7. 行軍

 カナタ達を見送って2週間。

 小規模の人類とフェアリスの連合部隊は列島を西へと奔走した。

 ある場所では、湖の中に沈むコアを破壊し、またある場所では山岳地帯を一昼夜駆け巡ってようやくコアを見つけ出して破壊したこともあった。


 撃破を重ねるごとにプロームの改善点についてハルカとイツキで試行錯誤を重ね、さらなる強化を施していく。

 日々を重ねるうちに、ウコン達だけでなく道連れとなるフェアリスも増え、それに伴いナノの力を受けて駆動するプロームの数も増えた。


 ケイトの指揮のもと、フェアリスの部隊は軍隊と同様に連携をとり、効率的にケイオスを駆逐していく。


 噂は広まり、渡瀬家のもとにさらなるフェアリスは増えていく。

 さらに西へ西へと進み、九州の最南端に到達する頃には、一つの家族から一個小隊ともいえる規模になっていた。







 順調に行軍を続け、地球でいえば九州地方に到達して数日。

 フェアリスたちと模擬戦を行ったハルカはウコン、サコンらとともに木陰で休憩していた。


「やはり、若はお強いですなあ」

「まったくでごさいまする、一太刀もいれられぬとは」


 ウコンとサコンが半人型の状態でぜぇはぁと息を切らしながら話す。


「あなた達は、ペースというものを考えなさすぎなのです。見てください、他のフェアリスも相手にしながら、ハルカは全然疲れてないですよ」


 ノインが言う通り、ハルカは涼しい表情で、水と岩塩と果汁を混ぜ合わせて作った、手製のスポーツドリンクを飲んでいた。

 フェアリスがプロームを操作するときは、ナノの助力を得て、駆動システムに直接干渉する。人は操作盤を元に操作する。

 操作の方法は若干違えども、繊細な調整を必要とするので、精神的には疲労してしまう。

 

「むう、無駄な力みがあることは自覚しているが、実践がこうも緊張するとは」

「ウコンの言ったとおり。ここまで難しいとは思わなんだ……」

「実践はやっぱり緊張するし、力むのはしょうがないよ。俺の場合、地球での下地があるから、こうして動けているだけ」


 落ち込むウコンとサコンに対し、ハルカがフォローを入れる。


「それに、ゲームの時よりもノインにやってもらってる部分もあるから、あんまり誇れないよ」


 謙遜するようにハルカが話すと、ウコンが首を傾げた。


「ずっと気になってはいたのだが、若のプロームにノインが同乗しているのは何故か?」

「本来プロームには、自動で制御するセンサーがついているはずなのです。なぜかB3にはそれが外れていて、その補助のために乗っているのです」

「再現した時に、ちゃんとデータを参照したのですか? うっかりで抜けたとかでは?」

「失礼ですよ、サコン! ちゃんと仲間がサルベージしてきたデータを用いたのです。でも、もともと何か不具合があったのか、サルベージした時に欠損したのか、何度か組みなおそうとしても失敗してしまうのです」


 最初に復元した日から、ノインとノウェムでB3の駆動システムの構築を直そうとしたのだが、うまくいっていない。イツキの方で解析してシステムを組みなおすことはできるが、それをするなら現状ノインに乗ってもらった方がデータ収集、性能向上に良いのでそのままになっていた。

 耳を下げ、申し訳なさそうにするノインの話を聞きつつハルカが考え込んでいると、あ、と声を発した。


「そう言えば、こっちに来る前の日にバランス制御系のパーツをあえて切って訓練してたから、その状態でデータが残っちゃったのかも」

「なぜそんなことを? そんなことをしたら操作の手間が増えるだけで、訓練にならないのでは?」

「プロームって、長時間動かしてたらパーツが消耗してくんだよ。場合によっては、試合の最中に部分破壊することもある。そうなった時用にあえてバランス制御を切って不安定な状態で訓練するんだ」


 プロームのバランスの自動制御はパーツが全て揃っている状態を前提としてプログラムされている。そこへ、パーツが破損すれば、自動制御のプログラムがうまく機能せず、操作に対する反応が遅れてしまう。

 そのため、パーツ破損した時用に、あえてバランスがとりづらい状態でしかも手動制御で行う必要があるのだ。


「余談になるけど、上手いプローム乗りほど、パーツの持ちがいいんだ。アンバランスに負荷がかからないような動き方を研究して実践してる。お互い消耗戦になるから、最終的にはパーツ破損した状態で戦い合うことになるんだけどね。ランキング上位の1対1勝負だと、どっちも片手破損した状態で30分バトルし続けたってこともあるし」

