2. 平穏 (1)

 渡瀬家の面々がノイン・ノウェムをはじめとしたフェアリスたちと協力してケートスを奪還してから1ヵ月余りが経過した。

 その間、彼らはペースを落とすことなく、エイジス海域の島々を奪還すべく活動を続けた。

 島々のいくつかはテラプロームに置き換わっており、世界地図であれば、東南アジア、オーストラリア大陸に当たる。

 オーストラリア大陸に位置するテラプローム、タイタスについては、テラプロームの機能そのものをケイオスに乗っ取られ消耗戦となった。

 先に解放していた東南アジアの諸島に当たるセミ・テラプローム群のオルカとケートスの火砲で抑えこみ、ようやく奪還することができた。渡瀬家の面々にロストが出なかったのが不思議なぐらいな激しく、かつ長期にわたる戦いとなった。

 そんな戦いのあと――。



 ケートス表面の東京にあたる区域、以前地球での自宅を再現して建ててもらった渡瀬邸にて。

 タイタス解放戦で疲れ果てていたので、家族4人は久しぶりに自宅の寝室でゆっくりと睡眠をとっていた。

 カーテンの隙間から入ってきた朝日にうん……と身じろぎしてイツキは目を開ける。

 そして、違和感に気付いてベッドから身体を起こした。


 4LDKの1室で、8畳ぐらいだった寝室が20畳ぐらいの高級マンションにでしかお目にかかれないような一室になっていた。


 寝起きのぼーっとした頭で目をこすってみるが、風景は変わらない。

 隣の部屋からは、うえぇ!? という息子の叫び声が聞こえてきた。


「ヤナギ」

「なんでございましょうか?」


 まだスイッチの入り切っていないぼんやりとした声でイツキが呼びかけると、即座にヤナギがぬいぐるみ形で現れた。


「元の我が家に戻してください。今すぐに」


 イツキの隣では、うん……とケイトが幸せそうに寝返りを打った。





 元に戻してもらった4LDKのダイニングルームにて渡瀬家の面々は朝食を食べていた。

 ただし、イツキだけは不機嫌な表情で。

 イツキに対して、ヤナギが憤慨しながら話しかける。


「イツキ殿、なんでですか!」

「先ほども言ったはずです。人には住みやすい広さというものがあるんです。あと、豪勢して悦にひたるような趣味はありません」


 不機嫌な表情のままイツキが答えると、味噌汁に口をつけた。


「人類は戦果をあげたら報酬を受け取るそうではないですか! ケートスに続いてタイタスの解放! 十分な戦果をあげたからには受け取っていただかねば! ケイト殿、ハルカ殿、ナノ殿からも!」


 ヤナギが同意を求めるように他の3人に声をかける。

 しかし。


「私はイツ君に賛成。この家、愛着があるからこれ以上ってのは考えてないなー」

「俺は、ゲームや漫画がないのが辛いけど、続きが読みたかったから、早くケイオス倒さなきゃだし。だったら、ちゃんと自分の好きなものがそろっているこの家がいい」

「広い家だと不便だったよ? 朝ごはん食べにきたり、トイレに行ったりするにも遠いし」


 と、ケイト、ハルカ、ナノがそれぞれ答える。要は、全員、今の自宅がいい、ということであった。

 にべもない言葉にヤナギがなんと……と肩を落とす。


「こうやって、日本にいたときと変わらないごはん食べさせてくれてるだけありがたいと思うけど。オービスで食事って、贅沢品(ぜいたくひん)なんでしょ?」


 話題を変えるようにハルカが問いかけると、ノインがうなずいた。


「はいなのです。そもそもこの惑星で普通に生きてる分には、食事を必要としません。娯楽、嗜好品(しこうひん)と一緒の扱いです。必須ではない分、農業、畜産、漁業の規模は地球と比べて小さいので、その分値段が跳ね上がってるのです」


 ノインの言葉を聞いて、イツキが首を傾げた。


「ここでも、貨幣があるんですか?」

「もちろん。プローム素材、弾薬、移送手段である飛空艇および燃料のやり取りから、人類の衣服、住居の交換には貨幣の概念は必須ですから。なので、労働と賃金という概念も残ってます」


 説明を聞いて、なるほどとイツキはうなずく。一方で中心となっているのはやはりプロームなど軍需産業なのだな、と実感した。

 ノインと穏やかなやり取りをするイツキに対し、ヤナギはため息をついた。


 他陣営と違って、渡瀬家の面々の欲求は薄い。今までの人類との交渉と違って、何を対価として交渉すればいいかわからないということだ。


(どうしたもんかのう……このままでは、さらに頼み込むことも難しい。他の陣営との交渉が失敗したと言って困らせてしまうだけだろうし……うむむむ)


