15.商店街


 一人で昼食を終えた夏希は、商店街の書店に赴いていた。

 新刊コーナーの書籍をジャンル関係なく吟味したが、結局、一冊も買う気になれなかった。

 次はぐるぐると既刊コーナーの棚を回って、何冊かの本を立ち読みしては戻すを繰り返していった。千春から借りている漫画の続刊も置かれていたが、シュリンク包装がしてあり読めなかった。


 空虚な徘徊の末、夏希は、スポーツ関連の書籍が並ぶ棚の前で足を止めた。乱読家の彼でさえ、普段はほとんど縁のないコーナーだった。

 夏希は各書籍の背を指でなぞるようにたどっていき、中高生向けの水泳指南本を見出すと、手に取って開いた。目次から背泳ぎの項目を確認し、明示されているノンブルに従って開き直す。

 モデルの選手が泳いでいる写真と、要点がまとめられた解説文が載っていた。解説文は、水泳に明るくない夏希にはほとんど理解できず、写真の方を注視した。

 モデルの女性は高校生の選手らしいが、背丈が高く、肩幅も広くてウルトラマンのような体躯だった。夏希は短い溜め息をついて本を戻す。それからも小一時間ほど店内をうろついたが、やはりなにも買うことなく書店をあとにした。

 健太や美沢と鉢合わせたのは、そろそろ商店街を出ようかという頃だった。


「あれ、東江、こんなとこでなにしてんだ?」


 出会い頭、健太が不思議そうに訊いてくる。となりにいる美沢も驚いているような面持ちだった。


「別に、ぶらついてただけだけど」


 と、夏希がなんでもないように答えると、


「いや、じゃなくて、西城さんのことだよ。今日だったろ? てっきり応援に行ってんだろなと思ったから」


 と、健太が予想外といった感じで言った。

 夏希は表情を変えないよう努め、


「別に。俺が行ったって、わずらわしく思われるだけだろ」

「はあ? 今更なに気にしてんだよ。お前らただの友達なんだろ? 友達に応援されることがわずらわしいわけねえだろ」


 厳しい口調の健太を、美沢が「まあ待て」となだめ、


「しかし、東江にしてはめずらしいじゃないか。商店街をぶらついているだけなんて。尽くす相手がいないと暇で仕方ないか?」


 と、薄い笑みを浮かべる。夏希はなにも言い返さなかった。心だけが体からあとずさるような感覚があった。


「そういえば、川田さんは見に行ったと言っていたな」


 美沢が健太に確認を取る。


「ああ、西城さん、決勝に残ったってライン来てたな。結構凄くね?」

「凄いな。確か、三位までに入れば上の大会へ行けるんじゃなかったか?」

「タイムがよければ、順位関係なくても行けるよ」


 二人の会話に、夏希が補足する。

 健太が「そうなん?」と相槌を打ち、


「ていうか、今から行けば間に合うんじゃね?」

「無理だよ」


 夏希が素早く断じる。


「二百メートル背泳ぎの決勝は二時から。女子が先にスタートだし、もう厳しい」

「お、おう。そうか」


 健太がぼんやり頷く。


「重症だな」


 美沢はぼそっと呟いたのち、


「なら、僕らと遊びに行くかい? 東江は、今日は来ないだろうと思って誘っていなかったが、暇と分かれば話は別だ」


 と、提案してくる。

 夏希は頷きかけたが、実際には応じなかった。


「いや、いい。ありがと」


 端的な礼を言って、二人のそばを通り抜ける。


「東江」


 美沢が、わずかに語気を強めて呼び止める。夏希は振り返った。


「応援に行くのはただの友達でもできるが、君は、そうじゃないって思いたいんだろ?」


 決めつけたような問いかけだった。

 夏希はしばらく立ち止まっていたが、


「そっちが、そう思わせたいだけだろ。俺はいつも通りだ」


 皮肉るように答え、商店街をあとにした。

 美沢たちが追ってきていないことを確認して、ポケットからスマホを取り出す。

 時刻は、午後一時半を回ったところだった。夏希は少しだけ歩を速めた。





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