第3話 甘い卵焼きとしょっぱい味噌汁

「……るーかー…んっ!」

誰かに体を揺すられる。

カーテンから零れる朝日を浴びても、目がまともに開かない。うっすらとぼやけた視界に飛び込む影。

んーー…?誰………?

「もーっはるか…!」

わたし…呼ばれてる……?

「もー…っ」

「…起きないんだったらキスしちゃうよ?」

耳元で囁かれた言葉にハッと我に帰り勢いよく上半身を起こす。

「ふふっ…やーっと起きたー」

ベットの縁に肘をおき、イタズラっぽく微笑む華那ちゃん。

その姿があまりにも大人びていて、目が奪われる。

「こっ…こらっ!大人をからかわないの!」

一瞬でも目を奪われたのを誤魔化す為につい口から出た言葉。

「だって遥さんぜーんぜん起きないんだもん」

さっきまでの大人びた表情から今度はぷうっと頬を膨らまして子供のような華那ちゃん。

本当に、表情がコロコロかわるなぁ…

「もーっ早く朝ごはん食べようよ!

あたし早く起きて頑張ったんだから!」

腰に手を置き、ふふーんっと得意げな華那ちゃん。

「顔洗ってくるから、ちょっと待ってて」

はーいっと返事をする華那ちゃんを背に、私は洗面所へ向かった。

ふと昨日の華那ちゃんのスマホが頭をよぎる。

連絡先が1件も入ってないなんて…

いくら少なくても両親の連絡先くらい、入っているものじゃないのかな…

蛇口をひねると、勢いよく水が流れる。

もしかして最近の子ってなんか別の方法でコミュニケーション取ってるとか…?

それともあのスマホはゲーム専用…??

ちゃんとは調べてないけど…ゲームなんかあったかなぁ……

流れる水を眺めながら答えの出ない物思いにふける。

ふと食欲をそそるにおいが鼻を掠めると、お腹のなる音がした。

やば、早く済ませていかなきゃ…

顔を洗い、リビングに戻ると華那ちゃんは炊きたてのご飯を準備しているところだった。

「「いただきますっ」」

小さなローテーブルを2人で囲いながら声を合わせて挨拶をする。

卵焼き、ウインナー、サラダに味噌汁、白ご飯。こんなにちゃんとしたご飯は久しぶりだ。

「んんーおいひーーっ」

1口食べた卵焼きが美味しくて、思わず口から出た言葉に、華那ちゃんはとても嬉しそうだった。

「遥さん甘いの好きそうだなーって思ったんだーっ嬉しいっ」

えへへーと笑う華那ちゃん。

「華那ちゃん本当料理上手だねー…家でもよく作ったりしてるの?」

――よしっ我ながらナイスパス!スマホからの情報が無い以上、直接華那ちゃんに聞くしかないもんね…っ!

「ううん、全然作ってないよ。

ねーそれよりさーっ今日って遥さん何時にお仕事終わるの?」

―スルーされたーっ!

「う、うーん…今日は忙しくないと思うし…定時上がりの予定だから…6時には終わると思うよ」

「じゃあさっデートしよっ」

「…で!?」

あまりにも唐突な発言に思わず味噌汁を吹き出しそうになった。

「だめー?」

いや上目遣いとかずるーい。女子の常套手段じょうとうしゅだんのやつー。

「……でも、華那ちゃん、そろそろ、家に帰らなくて大丈夫?さすがに…親御さんも心配してるんじゃない?」

「……」

さっきまでにこにこしていた表情が一気に曇った。

「………もしかして何か事情でも……?」

すかさず畳み掛ける。

「遥さん」

俯いていて表情が読めないが、声が切羽詰まっている。それほど触れられたくない部分なのだろうか…

「時間やばいですよ?」

「………え。」

差し出されたスマホを覗くと、時刻は8時15分。昨日ほどでは無いが急がないと確実に遅刻する。

なんだか上手く丸め込まれた気がする。

彼女は何枚の上手のようだ。

「今日のデート、忘れないでよ遥さーんっ!」

華那ちゃんの声を背にバタバタと全力疾走したのは言うまでもない。

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