9. ケートス奪還戦

 翌日、島に上陸したプロームが、ケイオスの大群を駆逐していく。今回の作戦は、昨日の失敗を受けて、分散せずに、そのまま一点突破で攻略することになった。

 部隊の殿しんがりをつとめるハルカがプロームを走らせる。先頭がほぼ蹴散らしているので、ここまでケイオスが回ってくることはない。正直、手持ち無沙汰な状況だ。


(なんで父さん、こんな配置にしたのだろう?)


 本来であれば戦力の高い自分が先頭を務めたほうが、部隊全体の消耗も少ないはずだ。考え込んでいると、通信が入った。


『どうして後方の配置なのか、疑問に思ってます?』

「別に」


 イツキの問いかけにぶっきらぼうに答える。

 もちろん嘘だ。内心は、とても気にしている。

 ハルカの声にイツキが考え込むような間を置いた後、再び音声が流れる。


『ハル、これは君がやってきたゲームとは違います。周りに君の元仲間がいるわけではない』


 慎重に選ぶように言われた言葉。しかし、そんなことはハルカにとってはすでに痛感していることだ。


「そんなの、わかってる」

『だからでこそ、今までの戦い方では厳しくなる。君が突出しているからでこそ、君が頑張るのではなく、仲間を活かす戦い方をしないといけない』

「?? それって……」


 イツキの言っていることがわからずハルカが問いかけようとした。

 その時、プローム越しでもはっきり伝わるほど、地面が振動した。


「なっ!?」


 昨日の山が鳴いているような感じではない。

 大きい振動が止むと、今度はズン、ズン、とリズムを刻むように地面が振動を始めた。

 まるで巨大な存在が歩いているかのように。


 突然、山の合間から、は顔を覗かせた。


 黒く形成された頭部、巨大な体躯、まさしく巨人と言える威容。

 だが、よく見ると、身体を構成しているひとつひとつが昨日戦ったケイオスを無理やりこね合わせたように形づくられていた。


「父さん……」


 たじろぐように、ハルカが声をかける。


『ちなみに、ハル、あのケイオスに見覚えは?』

「ないよ! あんなもの!」

「そうだと思います」


 ハルカとイツキの会話にノインが割って入る。その声は焦燥を帯びていた。


「ケイオスがこの惑星に出現して以来、私達もこんなデカブツに出くわしたのは初めてなのです」


 構成したケイオスの身体をボロボロとこぼしつつ、黒い異形の巨人は、自分の存在を誇るように、鳴いた。

 鳴動が振動となり、空気はおろか山、島の地面をゆらす。

 明確な脅威から危険を感じ取り、ハルカが操作盤コンソールに触れた指に力を込める。操縦者の意図を受けてB3が隊列から飛び出した。


『ハル!』


 飛び出した息子に対してイツキが制止させようと呼びかける。


「あれに押されたら終わりだよ! 島を奪還して昨日の武装が使えるんだったら、父さん達はさっさと中央部に向かって! ここは抑えるから!」


 抑えるとは言いつつも、正直ハルカは自分の力量でどうこうできるとは思ってない。

 しかし、今の戦力でやりあえるのは自分しかいない。ここには、頼ってきた仲間チームメイトはいないのだから。


(なら、じゃないか)


 絶望を感じながらも、ハルカは異形の巨人へと向けて突貫していった。




 一方で、伝えきれなかったイツキは唇をかみしめていた。


(そういうことではないというのに……!)


 フェアリスが操るプロームの肩に揺られながら苛立ちとともに伝えきれなかった悔しさが胸中を占める。

 ただ、ハルカの判断は完全に間違いというわけではない。

 周囲を見れば、駆逐していたケイオスの大群が途切れていることから、あの巨人を形成するために島にいたケイオスを利用したと予想できた。裏を返せば、潜入しやすくなったということである。

 早く巨人を倒すなら、島の機能の奪還が先決、その論も正しい。

 悔しさに流されて決断が遅れた分だけ、ハルカがより危険にさらされる。


「ハルを囮に、潜入を断行します。僕とケイトさん、そしてプローム一機で潜入。ナノは離れた丘からフェアリスの支援を。ノウェムも一緒に頼みます」

「わかった、早く終わらせるんだね」

「うん、頑張るよ。お父さんとお母さんも気を付けて」

「了解です、イツキ。ナノ、よろしくお願いします」


 ケイト、ナノ、ノウェムがイツキの指示にうなずく。


『あの、イツキ殿』

『我等はどうすれば……』


 置いて行かれたウコンとサコン、フェアリスが操るプローム部隊が困った様子で問いかける。


「すいませんが、飛び出していった馬鹿息子をお願いします。あんな息子ですが、それでもロストさせたくないので」


 イツキが頭を下げ、ケイトも同じく頭を下げる。


『承知!』

『任されたでござる、者ども、行くぞ!』


 ウコン、サコンが先頭に立ち、意気揚々と地面を疾走していった。





 山間の森林部を青い機体が、木々を倒しながら歩行する巨人を追いかけるように疾駆する。

 間もなくB3が巨人に肉薄し、並走する。その間もプローム内部に巨人が歩行することによる振動を感じていた。

 膂力の差は明らかで下手な攻撃では太刀打ちできないだろう。

 ならば。


「まずはその足を止める」


 並走からスピードを上げ、巨人の進行方向を先回りし、斜め前方に当たる位置に到達すると、B3のアームからワイヤーを伸ばし、森の中に存在していた岩に向けて飛ばした。

 ワイヤーを伸ばしたまま、巨人型ケイオスの周囲を疾走。

 森ということもあって合間を縫い、おまけに振動の影響を避けて走るのは至難の業だが、恐るべき反射神経と技量で速度を落とさずに疾走していく。

 その様子を傍らでノインは見ながら思う。


(すごい、ですが……)


