「いや、言っていたことはほぼ本当だろう。スパイを受け入れていたなら情報を流すことのリスクは計算しているだろうし、偽の情報を流す危険性もわかっているはずだ。ただ、思惑をすべて話したという訳ではないだろうが」


 イツキが話していたことは本心ではあるが、全てではないことはアナンも見抜いていた。

 国を抱える為政者として腹のうち全部を明かせないことは百も承知だ。その上で高圧的に出るのか、それとも取り繕うとするか、交渉のスタンスで人柄が見えてくる。


(基本は誠実で互いの利益を重んじ、交渉での解決を重要視するタイプか)

 

 情報を提示し、真意を引き出す探り合い。結果それで互いに成果を得て合意できたなら上々だ。武力による力押しが多い中で久しぶりに交渉らしい交渉をしてアナンは充実した気持ちを抱いていた。

 一方でアナンとシュウが話し込む様子を眺めつつ、イリスは落ち込んだ表情を浮かべていた。

 それに気づいたシュウがイリスに声をかける。


「イリス、どうしたんだ?」

「ごめんなさい。サリのことは私がしっかりしていなかったばっかりに」


 しょんぼりと耳を下げながらイリスが語りかける。


「こんなことになるなら、きちんとみんなの精神に触れておくんだった。そうすれば、精神体の帰るところを奪われても、あそこまでサリを拘束されることはなかったのに」


 悔しそうにイリスが言うと、アナンは娘に対してするような、困った表情を浮かべた。


「精神に触れることは、その人の人格を左右しかねない行為で尊厳をおびやかすものだ。そう思ったからしてこなかったのだろう?」


 語りかけながら、イリスの頭のところに手を当てる。


「そうそう。おかげでサザン陣営はこの人がやりたい放題できて、自由な風潮ができているからな。イリスが尊重してくれたおかげだ」


 シュウがにやっと笑いながら茶化すと、アナンが演技じみた様子で肩をすくめる。


「まったく。それで、部下がもう少し私の心労を理解してくれたなら、言うことはないのだが」

「心労って何をおっしゃいますか。人の足をすくおうが、あっけらかんとできる度胸の持ち主なのに」


 サザン側ではアナンのことは交渉手腕や手段から腹黒、性格が悪いと専ら言われている。それも民衆に愛されているがゆえ、そして自由に言える風潮の現れと言えた。だからでこそ、鷹揚にアナンは受け止めている。

 いつもどおりの二人を見ながら、イリスは去り際にノイン、ノウェムから忠告されたことを思い出していた。


『イリス、その人達が大事なら我々の事情を早めに話しておいた方がよいのです』

『姉さんの言う通りです。いずれ、自分の首をしめることになるのです』


 イリスに告げたノイン、ノウェムはその段階を乗り越えた表情をしていた。

 地球の知識や反応を見るに、イツキ、ハルカはフェアリスの事情を知っているのだろう。そして、知りつつも立ち上がったのだ。

 さらに、精神束縛も受けたことがある。それでもなお、互いに相談できる関係を築いていることは驚愕だった。

 けど――


(自分にはできない……)


 今の居心地の良さを思うと、踏み込めない。

 ジレンマを感じつつ、イリスは近いにいるシュウとアナンを遠い存在のように感じながらその背中を見つめた。



 ◇



 サザンと極秘裏の会談から数日後。ケートスの自宅の書斎にてイツキは物思いに耽っていた。

 今回、スパイと知りつつもミナトを招き入れたのは二つ目的があった。

 一つ目は福祉方面への人材を確保すること。

 二つ目はエイジスの内情を敢えて明かし、他国に積極的に侵攻する意志は無いことを雇い主に伝えてもらうことであった。

 ハチや野生動物のように刺激しなければ脅威でない存在と認知させ、放置する方針を取らせる、そう期待してのことであった。

 まさか思惑を通り越してスパイ側から国のトップに交渉して会談に至るとは思わなかったが。

 巨大な勢力と交渉できたことは大きい。しかし、一つの憂慮事項も浮かび上がってしまった。

 イツキが思い悩んでいると、ヤナギが現れた。


「どうしたのですか、イツキ殿」

「いや、何故こちらの世界に地球人を転移させる時に知識を引き継がなかったのかな、と思いまして」


 イツキの疑問を受けて、ヤナギが気まずそうにびくっと身体をすくめた。


「いや、その……現在ユエルビアの代表を勤めているフェアリスが、どうせ蛮族なのだから大した知識などないだろう、と言いまして。それに、転移させて新しい勢力図に適応させるのに邪魔だから、とも」


 ヤナギの言葉を受けて、あいつのせいか、とイツキは苛立った後でため息をついた。


「それは、悔しくてならないです。元素周期表だけじゃない、ロボット工学、航空力学がこちらに伝わっていれば、もっとプローム技術の進歩が早まってケイオスの駆除速度が上がったかもしれないのに」

「だがしかし、イツキ殿がいるではないですか」


 ヤナギの言葉にイツキは首を振った。


「僕の知識は所詮常識に少し知識が追加されたものだけであって、専門家には遠く及びません」


 あくまで自分は技術屋だ。少なくともイツキはそう思っている。いかに推測や推論を立てても、自分の知識が限定的で対応できることに限りがあるのはわかっていた。

 だからでこそ、開発をしつつ悔しいと感じてしまうのだ。もっと他にも地球の知識を有している人物がいれば、と。

 イツキは最悪を想像してしまう。もしもこのまま開発スピード、駆逐速度が追いつかず、ケイオスの進化が早まって太刀打ちできなくなったら、と。

 どうか想像が当たらないでほしいと願いつつ、イツキは自分の書斎の専門書を眺めた。


 ファリア大陸で、ケートスの拡散砲でもコアを破壊できない地帯が見つかったと報告が上がったのは、その翌日のことだった。

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