10. あきらめていた願い (3)

 イツキたちがツバキの奪取に成功した頃。

 洞穴外では、ハルカが転倒させた巨人型のケイオスが起き上がり、体勢を整えようとしていた。

 

「ど、どうする!ウコン!」

「聞くなあ、サコン!」


 2人があわわ、と言わんばかりにプロームをわたつかせる。

 他の機体もどのように動けばいいいかわからず、部隊全体が浮足だってしまう。


 一方で洞穴から出てきたイツキたちも巨人が起き上がろうとする所を目撃していた。


「ツバキ、例の兵器は使えませんか!?」

『すいません、掌握までに時間がかかります……!』

「まずいわ、また動くとなったら付近のウコンたちでは対処が難しいし、やられたら立て直しにも時間がかかる」

 

 追い詰めただけでこの成長力と脅威だ。ケイオスに時間を与えれば、どこまで厄介なことになるかは想像できない。

 それに、再びコントロールを奪われないよう防衛するにしても、プロームがないのでは丸裸も同然だ。


 完全に起き上がった、巨人が付近にたたずむウコンたちに向けて、手を持ち上げる。


「くっ!」 


 誰もが打つ手なしと絶望する中、無慈悲に巨大な手が地面に振り下ろされんとしたーー


 ずっ!

 

