12. 父親二人

「やめなさい! シュウ!」


 ケートスの主砲による余波が収まった後で、ユイは叫んだ。


「エイジスの皇子が言ったとおり、彼らには恩義がある。これ以上の詮索は不要よ、その所属も明らかなら、下手な衝突は戦火を招くことになるわ。何より、今の威力は見たはず。迂闊に手を出していい相手じゃない!」


 戦闘中止を呼びかける言葉に、エヴァーレイクの頭部が頷くように動く。


「ユイの言う通りなら、これ以上の戦闘は互いにとって無意味、無益、むしろ損でしかないわね」

「了解、姫様」


 シュウの様子に合わせて黒曜がやれやれというように、頭部をゆらして構えていた大刀を降ろした。


『皇子、迎えに上がりました』


 ケートスのブリッジより、通信担当のフェアリスからB3内のハルカの元へ通信が入る。


「了解、帰投する。後ろの青紫のプローム、ベージュのプロームは我が国の賓客だ。一緒に回収を頼む」

『了解』


 通信担当の声が返ってくると同時に、5機のプロームが地面の重力から解き放たれ、浮かび上がった。


「おおっ!?」

「えっ!?」


 驚くケンジとカナタにサコンが声をかける。


「心配めされるな。島に引き寄せるだけでござる。搭乗したまま動かないでくだされ」


 浮かびあがった機体をユイが見つめている。その瞳はまっすぐながらも、どこか寂しさが浮かんでいるように見えた。


「……」


 何か声をかけようと口を開こうとするが、言葉が出てんこない。そこで、今は形式的なことしか言えないことに気づいた。

 考えた末、絞り出した言葉を告げる。


「さようなら、サザン貴族院の姫、無事に送り届けることが出来てよかった」

「……ありがとう、エイジスの皇子殿下」


 立場をわきまえた言葉に、ユイも貴族院主席の令嬢としての立場で返答する。


(ああ、そうか)


 ハルカはここにきて、世界を敵に回すことがどういうことかを理解する。

 昨日まで名前を呼んで、一緒にごはんを食べて、プロームの腕を競って、喧嘩もした相手と、


 互いにもう気軽に名前を呼ぶことができなくなってしまったのだということを。


 離れていく少女を切なくモニター越しに眺めながら、少年の乗る機体はケートスへと向かって上昇していった。



 ◇



 主砲が発射された後。

 圧倒的な存在感を世界へと示した新勢力の皇と従者は、止める者のいない会議場を堂々と後にした。

 宙に浮いた大地へと向かう孤独な飛空艇の影が、夕暮れ空の中、徐々に小さくなっていく。

 人気のない天空会議場のエントランスに佇みながら、その影を見送る貴族院の主席であるアナンは、ふう、とたばこの煙をため息代わりに口元から漂わせた。

 各国の参加者はエイジス勢が去った後、蜘蛛の子を散らすように退散してしまった。主砲の余波を受け、ほとんどの機能が使いものにならなくなったので、天空会議場は放棄されることになるだろう。

 アナンも退却した方がいいことは確かだが、待ち人のために、この会議場に残っていた。 


 怒涛のような出来事を整理するために陽の落ちゆく空を眺めつつ、一人つぶやく。


「エイジス諸島連合皇国、ね……」


 休憩で語ったときには、イツキのことを穏やかな学者肌の人物だと捉えていた。ケイオスの危険をデータから示して、戦争を回避しようとしていたのだろう。


「だが、残念ながらその方法は場違いだった」


 会議に参加していたのは戦争容認派がほとんどであり、エイジスを吊るし上げるための出来レースだったと言っても過言ではない。イツキ自身、参加しながら痛感したようだった。

 だが、理解したときには遅く、会議場でも拠点の島でも包囲され、事態は取り返しのつかないほど追い込まれてしまっていた。

 対抗するために彼らがとった選択は、一勢力として名乗りをあげ、武力を見せつけることであった。

 ただ、その意図は抵抗するためだけではないとアナンは見ている。


「一勢力として理念を謳っていたが、あれは戦う動機を与えるためではない。警告するための後ろ盾を身内に与えて、相手を牽制するためのもの……」


 先に仕掛ければどのような目に合うのか、どのような武力が返ってくるのか全世界レベルで放映された。

 理解しえない者はいないほど、圧倒的な光景の元に。

 それにより相手は攻め込むのを躊躇するようになる。結果的に言えば他勢力から攻められにくくなったということだ。

 一方で、破壊兵器を所有する世界の敵、と認識されたことでもあるが。

 アナンはうむう、と唸った。


「とっさだったとはいえ、劣勢と言える会議であそこまで自分のペースに持っていくことができる機転は惜しい。レポートの分析力といい、得難いものなのだが……」


 ただ、一点アナンにはひっかかることがあった。

 会議の前半と後半でのイツキの態度、いや、纏う空気の違いと言ったほうがいいか、それが明らかに異なっていたことだ。

 宣戦布告をすることも、名乗りをあげることも周囲からのプレッシャーを考えればある種の流れとして仕方のないことだろう。


 しかし、それにしてはエイジス側の付き添いの老人が一喝したあとより、イツキの威厳を持った雰囲気に説得力があったのだ。演技的でありながら、まるで皇という振る舞いが自然であるかのように。

