10. あきらめていた願い (1)


「少年よ、遥かなる高みを目指せ!」


 言葉とともに騎士姿のアバターはポーズを決めた。ゲーム内のエフェクト効果で伸ばした指先が、きらーんと光る。


 ……………………………………。


 一瞬周囲が、いや空気そのものが沈黙した気がする。


「言いたい、だけ?」


 沈黙を破るように12歳のハルカが騎士姿のアバターに声をかけた。ちなみに、こちらは黒い狼の獣人青年を模したアバターだ。


(ああ、これは……)


 ハルカは夢を見ながら懐かしく思う。CosMOSの前に遊んでいたゲーム、グランクエスト。オール職種のトーナメント戦で一位を取ったときの記憶だ。

 グランクエストはCosMOSのようなロボットアクションではなく、MMOのアクションRPGだ。こちらもサービスが終了するまでは絶大な人気を誇っていた。


「そう、君の言う通り言いたかっただけ」


 少年に言葉を返すと、騎士装のアバターはポーズをやめ、隣に体育座りをした。


「お兄さん、特撮ヒーローに憧れて役者を目指してるんだけどさー、悪役の端役しかもらえないの……。こんな格好いいセリフ、一度でいいから言ってみたくてさー」


 騎士装にどんよりとした感情エフェクトをまとわせながら、ぶつぶつと呟く。何やら、苦労しているようだ。ごてごてとした騎士鎧のアバターが体育座りをしていじけている姿はなんともシュールであるが。


「しかし、まさか決勝の相手がこんなに若いとは思わなかった。すごいなあ、君は」

「えへへ……」


 白い騎士のアバターの純粋な感心と賞賛に、ハルカは照れくさそうにはにかんだ。

 騎士のアバターと争った決勝は本当に接戦で、勝てたことは純粋にうれしかったし、強い相手といい勝負ができて自分の強さを再確認できた、それだけでも十分な収穫だった。


「だから、先ほど言った言葉に込めた思いは本物だぞ。君はまだまだ高みを目指せる」


 騎士のアバターはメニューウィンドウからアイテムボックスを開くと、装飾の施された白い長剣を取り出した。

 刀身に植物の葉と翼を組み合わせたような文様が描かれ、柄にも同様の意匠が施されている。華美でないながらも荘厳な印象を与えるその剣は、決勝でも騎士のアバターが用いていた剣だった。


「どっちにしろ、引退を決めていたから。託すには君がいい」


 白い騎士のアバターは白い長剣をハルカに差し出した。


「これって、かなりレアアイテムなんじゃ……」


 タップして剣のステータスを見ると、数値の高さ、そして付与されたバフ効果の高さから相当な一品とわかる。


「そうとも、このゲームに一つしか存在しない。とは言っても、俺も譲り受けた品なんだけど。その時に前の持ち主から言われたんだ。高みを目指せって」

「こんなの、もらえません」

「いいや、受け取ってほしい。思いを継いでほしいから。武器を受け取ることで思いを繋いでほしい」


 騎士装のアバターはもう一度立ち上がり、ポーズを決めると高らかに叫んだ。


「少年よ、遥かなる高みを目指せ!

 己を高め、周りを高め、

 戦場の中心にありて安心と勇気を与える、

 そんな勇者を目指せ!」




 その騎士装のアバターは後々調べたら、滅多にランク戦に出ないプレイヤーだった。集団レイド戦を主にプレイしていて、特に難易度の高いレイド戦では、彼なしで攻略はあり得ないと言われている程の有名なプレイヤー。彼はまさに言っていたことをゲーム内で体現していたのだ。

 知ったとき、12歳の自分には、彼のその在り方がとても格好よく思えた。


(自分を高めて周りを高められるような、そんな頼もしい存在に、なりたいと思ってはいたのだけど……)


 結局グランクエストは運営会社の不手際で突如サービス終了となり、代わりに根幹のプログラムが同じというCosMOSの舞台で体現しようと頑張った。

 ステータスは継がなくてもいいから、せめて形だけでも再現したくて剣のデータを構築した。プレイしていると目印となったのか、チームのメンバーとも再開できた。


 メンバーでチーム戦の戦績も安定し、世界ランクの上位にも名を連ねるようになった頃。ふと、どのくらい自分の技量があるのか試したくなった。

 ただ、グランクエストの時ほど自信はなく、タイトルを目指す気まではない。そこで、大規模な大会ではなく、定期的に行われている同一武器種のランク戦で腕試しをすることにした。そしたら、大きいミスもなく、一位をとることができた。

 だが、決勝の対戦相手がこの剣のことを知っていた元グランクエストのプレイヤーだった。


『その剣、前のデータをそのまま引っ張ってきたんじゃないのか、バフ効果とかもあったはずだ!』


 その場で無茶苦茶な言いがかりをつけてきたけれど、運営のとりなしのおかげでその場は収まった。

 しかし、大会が終わった後も、プレイヤーからのバッシングや攻撃は続いた。高ランクのチームに所属しているということも攻撃を受ける要因になったのかもしれない。

 ありもしないデータの改ざん情報や、ゲーム内の発言やプレイイングを悪印象を受けるように編集で作り出し、SNSで流された。偽情報とはいえ数も多ければ信じる人物も増え、悪い評判はさらに広まり、一時はイベントの時でも他プレイヤーからのヘイト行為や妨害を受け、まともにプレイできなくなった。

 周りから敵と思われることも辛かったけど、何よりも辛かったのは、継いだ剣を汚してしまったことだった。

 運営にもデータを渡し精査してもらった上で問題ないことを証明し、ようやく問題は沈静化した。

 けれど、このまま自分が使ってもまた汚してしまう気がして、逃げるように剣のデータにB3のデータを上書きしたのだった。

 問題が沈静化してずいぶん経つ。


 それでも、罪悪感と自分への失望がしこりのように残り続けていた。

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