4. 曇天の空、初めての対人戦 (4)

「そこまでです、エース!」


 黄色い機体と青い機体が戦闘する中、突然通信に別の音声が割り込んだ。


「ハル、増援です!」


 ノインの声とともに、レーダー上にもう一機出現する。

 直後、風を切る音とともに、今度は見慣れないプローム機体が滑走路上に降下してきた。ツインハックと同様に、その背中にはドローンのような飛行ユニットを装着している。


「ドュエ、いいところなんだから、邪魔しないでよ」

「見たところ、そちらに戦闘意欲はないようです。これ以上の戦闘続行は無意味と判断します」

「なるほど、戦闘意欲、ねえ」


 不満が混ざり嬲るような声で、ツインハックがB3のことを見た。

 機体越しでありながらも、対人戦に対する戸惑いを読まれているかのようだ。

 その時、ツインハックの右上腕部が予備動作もなく翻った。

 500メートルほど離れたトレーラーに手斧が突き刺さり、がぎん、という鈍い音がしたかと思うと、直後に轟音が滑走路に響いた。

 え、と間抜けな声が耳に届く。

 それが、自分から出たものとハルカが気づいたときには、トレーラー全体が燃え上がっていた。


「なんか見に来てたうるさい羽虫がいたから、思わず投げちゃった♪」


 あははは、という甲高い笑い声が通信スピーカーからコクピット内で反響する。


「エース!」

「聞いた? ドュエ、え、だって。中に知人がいたのかなあ、だったらごめんねえ。殺しちゃったあ」

 

 スピーカーから聞こえるやり取りを遠いもののように感じながら、ハルカは硬直していた。

 死んだ……?  いや、この世界では死なないって言ってた。けど、燃えたら肉体も再生できないんじゃ? そしたら、どうなる? いや、蘇生したとしても、それはもとの家族なのか?

