11. 意志を示す者

 海域の各所で戦闘が発生している中、世界が変遷する現場となった天空会議場の豪勢な会議室は、嵐の目のように不自然に静まり返っていた。

 たった一人の人物、その宣言と発される迫力によって。

 天空会議場の参加者たちは、戸惑い、驚愕、懐疑、各々異なる感情を抱きながらも、互いに何も言えずにいる。

 参加者を冷ややかな視線で見つめるイツキの中で、ある声が響いた。


 <イツ君、準備できたから、ケートスでそっちに行くよ。そして、撃つ>


 ケイトが思念伝達にて普段と何も変わらない口調で話しかけてきた。おそらく、ナノの感応能力が働いているのだろう。

 撃つ、という言葉から先ほどの宣言を理解し、動いてくれたのだ。

 なかなか覚悟も定まらず、不安があったとしても尊重してくれたことにも感謝しかない。


 <……本当、自分には過ぎた奥さん、ですね>

 <ん? 何か言った? じゃなくて、思ったっていうのが正しいのかしら?>

 <いえ、ありがとうございます、ケイトさんって言いたかったんです>

 <ふふ、そういうことにしておくわ。お互い辛いだろうけど、もう少し踊りましょう>

 <そうですね、これ以上こちらが人類と争わなくていいように>


 互いのやることを確認すると、思念伝達を切った。

 ケイトとのやり取りはわずかであったが、意志を固めるには十分であった。


「そ、それで貴様はどうするというのだ!」


 沈黙が支配していた空気を裂くように、クーリア帝が叫ぶ。

 完全に包囲された状態であり、優位であることを信じての発言だ。

 意識を会議場へと戻したイツキが鋭い視線を向ける。 精神束縛の影響によって増幅した威圧がクーリア帝を捕え、押し黙らせるだけでなく、会議場の空気を再び支配する。


「報復を」


 一言、イツキは発した。

 その時、ガイナス首相の後ろで何処かへと通信していた高官が表情を変える。高官が慌ただしくガイナスに何事か耳打ちすると、ガイナスも血相を変えた。


「何だと!?」


 荒げた声がむなしく会議場に響く。

 イツキの後ろに映し出されたスクリーン、そこには艦隊に囲まれていたケートスが映し出されていた。

 そのケートスが、列島が、巨大な陸地が


 



「ケートス、浮上」


 ケイトが、ケートスのブリッジから命じる。

 指揮官の命令を受けて、ケートスの航行を司るツバキが、重力性エンジンから、島全体にエネルギーを巡らせ重力を発生させると、その巨体を持ち上げた。

 すでに侵攻してきた敵は重力波で排除した。大事な家も人々も、クジラの体内にしまった。

 だから、行こう。



 会議場に映し出されたスクリーンには全長3500kmの島が海面を離れ、空を飛ぶ、ありえない光景が映し出されていた。


「貴方がたは、我々を怒らせた」


 スクリーンに映る圧倒的な景色を背に、イツキが言葉を発する。


「心を踏みにじり、同朋を傷つけ、貶めた」


 ケートスが飛ぶ、それだけで、周囲を包囲していた海上艦隊が波にあおられる。艦隊の脇を、ケートスの重力波を受けて、島から排除された数多のプロームが盛大に飛沫をあげて落ちていく。


「弁明の機会を奪い、慈悲をもとめる声をあげることも許さず、一方的に攻撃した」


 ケートスの高度が飛空艦隊と同じ高さに達する。島に衝突する前に、島から出現した火砲が飛空艇を貫き、墜落することすら許さず重力波で弾き飛ばし、航行不能となり、海へと落ちていく。