 寸前、巨大な木の杭が巨人の手の平に刺さった。


「「「えっ!?」」」


 ナノ、イツキ、ケイト、ウコン、サコン、島の各方面で驚きの声が上がる。


 <ノウェム!聞こえますか!?>


 ノウェムの心に姉の声が響く。


「姉さん!」


 ナノのそばにいたノウェムが叫んで返事する。

 次いでナノの方に別の声が飛ぶ。 


 <ナノ! 聞こえてる!?>


 それは、先ほど巨人手に打ち払われ、戦線離脱したと思われた兄の声だった。


「おにい!? だいじょうぶなの!?」

 <何とか生きてる! ウコンたちがどこにいるのか教えて! いや……>


 そこでハルカが言葉を切った。

 今まで近距離通信しか積んでこなかったため、そばにいないとやり取りできないようになっていた。

 ただ、今回はそれでは難しいし、ナノを仲介するのでは、タイムロスにつながる。


 <ウコンたちと離れてても直接リアルタイムでやり取りできるようにしたい!>

「そ、そう言われても」


 突然の兄の要望にどうしたらいいのか、ナノが悩む。

 ノウェムははっとしてハルカの言わんとするところに気づく。


「ナノ! 私たちとウコンたちの部隊、そしてハルカと姉さんで共有できるネットワークを作るのです」

「どうすれば?」

「この島に透明な雲を作るのです。そこからみんなに糸を伸ばすようイメージするのです!」

「わかった!」


 すぐに雲をイメージして糸を伸ばしていく。

 つながった感触を感じてハルカが呼びかける。


 <ウコン、サコン、みんな聞こえてる!?>

 <若!?>

 <ご無事だったのですか!?>


 声を受けつつ、ノインはさらにネットワークをもとに、ウコンたちの位置を割り出す。


「ハルカ、位置をモニターに出すのです」

「わかった、離れてないから今から合流する!」


 直後、岩場の影から一つの機影が飛び出した。

 その機体をみて、さらに全員驚く。

 現れたのは、日の光を受けて光り輝く、白地に青いラインが装飾された機体だった。

 白い機体は、ウコンたちの居る草原地帯に着地すると滑るように近づく。


 <若、その機体は一体?>

 <一発あいつからもらってプロームが半壊しちゃったから、ノインに作り直してもらった。昔使ってたプロームをイメージしてて、ファーヴェルって言うんだ>


 ウコンからの問いかけにハルカは苦笑しながら答える。

 パーツは周囲の元素変換から構築してるので、強度やプロームの性能は下がっている。

 けど、なぜか不思議としっくりなじむような感触をハルカは感じていた。

 さて、と白い機体が巨人に向き直る。

 巨人は手に杭を打たれて怒っているかのように声をあげていた。


 <ウコン、サコン、俺が囮になる>

 <若、しかし、それでは先ほどと同じでは>

 <ううん、違う。みんなにやってほしいことがある>


 そう言うと、ハルカは作戦を伝えた。



 ◇



 各機巨人の元から離れ散った後、草原にて白い機体が一機で佇んでいた。


「ノイン、さっきのあれを」

「はい!」


 そばにあった木を利用してノインは先ほど杭を打ち込んだ機構、弩弓を作り出す。

 元素変換され、作られた弩弓をファーヴェルはそのまま打った。

 視界に捉えられている上、二度目の攻撃に今度はさすがに避けられる。

 だが、巨人の頭部ははっきりと白い機体、ファーヴェルを捉えていた。先ほどの杭を打ったのが誰だかわかったのだ。


(これで、注意は向いた)


