4. 曇天の空、初めての対人戦 (3)

 突如始まった対人戦。

 戸惑う暇もなく、ハルカを動かしたのは、ゲームで培ってきた身体に染み付いた経験であった。

 最初の飛び掛かりを隙の多いスラスターの逆噴射ではなく、バックステップで回避。

 続けて迫り来るツインハックの左右の手斧の連撃をB3は機体上半身を傾けてかわしていく。

 右、左、斜め、横、左斜め。

 縦横無尽の連撃が息をつく間もなく襲いかかる。


「あっはははは! すごい、すごいねえ! この速さについてこれるんだ!」


 ツインハックの操縦者の嬉しそうな甲高い声がコクピット内の通信機から響く。


「ねえ、本当にどこの所属なの!? ユエルビア? シーナ? それともサザンの貴族院? まさかノトスって言わないよねえ? そしたら戦えなくなっちゃう!」


 話しながらも斧の連撃は止まることなくB3へと襲いかかる。

 だが、機体に触れさせることを許さず、回避を続けていく。傍から見ると、冷静な挙動に見えるかもしれないが、少年はコクピット内で戸惑っていた。


(なんのことを言ってるんだろう?)


 相手が叫ぶいずれの名称に、聞き覚えはないし、ゲームでも聞いたことはない。

 戸惑う点はそれだけではない。

 元チームメイトと思しき人が飛空艇を操縦していたこと、襲撃されていたこと。そして、容易に襲撃者が自分にターゲットを変えてプロームで襲いかかってきたこと。

 いずれも地球の時から考えれば、おかしい状況だ。

 ただ、そんな困惑する少年の様子などおかまいなしに、手斧の斬撃が機体をかすめてくる。


「反撃しないの? 回避しかできないわけじゃないんでしょ?」


 ツインハックの乗り手からの指摘にハルカの喉がぐぅっと鳴る。

 相手の連撃は確かに見事だが、反撃の隙がないわけではない。


「ハル……」


 ノインが少年へと声をかける。機体のバランスの調整をしているからでこそ、ハルカの操作が途中で不自然に止まっていることに気づいていた。

 人に初めて武装を向ける。人を意図的に攻撃する。

 地球ではおよそ起こりえるはずのない、その行為への拒否感が、ハルカの動きを鈍くさせていた。

 


 ◇



 滑走路にトレーラーが到着し、車から降りずにイツキ達は戦況を確認していた。

 下手に降りて相手の気を引くのは、反対にB3を窮地に陥らせると考えたためである。

 飛空艇は煙をあげているものの、無事に着陸することができたようで、襲撃したと思しき黄色い機体とB3が戦闘している最中であった。

 ただ、青い機体は防戦一方で攻撃に転じる様子はなく、回避行動をとるばかりである。


「負けるような戦いじゃない」

「ええ、ですが、初めての対人戦です」


 ケイトとイツキが戦況を見つつ、息子の葛藤を察して顔を曇らせる。

 この2週間旅をしてきて、ハルカのプローム技量の確かさを信じていた。が、この世界で相手してきたのはケイオスだけで、人と戦うことは初めてだ。

 この世界で死なないことはフェアリス達から聞いている。しかし、今生きている場所は、決してゲームではない。傷つけた感触も、その生々しさも残ることになるだろう。

 息子が躊躇する気持ちを理解できる。ただ、相手の攻撃にためらいは一切なく、むしろ慣れているように見えた。

 もし、相手の殺意がハルカの弱気を見抜いて押し切るようなことになれば……。


「おにいが、負ける?」


 ナノの問いかけに、イツキもケイトも沈黙する。それは、暗に娘の言葉を肯定していることを意味していた。


「そんな……」

「ナノ……」


 ノウェムもB3の戦況が芳しくないことはわかる。

 おそらく、様々な戸惑いが生じていることから劣勢に陥っていることが予想できた。

 もし、自分たちがあらかじめこの惑星の事情を説明していれば、ハルカも迷わず戦えたのかもしれない。

 そんなのは、たらればの話であって、今となってはなんの慰めにもならなかった。


「せめて、おいが出られれば……」


 ウコンが落ち込むようにうなだれる。

 本来、フェアリスは不干渉を貫いてきていた。しかし、このように地球人同士が争うよう仕向けたのもフェアリスなのだ。望まぬ争いを止めるためならば、罪をかぶるのも辞さない。

 けど、身体のないウコン、サコン、ノウェムには介入する術はない。

 悲痛なウコンの声。

 それを聞いて、決意するようにノウェムが顔をあげた。


「ナノ、お願いがあります」


 ノウェムがナノの顔を見ながら問いかけた。


「私と、精神を重ねてくれませんか?」


 ノウェムから突然言われた言葉に、ナノが首を傾げる。


「精神を、重ねる?」

「ナノ、私には精神を伝達させる、思念伝達が得意という特徴があるのです。そして、この力は人と精神を重ね合わせることで強力な力に変化させることができる。それを私達の間では感応能力というのです」

