10. あきらめていた願い (2)
森林を抜けた崖下の大木、その枝に青い機体、B3はつり下がっていた。
木に引っかかったことで、運よく落下からの衝撃を免れた形である。ただ、巨人の攻撃をまともに受けたことでプロームは半壊状態、まともに駆動できない有様だ。
そのコクピット内で、ハルカがゆっくりと目を開けると、側面のモニターがノイズを走らせながら点灯した。
「何をやってるんですか」
黒猫のアイコンにデフォルメされたノインが怒りをにじませながら話しかける。
「ごめん、無理矢理突っ込んで思いっきり喰らった」
ハルカが申し訳ない声で返す。ロストしないで生きているのが不思議なぐらいだ。
やれやれ、とノインがため息をつく。
「どうして、ウコンたちと連携しないのですか? トップランクのチームだと個々のスキルがそんなに重要なのですか?」
ノインが話していることは、この間訓練の後でウコンたちと話していたことの続きだ。
「……そんなことないよ。連携は大事もちろん大事だ。けど、個人戦でチートだって言われてから自信がなくなって。技術もなくてチートやチームにぶら下がってるだけの奴だって言われて。一人で頑張ろうとして、それから、うまく連携できなくなった。息を合わせようとしてもぎこちなくて」
チートなんてしていない、実力だと否定したくて、一体でも多くケイオスや他のプレイヤーを倒そうとがむしゃらに打ち込んだ。
「頑張った。だけど、結果には繋がらなかった」
結果を残せないことが自分の弱さを証明しているように思えて、さらに躍起になって、いろんな戦術を身につけようとした。が、どれも空回りしてうまくいかなかった。
「馬鹿ですね」
「そうだね」
「馬鹿なのです」
「うん」
罵られて当然だ。ハルカはノインの罵倒をただ受け止めていく。
「そもそも、あなたが弱いわけないじゃないですか」
次いでノインから言われた言葉に、顔を上げる。
「何が結果を残せないから弱い、ですか。短期間にしかも単騎の力で、列島の半分を鎮圧し、強いノトスのエースも倒したのです。結果なら十分に出ているじゃないですか。ここは、ゲームよりも過酷なことばかりなのに」
列挙されていく言葉に、戸惑う。
「だけど、今もうまくいかなかったのに……」
「あなたは周りが見えてないだけなのです」
何かを確信し、断言するようにノインが言う。
「でも」
「あなたは強いからでこそ、本当だったら周りを冷静に見ることができるはずなのです。周りを見て、的確に判断すればもっと大きなことができるはずなのです」
「けど……」
できる、とノインが言葉を重ねていく。しかし、自身を信じることができず否定してしまう。
ノインがもどかしそうにしつつ、言葉を紡ぐ。
「だったら、私が教えてあげるのです。見えなかったら、ハルのことを私が補うのです。自信がないのだったら一人じゃなくて、一緒に頑張ればいいのです」
「うん……」
「だから、あなたは全力で駆け抜けてほしいのです」
そうノインが言うと、コクピット全体、いや、B3そのものが光りだした。
「周囲から元素をかき集めて機体を再構築します。イツキが考えてくれたものに比べて弱くなってしまいますが、戦線には復帰できるはずです」
ノインが機体を変えていく。青を基調としたものから、白へと。
「名前を教えてください」
「え?」
「あなたが継いだ剣の名前を」
ノインから言われてハルカが面食らう。
「なんで、ノイン、それを……?」
「さっき気絶したときに、あなたと少し精神を共有してしまったみたいです。精神生命体だから仕方ないのです、不可抗力なのです!」
まくし立てながらノインがしゃーっと猫のように怒りだす。
「わかった! わかったから」
これ以上指摘することは藪蛇になると悟り、ハルカが慌てて謝る。
一息吸って呼吸を整えてから、名前を口にする。
「ファーヴェル……遥か果てを目指す剣」
少年の言葉を受けて、光が機体に収束していった。
◇
洞穴内部をイツキとケイト、ヤナギ、追従するプロームが進んでいく。
推測どおり、洞穴内部にケイオスの姿はない。巨人として形作ったために、手薄になっているのだ。
洞穴内部が天然の岩壁から徐々に人工的な機械の壁に変わる。誘導灯のついた白い廊下を駆け抜け、機体通行も可能な巨大なエレベーターを乗り継ぎ、最奥へと進む。
「イツキ殿、ここです!」
そう言うと、ヤナギが終点の廊下の奥の扉を指さした。扉の周囲には黒カビ、あるいは黒い蔦のように黒い物体がまとわりついている。