 先日の他陣営へのフェアリスたちへの呼びかけが失敗したことを思い出し、ヤナギは内心で頭を抱える。


「ところで、ヤナギ。そろそろエイジス諸島海域以外のケイオス討伐について……」

「お、おおっと少しツバキが呼んでるみたいなので失礼させていただきまする」


 イツキから話を持ちかけられると、ヤナギが表情を変え、慌てるように姿を消した。


「あ……」

「行っちゃった」

 

 ハルカとナノが呆気にとられ、イツキはため息をついた。


(悩んでいることがあるなら言えって言ったはずなんですけどね……)


 ヤナギが抱えているであろう悩みについて何となくイツキは察しがついていた。それゆえに他地域のケイオスの討伐に踏み出せないことも。

 今までは、他に討伐して奪還しないといけない地域があったため、話題に出すのは先延ばしにしてきたのだが。

 ノインとノウェムも浮かない表情を浮かべている。

 おそらく、ノインとノウェムはヤナギの悩みを共有しているのだろう。

 ハルカ、ナノもフェアリスたちが悩んでいるのは気付いているし、話してくれないことにそれぞれ水臭いな、と感じていた。


「あ、そうだ」


 ハルカは何かを思いつくと、立ち上がって冷蔵庫からある物を取り出した。

 トレーに乗せられて出てきたのは、手作りの杏仁豆腐とプリンだ。それを見てケイトとナノが喜ぶ。


「作ってたんだ、うれしい」

「わーい」


 それぞれスプーンをもって好きな方を手に取っていく。

 ノインがハルカに問いかける。


「ハルって、料理当番することが多いですよね」

「うん、うちは夜、家にいれる人がばらばらだったから。買い物から支度まで調整がききやすいってことで担当することが多いかな」

「ハルが一番料理がうまいんですよね。時間効率と味と食費のバランスが良くて」

「お母さんは時短しすぎて大味で見た目がちょっとだし、お父さんは凝ったもの作ろうとするから時間がかかるもんね。私はまだ簡単なものしか作れないし」


 ナノが正直に、両親の料理の腕を言うと、それぞれ何とも言えない表情を浮かべた。


「毎度毎度思うのですが、地球の日本の一般常識とかけ離れた家族分担してますよね、あなた方って」


 ノウェムが不思議そうに言うと、何も言えずに全員目をそらした。

 帳簿付けをイツキがしていたり、DIYなど力仕事をケイトがやっていたり、掃除をナノがやっていたりと、心当たりは大いにある。


「って、そういう話したくて出したんじゃなくて、ノインとノウェムにも食べてみてもらいたいなって思って」


 ハルカが話を戻すと、ノインとノウェムが困った様子で顔を見合わせた。


「食べる、ですか?」

「でも私たちは……」


 フェアリスは肉体の欲から解き放たれ、精神の高みを目指すために肉体を捨てた種族である、と最初に説明は受けていた。


「その、教義に反するのはわかっているんだけどさ、いつもお世話になってるからお礼だと思ってほしいんだ。言葉以外にどうやって伝えればいいかわからないし」


 照れくさそうに頬をかきながら訴えると、それならば、と双子がうなずくが直後に、うーん、と悩む。


「ですが、食べるってどうやって?」

「それぞれハルカ、ナノの身体を借りればいいんじゃないですか? そしたら、味覚を共有できるかもしれません」


 イツキのアドバイスを受けて、確かに、と2人ともうなずいた。


「なるほど」

「では」


 と言うと、それぞれ入り、ハルカ=ノインは杏仁豆腐をナノ=ノウェムはプリンをとって一口食べた。

 ノイン、ノウェムの反応を受けて、ハルカ、ナノの表情も驚いたものに変わる。


「これは……」

「おいしい、おいしいのです!」


「白くてまろやかな舌触り、しつこくない甘さ、そして後味はさっぱり、こんな美味な食べ物があるとは」と感動して杏仁豆腐を食べるノイン。


「すごくまろやかで甘い。でも、下の方のほろ苦い部分と合わせると、違う楽しみが生まれるのです」と夢中になって、プリンを口に運ぶノウェム。


 言いながら、2人ともおいしそうに杏仁豆腐とプリンを食べる。

 その無邪気な様子を見て、イツキとケイトは微笑んだのであった。


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