 一方で資料を渡してきたときの穏やかな様子も演技などではない、とアナンの政治家としての人を見る勘が告げていた。

 矛盾するような真逆の雰囲気。

 魚の小骨のように引っかかりを感じる。


「あの宣言、あのエイジスの代表の発言に説得力が生じたのは精神束縛による影響」


 思案に耽っていると、突然別の少女の声が割り込んだ。いつから居たのか、アナンの背後に、長い白髪に白い兎の耳を持つ半透明の少女が浮かんでいた。


「イリス、か」

「エイジスの皇は途中から、隣に居たフェアリスから精神束縛を受けていた。それを受けているものの発言は人の認識を狂わせてしまう。為政者として説得力を持たせるために。代わりに、自由を失い、フェアリスが与えた役割以外のことができなくなってしまうけど」


 白い兎耳の少女型のフェアリス、イリスが眠そうな目でぽつぽつとの分析を話していく。


「なるほど、それならば奇妙な違和感にも納得がいく。事前に会ってたからこそ気づけたが、ああも影響を与えるものなのだな」


 半透明であり実態のないイリスの頭部をアナンが撫でると、ん、とイリスが眠そうな声で応じる。

 惑星オービスで政治に関わっている者のほとんどは、フェアリスの干渉を受け、大なり小なり精神束縛を受けているとイリスから説明されていた。

 アナンについては担当となったイリスから、強制させることはしたくないと打ち明けられ、その干渉から逃れている。

 他の為政者よりも一歩引いた視点で自国の情勢や他国の情勢を俯瞰し、行政に携わっているうちに、その政治的な動きが泥沼の戦争になだれこもうとしていることにアナンは気づいた。

 せめて、サザンだけでも戦争を回避できないかと奔走し、月日を重ね、いつの間にか気が付けば貴族院主席の座についていた、という有様であった。

 撫でられながらイリスがぽつりとつぶやく。


「ねえ、アナン。サリのことはユイに言わなくていいの? サリもフェアリスによって精神束縛をされているのに」


 イリスの指摘に、アナンの表情が一瞬固まると険しいものになった。

 取り戻そうと様々な手を打っているが、アナンの中にはサリに対して疑念があり、それが迷いとなっていた。

 操られているとわかっていても、実際に会い、語っていたことを思うと、本心なのではないかと揺らぐ。サリが実はアナンや家族に何か隔意を持っていて自ら望んでノトス側へ渡ったとするなら。

 安易に娘に希望を与えて絶望させるような残酷なことはしたくない。


「言わなくていい。こんな迷いを持つのは私だけでいい」


 アナンは首をふり、たばこを再び咥えると、陽が完全に落ちて紫に染まった空を眺める。

 一つの機影、サザンの紋章が入った飛空艇がこちらへと向かってくる。

 緊急信号やシュウからの連絡で娘の無事は知っていたが、窓から実際に娘の顔が見えて安堵した。

 自分は父親であり、一つの勢力の代表者だ。

 家族を含めた民衆と国を守らなければいけない。


「精神束縛を受けているなら、その裏には何かしらかのフェアリスの意図がある」


 アナンは今まで精神を操作された政敵と戦ってきた。こちらがどれだけ論理を重ねても一言で信用をかっさらってしまう紛い物の人望、功績を重ねてアピールしても揺らがない理不尽な影響力。

 精神束縛がどれだけ厄介で忌まわしいものか理解しているだけに、警戒心と憎しみは強い。


「どれだけ素養があったとしても、こちらが信じたい気持ちがあったとしても、精神束縛を受けた傀儡なら……」

 


「私たちの敵だ」




 ◇



 天空会議場から飛空艇で戻り、即席に作られたドーム状の建物の前でイツキは降ろされた。

 ドーム内に入ると、そこにはエイジス勢力下、数万のフェアリスが並び、一つの通路を作っていた。その先には玉座があり、イツキと似た軍服を着た、ケイト、ハルカ、ナノが玉座のそばで待機していた。

 内心で無事に再会できたことに喜びを感じつつも、精神束縛の影響から表情を変えることも許されぬまま通路を進む。


 世界に変化を起こしたこと。


 破壊兵器を行使したこと。


 世界を敵に回したこと。



 決意して行動した先、もう戻ることのできないいくつかの可能性を実感しながら階段を上る。

 そしてイツキは家族へと視線を向けてから、即席の玉座へと腰をおろした。


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