11. とりあえず……
「やった……」
ナノが茫然と呟く。
「やった! ナノ、姉さんたちがやったんです!」
ノウェムが喜んでナノの周りで飛び上がる。
山の中腹で砲撃の指示を出しつつ、戦況をうかがっていたイツキはふうっとため息をつき、白い機体が巨大ケイオスを貫いた瞬間ケイトは思わずガッツポーズをしていた。
ファーヴェルのコクピットでハルカが父と同様にふうっと安堵の息をつこうとすると。
「若―っ!」
「ご無事ですかーっ!」
ウコンとサコン、それぞれが率いていた部隊が到着し、ファーヴェルの元へと殺到した。
「まったく何なのですか、あなたたちは? 少し休ませてほしいのです!」
「なんと、若、お怪我は!? ご無事でござりまするか!」
「だいじょうぶ、さすがに疲れただけ」
ノインとウコンの騒がしい声にハルカが苦笑しながら答える。
疲れはあるものの、やりきったという充足感に満ちていた。
勝利の空気に一同が浸って喜び合っていると。
ギャアギャア。
カラスのような鳴き声とともに、地面に黒い影がよぎった。
はっとしてハルカがファーヴェル越しに空を見上げると、上空には大きい鳥、もしくは蝙蝠のような影が群れをなして暗雲を作っていた。
その範囲は、徐々に大きくなり、小さな雲だった影が、あっという間に島半分に影を及ぼすほどの大群となっていく。
「まさ、か……」
ハルカのつぶやきにノインがごくり、と唾をのむ。
「あれも、ケイオスなのです。砕け散る前にコアが救援を呼んだ、のです」
突如広がった暗雲を山の中腹から観測し、イツキ、ケイトも焦る。
「そんな」
「あんなの、聞いてない……!」
どうしたらいいのか、戸惑う2人の周囲の地面が足元から崩れた。
「「えっ?」」
驚愕したのも一瞬、体重が喪失する浮遊感とともに、2人は地面にそのまま飲み込まれていった。
一方、空の異変に気付いたナノの表情が青ざめる。
(ようやく倒したのになんで!? それもみんなも疲れ切ってるのに!)
理不尽さに頭の中が憤りと混乱でいっぱいになる。
その時、空を一緒に見上げていたノウェムが、突然何かに気づいた。
「ナノ! 今から落ちるので、気を付――」
ノウェムが言い切るよりも先に、ナノの足元が消失すると、イツキたちと同様、地面に飲み込まれていった。
「こんなの、どうすれば……!」
さすがに対空手段はない。ハルカが歯噛みしているところへ、脳裏にある声が響いた。
<子らよ、とりあえず中へ……>
初めて聞く穏やかな声に驚くと、ハルカたちのいた地面が水面のようにたわんだ。
プロームの足がとられ、沈んでいく。
「何っ、これ!?」
突然の現象にハルカが慌てる。
「慌てないのでほしいのです、おそらくこれは……!」
ノインが言い切るよりも前に地面の中に飲み込まれ、視界が暗転した。
◇
水の中を沈んでいるような感触につつまれる。
プロームの中にいながら、おかしな話だが、そう表現しようがない。
周囲は暗黒で、エレベーターに乗っているときのように耳の中が栓をされたかのような奇妙な感覚とともに、ゆっくりと落下していく。
間もなく白い地面が見えると、静かに着地した。
他のプロームも着地すると同時に、白い床が広がって天井ができ、東京でヤナギから説明をうけたときのような白い広大な空間が形成された。
空間の中で驚いているイツキ、ケイト、そしてナノの姿を見つけて、ハルカがプロームを解除して駆け寄った。
「父さん、母さん、ナノ!」
声をかけると4人で集まって無事を確かめる。
「これは一体……」
イツキが戸惑っていると、白い空間の中空に巨大なモニターが表示され、外の光景が映し出された。
落ちる前に見たときよりも、かなりの数のケイオスが集結し、島全体の空が暗雲でおおわれている。
さらに新たに複数のモニターが表示され、この島と同様、飛行型ケイオスが群れを成している様子が映し出されていた。
「映ってる場所って、今まで旅してきたところだよね?」
「湖に、自宅を模してもらった家と、この列島上空ってことかしら?」
モニターの映像から推測してナノとケイトが話し込む。
「イツキ殿、ケイト殿、ハルカ殿、ナノ殿、ケートスの奪還、感謝します」
先ほどの穏やかな声が空間に響く。
ぺたりと垂れたネズミの耳を持った穏やかな老婦人が浮かび上がっていた。
「先ほどは、あなた方に被害が及んではいけないと手加減してしまいましたが、今なら全力をだせます。お見せしましょう、ケートスの力を」
老婦人、ツバキがそう言うと、手を掲げた。
すると、モニターが複数浮かび上がる。それは、この島だけではなく、今まで旅してきた列島の様子だった。ここと同様にケイオスが飛来している。
「拡散砲、一斉照射」
静かにツバキが告げると、各列島の山、草原など至るところから砲台が出現する。
そして、一斉に上空に向かって発射された光条は上空で分散し、蜘蛛の巣をつくるかのごとく広がって、ケイオスの暗雲を切り裂いていく。
そして、線が飛行型ケイオスの体に到達すると、球状の爆発が連鎖して、空を赤く焦がしていく。
今までの旅は何だったのかと思うほどの、圧倒的な火力による殲滅。
その光景に、渡瀬家の全員が声もなく驚愕する。
いや、驚愕している場合ではなく、指摘すべき点がある。
「ヤナギ」
静かにイツキが問いかける。
「なんでございましょうか?」
「テラプロームってこの島のことじゃなかったんですか?」
「はい、この島のことですが、何かおかしなことでも?」
「全長3000kmの島のことですね」
「今まで旅してきたところのほとんどなのです」
おかしそうに首をかしげるヤナギに、ノインとノウェムが補足する。
「それ、日本列島まるごと兵器化したってことじゃないですか!」
ツッコミをいれながら、イツキは失念していたことに気づく。
相手は宇宙人なのだ、そもそも価値観や考え方のスケールが一緒とは限らない。
倫理観などが共有できていたので、こういう認識のずれが起こる可能性を考えてなかったのだ。
「うわ……すごい」
「すごすぎると、何というか、反対に感動って薄れるもんなんだね……」
「花火みたいできれい」
それぞれケイト、ハルカ、ナノがやや現実逃避気味に感想を述べていく。
「道理で島の奪還に躍起になってたんですね」
イツキがため息をつきながら言った。
確かに、この兵器は惑星オービスからケイオスを駆逐するための重要な戦力だ。
「はい、強力な火砲を積んでいるので、銃火器が効きづらいケイオスでも物量で押せるのです」
「すごい偉業なのですよ、イツキ。この島、ケートスを制圧したあなた方は誇ってよいのです」
ノイン、ノウェムが自慢げに言った。
「よし、これで、いっきに殲滅するのじゃ!」
おー、とヤナギに合わせてフェアリスたちが鴇の声をあげる。
意気込むフェアリスたちを後目に、イツキは疲れて座りこんだ。
そうは簡単にはいかないだろう。
確かにこの戦力は大きいが、同時に大きな懸念が生まれてしまった。
それも、まあ、今はいい。
ケイト、ハルカ、ナノもイツキと同様に座り込み同じ表情を浮かべている。
「「「「疲れた……」」」」
とりあえず、今は休ませてもらおう、後のことはそれからだ。
それぞれ仰向けになると、誰からともなく笑いだす。
笑みは伝播し、家族4人で笑い合い、充足感に浸るのだった。
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