 本来であれば、こんなことをする必要はない。

 自分ノインに頼めば、少し演算処理が落ちるが、周りの木々を必要なだけ元素変換させて別の物質に置換し、走りやすくなることが可能だ。

 何だったら、合流した部隊に頼めば、障害物を構築する方法もある。

 考えてみれば、昨日の単騎での出撃も、別に一体一体全部をいちいち相手どる必要はない。

 ハルカが選択している方法は、非効率と言えた。


(イツキ、もしかしてあなたが言いたかったことは……)


 ノインは先ほどイツキが言いかけたことを推測する。

 そんな思惑をよそにハルカは、巨人への仕掛けを完成させようとしていた。

 B3が大きくカーブし、先ほどワイヤーを括りつけた岩と巨人を挟んで直線になる位置にたどり着くと、ワイヤーを引っ張った。

 たるんでいたワイヤーが線を描くように伸び、巨人の足元を捉える。

 巨人の足がワイヤーに引っかかり、当然、巨人の力と重さが機体に襲いかかる。

 機体バランスが前方へと引き寄せられ、コクピット内が激しく振動する。


「ううっ!」


 機体制御のために、急負荷がかかったノインが悲鳴をあげる。


「こんの!」


 ハルカが即座にエネルギー配分を調整し、脚裏のスラスターを逆噴射させた。B3が後退挙動をとり、構わず進もうとする巨人の力に抗う。自身の数倍の巨躯を持つ巨人に綱引きを挑むという、力押しの戦法だ。


「~~!」


 機体全体がミシミシと悲鳴をあげ、あちこちでエラーが発生し、情報の洪水にノインが飲まれそうになる。


「ごめん、ノイン、もう少しだから!」

 

 アームのステータス表示が赤く染まり、危険を示すアラームがけたたましくコクピット内で響く。

 だが、B3は巨人の力に負けることなく、地面に痕を残しながら踏みとどまっている。

 綱引きを続け、根負けをしたのは巨人の方だった。

 足をとられ、巨人の身体が前に倒れると、山を激しく振動させた。

 安堵する間もなく、少年はその機を逃さない。

 巨人に追いつくために駆けている間に巨人の頭部にコアがあることを確認している。巨体が倒れた今、B3でも容易に届く。

 出力を限界近くまで上げたことにより、危険域まで機体が発熱しているが、機体に無理をさせ急発進をかける。

 倒れた巨木を疾走して跳躍、巨人の身体に対して弧を描く軌道で巨人の頭部に躍り出た。


(もらった!)


 コアに対し真っ直ぐ長剣を突き出し、自分の一撃で捉えらえると確信する。

 次の瞬間、巨人の手が素早く横凪ぎに閃いた。

 顔は地面に伏せたままであるにも関わらず、正確にB3の方へと。


「早い!?」


 空中にいたために回避行動もとれないまま、B3は巨人の振り払いをもろに受けて、吹き飛ばされた。

 破損したパーツを撒き散らしながら森林を抜けて山間の崖へと落ちていく。

 視界に収めていないにも関わらず、反撃してきたという事実。

 有り得ない事象に驚愕するよりも、ハルカの胸中には別の思いが浮かび上がっていた。

 無謀な賭けをしても届かない力量の不足、油断して一撃をもらったという自身の未熟さ。


(やっぱり、俺だと足りない、届かない、のか……)


 自分への失望を抱きながら、少年は機体と、同乗していた妖精の少女ともに崖下へと落ちていった。





 遠くの高台からその様子を見ていたナノがハッとし、叫ぶ。


「おにい!」

「そんな、姉さん!」



 ウコンとサコンの部隊もB3が吹き飛ばされる様子を見ていた。急停止し、叫ぶ。


「若――っ!」

「そんな、間に合わなんだとは……」


 最強の戦力を失い、ウコン、サコンだけではなく、フェアリスのプローム達は立ち尽くし、途方に暮れた。



 一方、昨日の洞穴にたどり着いたイツキとケイトが空を見上げた。

 大きく大地が振動してから、巨人の姿は見えない。

 しかし、地面の揺れは微かに続いている。


「イツ君……」


 嫌な予感を感じて心配するケイトの声に対して、イツキは島の中央部へと続く洞穴に向き直った。


「行きましょう、ケイトさん」


 自分でも感じている残酷な推測を振り払うように、イツキは洞穴へと歩を進めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る