「感応、能力……」

「その力を使えば、精神体同士でしか伝達できないという制約を超えて、フェアリスが無機物を動かすことができるようになる。フェアリスでもプロームに乗ることができるようになるのです」


 感応能力のことを話すのはノウェムとしては賭けだ。だが、ナノならばあるいは、と信じて話を続ける。


「感応能力は、私達にもどうしてそのような反応が起きるのか不明で、本当だったら、精神を重ね合わせたことで得られる力は予測がつかないものになるのです。でも、意図した能力を得る方法が一つだけあるのです」

「それって?」


 ナノが問いかけるのに対してノウェムはちらりとイツキとケイトのことを見る。


「それは、私とナノで寸分の狂いもなく同じ力が欲しいと望むことです。そのために互いの精神を重ね合わせるだけでなく、完全に互いの心をさらけ出さないといけないのです」

「互いの心をさらけ出すって?」

「良い感情、醜い感情、恥ずかしい感情、それらをすべて互いに見せ合うことになるのです。それでも拒絶せず、受け入れて同じことを願う。口で言うのは簡単ですが、難しいことなのです。そして……」


 ノウェムは言葉を切るとうつむくが、顔を上げた。


「成功したとしても、感応能力を得た人間はそのあと、どんな変化が起こるのかはわからないのです。私の得意な力は精神体同士の精神的なつながりをもたせるもの。もしかしたら、その能力がナノの方に常に発現するかもしれないのです」


 ノウェムの言葉に対してイツキが思案する。


「もしかして、テレパスやサイコメトリーみたいな力を得る、ということでしょうか、だとしたら……」


 不意に人の過去が見えたり、人の精神を奥深く覗いてしまうかもしれない。それは、ナノが今後人付き合いをしていく上で大きく影響する、場合によっては障害となることだった。

 受け入れることはおろか、躊躇、拒絶するのも当然のことだ。

 しかし。


「うん、いいよー」


 友達の頼みを軽く引き受けるかのように承諾した娘の言葉にイツキ、ケイト、ノウェムはずっこけそうになった。


「ナノ、ちょっと待ちなさい!」


 流石に剛毅なケイトもこればっかりは目を剥いて止めに入る。


「自分の恥ずかしい感情をさらけ出すだけじゃなくて、超能力者になるかもしれないってことなんですよ?それがどれだけ重いことかわかってないんですか!?」


 イツキが珍しく唾を飛ばさんばかりの勢いでナノに言い、その様子にナノもおおぅ、と引き気味になる。

 対して、ノウェムは当然だ、というようにイツキとケイトの反応を見ていた。

 感応能力は、精神に影響をもたらす力、フェアリスの中でも禁忌とされている方法である。躊躇するのが本来普通なのだ。

 両親からの反対にうーん、とナノは悩むように首をひねると、話を切り出した。


「じゃあ、どんな気持ちだったら、ノウェムの話を受けていいの?」


 率直なナノの質問に、イツキもケイトも、気づいたように黙り込む。


「どれだけ重い覚悟を決めればいい? そしてそれをどうやって示せば納得してくれる?」

「そ、それは……」


 矢継ぎ早のナノの質問にイツキがたじろぐ。


「どんな覚悟を決めていても、どんなことを示していても、証明にはならないと思うし、お父さんとお母さんを納得させられないとは思う」


 まっすぐにナノはイツキとケイトの目を見て話す。


「ただ、私はノウェムとだったら、だいじょうぶだって思ってる。見られても平気だし、ノウェムのことを知るんだから怖くない。超能力者がどんなことか想像はできてないけど、やってみないとわからないだろうし」


 そこで、ナノはちらりと滑走路で戦闘する二機へと視線を向けた。戦闘する青い機体、その中で戦っているであろうハルカやノインのことを想う。


「おにいとノインが頑張ってて、お父さんがおにいを支えてて、お母さんがみんなを引っ張ってて、ノウェムが提案してくれてる。みんな自分ができることをやってる中でさ……」


「私だけできることを前にして逃げるなんてできないよ」


 はっきりと意思を示すナノは悲しそうな表情をしていた。この星に来てから、ナノ自身、自分が役に立てていないことはわかっていた。

 一番幼いから。

 そんなことで単に守られているだけは嫌だ。何もしないのも嫌だ。


 だから、選択肢があるのなら、選びたいと思ったのだ。


 イツキとケイトがナノの言葉に絶句しつつも、同時に思う。ああ、この理路整然とした言葉と物事の決め方は紛うことなく自分たちの娘だ、と。

 ノウェムも驚く中、ナノは微笑み、受け入れるように両手を広げると言った。


「おいで、ノウェム。私は、だいじょうぶだから」

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