「その報いは受けてもらう」


 断罪するようにイツキが言い放つ。

 皇の命を受けたようにケートスがゆっくりと旋回する。そして、クジラの頭が天空会議場のある方角を向き、ゆっくりと上体を起こした。




「ケートス、主砲発射用意」

 <ケイト、あなた!?>


 無慈悲に宣言するケイトにツバキが警告する。

 それは、ツバキが予想していたよりも、やりすぎとなる行為だからだ。


 <わかっている>


 これを撃ったら各国との決裂は決定的となり、ワタセ家は孤立するだろう。

 使わないだろうと思っていたが、万が一の時にどうするのか、ということはイツキと話していた。


 <ツバキ、ありがとう。世界の敵になることを心配してくれて。私たちもそこで迷ってたの>


 そう、イツキもそこで悩み、ケイトはイツキの決断を支持することだけを決めて待っていた。だが、予想よりも事態の進行は早く、状況を悪化させてしまった。

 追い詰められた先で、結局背を押したのは、最初にフェアリスからこの惑星と人類の状況について説明を受けたあの日の夜に家族で話し合ったことだった。


 <私たちね、家族でもう決めてたんだ。世界の敵になっても、走るって。だから、撃つよ>

 <あなたたちは……>


 心の中でそう言ったケイトからツバキは輝きを感じ取る。


(ああ、ヤナギ、あなた、何という人たちと出会ってしまったのでしょうか)


 ツバキから共感する心の震えを感じ取り、ケイトが心の中で苦笑した。


 <うん、やっぱり私たちは似てるんだね>


 戦いたくない、という気持ちもありつつも、家族を傷つけられた怒りがある。

 このまま、何もしないということで済ますことはできない。


「ケイト皇妃、準備整いました!」


 火器管制を担当するフェアリスから報告を受け、ケイトがうなずいた。


(どうか、これを人類に向けて撃つのが最後でありますように)


 怒りとともに矛盾した祈りを抱えながら。


「主砲、撃てーーー!」

 ケイトが号令を発した。



 ◇



「双方、止めよ!」


 戦闘の制止を呼びかける少年の声にウコン、サコンが止まった。


「僕は、ワタセ・ハルカ、エイジス諸島連合皇国、皇子である!」


 演技じみた口調であるが、滑らかにその言葉は出てきた。


「僕は、エイジスに漂着したそちらの姫を送り届けるために、この島に立ち寄った、それだけのことだ! そちらと争う意思はない!」


 今まで存在を特定されるわけにはいかなかったので沈黙で通すしかなかった。だが、父、イツキが国として名乗りをあげたからでこそ、弁明することができる。


「なるほど。しかし、そちらは戦闘態勢に入っているが、それはどう説明する?」


 武装を構えたまま、シュウが問いかける。

 こちらは自由に返答できないのに、ある程度筋の通った回答を考えないといけない。まるで、禅問答だ。そう思いながら、どう言うべきかハルカは考えを巡らせる。


「ウコン、サコンは他国の警告に対して僕が危険にさらされると思って庇おうとしたまでのこと。他意はない」

「ふん」


 詭弁も詭弁だ、先程まで戦闘する気満々だったのだから。

 だが、今はそれを通す。

 イツキが期待したことは、後ろ盾を作った、その先にあると信じて。


「先程そちらは、こちらの事を賊だと言ったが、先程の布告は受けているはずだ。我らはエイジス諸島連合皇国、我が国が所有する武力は本来ケイオス駆逐のためにある」


 無言で、サザン側のプロームは佇んでいる。警戒する意思は消えていない。


「だが、もしも、それでもこちらを訝しみ、疑わしき者を排除すると言うなら、全力で応えるまで。先ほどの父の警告は聞いていたはずだ」


 そう言うと、ハルカは剣を構えた。

 威圧をする気も、ウコン、サコンを巻き込んで戦闘したいとも本当は思わない、ましてや昔の戦友たちとなんて戦いたいたくもない。

 だが、もし、うまくいけば。

 その時、キナイ島に巨大な影がよぎる。


(ケートス……!)


 ハルカは、ケートスが戦闘状態に入っていることに気づいた。

 島が長大な姿を現した直後、その巨大なクジラの腹部から主砲が発射された。


 世界を揺るがす一射が。




 宇宙から惑星を見たら、それはほんの数センチの線だっただろう。

 実際は、惑星オービスの上空を、エイジス海域からノトス・サザン大陸に向けて幅50km、長さにして2万kmの三連重力砲が走った。

 その軌跡は夕暮れに染まった空を割き、余波が天空会議場を掠め、天空会議場の1000km先にいた飛行型ケイオスの群れを塵も残さず消滅させた。

 空に紫の軌跡が走ったあと、重力砲によって、振動した空気の圧が島を襲い、周囲を包囲していたユエルビア共和国の海上艦隊の武装を使用不能に追い込む。さらに、数キロ先を掠めた天空会議場の電子機器の大半を故障させた。

 そして、世界にケートスの力と畏怖を、恐怖をもって知らしめた。

 ケートスが放った主砲による影響はそんなところだった。

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