6. 誓い (4)

 カナタ達を見送り、渡瀬家の面々も各自旅立つ準備をしていたその日の夜。

 イツキは渡瀬邸を前に悩んでいた。

 ヤナギが気づいてイツキに声をかける。


「どうなされたのですか?」

「せっかく自宅を再現してもらったので、消すのが惜しいな、と思いまして」


 長旅のあと、久々に家に帰って居心地の良さを実感し、惜しくなってしまったのだ。

 戻ってくる可能性は低いかもしれないが、それでも消すには忍びない。


「ならば、消さずに残しておきましょう。別にあったところで困るものはないですし」


 ヤナギの言葉を受けて、イツキの表情が輝く。


「本当ですか? ありがとうございます」


 ヤナギがほっほっ、と好々爺然として微笑んだ。


「確か、ヤナギさんも、今後の旅にはついて来てくださるんですよね?」

「もちろんです。それと、さんじゃなくて、ヤナギでいいですぞ、イツキ殿」

「なら、僕の方も呼び捨てで……」

「それは譲れませんなぁ」


 ヤナギが穏やかに拒否する。


「そう言われると、僕も変える訳には」

「では、家の話はなかったことに」

「……わかりました」


 家を交渉条件に出されて素直にイツキが観念した。

 あまり敬称で呼ばれることは慣れてないので本当は勘弁して欲しいのだが。

 やれやれと首を降ると、イツキは話題を切り替える。


「その、ヤナギ……は首長という立場なのに、個人的な味方をしても大丈夫なのですか?」

「ああ、それなら心配いりませぬ。首長はそもそもくじ引きで決まったもの。名ばかりで困った時に引っ張りだされるぐらいの役割ですから」

「くじ引きって……じゃあ、人類をオービスに強引に呼び出す作戦は?」

「我らの中でも強硬派な者が言い出したことで、すでに流れが出来てしまいましてなぁ……。各国の裏切りにあい、人類に対して不信感が募っていて今さらノーとは言えなくなっておったのです。とはいえ、最終的に頷いたのは確かなので、責任は当然自分にあると思っておりまする」

「それはまた、なんというか……」


 くじ引きで押し付けられた挙句、周りから脅迫のように誘導されつつも、責任は果たそうとしているのだ。

 やり取りを聞いたり、ここ数日の様子を見ただけでもヤナギの人の好さと押しの弱さが見えてしまう。


「ただ、この10年の間、フェアリスたちを纏めることもできず、革新的な方針を打ち出せず首長としての役割を果たせませんで同胞からは失望の目を向けられておりまする」


 自嘲しつつ、ヤナギが首を振った。


「皆、人に触れ、久方ぶりに感情を得たことで戸惑いが強いのでございまする。そんな時、きっと皆導いてほしかったというのはわかっていたのですが……私にもどうすることは出来ませなんだ」


 ヤナギの言葉を受けて、イツキが考え込む。


「ケイオスが出現する前のフェアリスってどのように暮らしていたのですか?」

「どうもしませぬ。特に感情や思考が波立つことなくただただ穏やかな日々が続いておりました。特に代表もなければ、上下関係もない。その代わりフェアリス同士での交流もあまりない。そんな日々でございます」


 変化もなく、交流もないなら同種族間のトラブルも起こらないし、そもそも導いたり方針を示す必要性はほとんどない。


「だとするなら、交流もない中でリーダーシップを見せろと言われても下地がないので無理じゃないですか」

「ですな。私もそう思いまする。だからでこそ、強く人を引っ張っていけるような者に我等フェアリスは憧れてしまうのでしょうな」


 そう言うと、ヤナギは意味ありげにイツキのことを見つめる。

 ウコン、サコンから、ここまで到達するまでの経緯をヤナギは聞いていた。他にも、無関心だったノインやノウェムが勢いこんで味方をすると宣言した時の様子。

 イツキを始め渡瀬家の面々が示す魅力をヤナギ自身も薄々ながら感じとっていた。

 もしかしたら、この人たちであれば、と未来に期待させるような、そんな予感と共に。

 一方で、イツキは期待されているとは露知らず、首を傾げたのであった。

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