 追いかけっこの始まりだ。

 全力でスラスターを噴かして、草原を疾駆し、岩場へ移る。

 巨人が手を振り下ろそうとするが、じぐざぐ、旋回、直線、複雑な軌道で疾駆する機影に、手の挙動が追いつかない。

 巨人が白い機体を追って身じろぎする。


「ハル! そっちの方向ではまずいのです!」


 ノインが警告する。ファーヴェルの疾走する方向には何も障害物はない。

 だが、ハルカはノインの警告に従った。

 旋回して逃げてきた道を逆走する。


 <若!すまないです!>


 直後にウコンから思念が飛んできた。巨人が振り向こうとした先にウコンたちの部隊がいたのだ。


 <こっちはだいじょうぶ。現場に着いた?>

 <間もなくでござる! 着いたら5分と経たずにできます!>

 <了解! 頑張って!>


 引き続き、白い機体が今度は海岸線を疾走する。


 <サコン!何を手間取ってるのです!?>

 <すまぬ、だが機構がよくわからなくて>

「ごめん、ノイン、映像見せて」


 ハルカがノインに頼むと、モニターにサコンが弩弓を作りあげている様子が映し出された。

 試し打ちしたのか、杭が付近に転がっており、どうやらうまく作れずに困惑していることがうかがえた。


 <サコン、発射口のところのパーツが一つ多いからうまく作れないんだと思う>

 <なるほど! かたじけないでする!>

 <わからなかったら、おそらくその近くにさっき作ったのが残っているから参考にして>

 <了解でする! 若、どうぞご無事で!>


 サコンの通信を受けつつ、ノインが気づいた。


「ハル、真上!」

「だいじょうぶ!」


 バックステップをして、いつの間にか接近し、振り下ろそうとしていた拳をかわす。

 島の端に来ていたためか、さほど島に振動が伝わらない。


 <おにい、お父さんから通信!>


 ナノから思念が入り、直後にイツキの声が響く。


 <ハル、君たちは何をやってるんですか?>

 <実は……>


 ウコン、サコンたちと行っている作戦を告げる。

 それを聞いて、ケイトはイツキの傍らで口笛を鳴らし、イツキは納得してうなずいた。


 <わかりました、こちらは奪還できました。なので、いつでも撃てます>

 <ありがとう>

 <だから、タイミングはハルに任せます。今、全体の動きが見えているのは君の方なので>

 <了解!>


 父に任された実感から嬉しさ半分、緊張半分で返事を返した。


 <若、準備ができましたでございます!>

 <こちらも完了したでございます!>


 ウコン、サコンから通信が入り、うなずいた。


 <わかった、反撃にまわろう!>


 洞穴の近くにて、ハルカからの自信に満ちた声を聞いたイツキが嬉しそうに微笑んだ。


「まったく、いつの間に気づいたんでしょうか」

「さあねえ、男の子の成長って早いらしいから」


 ケイトも嬉しそうに微笑んだ。



 ◇



 ファーヴェルを疾走させ、島の内部へと再び誘導する。

 木々をなぎ倒しながらこちらへと向かってくる巨人のプレッシャーを背後に感じながら、ハルカはコンソールに触れる手に汗をにじませる。

 ウコンが作ってくれたポイントは間もなくだ。


「ノイン、視覚化よろしく」


 そう言うと、モニターに新たな情報が追加された。

 そのまま、白い機体は何事もないかのように疾走し、山間の中の高原に着いたところで止まった。

 振り向くと、巨人が数十メートルまで迫り、疾走しながら拳を振り上げるところが機体の窓越しに映った。

 ファーヴェルに到達するまで数メートルの地点で、巨人の体が突然地面に沈んだ。

 巨人の足元には巨大な落とし穴があった。それも地面を水分で液状化させてぬかるませており、容易には上がれない。

 ウコンの部隊が仕込んでいてくれたものだ。気づかれないように擬態もさせていて、こちらにはわかるようにノインにはセンサーで正しい地面を教えてもらっていた。

 少し白い機体を動かし、頭部の注意がこちらに向くようにする。


 <サコン>


 静かにハルカが呼びかける。


 <総員、撃てーっ!>


 サコンの呼びかけに応じて、木の杭が、白い機体と巨人の頭部に殺到する。

 木の杭が殺到する前にファーヴェルは跳躍して回避する。

 だが、巨人は他の箇所で見ていたかのように巨体にしてはあり得ない反応速度で頭部を動かしてよけた。


(やっぱり)


 外れたことをやや残念に思いつつも、それを冷静に当然ともハルカは捉えていた。

 先ほど転ばせて頭部に迫ったときも、あり得ない反応速度でB3に襲い掛かってきた。


「ハル、やっぱりこいつ、個ではなく、集団のケイオスなのです! 形成している個々のケイオスの感覚器官が生きているのです!」


 ハルカが推測していたことをノインが確信して叫ぶ。

 頭部があることに惑わされたが、全身で見ているならば避けられるのも道理だ。

 しかし、擬態されているものは見えないはず。


 <父さん!>

 

 声をかけてからのラグは2秒、山から光の線が走り、ケイオスの頭部を貫いた。

 巨人の頭部が煙をあげ、その巨体が斜めに傾く。


「やりました、か……?」

「いえ……」


 イツキの呟きを直後にツバキが否定する。


「出力が足りない……!」


 煙が晴れていくと、頭部の周囲のケイオスは焼け焦げて、コアがほとんど露出しているのが見える。ヒビは入っているが完全に破壊されてない。これでは、修復される。


「ツバキもう1回……!」

 

 言おうとして、イツキは悟る、間に合わない、と。


 その時、コアの周囲の組織を修復させつつ、ケイオスだけが気づいた。

 先ほどまで周囲をうろついていた白い機体がいないことに。


 ノインからいろんなことを教えてもらった。

 みんなから協力を得ること、

 崩れそうなところを支えること、

 そして相手をよく観察すること、


(一人でたどり着く必要はないんだ……)


 総じて自分のことを見ているだけでは気づけないことだ。


「あのコアは、フェーズが進んでいた。ゆえに、今のケートスの火砲では壊れない可能性が65%」


 半分以上の確率なら、備えてないといけない。

 だから、父に発射タイミングを伝えた後、ノインにジャンプ台を作ってもらって空中に舞い上がっていた。巨人の真上、構成しているケイオスが焼かれたことで目がなくなってコアが露出した箇所。そこは、死角となって避けないようがない箇所だった。


「プロームの武装、刀身部分はこの惑星でも未知の硬度を持つ物質、私たちでも解明しきれていない物質ですが、それは確実にコアを仕留められるのです」


 ゆえに、プロームは近接に特化している。


 白い刀身をファーヴェルは掲げ、落下の勢いを利用して巨人のコアに突き刺し、その勢いのまま巨人の中を突き進む。

 巨人の体を白い機影が突き抜けたと同時に、コアは破砕音を立てて割れ、巨人を構成していたケイオス全体が崩れ去る。

 後には、黒い砂の山と液体が残されていた。

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