「なんでしょうか、その曲芸じみてるというか、超人は」

「というより、そうならないよう、回避し続けた方がいいのでは?」


 ウコンとサコンが驚き、ノインが呆れた表情を浮かべながら疑問を挟む。


「完全に回避を続けるのは難しいかな。プローム同士でだったら、接近戦でないとまともなダメージ入らないから、お互いカウンター覚悟で突貫するし」


 ハルカがかわしながら戦うことができているのは、地球での下地もあるからだが、イツキが大幅に駆動系のプログラムとパーツを向上させてくれたおかげでもある。操作に対する機体の反応速度が向上したために、無茶な回避でも間に合った場面が多々あったぐらいだ。

 ふとハルカがノインに問いかける。


「CosMOSで銃火器の種類が少なくて、ダメージが入りにくい仕様だったのって、もしかしてわざと?」

「その通りなのです。ケイオスのコアは進化が進んで硬化が進むと、銃火器では破壊できなくなる可能性があるのです。なので、プロームは格闘戦ができることを基本に作ってるのです」


 やっぱり、とハルカは推測が正しかったことに対して、うなずく。


「銃火器でランカー入りしてる人が少ないんだよね。飛行するケイオスとの戦いや、同じ銃火器系のプローム乗りとの対人戦とかでは、すごく頼もしいんだけど」


 銃火器系の武装は、チーム戦のサポートをメインで楽しむ人が選んでいた。ハルカのチームにも、銃火器持ちはいる。普通に不利なはずの対人戦でも撃破を重ねていく猛者ばかりだったが。


「ランカー……と言いますと、若はどのくらいの強さだったのですか?」


 サコンが興味津々といった様子で問いかけると、ハルカがぎくり、と肩を持ち上げる。


「個人だとそんなに強くないよ。中の上から上の下ぐらい」

「それはまた……」

「何とも微妙な……」


 ウコンとサコンの明らかにがっかりした反応にハルカが顔を引きつらせる。あまり強くないのは事実だし、自覚してはいたけれど。


「だから言いたくなかったんだ。チーム内で強い人が多くて、チーム戦のランクは世界で2から3位だったよ」

「おお、そう聞くとお強い!」

「さすがでするなあ……!」


 嬉しそうにウコンとサコンが尻尾を持ち上げて反応する。対して、ハルカの表情はやや陰る。

 惑星オービスに転移する前から自分はスランプだった。

 チーム戦での戦績を個人で分析しても良くない結果が続いていて、自分が足を引っ張っているのもわかっていた。

 それでも戦績が落ちなかったのは、チーム内に個人戦でランク入りしている猛者が多く、チーム全体の強さが底上げされていたにすぎない。


「自分が大したことないってよくわかってるさ……」


 他の者に聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声でぽつりとハルカが呟く。その声にぴくり、とノインが三角耳を持ち上げる。

 そこへ、イツキが遠くから呼びかけた。


「ハル、ちょっと相談したいことがあるので、来てくれませんか?」

「あ、わかった」


 父のもとへと歩いていく、やや丸まった自信の無さが表れている少年の背中を眺めつつ、ノインは目を細める。

 

「本当に中の上、なんでしょうかね……」

「どういうことなのだ、ノイン?」

「他のフェアリスが残した記録を閲覧すると、ハルカは、個人ランク戦の戦歴が1度しかないんですよ。近距離のみの武器限定戦ではありますが、その時1位を取ってるんです」


 ノインが明かした事実に、サコンとウコンが驚いて目を見開く。


「なんと」

「では、若はなぜ弱いと?」

「わかりませんよ、流石にそこまでは」


 人の考えていることなど、種族の違うフェアリスの想像が及ぶはずもないのだから。

 そう言いたげに、ノインは首を振った。



 ◇



 同時刻、ノトス・サザン合衆国、サザン大陸側の首都、貴族院の官邸にて。

 貴族、という名のままに金糸の入った赤い絨毯やら芸術的なデザインの照明など、豪華な装飾の施された広い廊下を、赤い礼式軍服を着た少女が堂々と闊歩していく。

 13、14歳ぐらいだろうか。バランスよく配置された眼や鼻梁は美少女と言って差し支えないのだが、官邸の官僚たちは少女に気づくやいなや廊下の端へと寄っていく。

 それもそのはず、まっすぐに前を見据える瞳は炎が宿り、整った眉はこめかみに向かって跳ね上がり、サイドアップにしたウェーブがかった黒い艶やかな髪が歩くごとに感情を激しく表すかのように肩口で揺れている。