「扉を破壊してください」
イツキがプロームに頼むと、プロームが扉まで進み、持っていたハンマーで扉をたたいた。
衝撃とともに、機械製の扉が吹き飛ぶ。
砂煙が立ち上る中で部屋の内部を見れば、さらに黒い物体に浸食され、中心では今までみたものよりも黒みの強い、正八面体の形をしたコアが浮かんでいた。
「この部屋がケートスの中枢……テラプロームのコントロールすべてを司る部屋として建造していた場所でございます」
「昨日、ヤナギは島の武装に、ナノの感応能力を通じてつなげていたけど」
「はい、ツバキの意志が確認でき、まだ完全にはコントロールを乗っ取られていないとわかり、個々の兵装であれば使えると推測したのです」
「そうだったのね……」
ケイトが眉をしかめると、肩にかけていた銃を降ろし、いつでも撃てるように備える。
「ケートスのコントロール基盤をコアに飲み込まれている形でする。表面さえ割れば、中の基盤に物理的に干渉できるとは思いますが……イツキ殿、どうすれば」
「おそらくコアにダメージを入れれば、周囲のケイオスを呼び寄せようとするでしょう。だから、一回でコアの表面にダメージを与えて、即座に僕が内部にこれを入れます」
イツキの手には、昨日構築されたある物体が握られていた。
「カウントするので、0になったら、コアに攻撃を。ケイトさんは、離れたところから周囲の警戒をお願いします」
『了解』
「わかったわ」
プロームが配置につき、イツキがコアのそば、しかし攻撃の邪魔にならないところに移動する。
「カウント3、2、1……!」
0でプロームのハンマーがコアを叩き、内部を露出させる、そこに赤黒い血管のような物質に取り込まれた小さい集積回路が見えた。だが、コアはすぐに修復をはじめようとする。
イツキがコアに近寄り、手に握った物体を内部に取り込まれて融合している集積回路のそばに当てると即座に距離をとった。離れたときには、すでにコアが元の形にまで戻っていた。
「ヤナギ、呼びかけてください!」
「ツバキ、聞こえとるか! 聞こえたなら避難しろ、早くそちらの方へ! どうか、わしを、イツキ殿を信じてくれ!」
昨日のように返事はなく、聞こえたかどうかはわからない。
直後、コアが震えた。
「ダイヤ半導体」
イツキがぼそりと呟く。
「ケイ素と同じ周期族の炭素で作られた半導体を元に構成した集積回路です。これならば、あるいは……」
その直後、一瞬コア内部が光ったかと思うと、一つの集積回路を吐き出した。
慌ててそれをケイトがキャッチする。見た目には、どちらを吐き出したのかは区別はつかない。
後ろから、ずしん、ずしん、と何かが複数走り迫ってくる音が聞こえる。ケイオスが迫ってきている足音だ。
「これをどうすればいいの?」
「ケイト殿! それをどこでもかまいませぬから壁に埋めてくだされ!」
ヤナギに言われて、浸食されていない一か所の白い壁に集積回路を押し付ける。すると、水面のように壁は集積回路を受け入れ、横に沈んでいった。
こんな方法で本当に大丈夫なのだろうか、と手ごたえのない感触にケイトは不安に思う。
そのとき、ケイオスがコアのある部屋までたどり着いた。
駄目だったのか。そう思っていると、壁備え付けられた銃の一つが光った。
「ケイトさん!」
イツキがケイトの頭を抱えて地面に伏せた。
しかし、銃口が狙ったのは人ではなく、
赤いレーザーの火線がコントロール基盤を取り込んでいたコアを貫いた。直後、四方八方からレーザーの光が立て続けにコアを焼き、甲高い音を立てて水晶体が破砕した。
休む間もなく、さらにレーザーは次々とケイオスの身体を貫き、消滅させていく。
一同が呆然とする中、穏やかな老婦人の声が部屋に響いた。
「まったく、間一髪だったわ」
ケイトが押し込んだ壁のそばに、ヤナギに似た、毛でおおわれたネズミのようなぬいぐるみが現れた。
「ツバキ……」
「困った人ね、でもうれしいわ」
そう言うと、フェアリスの夫婦は抱き合い、再会を喜んだ。
それを見て、イツキとケイトも微笑みあう。
ひとまずは、うまくいったようだ。
束の間、喜んでいたところ、突如、振動が建物を揺らした。
イツキがはっとする。そうだ、和やかな気持ちになっている場合ではない。危機はまだ続いているのだ。
「ツバキ、お願いがあります」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます