13. これから
暫定的に作られた玉座に腰掛けていたイツキは不機嫌そうに表情をゆがめていた。
ちなみに、黎明の旅団の面々は子どもたちが待機する集会所へ向かわせたので、この建物内にはいない。
エイジスに所属するフェアリスたち全員に話をするためにここまで付き合ったが、そろそろ頃合いだろう。
「ヤナギ、ここへ」
「は」
重々しい口調で呼びかけられ、粛々とした態度で人型のままのヤナギがイツキの前へ進みでた。
その様子は皇と臣下のように映るだろう。
しかし、その関係に一石を投じるようにイツキは口を開いた。
「で、いつまで私たちにこのような茶番を続けさせるつもりだ?」
唐突に言われた言葉にヤナギはおろか、この場にいるすべてのフェアリスの目が点になった。
「なんのことでございましょうか?」
「とぼけるな、私と家族に行った精神束縛の件だ。おかげでまともに話すこともままならん」
「これは異なことを、普通に話せているではないですか」
「ヤナギ」
とぼけたように話すヤナギにイツキが語気を強める。
「私はフェアリスたちと築いてきた信頼関係を崩したくない。このような歪な状態で築かれた関係で、前と変わらず接していけると思うのか?」
「ですが、これは私らの誠意、願いでございまする! こうでもしなければ、貴方がたは何も受け取ろうとはしない。だからでこそ、でございます」
ヤナギが拳を握り訴えかける、その様子は真剣そのもだ。
「イツキ殿をはじめ、そのご家族が旗印として立つことにどれだけ我等の胸が打ち震えたか、わかりますまい。我等にとってもはやあなた方は希望そのものなのです。それに仕えることに何の抵抗がありましょうぞ」
ヤナギの言葉をうけ、フェアリスたちが同意するようにうなずき、期待のこもった視線を人側の4人へと向ける。
イツキは沈痛な表情でフェアリスたちの意志を受け止めつつも、言うべき言葉を選ぶ。
「息子からキナイでのやり取りを私も聞いた。貴公の思いも知っている。貴公らの思いは優しいもので誠実なものだ、その思いは汲もう」
フェアリスではどうしようもできない脅威に遭遇し、人類という他の種族に助けを求めて裏切られ、さらに種族内でも分裂してしまった。
不信感が募っていたところへ、自分たちと出会い、協力関係を築いてケートスの奪還という成功を手にしたのだ。彼らにとってはさぞかし希望に映ったことだろう。
ただ、一つ彼らにも勘違いしていることがある。
「しかし、人類かフェアリスか、どちらかが上に立たねば成り立たない組織では現状は打開できない。他の組織と何も変わらない。この小規模な陣営がケートスを奪還できたのは、人類とフェアリスが協力できた、その点があったからだというのに」
その言葉にフェアリスたちがはっとした表情となり、全員沈黙する。
ケートスを奪還できたことは決して人の4人が優れていたわけではない。
フェアリス側が事情を明かし、協力関係を築いて互いの能力を発揮できたからでこそ成しえたことなのだ。
「私は、私たち家族の願いは人類がフェアリスに依存する世界でも、フェアリスが人類に依存する世界でもない。対等に歩む世界であってほしいのだ」
イツキの言葉にケイト、ハルカ、ナノが身じろぎしないまでも同意するように視線をフェアリスへ向ける。
「だから、頼む。ヤナギ、解いてくれ」
イツキの懇願にヤナギは惜しそうに唇を噛む。
だが、決意するように手をかざすと、周囲にツバキ、ノイン、ノウェムが現れる。そして、4人とも何かを取り払うように手をふった。
頭の中で何かが割れるような音が聞こえたかと思うと、ふっとイツキが尊大だった体勢を崩した。
「ああ、疲れた。まったく、普段と異なることをすることほど疲れるものはないですね」
穏やかな口調は、普段のイツキ、そのままであった。
はっとなったケイト、ハルカ、ナノも自分の身体を見回す。
「ああ、緊張がほぐれた。けど、全身凝ってる気がするわ」
「よかった、全然思い通りに動けないからこのままなのかと思った」
「うーん、心と行動が一致しないのってこんなに辛いことなんだね」
ナノが実感するように言うと、他の3人が疲れた様子でうなずいた。
先ほどまでの凛々しさはどこへやら、普段に戻ってしまった様子を見て、フェアリスたちが勿体ないといわんばかりにため息をついた。
「これで、最初の議論に戻るのか……」
「いえ、そうではありません」
がっかりと肩を落とすヤナギに、イツキが玉座から立ち上がり声をかける。
「今回、きちんと一つの組織である、と示さなかった僕が悪いんです。責任の重さ、面倒さから逃げ、そして世界の敵になることをためらったために、追い詰められ、攻め込まれる口実を与えてしまいました。本当に申し訳ありませんでした」
イツキが頭を下げると続けた。
「だから、このままエイジスの代表を引き受けさせてください」
その言葉に、ハルカとナノが驚いた表情を浮かべる。対して、そう言うのがわかっていたようにケイトは微笑んだ。
表立つことを拒んでいたことを知っていただけに、ヤナギが戸惑いながら問いかける。
「いいの……ですか……?」
「ええ。各勢力、人類がそれぞれ代表に立っているなら、こちらも人類の顔役が必要でしょう。ただし、公の場で皇というのは仕方ないとしても、身内でそんな呼び方するのは許しません。判断をすべて丸投げするのも却下です」
イツキの言葉に合わせて裏でこそこそと、ケイト、ハルカ、ナノの3人で話し込む。
「皇妃って名乗ったけど、やっぱり柄じゃないし、ぴんとこないな」
「うん、言われたときはぞわっと鳥肌が立った。何、皇子って」
「姫って言われても、ね。ユイお姉ちゃんみたいに凛々しいわけでも、何か特技があるわけでもないし」
人側3人の反応に、ええ……とフェアリス側がげんなりした声をあげる。
「それぞれとても似合っていたように思えるのだが」
「というより、ノリノリでやってましたよね、なんだかんだで4人とも」
ウコンとノウェムが正直に思ったことを言う。
「こっぱずかしいのも柄じゃないのも、そうなんですが、今回の本題はそうじゃなくて……」
すっかり緩んでしまった空気に、イツキが後ろ頭をかきながら話を戻す。
「困ったら一緒に悩む、助けてほしかったら迷わず伝えられる、そんな関係のままでいたいんです。皇族なんてことになったら、相談とか気軽にできなくなるじゃないですか。ですから、あがめたり、持ち上げようとしたりせず、同じ目線のままで。そんな調子でこれからもよろしくお願いします」
イツキがそう締めくくると、ヤナギは体を震わせ、わかりました、と涙声で告げた。
惑星オービスに産声を上げた、エイジス諸島連合皇国という名の、フェアリスと人が堂々と共闘する勢力。
長い一日を終え、世界を敵に回してしまったが、異種族が協力し合う異質な勢力でありながらも、いずれの勢力よりも内部の結束力が強固なものとなったのであった。
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