 全身で不機嫌です、と警告を発している様相。じゃじゃ馬とも評される少女が、この状態になっているときに話しかける強者は数少ない。

 向かう先は立派な装飾の木製の重厚な扉。貴族院に所属する政治家の中でも最高位に当たる役職専用の執務室の扉へたどり着くと、ノックもせずに少女は勢いよく開け放った。


「お父さん、どうして遠征任務を許可してくれないの!?」


 抗議しつつ執務室の机で仕事をする男性に詰め寄る。

 対して、少女の威勢に対し顔を上げることなく、部屋の主たる男性はペンを走らせたまま声をかける。


「まったく、淑女ならノックして入ってきてほしいものだが」

「私とお父さんの仲にそんな遠慮はいらないでしょ」

「嬉しいね、娘の遠慮の無さに泣けてきそうだよ」


 少女の喧嘩腰に対しても、男性は調子を崩すことなく、書類に目を向けたまま軽口を返す。まったく動じない様子に、少女の眉間に皺が寄る。


「ノトスのブラボー小隊のエース、ツインハックがやられた。それはお父さんも知ってるでしょう?」

「聞いているとも。勝手に民間艇を襲って返り討ちにあったと、な」


 淡々とした父の言葉に、少女は注目を自分に向けさせるように、ばん、と激しく机を叩いた。


「ノトスの自業自得なのは知ってる。問題なのは、エイジスで未確認の戦力があるということよ。ツインハックはかなりの猛者。勝つには相当の技量がいるわ。そんなのがエイジスにいるとなったら、隣あう区画のサザンにも影響がでるかもしれないでしょう!」


 隣あうとは、海をはさんで約2万キロも離れた距離でも言えるものだろうか、と少女の父親は疑問に思いつつ、別のことを口にする。


「要するに、体のいい視察の口実がほしい、そういうことか」


 男性の言葉に少女が図星だったようで、ぎくり、と体をふるわせた。

 少女の反応に父親、アナンはようやく顔を上げると娘に視線を合わせた。娘と同じ髪質の黒い前髪から覗く眼光は鋭く、整えられた髭と共に威圧感を与える。


「ユイ、お前は貴族院の主席の娘で、かつ広報活動によって民衆の人気を集めていることは理解しているな?」

「わかってる……よ」

「それが遠征して、遭難でもした日には、どれだけの混乱になるか、というのもわかるな?」

「……わかってる」

「なら、話は以上だ」

 

 さらなる問答は不要、と言わんばかりにアナンは視線を机の上の書類へと戻した。

 父の一方的な通告に、ユイは再び不機嫌な表情を浮かべると、即座に踵を返し、部屋を出る。

 執務室前の廊下では、スーツを着た秘書のような女性と、陸戦服を来た長身の男性が立っていた。二人はユイと同じ部隊に所属し、私的な付き合いもある仲で不機嫌な状態のユイに話しかけてなだめられる数少ない側の人物だ。

 父娘の話を聞いていたようで、どちらの言い分もわかるだけに、困ったようなどこかやるせない笑みを浮かべている。

 陸戦服の男性、シュウが口を開く。

 

「どうやら、今回も遠征の許可は降りなかったようだな」

「そのとおりよ。まったく、どんだけ人を箱入りにしたいんだか」

 

 ユイの憤慨する言葉にやんわりと秘書の女性、サキが微笑む。

 

「そう言わないの。アナンさんは怖いのよ、ロストしてユイまで失うのが」

「わかってる」

 

 母親がユイをかばってロストしたのが半年ほど前のことだ。本来であれば、すぐ復活して自分たちの元に戻ってくるはずの母は、いつまで経ってもユイとアナンの前に現れなかった。

 そして、1ヶ月ののち、ノトスとの定例議会の後の夜会の時に母を見つけた。


 ノトスの共和院の主席の傍らに、仲睦まじそうに。


 それ以降、アナンはユイを遠征任務に出すのを渋るようになった。

 最近のユイ仕事は、専ら自国領土の哨戒と広報活動のみだ。

 

「けど、閉じこもってたって、わかるわけないじゃない」

 

 ユイから見て父と母は仲が悪いようには見えなかった。こっそり夫婦の部屋の前を覗いて、見てるこっちが赤面するぐらいのベタベタなやり取りを見たことがあるくらいだ。

 

 だから、なぜ母がユイたちのもとに帰らず、ノトスの主席のそばにいるのかわからない。戻ってこなかった他の理由があるならば、ユイは知りたかった。たとえそれが残酷な真実でも。

 エイジスのことは、口実であり、本当はノトスに行き、母に直接確かめたい。会って文句も言いたい。

 だが、アナンはそれを許してくれなかった。

 

「おくびょーもの……」

 

 不貞腐れた言葉をユイが小さく呟く。サキが妹を見るかのように困った笑みを浮かべ、シュウがなぐさめるように少女の頭にぽん、と手を置いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る