Chapter.2
1. 暗雲
フェアリスと人間の共闘陣営がケートスを奪還して2週間。
地球における世界地図に当てはめると、南極に当たる大陸。人類が住むには過酷すぎる極地であるが、フェアリスは物質的な肉体を持たないので極寒など関係ない。ゆえにこの地を、いずれの勢力の領土としない、中立地帯と定めていた。
「皆の者、呼びかけに答えてもらい、感謝する」
フェアリスの首長である、ヤナギがこの大陸に集まった十数万のフェアリスたちに呼びかける。
担当地域の政治家や町の行政府を担当し、ロストからの回復や行政の操作を行っている、各勢力に属しているフェアリスたちだ。
ここに集結している他にも、どこの勢力にも属していない日和見のフェアリスもいるのだが、今回の集会には参加していない。
ヤナギの呼びかけに対し、いらいらしたように、黒く、毛の薄いネズミのぬいぐるみが呼びかける。
「ヤナギ、前置きはいい。本題を」
ノトス・サザン合衆国のノトス共和院主席を担当している者だ。忙しいのか、いらいらしている様子でヤナギを煽ると、周辺のフェアリスから同意するように囃し立てる声が続く。
「皆多忙であるからな、あいわかった」
ヤナギはうなずくと話を切り出した。
「先日、我等はケイオスより、テラプローム、ケートスを奪還した。これにより、我等はケイオスに対して攻勢に出る。皆、協力してほしい!」
現在、人類の勢力図に合わせてフェアリスたちにも派閥ができてしまっている。だが、ケートスという巨大な切り札が使えるようになったことで、呼びかければ協力し合えるかもしれない。
希望を込めてヤナギは同胞へと呼びかけた。
ケートスが奪還された、その言葉にフェアリスたちがざわめく。
その反応は喜ぶというよりも、驚愕という色が強い。
「にわかには信じがたいな。あれはツバキごと取り込まれていたはずだ」
他のフェアリスに聞こえる声で虎と中年男性を合わせたような姿の半人型のフェアリスが疑問を挟む。ユエルビア共和国の首相を勤めているフェア・ヒュームだ。
すぐに他のフェアリスが、あり得ないはずだ、と同調していく。
ケートスの他にもテラプロームに置換した島々が存在するエイジスは、ファリア大陸に次ぐケイオス危険地帯だ。占領するうまみも少なく、各勢力放置していたので、ケイオスを討伐するにも協力する人類などいないはず。それがこの場にいる大方のフェアリスたちの見解だ。
「だが、可能とした。人類と協力体制を築いて、な」
「ほう、ではどのように。どのくらいの規模で?」
ヤナギが言葉を重ねると、からかうようにフクロウを模したぬいぐるみ、シーナ大帝国の議長担当が声をかける。
ぐ、とヤナギが唇をかむと答えた。
「4人、だ」
「なんと、たった4人とな」
あざけるように他のフェアリスたちが笑う。
馬鹿にした反応に、ケートスの奪還作戦に関与していたフェアリスが憤る。
「黙らんか!」
「そうとも、それにそのお方々だけではない、某等もプロームに乗って戦ったのだ!」
ウコンとサコンの言葉にフェアリスたちが再びざわめく。
「にわかに考えにくい。プロームの操作系統にフェアリスが関与すれば、ケイオスに取り込まれてしまうではないか」
「嘘だ、嘘を言っているに違いない」
あちこちから届く話し声は、ヤナギやウコンたちの話を真っ向から否定し、信じようともしない。同胞の様子にノウェムはかちん、ときた。
「嘘ではないのです! 私とその人間の協力者によって感応能力を使ったのです!」
白猫のフェアリスの訴えに対し、シン、と一度静まり返った後、大きいどよめきが沸き起こった。
「貴様、あれを使ったのか!」
「他の生き物の精神にフェアリスの精神を重ね合わせるという禁忌を、それも精神束縛などではなく、お互いの同意を得てだと!? ますます信じられん!」
「人類など蛮族、結局操られるだけの道具ではないか!」
汚いものを見るかのような視線、精神を傷つける言葉にノウェムが唇をかむ。
(あの人たちのことを知らないから……!)
本当は言いたい、お前たちが戦争ごっこに明け暮れている間に脅威を排除してくれた人たちを。フェアリスたちの罪と人類の罪を知ってもなお立ち上がってくれた人たちのことを。
だが、言えば他の勢力のフェアリスから狙われる可能性がある。
イツキは優秀な技術者、ハルカはランカー入りできるプローム乗りだ。
いずれの陣営もほしい人材であることに変わりはない。
フェアリスに距離は関係ない。もし、連れ去られる事態になったら。それを考えたら、名前を明かすことはできなかった。
「では、仮に貴様らの言を信じてケートスを解放したとしよう」
混沌とした中で口を開いたのはノトス主席担当の黒いネズミのフェアリスだ。
「貴様らが私たちのことを恨み、その武力が我等の陣営に向かないと誰が保障できる?」
予想外の指摘に、ヤナギとノウェムが絶句する。
「そうとも、お前らが野心を持たないとどうやって証明するのだ」
ユエルビア共和国のフェア・ヒュームがあざけるように言い、その言葉にウコン、サコンが憤慨する。
「何を、たわけたことを!」
「某たちは貴様たちとは違う!」
「しかし、どれだけ言葉を重ねようと、今この場で危険な力を持っているのはお前たちエイジス勢力なのだ」
シーナ大帝国の議長担当のフェアリスがウコンの言葉を無視して告げる。
「巨大な力を持っている者に対して、恐怖、不安を抱かずにお前らはいられるのか? それが、何の後ろ盾も目的もわからない力だったとしたら」
その問いかけにエイジス側は一言も発せなくなった。
「まさか、貴様らは……」
ヤナギがうめく。各国の担当のフェアリスはケートスが解放できたかどうかなど、とうに知っている。
それを敢えて聞いたのは、どのように解放したかに興味を持っただけのことであり、彼らにとっては、この集会は戯れ程度のやり取りでしかなかったのだ。
結果、馬鹿正直に話してしまい、情報を渡してしまった。
「先日の火砲の斉射、あんなのものを見たら、人類は何を思うだろうな?」
意地悪く、ユエルビア共和国担当のフェア・ヒュームが問いかけると、にやりと唇の端を持ち上げた。
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