 いろんな思考が駆け巡る。


「ハルカ! ハル! しっかりしてください!」

「そうですぞ、若君! 目の前の奴らに集中せねば!」


 ノインとサコンが警告する声をあげるが、ハルカには聞こえていない。


「なんだ、仲間を攻撃したらやる気になってくれるかと思ったんだけど、戦意を喪失させちゃった? 意外とおこちゃまだったんだね」


 落胆したように目の前の黄色い機体が告げると、ワイヤーを利用して、投擲した右手斧を引き寄せた。


「じゃあ、キミもどっかいってよ」


 冷徹な声とともにツインハックが加速し、接近。

 左手斧を振り上げる影が、青い機体へと被さった。


 その時、破裂音と、がきん、という音が同時に響き、振り下ろされんとしたツインハックの手斧が上に弾かれ、たたらを踏む。


『戦場でぼーっとするんじゃない!』


 叱咤する母の声にハルカがはっと顔をあげる。

 トレーラーの影から一つの機影が滑りでた。

 黒を基調にした赤いプロームで、手の平には何かをのせるように上にむけられている。そこにはライフルを構えたケイトの姿があった。ライフルからは煙が立ち上っている。


『こちらの心配は無用です』


 イツキの声が響くと、黒と赤のプロームは飛空艇に横づけした。そこから、イツキとナノ、ケイトが手のひらから降りてきた。


「え? 人が乗っていないということは、あの赤いプロームは誰が操縦を?」

「おいです」


 声とともに、モニターに熊のアイコンが表示された。


「おお、ウコン!」


 嬉しそうにサコンがぶんぶんとぬいぐるみ形のしっぽを揺らす。


「それでは、イツキ殿は技術を完成させたのか?」

「いいえ、違います」


 割り込んだのは、ノウェムの声。


「姉さん、ごめんなさい。ナノと契約を交わしました。それにより、感応能力を得て、ウコンとプロームを紐づけしたんです」

「なるほど、そういうことですか……」


 感応能力、と聞いてノインが納得するようにうなずいた。


「若、心配なされるな、この先の戦闘、おいがかわります。同族殺しなんてするもんじゃあない」


 そう言うと、両手斧を構える赤い機体、ウコンが操るプロームがやる気を示すように、白い煙をあげる。

 だが――。


「だいじょうぶ、ウコン」


 沈黙していたハルカが静かに告げる。

 躊躇していたが、今まで、大切なことを理解していなかったことにようやく気づいた。


 目の前のは同じ人間であっても、敵、だ。


「やれる」


 静かな闘志をたたえた少年の瞳がコクピットの中で煌めいた。


「ノイン、今から動きを切り替える。サポートを」

「っ! 了解!」

「サコン、激しい動きをするからウコンの方へ、そして救助を手伝ってあげてって伝えて」

「しょ、承知した!」


 指示する淡々とした声。その奥に本気を感じ取って、サコンの姿が掻き消えた。


「ははっ! やる気になってくれたんだね、うれしいよ!」


 歓喜の声とともに再びツインハックがB3に迫る。

 B3が脚部を光らせて加速しつつ後退する。まるでフィギュアスケーターが滑走するように綺麗な曲線を描いて滑走路を滑り、飛空艇から距離をとっていく。


「まだ逃げるつもりなの? もう飽きたんだよ!」


 曲線の軌道をとるB3に対し、怒声と共にツインハックが直線的に距離を詰め、背後を取る。

 滑走するスピードを落とさないまま、B3がターンし、向き直った。


「!!」


 咄嗟にツインハックの乗り手がスラスター出力を下げ、速度を緩めるも遅い。距離とタイミングを見切っていたB3がバックフリップでツインハック頭部を足で蹴りぬいた。


「うあっ!」


 ツインハックが衝撃で飛ばされ、滑走路を転がっていく。

 同時に、がきん、という自分の機体からではない衝撃音が響く。


「エー…す?」


 ノイズに混ざり、困惑するドュエの声。

 コクピットのモニターからは、青い刀身が突き刺さったドュエの機体が滑走路の地面へと墜落していく様子が窓越しに映る。地面に機体が激しく衝突した瞬間、飛行ユニットと共に爆散した。


(離れていたのに!? いつの間に!)


 操縦者が驚きつつも、機体を起こそうとする。

 だが、地面につけた上腕部が滑り、容易に起きることができない。

 カメラを切り替え、地面を探ると、飛空艇から漏れたと思しき燃料油が雨によって流れこんできていた。


「ちっ! この位置に蹴り飛ばしたのはわざとか!」


 燃料油が流れてきているなら、強引に機体を駆動させて起きるのは危険だ。引火して自滅してしまう。だが、慎重に体勢を直していては、明らかに間に合わない。

 操縦者の予想は当たり、起き上がることのできない自分のところへ、青い影が迫った。

 横に突き出した手に、雨で滴る紐と共に、青い刀身が戻る。


「ワイヤー……トリック……!」


 呆然と操縦者がつぶやく。手斧を投げて縦横無尽に攻撃し、相手を追い詰める戦法は、機体を駆動させつつワイヤーを制御できる技量があって成立する。他のプローム乗りで真似できる者はおらず、だからでこそ自国の軍でも強者エースであることを自負していた。

 その自信が、青い機体を前にして揺らいでいた。

 バックフリップに、即座に刀身を意図した方向に投擲し、一撃で決める技量。

 見落としていたことはそれだけではない。そもそも回避していたときの動き、機体の反応速度、明らかに自分の操縦するプロームと性能差があったのだ。


「投げるのがあんだだけの芸だと思うな」


 少年の声がツインハックの操縦者の耳に届いた直後、黄色い機体は咄嗟に手斧を掲げる。が、その抵抗も見切っていた、と言わんばかりに、青い刀身で機体を貫いていた。


(なんだ、こんなの……、リアルロボットでスーパーロボットに立ち向かうなんてそんなの無理ゲーにもほどがあるじゃないか)


 事態がスローモーに映りながらも愚痴のような思考が走る。そこで、操縦者は自分が抱いた思考の違和感に気づいた。


(リアルロボットにスーパーロボット? ……僕は、何を考えて……)


 乗り手のその思考を最後に、ツインハックのは、雨が降りしきる中、滑走路上で煌々とした橙色の光を発しつつ爆散した。

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